15. 新宿大迷宮で不法投棄はいけませんわ!
「皆様、ごきげんよう!本日もお庭のパトロール(お掃除)を始めていきますわよ」
いつものように安物のスマホを自撮り棒にセットし、凛音は裏庭のゲートをくぐった。
しかし、ゲートを抜けた先の景色は、いつもと少し違っていた。禍々しい紫色の高濃度魔素空間ではなく、薄暗く入り組んだ、人工物のような迷宮の回廊が広がっていたのだ。
「あら?穴の奥の道が少し変わっていますわね。模様替えかしら?」
『考察班A:おい待て、この地形、見覚えがあるぞ……』
『マッスル課金:マジか。これ、新宿大迷宮の中層(Bランクエリア)の第14区画じゃねえか!?』
『ケーキ大好き:えっ、お嬢様の裏庭って新宿のど真ん中と繋がっちゃったの!?』
「新宿……?まぁ、デパ地下に行く手間が省けて便利かもしれませんわね」
凛音が呑気にバールを肩に担いで歩き出した、その時。
「……いやっ!やめて!!誰か、助けて!!」
迷宮の奥から、女性の悲痛な悲鳴が響き渡った。
凛音が静かに角を曲がると、そこには薄汚れた装備を身につけた三人の男性探索者が、一人の若い女性探索者を壁際に追い詰め、彼女の防具を無理やり引き剥がそうとしている光景があった。
「へへっ、無駄だよ。ここはギルドの監視カメラも魔力探知も届かねえ『死角』だからなァ」
「ダンジョン内の行方不明なんて日常茶飯事だ。ここで俺たち三人の『慰み者』になれば、命だけは助けてやるぜ?ほら、大人しくその服を脱げよ!」
「抵抗するなら、手足の腱を切ってからたっぷりと可愛がってやるからよォ!」
ダンジョンは富をもたらす反面、ひとたび法の目が届かなくなれば、欲望が剥き出しになる無法地帯へと変貌する。魔物よりも、タガの外れた同業者(人間)こそが最も恐ろしい。それは探索者たちの間では公然の秘密であった。
『マッスル課金:うわ、最悪だ。PKまがいの犯罪者じゃん!』
『真実を暴く者:おい!配信中だぞ!早く警察かギルドに通報しろ!』
『ケーキ大好き:お嬢様、危ないから下がって!あいつら人間だよ!』
だが、凛音は下がるどころか、コツン、コツンと優雅な足音を立てて男たちの背後へと歩み寄った。
「……あら。公共の場で発情するなんて、去勢前の野良犬以下のマナーですわね」
突如背後からかけられた声に、男たちは弾かれたように振り返った。
そこには、薄暗い迷宮には場違いすぎる、エプロン姿のお嬢様が立っていた。
「あぁ?なんだお前。つーか、なんでこんな所にドレスの女が……って、スマホ?配信してんのか!」
「おいおい、なんだこの極上の女は……!ちょうどいい、そっちの女の前に、まずはこの金髪のお嬢様からたっぷりと味わって――」
下劣な笑みを浮かべ、男の一人が凛音へと手を伸ばす。
――その瞬間。
「……味わう?」
凛音の顔から、いつもの柔らかな微笑みが、スッと消え失せた。
ぞわり、と。
配信越しの三十万人の視聴者ですら、背筋に氷柱を突き立てられたような悪寒を感じた。
現場にいる男たちはそれ以上だった。急激に魔素の濃度が跳ね上がり、呼吸すらままならない圧倒的な「死のプレッシャー」が、彼らの全身を押し潰す。
「ひっ……!? な、なんだお前、急に……!」
黄金色に冷たく光る瞳。それは、数多の魔王軍を文字通り『殲滅』してきた、歴戦の英雄の目そのものだった。
「わたくし、普段はただの清く正しい自宅警備員ですけれど……。あなた達のような、人間の皮を被った『本当の汚物』を見ると……心底、虫唾が走りますわ」
「ば、化け物……!」
「抵抗できない弱者を嬲り、命と尊厳を弄ぶ……。魔王軍の最下級ゴブリンですら、もう少しマシな矜持を持っていましたわよ」
凛音がバールを握る手に、ギリッと力がこもる。空間そのものが軋むような音がした。
「生かしておく理由が、地球上のどこを探しても見当たりませんわね。骨の髄から反省するまで、その身体に刻み込んで差し上げますわ。……育ちが悪くってよ!!」
「ふざけ――」
男がナイフを構えた瞬間。
凛音はバールを軽く振り上げ、瞬きすら許さぬ速度で男の『両膝』を正確に打ち抜いた。
――メキョバキィッ!!!!
「ギャアアアアアアッ!?」
「あら、お肉が硬すぎますわ。これでは筋切りのやり直しですわね」
膝から下をあり得ない方向にへし折られ、絶叫しながら崩れ落ちる男。その顎を、下からカチ上げるようにバールの先端が捉え、男は空中で一回転して地面に叩きつけられ、完全に白目を剥いた。
「なっ!?貴様ァ!!」
仲間が秒殺されたことに逆上した二人目が、殺意を込めて長剣を振り下ろす。
凛音はそれをバールの『腹』で受け止め、そのまま滑らせるように男の懐へ入り込んだ。
――ゴキャァァァンッ!!
「あ、がっ……!?」
「関節は、正しく外さないと良い出汁が取れませんのよ」
鎖骨から肩甲骨にかけて、無慈悲な一撃が叩き込まれる。骨が粉々に砕ける生々しい音と共に、二人目の男は壁まで吹き飛び、血を吐いてピクピクと痙攣した。
「ヒッ……!?助け……許し――」
残された三人目の男が、恐怖で股間を濡らしながら、這いつくばって逃げようとする。
だが、凛音は逃げる男の背中を、無慈悲に上から踏みつけた。
――メシャァッ。
「あぎゃああああっ!!」
「あら?逃げるんですか?女性を嬲ろうとした立派な覚悟はどこへ行きましたの?」
凛音は冷酷な眼差しのまま、男の背中に大上段からバールを振り下ろした。
――ズドォォォォォォォォォォンッ!!!!
悲鳴は、途中で物理的に途絶えた。
骨組みを完全に粉砕された三人目の男は、まるで圧縮プレス機にかけられたスクラップのように、迷宮の床石ごと深く陥没した。
「はい、お掃除完了ですわ」
凛音は血一滴ついていないバールを優雅に肩に担ぎ直し、一瞬でいつもの柔らかな微笑みに戻って、へたり込んで震えている女性探索者に手を差し伸べた。
「お怪我はありませんか?もう大丈夫ですわよ」
「あ、あ、ああ……ありがとうございます……っ!」
『マッスル課金:お嬢様のガチギレ怖すぎィィィ!!でも最高にスカッとした!!』
『考察班A:対人戦でも一切の手加減なし!完全にミンチにする気だったろ!』
『レオンキッズ:おい、三人目の奴、床に埋まって完全に沈黙してるぞ!』
その時。凛音の背後にあった「裏庭へのゲート」が激しく波打ち、眩い光の中から、見知らぬ二人の人影が飛び出してきた。
「おお!この空間の繋がり、やはり我らが英雄殿の魔力波形!」
現れたのは、豪華な王冠を被った筋骨隆々の王族の男と、白銀の甲冑を身に纏った見目麗しい女騎士だった。
「凛音様!空間の裂け目を辿り、ついにお迎えに上がりました!……おや?」
女騎士――シャルロットが、床に陥没し、壁にめり込み、膝を砕かれて泡を吹いている男たちを見て目を丸くした。
「はっはっは!察しましたぞ!我々が駆けつけるまでもなく、すでに悪漢どもを討ち果たした後ということですな!さすがは我らが英雄殿だ、わっはっは!!」
王族の男が、ダンジョン全体を揺るがすような豪快な笑い声を上げる。
「あら。王様に、シャルロット?どうして地球に?……まぁいいですわ。ちょうど良かったですわね」
凛音はスクラップと化した男たちをバールで指差した。
「そこのお三方、日本の警察――いえ、ダンジョン管理局に引き渡しますので、ロープで縛ってお庭まで運んでくださる?あ、アーサー君を呼んでくれてもよろしくてよ」
「はっ!英雄殿の御心のままに!」
数分後。
配信を見て血相を変えて飛んできたアーサー団長と警察によって、男たちは文字通り「粗大ゴミ」のように回収されていった。
命を救われた女性探索者は、自分を助けてくれたエプロン姿のお嬢様の容赦なき怒りと、彼女を「英雄殿」と呼んで豪快に笑う異世界の王族たちの姿に、ただただ唖然とするしかなかったという。




