16. 王様と騎士のホームステイですわ!
華園家のリビング。
ちゃぶ台を囲むように、異世界からやってきた王様と、女騎士のシャルロットが正座をしていた。
「おおお……!なんという恐るべき氷魔法の宝具か!扉を開けただけで、これほどの冷気が満ち溢れておるとは……!」
王様が、感極まった様子で冷蔵庫(国産・十年モノ)の前にへばりついている。
「王様、危のうございます!その薄型の水晶板も、我々の姿や声を完璧に写し出し、さらに遠方の景色まで映し出す超魔道具!英雄殿の居城は、恐るべき防衛機構とアーティファクトで満ちておりますぞ!」
シャルロットは剣の柄に手をかけながら、テレビのワイドショーで流れる天気予報のキャスターを「遠隔透視の使い手」だと警戒して睨みつけていた。
「あらあら、お二人とも。それはただの家電ですわよ。……それより、お茶が入りましたわ」
凛音が、麦茶とスーパーで買ってきた「お徳用カステラ」をお盆に載せてやってきた。
「おお、すまぬな凛音殿。……む?この茶色い飲み物と、黄色い菓子は……?」
王様がおずおずと麦茶を口に含み、目を丸くした。
「な、なんという芳醇な香り!冷たく、しかし腹の底から力が湧き上がってくるような清涼感!まるで世界樹の朝露のごとき……!」
「王様!こちらの黄色い菓子も凄まじいですぞ!雲のように柔らかく、噛めば極上の甘露が口いっぱいに広がる……!我が国の王室専属パティシエが束になっても、これほどの逸品は作れまい!」
二人は涙を流しながら、特売の麦茶とカステラを貪るように平らげた。
「ふふ、お気に召したようで何よりですわ。……さて、お腹も落ち着いたところで、お二人はどうしてこちら(地球)にいらっしゃったのかしら?」
凛音の問いに、王様は姿勢を正して深く頭を下げた。
「うむ。実はな、英雄殿が魔王を討ち果たし、姿を消してより数年……。我々の世界は、再び新たな脅威に見舞われておるのだ。魔王軍の残党が、巨大なダンジョンコアを起動させ、世界を飲み込もうとしておってな」
「あら、それは大変ですわね」
凛音は全く心がこもっていない相槌を打ちながら、夕飯の準備のためにスーパーのチラシを広げ始めた。
「そこで、空間魔法の権威たちが総力を結集し、英雄殿の残した魔力の痕跡を辿って、空間の扉を開いたのだ!どうか英雄殿、再び我々の世界を救ってはくれまいか!」
「どうか、お願い申し上げます!」
王様とシャルロットが、畳に額をこすりつけて懇願する。
「お断りいたしますわ」
凛音は、チラシから目を離すことなく即答した。
「な、なぜです!?英雄殿の力があれば、あの残党どもなど一捻り――」
「わたくし、先月から『自宅警備員』という高潔な職に就いておりますの。今の仕事(お庭の草むしり)にやりがいを感じておりますし、何より、そちらの世界には『半額シール』も『デパ地下』もありませんもの。不便すぎて、もう戻る気はありませんわ」
「は、半額しーる……?」
異世界の最高権力者たちが、聞いたこともない単語に首を傾げていると、縁側の向こう――裏庭から、ガサガサと草をむしる音が聞こえてきた。
「む?凛音殿、庭に誰かおるようだが……?」
王様が縁側から裏庭を覗き込む。
そこには、日本の最高戦力(アーサー、氷室、海斗)とトップ配信者が、泥だらけになって軍手で雑草を引き抜いている姿があった。
「あ、あれは……!まさか、かつての荷物持ちの少年、アーサーではないか!?」
シャルロットが驚愕の声を上げた。
「シャルロット殿!?王様まで!なぜここに!?」
草むしりをしていたアーサーも、驚いて立ち上がった。
「アーサーよ、見違えたぞ!その身から溢れる覇気、我が国の近衛騎士団長すら凌駕しておる!……して、そちらにいる他の者たちは?」
「はっ!彼らは、この世界における最高ランクの探索者……つまり、国家の最高戦力であり、また一千万人の民を導く者たちです!我らは皆、凛音様の偉大なる力に心酔し、こうしてお庭の『分別』を手伝わせていただいているのです!」
アーサーが胸を張って答えると、王様とシャルロットは息を呑んだ。
「なんということだ……!この世界における最強の戦士たちすらも、英雄殿の前ではただの庭師としてひれ伏しておるのか……!」
「なんというカリスマ……!やはり凛音殿は、世界を統べるにふさわしき御方……!」
二人は完全に勘違い(曲解)し、凛音への畏敬の念をさらに深めてしまった。
その様子を、海斗が「違う……俺は幼馴染のマウントを取りに来ただけなのに……」と死んだ魚のような目で眺め、氷室が「ふん、新入りの雑草どもめ」と謎の対抗心を燃やし、レオンが「異世界人キタ━(゜∀゜)━!スパチャチャンス!」と地面からカメラを向けている。
「……あら、皆様。おしゃべりはそれくらいにして、手を洗っていらっしゃいな」
凛音が、エプロン姿で縁側に出てきた。その手には、大皿に山盛りになった揚げ物が載っている。
「今日は、近所のスーパーのタイムセールで、見事『半額シール』の貼られたお惣菜を勝ち取ってきましたのよ!さぁ、召し上がれ!」
それは、ただのスーパーのパック惣菜である。
しかし、アーサーたちにとっては、神(お嬢様)が自ら戦場で勝ち取ってきた至高の恩寵であった。
「おおお!これが噂に聞く、半額のメンチカツ……!」
王様が、震える手でメンチカツを一口かじる。
サクッ。
ジュワァァァ……。
「……ッッッ!!!!」
王様の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「な、なんという美味さだ……!衣の香ばしさ、溢れ出す肉の旨味……!我が人生で食してきた数多の宮廷料理が、ただの泥水のように思える……!」
「王様!このコロッケという芋の揚げ物も絶品ですぞ!甘く、ホクホクとして……ああ、生きていてよかった……!」
異世界のトップ二人が、スーパーの半額惣菜を前に、文字通りひれ伏して号泣していた。
「ふふ、お粗末様ですわ。……王様、シャルロット。もしよろしければ、しばらく我が家に滞在なさってはいかが?ただし、タダ飯はありませんわよ?明日から、あなた達も立派な『お庭の雑草(庭師見習い)』として働いていただきますからね」
「ははっ!喜んで!!」
こうして、華園家の「下僕カルテット」は、異世界の王族と騎士を加えて「下僕シックス」へと進化を遂げた。
彼女の「自宅警備」生活は、いよいよ国家規模、いや、世界規模の騒動を巻き起こしていくことになるのだった。




