第94話 なつやすみのおもひで
202X年、夏休み終盤
① 夏バテ回避(?)ごはん会
「にゃふ、できました!」
ある日の夕方。
タマキ宅キッチンに、誇らしげな声が響いた。
カウンターの向こうで、フユミが両手を腰に当てる。
「本日のメニュー、“夏バテに効きそうな冷やし中華”です!」
テーブルには、カラフルな具材が並んだ皿がいくつも。
錦糸卵、きゅうり、ハム、トマト、茹で鶏、薬味ネギ。
見た目は、ちゃんと美味しそうだ。
「見た目は普通ね?」
ナツキが、腕を組んで頷く。
「問題はタレです~」
メグミが、怪訝そうに小皿を覗き込む。
透明感のある琥珀色のタレ。
レモン系の柑橘の香りに、ほんのりはちみつの甘さ、そしてどこかエスニックなスパイスの匂いが混じっている。
「レシピは?」
「柑橘果汁+はちみつ+醤油+お酢少し+謎スパイスです」
「“謎”って言っちゃったよこの子」
ひとまず、一口食べる。
「……どう?」
みんなの視線が集まる。
酸味。
甘味。
後から、ピリッとした辛味。
味がケンカしてるわけじゃない。
ただ――
「……これ、甘いのか酸っぱいのか辛いのか判別不能」
「にゃふっ」
ちょっとショック受けてる顔をするフユミ。
「えっと……その、お、美味しい、よ?」
カズネが、フォローなのかなんなのか分からない声で言う。
「あ、あのね?チャレンジ精神は良いと思うよ?」
「美味しいと思ったんですけど……。柑橘とはちみつ、夏バテにいいって聞いたので……」
マヨイ先輩もフォローの方向性に迷っている。
「新作アイスを試食してるみたいな味だね!!」
「冷やし中華なんですぅ……」
そして、マシロ先輩にとどめを刺されて、フユミしょんぼりモードに入ってしまった。
猫耳がぺたんってなる幻覚が見える。
気持ちはありがたいので、どうにかフォローしてやりたい。
「いや、ベースは悪くないと思う。柑橘とはちみつまでは分かる。謎スパイスが予想以上に主張してるだけで」
「つまり、トッピング次第で化ける可能性あり」
「よし、アレンジ大会にしよう。せっかく麺大量に茹でたんでしょ?」
「にゃふ……麺は、まだあります」
「こういう時はみんなを呼んで、知恵を借りよう」
「にゃふ!?」「人増やすんですか!?」
◇
十分後。
部屋には、暇人どもが増えていた。
「“実験台”って書いてある気がするんだけど」「気のせいです~」「にゃふ、改良案募集です」
「とりあえずそのまま一口ずつ食べてから意見言おうか」
「はーい」
ひと口。
ふた口。
「……うん」「これは」「なるほど」
沈黙のあと、イズミが口を開いた。
「辛子マヨ足したらいける」
「えっ」
「この甘さと酸味なら、辛子マヨでまとめてやれば、全部“濃い”で押し切れる」
「発想が暴力なんよ」
「でも分かる」「やってみよ」
キッチンから辛子マヨを持ってきて、
別皿にタレを少し取り、混ぜる。
「……あ、いけるわ」
ナツキが箸を止めて驚いた。
「やだ悔しい」「にゃふ!?」「すごいですね……」
「じゃあ私は、ごま油ぶち込め派で」
アキハが、別皿にごま油をたらす。
「香りで全部まとめて“アジアン風”ってことにするのよ」
「名前で誤魔化すやつだ!」
「いただきます」
ごま油+タレの方も、
なんだかんだでちゃんと美味しい。
「うわ、これもアリだな……」
その後も、
「ちょっと醤油足してみよ」「ラー油もお願いします~」「ポン酢で割ったらどうですかね」「マヨは正義」「にゃふ、タレが無限分岐してます」
我が家のキッチンは、
ちょっとした開発現場みたいになった。
最終的に――
「……ラーメンサラダになった」
「北海道民の血が騒いだわね」
「うん、これはこれでアリ」
「にゃふ……?」
フユミが、おそるおそる一口。
「……美味しいです!」
目をぱぁっと輝かせる。
「もともとのタレが、“甘酸っぱ+ピリッ”だったから、ごま油とマヨで方向性が決まったのね」
「あと、辛味を少しラー油に振り替えて……」
アキハが、さっさとラー油を足す。
「〆に白ごま。はい、“夏バテ対策ラーメンサラダ”完成」
「名前変わってるじゃないですか~!」
「美味しいからいいの」
「にゃふー、レシピメモします」
フユミは、ノートにごま油とマヨとラー油の分量を走り書きしながら、何度も頷いている。
「フユミちゃん、“原案タレ”は、アイスに応用すれば美味しいと思います~」
メグミが、フルーツ部門に参加してきた。
「柑橘とはちみつとスパイスなら、シャーベット向きです~」
「“夏バテ対策アイス”も開発コースかな」
「にゃふー……研究テーマが増えました」
「ちなみに、フユミ」
「にゃふ?」
「最初に考えた“原案タレ”は、温かい鶏肉にかけてみると――」
ナツキが、フライパンでさっと炙った鶏むね肉に、例のタレをかける。
「“柑橘はちみつスパイスチキン”になるのよ」
「おお……」
ひと口食べて、フユミの目が丸くなる。
「なにこれ、めちゃくちゃ美味しいです……!」
「うわ、これ普通に超美味い」「これ本当に同じタレか?」
結局その日は、呼べるメンバーを片っ端から呼び出し、
「このバージョン好き」「酸味もうちょっと」「辛いのいける人用」「甘党専用」
などと、キッチンは、夏バテを回避しようとした意味がないほどの熱気に包まれた。
最終的に、コウメイ先輩の一言でメニュー名が決まる。
「“冷やし中華という名前のラーメンサラダ”でどうだ」
「長い」
「けど、まあ、間違ってはいない」
当初の目的はともかく、夏の夕方にしては、かなり賑やかな食卓になったのだった。
そんな賑やかさの中、そっとフユミが袖を引いてくる。
「あの、タマキさんは美味しかったですか?」
「ああ、美味しかったよ。ありがとう、フユミ」
「にゃふ、タマキさんが美味しかったならよかったです」
頭を撫でると、嬉しそうに笑ってくれたので、最終的にはよかったよかった。
② 道端の猫と、にゃーにゃーいうだけの時間
――買い出しの帰り道。
スーパーの袋を片手にぶら下げて、アキハと並んで歩いていた。
「卵安かったわね」
「ついでにベーコンも買ったし、明日の朝は豪華にできるな」
「“ベーコン焼いて卵割っただけ”で豪華って言わないのよ」
「そこに塩コショウも振ってるんだよ」
そんなくだらない会話をしながら、いつものアパートへの道を曲がる。
「――あ」
アキハが、ふいに足を止めた。
視線の先を追うと、
アパート脇の植え込みの陰で、三毛猫が一匹、のびーっと伸びをしていた。
こっちを一度だけちらっと見ると、
「……興味なし」と言わんばかりに、また目を細める。
「…………」
「…………」
二人でしばし無言になる。
そして。
「にゃー」
「にゃー」
ほぼ同時に、猫に向けて挨拶した。
猫は、耳だけぴくっと動かして、
「やれやれ」とでも言いたげに片目だけ開ける。
「今、“人間だ”って顔したな」
「“またよく分からんやつら来た”って顔ね」
アキハが、少し距離を保ちながらしゃがみ込む。
「こんにちはー。暑いねー」
「にゃー」
さっきより、ちょっと声色の柔らかい「にゃー」が返ってくる。
たぶん気のせいだ。
「にゃー」
「にゃあ」
「にゃー」
「にゃ゛ー」
俺も隣で座り込み、三人で鳴いていると、
途中から、鳴き声のバリエーションが増えていく。
「いいなぁ」
「何が」
「“昼寝して、起きたらごはんあって、また昼寝して、たまにこうやってかまわれる生活”」
「それは確かに羨ましい」
猫生にちょっと真剣に憧れ始める。
「タマキは?」
「俺?」
「猫になるなら、どんな猫がいい?」
質問の方向性がすごい。
「……とりあえず、こいつみたいに、夏の午後に駐車場で伸びてても怒られなさそうなやつ」
「たしかに怒る人いなさそう」
「で、たまに近所の美人女子大生が“にゃー”って構ってくれるの」
「欲望だだ漏れじゃないの」
呆れながらも、アキハの口元は少し笑っていた。
「アキハは?」
「私は――そうねぇ」
猫を見ながら、少しだけ考える素振りをして。
「“ちゃんと帰る場所ある野良猫”がいい」
「帰る場所?」
「普段はふらふらしてるけど、涼しい玄関と、ごはんと、水と、撫でてくれる人がいる家」
それは、なんとなく誰かの顔が浮かぶ設定で。
「……それ、もう今の生活じゃない?」
「気のせい」
アキハは立ち上がって、パンパンとスカートの埃を払った。
「ねえタマキ」
「ん」
「この猫さ」
アキハが、三毛猫をじっと見ながら言う。
「このアパートの住人のこと凄い把握してそうだよね」
「分かる。誰が何時に帰ってくるか全部知ってそう」
「『あ、この人は夜中にカップラーメンの匂いさせて帰ってくる人だ』とか」
「『あの角部屋は喧嘩したあとすぐ仲直りするからうるさい』とか」
「「ありそう」」
三毛猫は、そんな妄想をよそに、尻尾だけふわふわと振っている。
「アキハ、猫飼ったら?」
「妹がね、動物NGなのよ」
「あー」
「でも、いつか一人暮らししたら、絶対猫欲しいなーって思ってる」
アキハは、少しだけ目を細める。
「こういう子」
「こういう子?」
「“人懐っこすぎず、でも気分で膝に乗ってくる”くらいの距離感の子」
「具体的だな」
猫は、あくびをひとつすると、のそりと立ち上がり、
ゆっくりとこっちに近づいてきた。
「お」
「お?」
鼻先をひくひくさせて、
アキハのスニーカーの匂いを一通り確認し、
俺の足の横も一応かいでから――
「……」
アパートの階段下、いつもの定位置らしきところに、再びどさっと座った。
「パトロール終わりました、って顔してる」
「仕事したわ、って感じね」
猫の一日の仕事を勝手に決めないでほしい。
「タマキ」
「ん」
「もしさ」
アキハが、立ち上がりながら、ちらっと俺を見る。
「いつか猫飼ったら、最初に写真送るね」
「撫でに行ってもいい?」
「名前、一緒に考えて」
「それもう、ほぼ俺の猫でもあるのでは」
「“共同名付け親”ね」
そう言って、軽く笑う。
視線を戻すと、猫はもう、こっちを見ていなかった。
ただ、尻尾だけ、ゆっくり左右に揺れていた。
「……平和だな」
「ね」
アキハが、小さく笑う。
「こういう、“何も起きない時間”、わりと好きなんだよね」
「俺も好きだよ」
事務局の仕事も、バーのバイトも、人間関係も何も関係なくて。
ただ道端で、猫に向かって「にゃー」って言ってるだけの時間。
「……さすがに、そろそろ行くか」
「そうね。あんまり構い過ぎても悪いし」
「またね、猫さん」
「ありがとねー」
猫は「んにゃ」とあくびして、くるっと向きを変え、塀の上をてくてく歩いていく。
「……いい猫だった」
「いい猫でした」
こういう時間が、夏休みの本体なんじゃないかと思う。
③ 安心して酔える相手
「――タマキさん」
夏のなんでもない夕方。
部屋でゲームしていると、ソファの向こうから、フユミの控えめな声がした。
「ん?」
「たまには、ちょっとがっつり、でも静かに飲みに行きたいです」
なんとなくわかる。
「“がっつり”と“静かに”は両立するのか?」
「にゃふ、日本酒なら両立します」
「なるほど?」
「タマキさん、日本酒ってちゃんと飲んだことありますか?」
「“冷酒ください”って適当に頼むくらいだな」
「にゃふ、それはもったいないです」
フユミのメガネの奥に光が灯る。
「じゃあ今日、“ちゃんとした日本酒バー”行きませんか」
そう言われて、断る理由はなかった。
◇
繁華街の真ん中から少し外れた路地にある、小さな日本酒バー。
入り口は、控えめな木の扉。
看板も、シンプルに店の名前が書いてあるだけ。
「ここ、前から気になってたんです」
フユミが、少し嬉しそうに言う。
「“気になってたけど、一人で行くには勇気がいる店”リストの一つです」
「そんなリストあるのか」
「にゃふ、あります」
扉を開けると、ふわっと冷たい空気と、お酒の香りが混じった空間が広がる。
カウンターが八席ほど。
奥に小さなテーブル席が二つ。
「いらっしゃいませ」
落ち着いた雰囲気の店主さんに案内されて、カウンターの端に並んで座る。
「日本酒、詳しいわけじゃないんですが」
「大丈夫ですよ。お好みを教えて頂ければ」
「フユミ、どんなの飲みたい?」
「……お米!!って感じのがいいです。甘すぎないやつ」
「ふむ。“お米!!”ですね」
店主が楽しそうに笑って、一升瓶を何本か出してくる。
「じゃあ、まずは定番どころで」
冷やで小さなグラスが二つ置かれた。
「じゃ、とりあえず」
「はい、日本酒に」
それぞれ、一口。
「どう?」
「お米です……」
「語彙力」
でも、言いたいことは分かる。
◇
それからは、完全に「日本酒の世界」だった。
「これは少し酸が立つタイプで」「こっちはフルーティーで」「ひやおろしもイイですよ」
店主が、グラスに少しずつ注いでくれるたびに。
「ふむ……」「あ、これ好きです……」「これはちょっと苦手です……でも美味しいです……」
コメントが、ひたすら可愛い。
フユミの目が、普段の二割増しでキラキラしている。
「にゃふ……」
「そんなに嬉しそうだと、日本酒側も照れるぞ」
「“おいしく飲んでくれる人”はお酒が喜ぶので大丈夫です」
よく分からない理屈だが、説得力はある。
「あ、これも美味しい」
何杯目かわからない小さなグラスを一口飲んで、素直な感想を漏らす。
どうやらまだ余裕があるらしい。
「日本酒好きだったんだ」
「“好き”とまではいかないですけど、
“タマキさんと一緒に飲んでみたいお酒”は、たくさんあります」
フユミは、湯豆腐を箸でつまみながら、さらっと言った。
「それ、だいぶ“好き”の定義が広いな」
「にゃふ」
「それに、フユミはかなり強いな」
「飲みの機会が増えてから、なんとなく分かってきました」
「うん」
「私、たぶんタマキさんより強いです」
ニヤリと宣告された。
「ぐぬぬ」
「にゃふ。負けず嫌い発動しました?」
店主さんが出してくれる、少しずつ違う日本酒と小さな肴。
それを味わいながら、他愛のない話をした。
最近読んだ本の話、ゲームの積み具合、冷蔵庫の食材管理表のアップデート状況。
そんな中、フユミが、ぽつりと言う。
「夏休み、なんだかんだで、わいわいしたの多かったから……
たまには、“静かに飲む日”が欲しくて」
「まぁ、わかる」
そういう日もあるよね。
「あ、でも、プール楽しかったです」
「それは、良かった。水着姿も可愛かったぞ」
「頑張って選びましたので」
「そっか」
「皆で買いに行くのも楽しかったです」
「それはよかった」
「そういえば、海行かないまま、夏が終わりそうです」
「北海道で海水浴はなぁ……」
「“海の家の焼きそば”が食べたいです」
「そこなんだ」
どれも、わざわざ酔って話すような大事な話ではない。
でも、フユミと飲むならそれが良かった。
「タマキさん、どれが美味しかったです?」
「んー、くどきじょうずってやつかなぁ」
「タマキさん?」
「ん?」
「酔ってます?」
「……んー」
自分でも分かるくらい、頭がふわふわしていた。
「でも、“酔ってる時のタマキさん”見られるの、ちょっと楽しいです」
「楽しいってなんだ」
「普段より、少し素直です」
……それは否定しづらい。
「それに、タマキさんが、ここまで酔ってくれるの、結構レアなので」
「そうか?」
「普段、酔わないように相当気を付けてますよね」
フユミは、さらっと言う。
「バレてる?」
「見てたらなんとなく」
「……皆を信用してないわけじゃないよ」
フユミは、おいしそうに飲みながら、続ける。
「今日は、私が見てますから。ゆっくり酔ってください」
「……」
日本酒が、さっきよりも、少しだけ甘くなった気がした。
「んとね」
テーブルの上のグラスを指でつつきながら、
口がいつもより軽くなる。
「ふゆみあいてなら、よってもいいかなって、おもっちゃう」
言った瞬間、
「あ、これ言っちゃったな、俺」と、別の自分が冷静に分析しているのが分かった。
「そうですか」
フユミは、グラスを唇に運びながら、ほんの少し頬を赤くする。
「“酔っても大丈夫”って思われてるの、悪くないです」
「んー」
「でも」
彼女は、そこで一度グラスを置いた。
「“ごめんね”って言う必要は、ないです」
「……ごめんね」
「言いましたね?」
「言っちゃったなぁ」
自分でも笑えてくる。
フユミの声が柔らかくなる。
「タマキさんが、“私相手なら酔ってもいい”って思ってくれるの、嬉しいです」
その横顔は、少しだけ口元が緩んでいるようにも見えた。
「今日、私は、飲みたい気分だったし。
タマキさんも、ちょっとヘロヘロしたそうだったし。
“都合が良かった”だけです」
「言い方」
「事実です」
でも、その言い方が妙に安心する。
「ふゆみー」
「なんですか」
「ありがと」
「なんのですか」
「わかんない」
「別にいいです。あ、コレも美味しい」
「……」
「“ちゃんと帰れる程度に酔ってくれる場所”で居られるなら、それで」
ふいに、視界の端がにじむ。
「にゃふ」
彼女は、少し甘めらしい日本酒を飲んで、満足そうに目を細めている。
…………まじでつえぇな。
◇
店を出る頃には、夜風が気持ちいいのか、酔いでふらついているのか、よく分からない状態になっていた。
「タマキさん」
「ん」
「歩けます?」
「……歩ける」
「信用できない返事が来ました」
ふら、と身体が傾いた瞬間、
フユミがすっと腕を組んでくる。
「掴まってください」
「悪いな」
「にゃふ、“飲みに誘った側の責任”です」
アパートの分かれ道で立ち止まる。
フユミの部屋は、俺の家から徒歩3分。
ほぼ生活圏が同じだ。
「タマキさん」
「ん」
「今日は、うちに連行します」
酔いのせいもあって、ワンテンポ遅れて意味を理解する。
「いや、俺、わりと酔ってるから」
「だからです」
即答だった。
「タマキさん、今日は“自分ちに女の子連れ込んで寝ちゃダメな顔”してます」
「どんな顔だよ」
「にゃふ。“甘えたいけど我慢してる顔”です」
どんな顔だ、マジで。
「変なことはしません。たぶん」
「そこは俺が言う台詞じゃない?」
「タマキさん、変なことするんですか?」
「フユミの信頼を裏切るくらいなら舌を噛みたい」
「変なことしてもいいですよ?」
「帰る」
「冗談です」
そのままエレベーターに乗り、部屋まで連行される。
◇
「お水持ってきます」
「悪い」
テーブルにペットボトルの水と、二つのコップが置かれる。
「ちゃんと水飲んでから寝てください」
「はい」
ごくごく飲む。
体内にアルコールと水が混ざって、少しだけ頭がクリアになる。
「着替えます?」
「……うん、さすがにジーンズのまま寝るのは」
「立てるなら行っていいですよ」
言われるがまま、顔を洗って、なんだかんだ置いてある自分のスウェットに着替える。
戻って、素直にベッドに倒れこむ。
「……フユミ」
「にゃふ?」
「今日は、ありがとな」
「別にいいです」
電気が消され、フユミもベッドに腰を下ろす気配がする。
「私もちゃんと、ちょっと酔いましたし」
「全然そう見えないけど」
「内側は、ほわほわしてます」
「見た目に出ないタイプか……」
「なので、“酔ったタマキさん”も、たまには面白くていいです」
「面白いって言った?」
「言いました」
視界の端で、フユミの口元が、少しだけ緩んだ。
「タマキさん」
「ん」
「手、貸してください」
言われるがまま、手を伸ばす。
その手を、ぎゅっと握られた。
「……これくらいなら、セーフですか?」
「……うん」
指先に伝わる脈が、少しだけ早い気がした。
「ふゆみ、つよいな」
「お酒ですか?」
「いろいろ」
フユミの笑う気配が伝わる。
「強くないですよ。
“タマキさんが、弱いところ見せてくれるくらいには、頑張ってるだけです”」
「……そういうのを強いって言うんじゃないかな」
「じゃあ、ちょっとだけ“強い”ってことにします」
すぐには否定しないあたりが、少しだけ嬉しい。
「にゃふ。タマキさんは、もうちょっと自分を甘やかしていいと思います」
どんな顔をしていいかわからないので、うつぶせになる。
「……ふゆみ相手なら、ちょっと甘えてもいいかなって思っちゃう」
「さっきも聞きました」
「……そうだっけ」
記憶があやしい。
「似たようなこと言ってます」
「そっか」
ふわっと、手を握る力が強くなる。
「おやすみなさい、タマキさん」
「おやすみ」
そのまま、意識が沈んでいった。
――“この人の前でなら、弱いところ見せてもいいかな”って、
酔った頭で思ったことだけは、翌日になってもちゃんと覚えていた。




