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17/22

17.お嬢様が喧嘩しちゃいけないなんて法律ありませんわー!

 華園家の裏庭は、かつてない緊張感に包まれていた。


「……信じられん。日本の最高戦力たる『聖騎士団』のアーサー団長、特務部隊の氷室副隊長、Aランクの海斗。さらにあろうことか、1000万人の影響力を持つトップ配信者レオンまでが、揃いも揃って土にまみれて『草むしり』だと?」


 門扉を蹴り破らんばかりの勢いで乗り込んできたのは、休職中の佐藤課長の代わりとして管理局本部から派遣された、エリート官僚の九条であった。


 彼の背後には、全身を魔力強化装甲で固めた『ダンジョン強制執行部隊』の屈強な隊員たちが、ズラリと三十名ほど並び、華園家を完全包囲している。


「佐藤がストレスで倒れたと聞いて、どれほどの無法地帯かと思えば……これは一体何の冗談だ。国の宝である君たちが、なぜこのような不法占拠者ニートの下僕に成り下がっている!」


 九条の怒号が響く中、土いじりをしていたアーサーが、軍手をパンパンと払いながら立ち上がった。


「下僕ではない。我々は自らの意志で、この世界における真の英雄(凛音様)の『お庭の雑草おそうじ』を手伝わせていただいているのだ。九条殿、言葉を慎まれよ」


「……英雄殿だと?」


 九条の冷ややかな視線が、縁側で麦茶を飲んでいた異世界の王様とシャルロット、そしてその横で優雅にバームクーヘンを切り分けているエプロン姿の凛音へと向けられた。


「ダンジョン管理局特別措置法、第十二条違反。不法な未登録ダンジョンの占有、および身元不明の異界人との接触。華園凛音、君を国家反逆罪およびダンジョン不法占拠の現行犯で連行する!……そこな異界人もろとも、この家を即座に強制封鎖せよ!!」


 九条が冷酷に手を振り下ろすと、三十名の強制執行部隊が一斉に武器(警棒型の魔力スタンガン)を構え、庭に踏み込んできた。


「なっ……!九条殿、早まるな!我らが英雄殿に何たる無礼を!」

「相手はSランクの神話級すらワンパンする覇王だぞ!お前ら全員、ガチで死ぬぞ!!」


 シャルロットが剣に手をかけ、海斗が必死に叫ぶ。


 だが、九条は鼻で笑った。


「覇王?Sランクをワンパン?ネットのヤラセ動画に毒されすぎだ。君たちのようなトップ層が、何らかの理由でこの女に弱みを握られ、従わされていることは分かっている!だが、私とこの部隊は違う。私たちは『法律』という絶対の力で動いているのだ!」


 九条が「ただの女に何ができる!法律の重みを知れ!」と勝ち誇ったように叫んだ、その瞬間。


「……あら」


 凛音が、スッと立ち上がった。


 いつも肩に担いでいるバールはない。


 彼女は身につけていたフリルのエプロンの紐を、優雅な手つきでスルスルと解き、バサッ、と縁側に脱ぎ捨てた。


「わたくし、先ほど綺麗にお掃除を終えたばかりですのに……。休日の庭先に、大勢で土足で踏み入るなんて。それに、お父様とお母様の大切なマイホームを強制封鎖ですって?」


 黄金色に冷たく光る瞳が、九条と三十名の部隊を見据える。


「ご近所迷惑も甚だしいですわね。育ちが悪くってよ?」


 死の宣告が下された。


「ひるむな!相手はただの非武装の女だ!拘束しろ!!」


 九条の命令で、最前列の隊員三人がスタンガンを振り上げて凛音に飛びかかった。


 だが。


「国家反逆だの、法律だのと小難しいことを並べておりますけれど……要するにこれは、わたくしの平穏なニート生活への『カチコミ』ですわね?」


 凛音は一歩前に出ると、一切の武器を持たず――極めて洗練された『ヤクザキック』を、先頭の隊員の強化装甲に深々と叩き込んだ。


 ――ドゴォォォォォォンッ!!


「がはっ!?」


 ただの前蹴り。だが、装甲車すら弾き返すはずの魔力強化装甲がまるで紙くずのようにひしゃげ、隊員は後方の五人を巻き込んでボールのように吹き飛んだ。


「なっ……!?ただの蹴りで、対物装甲を……!?」


 九条の顔から血の気が引く。凛音は蹴り足を優雅に下ろし、ドレスの裾をふわりと翻して、美しい所作でお辞儀をした。


「皆様!本日はバールはお休みですわ!これより華園流お嬢様格闘術素手ステゴロの型を披露いたしますわよ!!」


『マッスル課金:ファッ!?お嬢様のステゴロキターーー!!』

『考察班A:おいバカやめろ!あのバールがリミッターだったんだぞ!素手の方がヤバいって!!』

『レオンキッズ:最高のアングル!お嬢様の華麗なる喧嘩配信、スパチャ止まんねぇ!』


 レオンが這いつくばってカメラを回す中、凛音は三十名の重武装部隊のど真ん中へと、たった一人で踊るように突撃した。


「殲滅ですわ~~!!お嬢様が喧嘩しちゃいけないなんて、法律ありませんわーー!!」


 その言葉と共に、物理法則と国家権力が完全に崩壊した。


 ――メキバキィッ!


 ――ドッゴォォォン!!


「ひぶっ!?」

「あぎゃあああ!?」


 右ストレートが装甲を粉砕し、優雅な回し蹴りが三人の屈強な隊員をまとめて宙に浮かす。掴みかかろうとした隊員の腕を合気道のような柔らかな動きで取り、そのまま『一本背負い』の要領で地面に叩きつける。局地的な地震が発生し、華園家の庭が波打った。


 開始からわずか三十秒。


 土煙が晴れた庭には、三十名の強制執行部隊が、一人残らず「綺麗に積み上げられたジェンガ」のように気を失って重なっていた。


 その頂点に、凛音がドレスに土埃一つつけず、優雅に腰掛けている。


「……ひ、ひぃぃぃ……っ!!」


 ただ一人残された九条は、腰を抜かしてへたり込み、ガチガチと歯を鳴らしていた。


 彼の信じていた「法律」と「国家権力」が、エプロンを脱いだだけのニートの『素手』によって、わずか三十秒でジェノサイドされたのだ。


「国家……法律……マニュアル……全て、全て無駄だったというのか……!君たちのような、バグった汚物がこの世に存在していいはずがない……!」


 九条の目が、絶望の深淵で濁流のような憎悪へと変わった。


 エリート官僚としてのプライドが跡形もなく崩壊した瞬間、彼は管理局の人間としては絶対にしてはならない「最後の手段」に出た。


「クソ化け物がぁあああ!!!この世から消え失せろぉぉぉぉ!!!」


 九条は半狂乱になって叫びながら、懐から管理局の特級遺物である魔力強化銃を取り出し、凛音の顔面に向けて、連続で引き金を引いた。


 ――ダンダンダンッ!ジャキッ!ダンッ!ダンッ!


 魔力を凝縮した強化弾丸は、Sランクモンスターの皮膚すら貫通する管理局の最高火力だ。


「なっ……!?九条、貴様ァ!!」

「凛音様!お危ない!!」

「お嬢様ァァァァァ!!」


 アーサー、海斗、氷室が絶叫し、王様とシャルロットも弾かれたように武器に手をかける。


 しかし、誰もが間に合わない。――そう思われた。


 だが、ジェンガの頂点に座るお嬢様は、涼しい顔をして優雅に右手を前に出した。


 パパパパシッ、パシッ、パシッ。


「……え?」


 九条の口から、間抜けな声が漏れた。


 凛音は三十万人の視聴者の前で、時速数千キロで迫る魔力強化弾丸を、まるで飛んでくる小さな羽虫でも摘むかのように、素手で何発も掴み取っていたのだ。


 激しい摩擦熱も、凄まじい魔力も、彼女の手のひらの中であっさりと無に帰している。


「あらあら。人様のお庭の中で、そんな物騒なオモチャを振り回すなんて。……本当に、育ちが悪くってよ」



 チャリン……じゃらららら。



 凛音は掴んだ弾丸を、指先からこぼすように地面へと落とした。


 Sランクを貫くはずの魔力弾は、彼女の圧力で無惨にひしゃげ、ただの鉄くずとなって庭石の上に転がる。


 凛音は黄金色の瞳で、絶望に染まる九条を見下ろし、極上の微笑みを浮かべた。


「……こんな鉄くずじゃ、アリさんも殺せませんわ~」


「…………は、あ?」


 九条の脳の処理能力が、完全にオーバーショートした。


 自分が放った管理局の最高火力を素手で防がれた挙句、「アリさんも殺せない鉄くず」と一蹴されたのだ。


「……ひ、ひぃぃぃ……っ!!くるな!ば、化け物!!佐藤!佐藤ォォォォ!!」


 九条は半狂乱になってスマホを取り出し、休職中で寝込んでいるはずの佐藤課長に、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら電話をかけ始めた。


「さ、佐藤さん……!助けて……!ここ、地獄です……!拳銃がばーんってやったのに!ばーんですよばーん!!なのにアリさんも殺せない鉄くずだと言われましたぁぁぁ!!」


「……だから、言ったじゃないですか」


 スマホ越しに響く佐藤課長の疲れ切った声だけが、惨劇の終わった華園家の庭に虚しく響き渡っていた。

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