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最北大学学生事務局  作者: 萩原詩荻


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第93話 正直、刺されてもしょうがないと思う

202X年、夏休み終盤/ガトーキン〇ダム


 ガトーキング〇ム。


 名前の通り、ケーキ屋と屋内プールが合体した、甘味と水分のテーマパークである。

 館内に入った瞬間から、甘い匂いと塩素の匂いが混ざってくるの、コンセプト強すぎない?


「タマキ、男子更衣室あっちね」


「はいはい」


 受付から別れて、それぞれ更衣室へ向かう。

 女子組はワイワイしながら消えていった。



 ――で、着替え終わった俺は、一足先にプールサイドへ出て、指定された待ち合わせポイントで、ひとりポツンと座っていた。


 屋内プールは、結構広い。

 ウォータースライダーが二本あり、よく見ると、プール内サウナなんてものもある。


 だが。


 正直今はそれどころじゃない。

 俺は今日死ぬんじゃなかろうか?とか考えていると、

 プールの入口近くから声が飛ぶ。


「ターマキーー!」


 ナツキだ。声だけで分かる。


 顔を向けた瞬間、覚悟していたはずなのに、情報量が多すぎて、俺はフリーズした。


 人生で一番、視線の置き場がない。


 屋内プールの明るい照明の下で、八人がそれぞれ“本気水着”を着て歩いていた。

 周囲の空気が、ちょっとだけ止まる。

 別に騒いでるわけじゃないのに、勝手に目立つ。目立ちすぎる。


 先頭を小走りでカズネが近寄ってくる。


「センパイ!!どうですか!!」

「……」


 可愛い。まず可愛い。

 “可愛い”以外の言葉を探す脳が、開始三秒で焼け始めている。


 俺は深呼吸して、ちゃんと目を見て言う。


「カズネ、本当に可愛い。なんと言っていいかわかんないくらい可愛い」

「えへへへ!!」

「普段も、周りを笑顔にさせつつ、可愛いなって思わせる表情や空気を撒いてるけど」

「撒いてます!?私、可愛さ撒いてます!?」

「撒いてる。今日は水着を一生懸命選んでくれたんだなってのも伝わってくる。とても似合ってるし、可愛い」

「……っ!」


 カズネの耳が、目に見えて赤くなった。


「ほら見てください皆さん!!タマキセンパイ、“本気褒めモード”です!!」

「なんだそのモード」

「嬉しいです!!!」

 カズネが、両手で顔を覆ってしゃがみこんでいる。


「タマキ先輩、結構がっつり褒めにきますね~」

 メグミが横で淡々と突っ込みを入れる。


「セ、センパイ……!ぜ、絶対!今日一日!もっと可愛くします!!!」

「今より可愛くなるのやめろ!俺が死ぬ!」

「死んでください!!」

「理不尽!!」


 カズネの後ろから歩いてきたナツキが、指を鳴らす。


「はい次、私」

「あれ?これ、全員分言う流れ?」

「逃げたら地の果てまで追うゾ♡」

「にゃふ、大魔王からは逃げられないのです」

「誰が大魔王よ!!」

「ふにゃ!タマキさん助けて!」

「無理だ、勇者連れて来い」


 多分勝てない。


「それと」

 アキハが横から追撃してくる。


「変に照れて雑に褒めたら殺す」

「怖いな!?」

「怖くない。普通よ」


 諦めて、ナツキを正面から見る。

 ナツキは、正統派で、綺麗で、可愛い。

 しかも“自覚”がある。


「……いや、ズルいわ」

「でしょ♡」

「認めるな」


 俺は観念して、はっきり言った。


「ナツキは、夏休みのヒロインって感じがする」

「うんうん」

 肯定が早い。


「こんな綺麗かつ可愛い水着姿見せられたら、同級生全員惚れるのも当たり前だって感じするわ」

「言い過ぎ?」

「言い過ぎじゃない。ナツキは自分の魅力ちゃんとわかってるし、中身も完璧ってんだからモテるのも当然」

「ふぅん?」

「でも、なんか、俺のイメージしたとおりの水着姿なのがなんか嬉しい。すごい似合ってる」

「…………」


 あれ?ナツキが急に真っ赤になった。

 なんでだ?


「タマキくん、タマキくん。それって、ナツキちゃんの水着姿想像したことあるって意味だってわかってる?」

「あ」

 マシロ先輩に突っ込まれて、俺も真っ赤になってしまった。


「ねぇ、タマキ?」

「ん?」

「同級生全員にタマキは入ってるの?」

「はい、次」

「ちょっと!」


「はい!次!フユミちゃん!」

 カズネが、命からがら復活して仕切り直した。

 助かった。カズネ、今日も有能。


「にゃふ……」

 フユミが、露出控えめ寄りなのに、破壊力がある。


「あの……」

 フユミが、期待と不安の混ざった目で見上げてくる。


 ずるい。

 その目はずるい。


「フユミが来てくれて良かった」

「にゃ、にゃふ……!」


「本当に可愛いぞ。フユミは普段隠し気味だから、なおのこと見れてよかったなーって感じがする」

 フユミが、両手で頬を押さえてうずくまる。


「自分が許せる範囲でちょっとだけ見せてるのが、すごく良いし、照れているのが肌の色から丸わかりで逆に可愛い」

「にゃふっ!?」

 可愛い。可愛いが、危ない。周囲の目が。


「変な男に声掛けられないよう気をつけろよ。怖かったら傍にいてくれ」


「……にゃふ……はい……」

 フユミが、ちょこんと俺の背中側に寄る。


「尊い!」「か、かわいい」「可愛い」「持ち帰りたいです~」「尊い」「あれはもう別枠」


「フユミの次はハードル高いけど、私ね」


 アキハが、すっと前に出てきた。

 本当になんなんだ、この流れ。


 俺は、アキハを見て――目を逸らした。

 無理だろ、これ。


「アキハは……」

「うん」

「……いや、もう、これ、ダメだろ」

 周囲の男の視線が吸い寄せられているのもわかる。


「何が」

「全部」

「こっち見て言え」

「アキハは、普段は派手目の化粧や髪型をしてるけど、こんなふうにシンプルに水着を着こなすと、本当に目が離せなくなる」

「うるさい」

「いつにも増して綺麗に見える、いや、元々綺麗なのは知ってるんだが、なんというか、言葉が出ない。…上から下まで全部綺麗だ」


「はい、語彙力壊滅ー、私の勝ちー」

「アキハセンパイ、顔真っ赤ですよ!!」

「あ、ホントだ、アキハちゃん顔真っ赤!」

「うっさい!!」


 アキハがカズネとマシロ先輩を追いかけまわしているが。

 ……多分、俺の顔も真っ赤だ。


「タマキ先輩、私も褒めて欲しいです~」

 メグミが、のほほんと手を上げる。

 本人のテンションと、水着姿の火力が噛み合ってないのが一番危ない。


「メグミ」

「は、はい~?……」

「いや。普通に見惚れた」

「……っ」

 メグミは、両手で胸元を隠そうとして、結局隠しきれずに視線を泳がせた。


「カフェの制服も似合うと思ってたけど、水着も似合う」

「えへへ~」

「普段は“可愛いな”が先に来るけど、今は“惹きつけられる”が、先に来る。正直、理性がすごい削れる」

「そういうの、さらっと言うのズルいです~」

「メグミは自分で思ってる以上に最高に魅力的な女性だって話だ。」

「んへ~、照れますね~」

 メグミが照れたように笑う。


「じゃあ、えい~」

 メグミがするっと腕に絡みついてくる。

 

 柔らかい!あったかい!メグミ!?離れっ!?

「ありがとうございます」

「えへ~、私もタマキさんに守ってもらいます~」


 ナツキが横からぼそっと不満気にこぼす。

「メグミ、最近、距離の詰め方覚えたよね」

「にゃふ、メグミちゃん、強いです……」


「じゃあ、そろそろ私も!」


 マシロ先輩が、にこにこしながら前に出てきた。

 ツインテールが揺れる。白い肌、綺麗すぎる脚。何で出来てるんだ、この人。

 反則だ。最初から反則で殴りに来てる。


「タマキくん、どう?」

 にこっと笑う。


「マシロ先輩、反則です。一人で綺麗と可愛いと元気とカッコイイの全部はやりすぎです」

「そんなこと言われたら嬉しいなぁ!」


 笑顔が明るい。

 太陽かな?


「ただ、視線のやり場にすげー困ります。肌も真っ白で超綺麗で、脚とか国宝級です」

「タマキくんなら、いくらでも見ていいよ?」

「見すぎたら死にます。あとツインテールも反則です、超可愛いです」

「えへへ、そこ褒めてほしかった」

「ですよね」

「じゃあ、褒められてうれしいから、タマキくんにご褒美!」


 と言って、正面からマシロ先輩が飛びついてくる。

 あ、無理だ。コレ。


 なんか、「あー!!」とか「ずるい!!」って声が聞こえる。


「死んだら、人工呼吸してあげるね!」

「殺さないでください」


 今日俺死ぬんだな。


「さ、マヨイちゃん、タマキくんにトドメさしておいで」

 ヒカリさんが、物騒なことを言いながら、マヨイ先輩の背中をそっと押してくる。


 うん、まあ、さっきから気付いていた。

 隠そうとしてるのに、隠せてない。

 布地ががんばってるのが分かる。物理が泣いてる。


 俺は、慎重に言葉を選ぶ――選べてない気もする。


「マヨイ先輩は……その……普段も、本当に非常に、大変魅力的なんですが、水着もとてもよく似合ってます。」

「……っ」

 マヨイ先輩が、顔を真っ赤にして固まる。


「でも無理はしないでくださいね」

「……うん……」

「しんどくなったら、一緒に休みましょう」


 彼女が小さく頷いた。

 ちょっと安心した顔になる。


「無理に堂々としなくてもいいですけど、本当にすごく魅力的で綺麗です、本当に」

「……ありがとう……」


「本当に綺麗で、艶やかで、ごめんなさい、見るなって方が無理です。」

「……そんなに……?」

「髪を上で縛っているので、うなじと水着の合わせ技は人を殺せます。というか俺が死にそうです」

「タマキくん!?!?」

「ご、ごめんなさい!!でも褒めてます!!」


 マヨイ先輩が、耳まで真っ赤になって両手で顔を覆った。


「あれはずるいよねー」

「ねー、バランスとか努力だけじゃどうしようもないもんねー」

「にゃふ、でも、マヨイさんが持っているからこその攻撃力な気もします」

「マヨイセンパイは、モデルさんのレッスン始めてからますます綺麗です!!」

「ふふん、お姉ちゃん綺麗でしょ!!」


「さあ、タマキくん。ラストはわ・た・し。ちゃんと褒めてね?」


 空気が変わる。

 生地が違う。格が違う。顔面が違う。

 周囲の一般客の視線が、明らかに寄る。寄るな。寄るなって言っても寄る。


「ヒカリさんは、いつもいつも人の理性で遊ばないでください」

「遊んでないよ。教育」

「教育!?」

「うん、我慢できなくなった自分を一回くらい知っておいてもいいんじゃない?」


 そういって、ウィンクしてくる。


「ヒカリさんは……それ、狙ってやってますよね!?そうやって色っぽくするの危ないからやめてくださいっていつも言ってるじゃないですか」

「危なくしてるんだもーん」

「今のヒカリさんファッション誌で引っ張りだこなんですから、もうほんとお願いしますから、外では手加減してください。ヒカリさんの家の中なら、できることは何でもしますから」

「なんでも?」

「なんでも。ヒカリさんが言うならしますよ」

「そーゆーこと言うから教育が必要なんだよ?」


「「「「「「「それはそう」」」」」」」

 全員に言われる。

 なんだよ、ヒカリさんが、俺なんかに、無茶苦茶なお願いするわけないだろ。


「で、水着姿の感想がまだよ?」


 俺は一回、天を仰いだ後、深呼吸してから言う。


「……ゲームから出てきたヒロインかなんかかって思いました。その、知ってはいましたけど、やっぱり、すげえ綺麗です」

「うん」

 ヒカリさんが満足そうに頷いた。


「はい、合格」

 彼女が、さらっと俺の頭を撫でる。

 やめろ。年上の余裕で撫でるな。理性がさらに溶ける。


 アキハが、ぼそっと呟く。

「……ねぇ、ヒカリさん。今日、タマキ壊しすぎないでくださいね?」

「壊してないわ。鍛えてるの」

「言い換え上手すぎる!」

「じゃあ今日、タマキくんの理性は私が管理してあげるね」

「管理すんな」

「放置すると壊れるでしょ」

「壊してる側が言うな」


 ナツキとアキハ二人がかりでもヒカリさんには勝てないらしい。

 そりゃそうだ。


「なあ」

「なに?」

「この女性陣+俺1人って、俺一生分の幸福使い切ってない?」

「私の水着にはそれくらいの価値あるゾ♡」

「にゃふ、タマキさん、なら今後のドロップは全部譲ってください」

「それ以前に、この光景見られたら帰ってから刺されるんじゃない?」


 刺されるはありそう。

 というか俺が逆の立場なら刺したくなる気持ちもわかる。


「じゃ、プール行きましょー!!」

「わたしは浮き輪借りにいきます~」

「にゃふ、私はケーキが…」

「フユミ、折角なんだから少しくらい水に入りなさい」


 皆が元気にかけだしていく。

 うん、かわいい。



 その後は、普通に遊んだ。

 普通に――と言いたいが、メンツがメンツなので普通ではなかったけど。


 全員でウォータースライダーを滑って、

 着水の瞬間に俺だけ変な声が出て、

 ナツキが飛び込んできて、

 カズネが爆笑して、

 フユミが「にゃふ!」ってしがみついて、

 メグミが「青春です~」と言い、

 アキハが「タマキうるさい」と冷静に突っ込み、

 ヒカリさんが「いい顔」とスマホを構え、

 マシロ先輩が「もう一回!」と叫び、

 マヨイ先輩が「む、むり……でも、ちょっと楽しい……」と照れていた。


 俺の夏休みは、こういう感じで、どんどん賑やかになっていく。


 そんな感じで過ごすと、あっという間に窓の外の光はだいぶオレンジに近づいていた。


「そろそろ上がろっか」

「そうですねぇ」


 合流して、更衣室に戻る前のプールサイドで、最後の集合写真を撮る。


「はいチーズ!」

「ちょっと、あんまり近づかないで」

「にゃふ、タマキさんの横は譲らないのです」

「ずるいです~」


 わちゃわちゃしながらシャッターを切る。

 俺の右腕を掴むナツキ、左腕はフユミ。

 後ろにはアキハとヒカリさんが立っていて、カズネが背中に乗ってきている。

 その隣にメグミ、反対にマシロ&マヨイ先輩が並んでいる。


「――うん」


 スマホに収まった写真を見ながら、俺は小さく息を吐いた。


「どうしたの?」

 ナツキが、不思議そうに覗き込んでくる。


「いや。――楽しいなぁ、って」


 素直にそう言うと、ナツキがふっと笑う。


「でしょ?」


「大変だったり、視線のやり場困ったり、

 変な意味で寿命削られたりもしてたけどさ」


「でも、“楽しかった”なら、それでいいんじゃない?」

 横から、アキハが軽く口にする。


「そうだな」


 そうだ。

 うん、楽しかった。

 本当に。


「じゃ、帰ったらタマキ以外はタマキの部屋集合ね」

「え、俺抜き?」

「当たり前でしょ。反省会と、写真鑑賞会と、

 あと、“タマキのコメント再現会”が残ってるもの」

「家主の承諾を得ろ」

「タマキには寝る場所をフユミ部屋とイズミ部屋と双子部屋から選ぶ権利をあげるわ?」

「にゃふ、レベル上げしておいてほしいゲームがあるのです」

「うちのおっきいベッドで寝ててもいいよ!!」

「あら、私の部屋の合鍵持ってるんだから、そっちで寝てもいいわよ?」

「イズミの部屋行くわ」


 笑いながら、俺たちは更衣室へ歩き出す。


 ――今年の夏は、やっぱりだいぶひどい。

 でも、その“ひどさ”を、ちゃんと楽しいと感じられている自分が、ちょっとだけ好きだった。


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