第15話 追憶の寄せ鍋 ④
集落の入り口に差し掛かったところでミルダは足を止める。お喋りなのに、彼女はここまでずっと静かだった。
私が過去に人を、弟を手にかけたこと。それをどう受け止めたんだろうか。
ひとつ大きく息を吸ってからミルダは私の名を呼んだ。
「ここにはアンタみたいな訳アリなんて珍しくないの」
腰に手を当ててビシッとこちらを指差してくる。
「だから、その、別にウチはなんも気にしてないんだからね!」
「……そうですか」
ふふと思わず笑みが漏れた。
彼女の人差し指は小さく震え、強張っている。私を励まそうという必死さだけが伝わってきた。
「ちゃんと信じてる、ユウナ?」
「ええ、一応」
「一応ってなに!?」
集落の入り口にある朽ちた木の柵は片側だけ辛うじて立っている。風が通るたび、軋んだ音を上げた。
ここが彼女の生まれ育った集落らしい。人の気配はまったくといって感じられなかった。
「ここがウチら盗賊団の根城さ!」
ミルダの声だけが集落に木霊する。
私たちはさらに集落の中心へと進んだ。崩れかけた民家を抜け、歩みを進めるうちに拭えない違和感が広がっていく。
この奇妙な集落の正体を彼女に尋ねるよりも早く、土を踏みしめる足音が近づいてきた。崩れた家屋の影から男が現れる。
「ミルダ、オメェまた戻ってきやがったのか!?」
「オカシラ! 今日の稼ぎをもってきたよ」
彼女にオカシラと呼ばれた男は杖を振り回し、悪態を吐き捨てた。
私たち、というよりミルダを歓迎していないことが顔からあからさまに伝わってくる。
「ったく、また余計なことを。で、誰なんだ? このキレイな女神さんは」
「人質だよ、人質。すっごい魔力あるんだけど、ウチの手にかかれば楽勝ね」
女神さんとは私のことなんだろうか。はじめて言われた。男が杖をついて、こちらに向かってくる。右足だけがわずかに遅れてついてきていた。
足取りが妙に重い。右足を上げるたびに呼吸が浅くなっている。ほんの一瞬、痛みを押し殺すように喉が鳴っていた。
ミルダもオカシラに向かって走り出す。二人はどうやら軽口を叩き合う友人のような間柄らしい。
私も挨拶しておこう。人質が挨拶ってどういこと、とか深く考えたら負けだ。
「ユウナです、はじめまして」
「オレはラビ。これはこれはご丁寧に」
粗雑な振る舞いだが律儀に挨拶を返してくれた。ただ、この街も彼もずっと違和感を覚えさせてくる。
「……じゃねぇ。ミルダ、元の場所に返してこい」
「なんで!? もう夜も遅いし無理!」
「うちでは面倒みれませんっ!」
私は捨てられた猫だっていうのか。
ラビはふん、と鼻を鳴らした。これ以上の追及を諦めたように背を向ける。
「あの」
「すまないな。女神さんには悪いが、夜が明けたらここを去ってくれ」
彼はそれだけを言い残し、奥の建物の闇へと消えていった。
ミルダが案内してくれた部屋はところどころ崩れていたが、床には比較的きれいな毛布が敷かれている。
「ここがユウナの部屋ね」
「ミルダ、聞きたいことがあるんですが」
「なんだい?」
ここは輝石病で滅んだとセルヴィから聞いた。ならば、かつてここに生きていた人々のなれの果てである魔石がどこかしこと転がっているはずだ。
あの忌々しい病の残骸がどこにも残っていないのはおかしい。
「盗賊団とのことですが、他の人たちは?」
「ウチとオカシラの二人だけだよっ」
「二人だけ!?」
「昔はもっと人いたんだけどね」
街には灰色の土と枯れた草しかなかった。
ミルダの言う通りにもっと人がいたというなら、魔石の魔力が充満しているはずなのに気配すら感じられない。
この国で病の跡地に魔石が一欠片もないなどということがあり得るのだろうか。
「ラビさんは」
ただ、私が本当に聞きたいことは別にあった。それを口にしかけて言葉が溶ける。
彼の足元から漂ってきたかすかな魔力。あれはきっと。
「なんでもありません」
やはり聞けなかった。自分の臆病さに反吐が出そうだ。
「なになに、なんか不安なっちゃった? 明日のことは明日考えたらいいからね!」
ミルダは私の背中をバシバシ叩いて部屋を出ていった。一人になり部屋を確認する。当たり前のように鍵がかかっていなかった。
首には爆発の魔法陣が確かに刻まれている。監視も置かず人質を休ませるなんて、誘拐の自覚が足りないのではと心配になる。
今ならこの集落から逃げ出すことは容易だろう。レイとセルヴィはどうしているだろうか。音を立てないよう廊下に出る。
かすかな物音が耳に届いた。隙間から漏れるわずかな光が見える。私は気配を殺し、扉から中の様子を窺った。
「じゃーん! ラビ、今日は豪勢なメシだよ」
「いらねぇ」
「食べなきゃ承知しないからね! まったく……ユウナも食べないし」
ミルダは私たちから手に入れた食料を小さな器に盛り付けている。窓際にあるベッドにはラビが横たわっていた。
彼は荒い呼吸を繰り返している。その右手は自身の右足の太腿を強く掴み、爪が食い込んでいた。
「オカシラが元気になってくれなきゃ盗賊団が解散しちゃうだろ」
ミルダは頑なにラビの側に寄り添い、食事を差し出し続ける。
じわ、と生ぬるい汗が手のひらに滲む。私の手の中で同じように苦しんでいた弟の記憶が蘇っていた。
痛々しいほどにお互いを守ろうとしている二人の姿。それが私の過去を容赦なく抉っていく。
逃げ出そうとしていた私の足は凍ってしまったかのように動けなかった。
「うるせぇ、んだよ、オメェは。もう盗賊団なんて、ねぇ、んだ……」
ラビの口が歪み、言葉が途切れ途切れに漏れる。突如、水晶が叩き割られるような音と痛みに悶える彼の声が響いた。
「ラビ!? 嘘、しっかりして、ラビ!」
ミルダの悲鳴が暗い廊下にまで届く。私は躊躇なく扉を開き、二人のいる部屋へと飛び込んだ。
ベッドの上ではラビがのたうち回っていた。右足のふくらはぎから先は衣服の布が裂けている。不気味なほど光沢を放つ結晶――魔石が皮膚と同化していた。
それは、もはや人間の皮膚とはいえない美しさをたたえている。
「来ちゃダメ!」
ミルダがラビの身体を必死に抱きしめながら私に向かって叫んだ。輝石病がうつると思っているんだろう。
今の彼女は私の魔力量のことなど頭から消し飛んでいるに違いない。
彼女の制止を私は無視した。歩みを止めることなく、ラビの元へと突き進む。
かつて同じようにのたうち回り、私に縋り付いてきた弟の姿が強烈に重なっていた。
あのときの後悔と焦燥が私を突き動かす。私はベッドの脇に膝を突き、ラビの右手を迷わず両手で握りしめた。
輝石病患者の発する魔力が肌を刺す感覚が手から流れてくる。人より多い魔力を持つ私にこの病が感染することはない。
ラビの荒い呼吸は止まらないが、驚愕のあまり私に握られた手が震えていた。病に罹った自分に躊躇なく触れる人間がいるなどと思わなかったのだろう。
「大丈夫ですよ」
自身のなかに眠る雷の魔力を呼び起こす。出力の調整が下手で、周囲を破壊することしかできない力。
目を閉じて、今だけは細い糸を紡ぐように指先へ魔力を集中させた。一歩間違えれば傷つけてしまう。
魔力を細く細く彼の肉体へ落とし込むと、火花がジと小さくあがった。
その瞬間、ラビの身体から急激に力が抜ける。沈むように呼吸が穏やかになっていった。
「ラビ?」
「眠らせました。しばらくは痛みから解放されるはずです」
ミルダはしばらくの間、ラビの寝顔を呆然と見つめていた。やがて、ぽたりと枕元に落ちる。
彼女は何度も袖で顔を拭い、震える声で私を見上げた。
「……ありがと、ユウナ」
ミルダは疲れ果てた様子でラビのベッドの傍に座り込み、毛布を握りしめる。
「ウチ、ここで寝るから」
私は静かに頷いた。部屋から毛布を持ってきて、ミルダの隣に腰を下ろす。
微かに残る雷の熱、ラビの足に触れたときのあの結晶の感触。分かりたくもないのに、分かってしまったことがあった。
ミルダの寝息だけが静かに部屋を満たしていく。私たちは寄り添って長い夜を明かすことにした。




