第22話 正しさのすき焼き ②
シャウロの言葉が棘のようにセルヴィへと突き刺さっていく。
ミルダはセルヴィの正体に気づいていなかったのか、あたふたと私に確認してきた。
「え!? セルヴィって領主様なの?」
「今頃気づいたんです?」
セルヴィは何も答えない。ただ唇を固く結び、浴びせられた罵倒を正面から受け止めていた。
シャウロの人形の顎が激しく動き、言葉でセルヴィを次々と刻んでいく。
「よくもまあ、のうのうと。民がどんな思いで生きているかも知らないで……恥を知りなさいよ!」
セルヴィの拳が音を立てそうなほど握りしめられていた。もう黙って見ていられなくて、私は間に割って入る。
「そこまで言わなくてもいいじゃないですか」
「あんたよその国の人間でしょ。訛りが丁寧すぎるわ」
シャウロと共鳴するように、人形の目がお前は何も知らないくせにと言ってくるようだった。
「その男に惚れてたりするのかしら? 愚かね」
向けられているのは私ではなくセルヴィなのだろうが、ぶつけられる憎悪に足がすくむ。
「この国は輝石病で滅ぶ道しか残されていない。オブセルヴィ・ランテルノ、あんたのせいで」
「……すまない」
セルヴィは言い訳をせず、狼狽えもしなかった。どうして何も言わないのだろう。そんな泣きそうな顔をしているのに。
ただ彼はゆっくりと頭を下げる。
「この二人は私と関係がないんだ。頼む、商品を売ってやってくれ」
レイが不安そうにセルヴィの足元へ歩み寄る。彼はしゃがみ込んで目線を合わせた。
頭をふわりと優しく撫でる。これで最後だとでも言わんばかりの手つきだった。
「また会おう」
それだけを言い残し、セルヴィは私たちに背を向ける。そのまま一人で白の森の方角へ歩き出してしまった。
「セルヴィ!」
「お兄ちゃん!」
私とレイの呼びかけにも空色の髪の背中は一度も振り返らない。どこまでも続く街道を超えて、その地平線に消えていってしまう。
ミルダが心配そうに私の顔を覗き込んできた。
「どうするの? ユウナ」
「ふん。まあ、あんたたちには売ってあげてもいいわよ」
シャウロは再び手をかざす。空間が捻れ、地面に先ほどの白米の袋や調味料が並べられた。
ここで旅を終わらせるわけにはいかない。危険な森を進むためには間違いなくこの物資が必要だ。物資か。それともセルヴィか。
思考が絡め取られて動けない。だが、今すぐ動けと心は叫ぶ。
「……お姉ちゃん、日向かしの国はごはんを食べる前にいただきますっていうねん。感謝して生きることを大切にするためやって、お父さん言ってた!」
レイの言葉が私の背中を押してくれた。何に感謝して生きるのか、誰に感謝して生きるのか。私はいつも選択を間違えるけれど、今回は──。
♢♢♢
「お姉ちゃん、えらいはやいなぁ!」
「これならセルヴィにすぐ追いつけますよ!」
吹き飛ばないようにレイを私の膝の間に座らせる。黒い髪が向かい風を受けて立ち上がっていた。
凄まじいうなりを立てながら私たちの荷車が草原を爆走している。シャウロの乗り物の仕組みを理解する時間はなかったが、魔石を見るとあれはおそらく雷を動力にしていた。
私はただの魔力を荷車に流すのではなく、魔力に雷を付与して強引に車輪へ繋いだ。……あとから気づいたが、止め方を聞いておくべきだったかもしれない。
「風! 私たちはいま風になってます!」
普段感じることのない風に思わず叫んだ。レイも同じようにはしゃいでいる。制御もなにも考えず、魔力を注ぎ込むことだけ考えればいいので快適だ。……自分で止めることはできないが。
白い霧の森がすぐ目の前まで迫る。見慣れた空色の髪も見つけた。
「セルヴィお兄ちゃ〜ん!」
「セルヴィーーっ! 止めてくださーーいっ!!」
私たちは減速することなくセルヴィへ突撃していく。彼が止めてくれることを信じて。
「ば、ば……馬鹿者ーーっ!」
轟音に気づいて振り返ったセルヴィが絶叫した。瞬時に目の前に巨大な盾を広げる。激しい衝撃音とともに、弾みで私とレイの体は宙へと放り出された。
咄嗟に放たれた防御魔法が私たちをふわりと受け止め、そのまま三人で地面へと転がり込む。
「すごーいっ! 僕、お空飛べたわぁ」
顔じゅうに土をつけたレイがセルヴィの腕の中でけらけらと笑った。彼は私たちを抱え、上体だけを起こす。
それから私たちの荷車を見て言葉を失っていた。荷車にはまったく物資が補充されていない。
「……ユウナ、どうして」
「どうして? 今から行くのは森ですよ、セルヴィ」
呆然としているセルヴィからどくこともせず、私は自信満々に笑ってみせる
「あるでしょう、ハテノダケが!」
「塩漬けしたら大体なんでも食べれるんよ、お兄ちゃん!」
食料や物資より、レイと私はセルヴィを選んだ。間違いだらけの人生だけれど今回は正しい。多分。
セルヴィは口をぱくぱくと動かしていた。言葉を探しているのにどれも声にならないようだ。
代わりに彼は私とレイの体をぐっと力いっぱい抱きしめてきた。少しだけ痛い。けれど、その痛みがいまは嬉しかった。




