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最北大学学生事務局  作者: 萩原詩荻


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第87話 へいわ?な夏休み

202X年、夏休み終盤


① 昼下がり、ここは託児所か何かか


 ある日の昼下がり。


 エアコンは二十六度。カーテンは半分だけ閉めて、日差しは柔らかめ。

 テレビは消えていて、扇風機が弱で回っている。


 ――で、部屋の中は。


「……」


 俺以外、全員昼寝していた。


「……おかわり……♡」

 ナツキは、ベッドを陣取って、タオルケットを頭からかぶって夢の中。


「……あとで……」

 タオルケットを腹だけ掛けたアキハが、スマホを握ったまま横向きで沈没。


「……ふにゅ……」

 猫クッションを抱えたフユミが、眼鏡を付けたまま、ソファとテーブルの隙間で丸くなっている。


「……ここ涼しい……」

 カズネはエアコンの風が一番当たる特等席で、枕代わりの抱き枕に顔を埋めている。


「……省エネ……」

 メグミは例によって沈殿ゾーンで、うつ伏せになって枕を抱きしめている。


「おやすみ……」

 マシロ先輩は、誰かが持ちこんだヨガマットの上に仰向けで、両手両足を投げ出して完全無防備。


「すやぁ……」

 マヨイ先輩は、その横で小さく丸まって、マシロ先輩のTシャツの裾をちょこんと掴んで寝ている。


 視界のあちこちに、タオルケットとクッションと人間が散らばっていた。


「……ここは、託児所か何かか?」


 小声で突っ込んでみるが、返事はない。


 さっきまで、全員でゲームして、アイス食べて。

 「一回横になる~」って言い出したメグミを皮切りに、ドミノ倒しみたいに、順番に沈んでいった結果がこれだ。


「……」


 とはいえ、このまま放置するのもなぁ。


「……あとで……」

「あとでは来ない」


 アキハのタオルケットを身体全体にかけなおすと、

 小さく肩が動いた気がするが、起きる気配はない。


「……ここ涼しい……」

「そこ、エアコン寒くならない?」


 カズネは、Tシャツの裾をちょっとだけお腹の上までめくり上げていて、風が直撃している。


「……お腹冷えるぞ」


 めくれてる分だけ、そっと戻してタオルケットをかけておく。

 すると、


「……ほどよい……」


 寝言が更新された。

 たぶん、夢の中の室温も変わったらしい。


 フユミは、顔にかかってる髪をそっとどかして、眼鏡をテーブルの上に避難。


「……タマキさん……」

「ここにいるから寝てろ」


 やけに素直に「にゃふ」とか言って寝返りを打つ。反則だろそれは。


 ベッドでは、ナツキが枕を抱きしめながら、かすれた声で何か言った。


「……タマキ……おかわり……」


「何をだよ」


 返事はなく、代わりにすーすーという寝息だけが続く。


「……省エネ……」

「元からだろ」


 メグミは、枕を抱いたまま、完全に電源オフ。

 顔の横にあったスナック菓子の袋をどけて、枕だけきれいに整えてやる。


「おやすみ……」

「すやぁ……」


 双子は、二人で仲良く寝ている。

 こう見ると、本当に整った顔してるよなぁ


 二人にかかるように、薄いタオルケットを一枚追加しておく。


「……ん……ありがと……」

 どっちか分からない寝言が、ふわっと漏れた。


「どういたしまして」


 エアコン。

 寝息。

 時々誰かの寝言。


 静かなのに、妙に賑やかな昼下がり。


「……まあ、楽しそうなら、いっか」


 小さくため息をついて、

 ソファの背もたれに寄りかかった。


「……写真撮っとくか」


 スマホを取り出して、静かにパシャリ。


 後で誰かが見て、「託児所じゃん」って言う未来まで見えた。





② ホラーはヤダっていったじゃん。


「ヤダ」

「にゃふ、わたしもやです」


 俺の部屋はカーテンが閉められ、照明は雰囲気のあるフロアライト一個だけ。

 テーブルにはおやつと飲み物が用意されているが、俺とフユミは抵抗を続けている。


 何が起きたかというと。


「ホラー特集コーナーで“この夏一番の問題作!”って書いてあったから借りてきました!!」

 とカズネが飛び込んできたのが1時間前。


「返してきてくれない?」

「あら、いいわね。見たい人集めましょうか」

「待てや、家主の意見尊重しろ」

「にゃふ……ホラーは、ダメです……」

「カズネ、ホラー好きなの?」

「私は全くダメです!!!」

「マジで何してんの、お前?」


 ……まあ、こんな感じの会話があり、人数が集まって今に至る。

 自己申告を信じるなら、各人のホラー耐性はこんな感じ。


 余裕組:アキハ、カオル先輩。

「このパッケージどうかしらね」

「あー、でも新作ですし、映像はいいんじゃないですか?」


 とかわけのわからない寸評をしている。

 何言ってんだ、こいつら…


 まあ大丈夫組:ナツキ、メグミ、マヨイ先輩。

「怖いけど、夏だしね」

「青春っぽいです~」

「じ、実家で出るらしいから、それに比べたら、まあ」

 

 マヨイ先輩。出るとか言わないでください。

 あとナツキ。夏ですべて誤魔化すな。


 震えてる組:俺、フユミ、カズネ、マシロ先輩。

「やめようよ~」

「今更帰るのも怖いです……」

「皆で見れば怖くない!の理論です!!」

「怖いけど、こういう時じゃないと見れないし……」


 といった塩梅なのだが。


「イ、イズミは!?」

「バイト」

「シンジ!!」

「電話して用件言ったら『ピー、ただいま電話に出ることができません』って言ってた」

「あいつらぁぁぁ!」

 今度本気で怖がるなにかを仕掛けてやる。


 ブツブツ言ってるうちに、

 リモコンがアキハの手に渡る。


「じゃ、行くわよー」

「待っ――」


 俺の制止と同時に、再生ボタンが押された。


 ソファでアキハが半笑い。


「こういうのはね、“カメラワークを楽しむ”くらいの気持ちで見るのよ」

「そんな余裕ないです……」


 画面の中で、主人公たちが“絶対行っちゃいけない感じの山奥の村”に近付いていく。


「戻れよ!!」

 思わず声が出る。


「タマキ、ツッコミ早い」

「もう駄目な空気じゃんこれ!」


 隣で、カズネが座布団を抱えて震え始めた。


「センパイ、なんで山に入るんですか……」

「知らねぇよ俺が聞きたいよ……」


「にゃ、にゃふ……」

「……これ、まだ序盤ですよね?」

「メグミ、なんでそんな余裕そうなの」

「“怖がってる皆さんが可愛い”という観点から鑑賞してます~」

「やめてください視点が特殊」


 やがて――

 最初の“ドンッ”という効果音とともに、画面の端に何かが映った瞬間。


「「「「ひっ!!」」」」


 俺とフユミとカズネとマシロ先輩が、見事なハモり声を出した。


「タマキくん、背中貸して」

「わ、わたしも」

「にゃふにゃふにゃふ」


 既に沈殿ゾーンの一角は“人間団子”と化していた。

 俺を含め四人が、ぎゅうぎゅうに詰まりながら、ソファの陰からテレビを覗いている。


 絵面がひどい。


「……完全に一塊になって震えているわね」

 ナツキが、苦笑しながらポップコーンをつまむ。


「まぁ、“ホラー観賞会”でここまで分かりやすく反応出るの、貴重だわ」

 アキハが、冷静に分析モード。


 一方、カオル先輩は、ほぼ無言で画面を見つめている。

 時々、ふふっと喉の奥で笑う程度だ。


「カオル先輩、怖くないんですか?」

「ホラー映画は、“構造”が分かると楽しいのよ。

 “あ、ここで来るな”って予想しながら見るの」

「サイコです?」

「褒め言葉として受け取っとく」


 フラグを立てまくる主人公たち。

 暗い廊下を、懐中電灯だけで進んでいくシーン。


「なんで電気つけないんだよ……」

「にゃふ……」

 こいつら、生存本能が足りていない。


「こういうのは“電気つかないから怖い”のよ」

「つけようとしろよせめて……」

「タマキ先輩、ツッコミで心を守るタイプですね~」

 メグミがポップコーンをつまみながら、のほほんと解説する。


 その直後、本当に“来て”。


「ぎゃあああああ!!」

「にゃああああ!!」

「ひんっ!!」


 沈殿ゾーンの中で、俺たちがまとめて跳ねた。


 その跳ねた衝撃で、タオルケットがふわっと浮き――

 そのまま全員を包み込む。


「暗っ!」

「こ、これ余計怖いんですけど!?」

「にゃふぅ……!!」

「タマキくぅん!!!」

「マシロ先輩!胸が!胸が!!」


 画面の悲鳴と、現実の悲鳴が、見事にミックスされる。


「……タマキうるさい」

 ナツキが、ストローを咥えながら、振り向かずに言う。


「今、映画の音よりタマキたちの方が騒がしいわよ」

「自覚はあります!!」


 やがて、クライマックス。


 画面の中で、主人公たちが逃げ惑い――

 最後の“ヤツ”が、カメラに向かってどアップで飛び出してきた瞬間。


「「「「うわあああああああ!!」」」」


 沈殿ゾーンから、全員で二段階くらい浮き上がる。


 俺は反射的にタオルケットごと誰かを抱き寄せ――

 そのまま目を瞑った。


 ……あとで冷静になってみたら、

 あの瞬間、俺の胸のあたりにいたのはたぶんカズネで、

 その上からフユミとマシロ先輩も重なっていた気がする。


 でも、本人たちもそれどころじゃなかったので、全員スルーした。

 夏のホラーは、いろんな意味で危険だ。

 ただし、カズネだけは自業自得だ。


 そんな感じで、悲鳴とツッコミと笑いが入り混じった九十分が過ぎ――

 エンドロールが流れ始めると、部屋の空気が一気に緩む。


「……ふぅ」

「思ったよりちゃんとした映画だったわね」

「後味よかったです……」

「ラストの手紙、綺麗だったね」


 それぞれ感想を述べる中、四人組だけがまだ固まっていた。


「タマキ、トイレ行ける?」

「……一緒に来てください」

「素直でよろしい」

 ナツキが、若干楽しそうに立ち上がる。


「にゃふ……お風呂……入りたくないです……」

「つ、ついていきます……」

「だ、誰か一緒に……」


 その日は、俺も一人で寝るのが怖かったこともあり、布団を二個並べて、怖がり組でぎゅうぎゅうにくっついて寝た。


 暑いとか恥ずかしいとか、そんなの後回しにしないと寝るのが怖かったのだ。

 次にホラーを見るにしても、俺は欠席する。


「タマキ、来年もやるわよ」

「俺を巻き込むな」

 とは言いつつ、アキハが言うなら決定なんだろうな……






③ 深夜に食べるラーメンは美味しい


 ――日付が変わった少し後。

 エアコンの効いた俺の部屋で、だらだらしており、特に誰も何もしていない。

 そろそろ誰か寝るか、と言い出すかという空気の中。


「……ねぇ」


 ソファの上から、アキハの声が響いた。


「ラーメン食べたくない?」


「……」

「……」

「……」


 誰か突っ込めよ。

 俺か?


「唐突だな」

「ラーメン。こってり系。背脂のやつ」

「にゃふ……わかります……」


 フユミが、膝の上の本をぱたんと閉じて、きっぱりと言った。


「夜中のラーメンは身体に悪いですが、みんなで食べるなら良いことということで」

「雑な心理補正をかけるな」

「“夏バテ防止に塩分と糖分は大事”って、教科書に書いてあった気がします……」

「そんな教科書存在しない」

「“気がする”って言いました……」


「ぜ、絶対お家では出来ないね、深夜にラーメンなんて……」

「大学生!って感じだね!」

 マヨイ先輩とマシロ先輩は既に頼むつもりMAXである。


 机の向こうで、タブレット抱えたまま突っ伏していたカズネが、ぴくっと起き上がる。


「ラーメン……?」

「お前は寝てたんじゃないのか」

「夢でラーメン食べてました!!」

「それはそれでどうなんだ」


 ナツキが手を挙げ、賛成を主張する。


「出前にしよう。ここなら、配達圏内の店、絶対あるよ」

「やめろ、深夜ラーメン沼に沈めようとするな」

「もう沈みかけてるでしょ?」


 俺の腹が、タイミングよく主張した。

 ……ぐう。


「はい、賛成一票入りましたー」

「入れてない」


 メグミがタオルケットから片手だけ出して、スマホを掲げる。

「“やってます”の店、発見です~。大盛り無料のとこ」

「大盛り……夜中に……?」

「夏は代謝がいいので大丈夫です~」

「誰の理論だ」


 とは言いつつ、俺も既にラーメンの気分に負けていた。


 皆でメグミのスマホを覗き込む。


「豚骨、味噌、醤油、つけ麺……朝5時まで受付……」

「にんにくましましとか……」

「にゃふ、私は豚骨……いや、唐揚げセット!」

「この角煮乗ってるやつにしよ!」


 マシロ先輩がノリノリである。


「それ絶対明日後悔するやつですよ?」

「後悔は明日の私に任せる!」

「わ、私も折角なら、このレバニラも食べてみたい……」

「もう皆好きにしましょう……」


 結局、各自好きなメニューをカートに突っ込み、餃子まで増えていく。


「誰だ、餃子入れたの」

「タマキの精神的支柱のひとつだから」

「勝手に俺を理由にするな」

「チャーハンも入れましょう!!」

「夏限定冷やし担々にします~」


 そんなこんなで注文ボタンを押す。


≪お届けまで約40分です≫


「……この待ち時間が一番楽しいよね」

「わかる」


 何かをするには中途半端な時間なので、だらだらと雑談を続ける。


「夏休み、気付いたら後半なんだよな」

「言うなぁぁぁ」


 ナツキが枕を投げてくる。

 

 避ける。後ろからカズネの「ギャッ!」と言う声が聞こえたが気にしない。


「にゃふ……私は、かなりの数の積みゲー減らしました」

「ドヤ顔すんな」

「その代わり、夏休みらしいこと、あまりしてないです……」

「してるだろ、うちで膝枕しまくってるだろ」

「それはそれ、これはこれです……」


 くだらない話をしているうちに、インターホンが鳴った。


「――ラーメンだ」


 大量の器をバケツリレーのように運び、テーブルの上に並べる。

 容器が開かれるたび、部屋の中に濃いスープの匂いが広がった。


「うわ」「最高」「ヤバイ」「尊い」「罪深い時間ですねぇ……」


 それぞれ自分のどんぶりを手に取り、輪になって座る。


「いただきます」


 深夜の、ちょっと反則みたいな時間。


 ずず、と麺を啜る音が、静かな部屋に響いた。


「……うま」

「背徳の味がします……」

「この時間に食べるラーメン、美味しすぎない?」

「明日の体重計が怖い」

「にゃふ……スープだけならカロリーゼロです……」


「――ねえ」

「ん」


 レンゲを持つ手を止めて、アキハが笑う。


「“夏休みの夜中に、ラーメン囲んでる大学生たち”って、めちゃくちゃ“それっぽい”わよね」

「分かる」

「“今だけ許されてる感じ”がします……」

「にゃふ、今この瞬間だけは“正義のラーメン”です……」

「正義ではない」

「明日から反省します」

「それを何度繰り返したと思ってる」


 それでも、

 この夜のラーメンの記憶は、多分、ずっと美味しいままなんだろう。


「――夜中に何やってんだろねー」


 ナツキのその一言に、

 みんなが笑いながら、もう一口ずつスープを飲んだ。


 たぶん、将来わざわざ誰かに話すほどの出来事じゃない。


 でも――こんな日があったことは十年経っても、きっと忘れない。

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