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第14話 追憶の寄せ鍋 ③

 私たちはミルダの案内に従って平原を進む。彼女の言う行商人がいる場所までは、まだかなりの距離があるらしい。


 しばらく歩くと、かすかなせせらぎの音が聞こえてきた。セルヴィが周囲を確認する。


「今日はここで野営にしよう」


 冷ややかな水気が夜の空気に混ざった。果ての国の夜は冷えるとアベロに心配されたが、ここまでとは思わなかった。気温差が激しい。


「流石に夜は冷えますね……」

「今日の晩ごはんはお鍋にしよ! あったまるでお姉ちゃん」


 レイが荷車から意気込んで食材を取り出そうとする。ミルダは首を傾げていた。聞いたことのないであろう日向(ひむ)かしの料理が不思議でたまらないといった様子だ。


「オナベってなに?」

「お野菜、お肉、おうどん、お豆腐……とにかく色んなん入れて、ぐつぐつ煮込んだもんやで」

「……美味しい?」

「美味しい!」

「じゃあ、いっか! 楽しみにしてる!」


 途中からよくわからなくなって考えることをやめた。そんな清々しい笑顔だった。


「お兄ちゃん、お水汲みに行こ!」


 レイがセルヴィを呼ぶ。「ああ」と返事をして、セルヴィは手際よく木でできた桶を用意した。


「ユウナ、ミルダ。食事の準備を頼んだぞ」

「ウチにお任せあれ!」


 元気よく手をあげるミルダと違って、返事をしない私に顔を近づけてくるセルヴィ。じっと見下ろしてくる銀の瞳には有無を言わさぬ圧があった。


「サボるんじゃないぞ」

「はいはい……」


 二人の足音が遠ざかり、草を踏む音が聞こえなくなる。


 野営地には私とミルダの二人だけが残された。ミルダは口元に笑みを浮かべながら私の隣にしゃがみ込む。


「ユウナ、火おこしできるの?」


 慣れた手つきで薪を並べながら、彼女は目だけでこちらの答えを待っていた。私は皿とカトラリーを丁寧に拭く。


「できますよ。威力を間違えれば、ここが焼け野原になりますが」

「絶対やめてね?」


 全力で薪から引き剥がされた。心外だ。まだ三台の魔導コンロを消し炭にしたことしかないというのに。


「火の魔法といえば天下のミルダ様よ!」


 彼女が誇らしげに胸を張り、小さく息を吸う。パチンと指を鳴らした。


 ――けれど、火はつかない。


 私の喉にジリと嫌な熱さがともる。直に肌へ火を押し当てられたような熱だ。


「っ!?」


 皿の落ちる乾いた音が地面に響く。


 即座に右手に魔力を込めた。パチ、と青白い火花が私の指先で散る。


「動くな! 頭と身体がお別れしちゃうよ!」


 しまった、罠か!


 魔法を発動する前に動きを止めた。熱を持ったミルダの火の魔力が、皮膚の内側にべっとりと刻まれてしまっている。


 魔力が弱くても首から爆発すればただではすまない。


「油断したね。もう一度指を鳴らせばドカン、だよ」

「……目的はなんです?」

「盗賊がすることなんて、ねぇ?」


 ミルダは立ち上がって服についた土を軽く払った。楽しげに肩を揺らし、荷車を指さす。


 指先に集めた魔力を震わせたまま、私は睨むことしかできなかった。


「アンタも一緒に来てもらうよ」

「……いいでしょう、従います」


 首元で赤い光が鼓動と合わせて明滅する。皮膚がじりじりと焦げるような痛みが走った。


「さっすが! 物分かりいいねぇ」

「ただし」


 ミルダはわざとらしく両手を叩いて喜んでみせた。その得意げな笑顔に条件をつきつける。


「レイとセルヴィの食料は置いていってください。そうですね、数日分は」

「はぁ〜? 人質のくせに何言って……」

「雷の速さってご存知です?」


 言葉を遮った。左手の指先で自分の首元をトントンと叩く。


「私の頭が吹き飛ぶのが先か、あなたの四肢が吹き飛ぶのが先か」


 深く息を吸い、体内の魔力を限界まで練り上げた。右手の青白い雷光が闇を明るく照らし出す。


「試してみますか?」


 今度はミルダの動きがぴたりと止まった。額から冷や汗が流れ落ちている。


「わ、分かったよぉ。ウチは慈悲深い盗賊だからね、それくらい残してやるさ!」


 ミルダは慌てて荷車から二人分の食料を投げ出していく。


 私は背後の様子を伺った。まだセルヴィたちの足音は聞こえない。


 地面に投げおかれた食料の近くにジュエリーケースをそっと置いた。レイの父親の魔石が入っている。


 薪の傍の土に指先で追うな、とだけ書いた。


 セルヴィなら私の魔力を辿って追いかけてくることができるだろう。だが、この旅を私のために止めるわけにはいかない。


「よし、これくらいでいいでしょ! じゃあ行くよ、ユウナ」


 ミルダが勢いよく指さした方向。それはセルヴィが語っていた輝石病によって滅んだはずの集落だった。


 荷車に魔力を込めて歩く。周囲の木々が奇妙にねじれ、私たちを拒絶するように行く手を阻んだ。


 どうにかして逃げる隙を作らなければならない。首元の爆発魔法を解除する方法を考えていると、ミルダが歩調を緩めて隣に並ぶ。


「ねぇねぇ、ユウナっていくつなの?」

「十七です」

「えーっ、ウチと一個違い? すごい大人っぽいね」


 あなたが幼すぎるんですよという言葉は飲み込んでおいた。


「私、誘拐されてるんですよね?」

「だって集落まで暇だしぃ」


 あ、とミルダがにやりと笑って私の耳元に近づいてくる。どこかの執事を思い出させる表情に苛立ちが止まらない。


「セルヴィってさ、恋人なの?」

「こいっ!? ち、違います」

「なるほどね。こいつぁ厄介そうだ」


 ……私はこんな状況で何を動揺しているのだろうか。


 首元の魔法の存在があるのに、彼女と話すことへの抵抗が薄れていく自分が嫌になった。


 昔から警戒したり、疑ったりすることが苦手だ。目の前の相手を心の底から拒絶できない。その甘さが悲劇を生むと分かっているのに。


「ユウナってさ、この国の人じゃないでしょ」

「どうしてそう思うんです?」

「魔力高すぎるもん」


 あっさりと見抜かれていた。幼いと侮っていたのが少し恥ずかしくなる。


「ぶっちゃけこの国ってなんもないじゃん。なんで来たの? 旅行?」


 私は首を横に振った。


 どう答えるのが正解なのか。適当な嘘で誤魔化すこともできる。真実を明かせば会ったばかりの彼女は戸惑うだろう。


 散々迷ったが、取り繕うことはやめた。犯した罪からは逃れられないのだから。




「人を、殺したからです」




 静かだ、水面に石が投げ込まれたあとのように。ミルダの口元から笑みが消えていく。


「……まじ?」

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