第17話 追憶の寄せ鍋 ⑥
薬の匂いがする。どこからともなく。
薄暗く、薬の匂いだけが充満した狭い部屋の記憶が蘇る。屋敷の離れで横たわっていたのは、私の最愛の弟だった。
フォリオ家、待望の長男。弟が生まれた時、私は本当に嬉しくて誇らしくて。姉として彼を守るのだとそう信じて疑わなかった。
その弟が輝石病になった原因は、他でもない私だというのに。
『お姉ちゃん、これでお揃いのアクセサリーつくろう?』
そう言って弟が手渡してきた深い碧だった。魔導具に使われていた美しい魔石。
私は魔石で作られたネックレスをつくった。魔道具に使われる魔石には、魔力抑制の紋が刻まれている。
それを勝手に加工すればどうなるか。少し考えれば分かるはずだった。
何も疑わず、相手の言うことを聞いてしまう私の悪い癖はあの時から少しも変わっていない。
魔力の低い弟が私のプレゼントで病を発症するなど夢にも思わなかった。
ただ弟に喜んでほしかっただけなのに。
それからというもの高い魔力を持つ私だけが、隔離された離れで彼の看病を続けた。
痛い、怖い、辛い、嫌だ――弟の声が今も耳に残っている。
大丈夫、なんとかなる、頑張って、耐えて――私は毎日言い続けた。
お願いだから私を置いていかないで。ちゃんとするから、今度は絶対間違えないから、神様。
毎日泣きながら弟の身体に触れる日々。末端から輝石へと変わっていき、ついに顔の半分までが魔石に吞まれようとした。
残された半分の唇が小さく動くのが見えてしまった。
『お姉ちゃん。お願い、助けて』
もう何が正しいのか、私には分からなかった。生きてほしいという私の願いが弟を苦しめているという現実だけがのしかかってくる。
もう耐えられなかった。私は弟の手を握り、最大出力の魔法を弟に放った。
完全に魔石となってしまう前に人間のままで死なせたかった。私の愛した弟の姿のまま。
激しい光の中、弟の身体から魔石の破片がぼろぼろと崩れ落ちていった。
苦痛から解き放たれた彼は、どんな顔をしていたか。思い出せないけれど。
『ありがとう、お姉ちゃん』
砕け散る結晶の硬い音も重なっていた過去の光景が薄れ、現実の焦点がはっきりとしていく。
ラビは私が願いを叶えてくれると信じていた。静かに呼吸を整えながら、遺言を残そうとする。
「花を供えてくれないか」
あまりにも唐突だった。理解が追いつかず、問いかけることしかできない。
「……何の、花ですか」
「赤い花」
最果ての国に花など咲くはずがない。ラビの言う赤い花が何を指しているのか、すぐに分かった。
「なぜ」
「燃えるような赤い花が好きなんだ」
彼のために故郷を捨てなかったミルダの赤い髪。それが彼の希望だった。
生まれ変わっても彼女に会いたい。それがラビの最期の願い。
かすかな足音が聞こえてくる。せわしない足音はミルダの帰宅を教えてくれた。
「リコリスの花にしましょう。私も……好きな花なんです」
ラビの唇から満足そうに息が漏れた。もう話せないのだ。私の手元で青白い雷の魔力が爆発的に膨れ上がっていく。
「ただいま……っ、二人とも――」
勢いよく扉が開け放たれ、息を切らしたミルダが部屋に飛び込んできた。眩い光に包まれる私とラビの姿を前に、彼女の動きが止まる。
私は彼女を見ることができなかった。
「どうか許さないで」
光が全てを消し去っていく。パキン、と硬い音だけが残った。




