第92話 女子会、水着戦争
202X年、夏休み終盤/某ショッピングモール
夏休み終盤の、とある平日。
札幌駅から少し離れた大型ショッピングモールの三階――「水着&リゾートウェア特設コーナー」。
ひらひら、きらきら、ビビッドカラーの布たちが、これでもかと視界を埋め尽くす。
「わぁ……」「おお……」「にゃふ……眩しいです……」「布、少な……」
女の子が八人。
視線の行き場を一瞬失うのも無理はない。
ナツキ、アキハ、カズネ、フユミ、メグミ、ヒカリ、マシロ、マヨイ。
タマキ不在。財布だけ提供。
実に健全な構図である(?)
「さて――」
最前列で足を止めたナツキが、くるりと振り返る。
「今日のテーマは、“タマキに見せつける水着”を選ぶ会よ?」
「タマキセンパイに可愛いと言わせる水着……!」
「水着姿最強はお姉ちゃんだよ!!」
「マシロ!?」
それぞれのテンションだけは、しっかり温まっていた。
「“可愛い路線で行くのか”“色気で殴るのか”“守りに入るのか”“ネタに走るのか”」
「ネタに走るのはやめなさいね?」
アキハが即座にツッコミを入れる。
「だってさ、8人全員が“タマキが喜びそうなの”狙ったら、あいつたぶん死ぬわよ」
「それはそれで見てみたい気もするけど」
ヒカリが笑う。
「でも、タマキくんって、ああ見えて好みわかりやすいよねぇ」
「なんだかんだ正統派好きよね」
「ストレートに色気あったり可愛かったりするやつ」
「にゃふ、でもコスプレ系とかも好きですよ、棚にありました」
好みが完全にバレているタマキであった。
まず手に取られたのは、カズネ用。
「カズネは、これ!」
ナツキが正統派の可愛い系を指す。
「これ、フリフリが!!フリフリが思ったより!!フリフリ!!!」
「カズネちゃんは可愛いが正義です~」
メグミが、ふわっと頷く。
「でもカズネちゃんは、こういうのも似合うよね!」
マシロが、シンプル寄りの水色を持ち上げる。
「こっちも捨てがたい……!」
「カズネは、“皆で選ばれる枠”が一番盛り上がる」
アキハが、売り場の端から端まで見た上で断言した。
「や、やめてください!!みんなで私を着せ替え人形にしないで!!」
「人権がない枠」
「ないんですか!?」
ヒカリが、ふっとカズネの肩に手を置いて、優しく言う。
「大丈夫。あなたは“可愛い”を全身でやれば勝てる」
「ヒカリさん……!!」
カズネが泣きそうな顔で崇めた。
カズネが大体決まった後、ナツキは、モノトーン寄りの棚の前で腕を組んでいた。
黒。紺。白。
派手すぎず、でもちゃんと“女の子の水着”。
横から、アキハがひょいと顔を出す。
「ナツキはシンプルなので行くの?」
「タマキは、派手すぎると目が泳ぐ」
「タマキの目の動き、把握してるの怖いわぁ」
「それはそれとして、“タマキが見て固まるライン”を攻めたいのよ」
「言い方が物騒」
「この辺とかどう?」
「……あ、好きかも」
「でしょ。“清楚に見えるけど、ちゃんと女の子”ってライン」
「タマキ、絶対好きでしょこういうの」
「“タマキ判定”が基準なの、もはや清々しいわ」
「じゃあ、アキハはどんなのにするの?」
「私は素材で選ぶ」
「現実的!!」
「女の夏イベントは、可愛いより“事故らない”が優先の時もあるのよ」
「アキハセンパイは、こういうの似合いそうです!!」
カズネが持ってきたのは、黒のワンピース水着。背中が大胆に開いていて、ウエストラインに切り替えがある。
「……うん、機能美」
アキハが受け取り、鏡の前で当ててみる。
背が高い。脚が長い。肩のラインが綺麗。胸もある。
美人が、綺麗な水着を着れば美しいという説得力。
「焼けたら面倒だし、ズレたら最悪だし、濡れて透けたら死ぬし」
「透けたらタマキさんが死にそうです~」
「死ななかったら私が殺す」
メグミが震えている。
「……タマキに“だらしない”って思われたくない」
アキハが小声で言ったのを、誰も聞かなかったことにした。
一方、フユミは“露出少なめ”の棚の前で固まっていた。
肌を出すのが恥ずかしい。けど、当日はプール。逃げ場がない。
「……にゃふぅ…わ、わたし、どれがいいんでしょう……」
そこへ、マシロが背中をぽんっと押す。
「フユミちゃんはね、“守りたくなる正統派”で行こ。ワンピース型とか、上に羽織り付きとか、可愛いのいっぱいあるよ!」
「にゃふ……守りたくなる……」
そう言われ、フユミは試着室に押し込まれ、素直に着替えて出てくる。
露出は控えめなのに、破壊力がある。正統派ヒロインの破壊力だ。
「……あ、だめ、これ」
ナツキが口元を押さえる。
「タマキ、優しくなるやつ」
「普段でも優しいです!!」
カズネが叫ぶ。
「いや、優しさの“質”が変わる」
「質」
「守護者になる」
「にゃふ、タマキさん、ゲームのジョブ変わるんですか?」
その横でメグミが、のほほんと“自分の棚”を見ていた。
小柄なのに、妙に攻撃力の高いデザインばかりが目に入ってしまう。
「メグミは、実は胸が大きい。カフェの制服とかヤバイ」
ナツキがなぜかむしろ自信満々に言う。
「ナツキ先輩、もうちょっとオブラートにお願いします~」
「背が低いから、攻撃力が高い」
アキハが続ける。
「追撃しないでください~」
メグミが、可愛い系のフリルを当てると一瞬で“破壊力”が出る。
シンプルなビキニでも、逆に目立つ。
本人がのんびりしている分、ギャップが危険。
「にゃふ……メグミちゃんは“見た目の可愛さ”で油断させて、実は火力高いです……」
「フユミちゃんも、公共の場で分析しないで~」
メグミは困ったように笑いながら、控えめなデザインを選ぼうとして、逆に“目立つ”ものを引いてしまう。
「これ、タマキさん喜んでくれますかね~」
メグミが、ふわっと笑う。
「タマキくん、倒れると思うけど?」
マシロが聞くと、
「でも、可愛いって言ってもらえたら、ちょっと嬉しいので~」
メグミがのほほんと答えた。
「怖い!」
「でも、実際“背が低めで胸がある”って、攻撃力高いのよねぇ」
ヒカリが、完全にプロの目で頷いた。
当の本人であるヒカリは、既に反則だった。
プロモデルの本気。
水着売り場が“ランウェイの控室”に見える。
「……これでいいかな」
手に取っただけで、空気が変わる。
彼女が手に取ったのは、高級感のあるシンプルな一着。
余計な装飾がないぶん、“素の完成度”で殴ってくるタイプ。
「ヒカリさん、それ高くないですか?」
「高いよ」
「即答!?」
「生地が違う。縫製が違う。写真に映える」
そして試着室から出てくる。
――そりゃ綺麗でしょ、ってやつが来た。
スタイルも、立ち姿も、顔も、全部“完成品”。
「にゃふ、同じ“二本足で立つ生き物”とは思えないです……」
「タマキの理性、終わった」
「終わるね」
「ヒカリさん!タマキくんの理性殺しに来てません!?」
マシロが思わず言うと、
「うん」
ヒカリがあっさり即答した。
「即答!?」
「タマキくんは、そういう刺激を受けた方が“自覚”が進むから」
「なんとなく意味がわかるのが怖いです~」
「タマキセンパイ生き残れないですね!!」
「当日、タマキが倒れたら運ぶ?」
「誰が?」
「にゃふ、イズミさん呼びますか?」
「それはそれで面倒が増える」
もう、タマキが倒れる前提で話し合っている人たちもいた。
そしてここに一人、ずるい人がいる。
「マシロ先輩はどんな感じにするんですか?」
アキハが聞くと、マシロは、鏡の前で髪を結び直していた。
「シンプルなのにしてね、髪型をツインテールにしようと思うの」
それを聞いた瞬間、全員の視線が一斉にマシロへ向いた。
「ずるっ!!!!」
カズネが即死した。
「ズルい」
ナツキが言った。
「ズルいね」
アキハも言った。
「にゃふ……ずるい……」
フユミも小声で同意した。
「なにがずるいの?」
「水着でツインテールは反則です!!それは“可愛いの暴力”です!!」
「だって脚も綺麗だし、肌も白いし、髪型まで可愛いとか、詰め合わせすぎです!!」
「詰め合わせって言うな」
「肌の白さが映える上に脚が綺麗で、普段長髪流しなのにツインテールは反則です~」
メグミが淡々と説明した。
「メグミちゃんの、説明が的確すぎる!」
マシロは笑っている。楽しそうだ。
この人、天然で強い。
そして、最後のボスは――マヨイだった。
「わ、わたしは……その……」
マヨイは、手に取った水着を胸元に当てて、即座に首を振った。
「水着、布が……布が、足りない……」
「足りないんじゃない、世界が追いついてない」
アキハが真顔で言う。
マヨイが選んだのは、露出を抑えた“隠す系”。
なのに、隠してるのに、逆にエッチぃ方向に行く。
そして布地が、はち切れそう。
「……これ、危なくないですか~?」
メグミが真剣な顔をする。
「危ない。死人が出る」
ナツキが断言した。
「じゃあ、マヨイちゃんには、これ」
「え、えっ!?これ……」
「あと、サイズは……」
ヒカリが、水着を差し出し、すっとタグを見る。
そこに記載されたカップ数を確認し、特に驚いた様子も見せずに頷く。
「うん、このあたりね」
「い、今、絶対なんか心の中でコメントしましたよね!?」
「“さすが”とは思ったけど、それはいつも思ってるからセーフ」
「セーフとは……」
「“無理に隠さないで、品良くまとめる”方向で選んだ方が、
タマキくん喜ぶと思うよ?」
ヒカリが柔らかく言う。
「それに、これも一つの見られる練習よ」
「……そうですね」
そう言い、マヨイが試着室に消え……
中から声が聞こえる。
「あの、これ、本当に、ぎりぎりで」
意を決したマヨイが、カーテンが開く。
――全員、固まった。
「……」
「……」
「……」
カズネが最初に息を吸って、震える声で言う。
「最強すぎません……?」
「やめて……言わないで……」
「にゃふ、タマキさん、ここにいたら蒸発します……」
フユミが小声で頷く。
「当日タマキが死ぬ」
「殺すの確定じゃないですか!!」
「マヨイちゃんは、タマキくん殺すけど、仕方ないわね」
「仕方ないって何ですか!」
「大丈夫。死んだら人工呼吸すればいい」
「それ、誰が?」
「ナツキちゃん」
「いやだ」
ナツキが即座に切り捨てた。
「初めてが人目あるところは嫌」
「なるほど」
アキハが頷く。
「じゃ、タマキが死んだときの人工呼吸は立候補制で」
「じゃあ、私が!」
「じゃ、じゃあ、マシロと一緒に私も……」
「にゃふ、看護学科に任せてください」
「省エネ人工呼吸とかないですかね~」
「皆するつもりなの、怖いんですけど!!」
カズネが叫んだ。
ツッコミ役が少ないな。頑張れ。
◇
そうして一通りの“試着ファッションショー”が終わると――
全員、元の服に着替え、手には“購入確定”の水着セット。
「いやー、眼福だった」「目の保養になったわね」「にゃふ、ちょっと恥ずかしいです」「みんな可愛かったわよ」
「楽しみです~」「皆で買い物も楽しかったです!!」「タマキくんどんな顔するかな!?」「よ、喜んでくれるといいな」
「はーい、それじゃあ各自、お財布の準備を」
アキハが、きっちり現実に引き戻す。
「カズネは、タマキの財布ね」
「……本当にいいんでしょうか」
「いいの。あいつ本人がOK出してたし」
「でも、なんか……」
カズネが、水着を抱きしめたまま、もじもじする。
「『カズネの新しい水着、期待してる』とか言われたんですよ……?」
「言ってたらしいわねぇ」
「言ってましたねぇ」
「これはもう、“可愛いって言わせなきゃ負け”だと思うです」
フユミが、珍しく強い口調で言う。
「“タマキさんのお金で買った水着で、タマキさんから可愛いって言ってもらう”って、
冷静に考えるとだいぶすごい状況です」
「や、やめてください、急に恥ずかしくなってきました……!!」
「ここで引いたらもったいないわよ?」
ヒカリが、背中を押すようにと笑う。
「その代わり、“可愛いって言わせられたら”――私も何かお祝いしてあげる」
「えっ」
「じゃあ、私もアイスおごります~」
「えっ」
「にゃふ、わたしも何か甘いの奢るです」
「えっ」
「ほら、これでもう逃げられないわよ」
「逃げません!!」
カズネが、勢いよく拳を握った。
「よーし!!絶対、可愛いって言わせます!!」
「その意気よ」
ナツキが悪い笑みを浮かべながら言う。
「“言わせる”じゃなくて、“言わせるまで帰さない”よ♡」
「こわい!!」
皆の、レジに向かう足取りが、さっきより少しだけ力強くなった。
「……私もちょっと楽しみです」
最後に、フユミのその一言で、場の空気が少しだけ柔らかくなる。
こうして、プール当日に向けた準備は整った。
…………タマキくんは果たして生き残れるのだろうか。




