表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最北大学学生事務局  作者: 萩原詩荻


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

89/166

第86話 ちょっとレアな夏休み

202X年、夏休み終盤


① ある日の静かな部屋で


 ある日。

 フユミの部屋。


「ここ、静かでいいな」


 エアコンの音と、画面の中のゲームの音だけ。

 ちょっとだけ階層が高いこともあり、あまり街の音も聞こえない。


「にゃふ……二人きりだと、甘えレベルが上げやすいのがいいです」

「普段は遠慮してたのか」

「だって、タマキさんの部屋だと、誰か来ちゃうじゃないですか……」

「まあ、そうだな」


 最近は特に、“沈殿ゾーン”の稼働率が高い。

 気付いたら誰かが寝ている。


「私の部屋だと、誰にも見られません」

「まあ、そうだけど」

「にゃふ」


 言うが早いか、ベッドからずるっと滑り降りてくる。


「なので、甘えレベルアップします」

「なんだそれ」


 床に座っている俺の後ろから、そっと背中にくっついてくる。

 そのまま、肩越しに腕を伸ばして、俺に後ろからしなだれかかる。


 耳元に、息が少しだけかかる。


「フユミ」

「にゃふ」

「ゲームするのか、甘えるのか、どっちかにしろ」

「“二兎追って二兎捕まえる”が理想です……」


 気の抜けた声でとんでもないことを言う。


「夏休みって、“頑張る日”と“溶ける日”があるじゃないですか」

「まあ、あるな」

「今日は、“溶ける日”なので、

 “ゲームを言い訳に甘える日”です」


 そう言って、背中に更に体重を預けてくる。


 体温がじんわり伝わってきて、

 エアコンの風と混ざって、変に心地いい。


「じゃあ、俺も溶けようかな」


 コントローラーを置いて、フユミと一緒に寝転がる。

 待ってましたと言わんばかりに腕に収まってくる。


 ……暑くないのか?


「……お前の中で、“甘えレベル”って何段階あるんだ」

「にゃふ……」


 少し考えるように沈黙したあと、ぽそっと答えが返ってきた。


「“隣に座る”がレベル1で、“袖を掴む”がレベル2で、“膝の上”がレベル3で、

 “抱きつく”がレベル4で、“ベッドの上で”がレベル5です」


「タマキさんの部屋だと、“周囲の視線”が多くて……」

「まあ、人は出入りするな」

「誰かが見てると、甘えレベルが2くらいしか出せません」

「まあ、わかる」

「今は、レベル5です」

「レベル100まで行くとどうなるんだろうな」


 なんとなく会話が続く。


「タマキさんの部屋、好きですよ?」

「うん?」

「賑やかで、誰かがいて、いつも何かが起きてて」

「うん」

「たまに、こうやって“誰も来ない時間”をここで過ごしてくれるの、すごく好きです」

「……」

「なんか、“私だけが知ってる休憩所”みたいで」

「独占欲強めの表現が出てきたな」

「にゃふ。独占はしないです」

「そうなのか」

「独占したら、きっと私もタマキさんもダメになります」


 フユミは、そこで一度だけ言葉を切って、俺の頬にそっと指を当てた。


「“でも、たまにはここも選んでくれたら嬉しいな”ってくらいです」

「……ずるいなぁ」

「“何も起きない日”を、一緒に過ごせるの、結構贅沢なので……」

「……それは、わかる気がするわ」


「お昼寝モードにしますか……?」

「うん、溶けたい」

「溶けてますけどね……」


 しばらく、何も話さずに、部屋の空気の音を聞く。


「……フユミ」

「にゃふ?」

「いつも、ありがとな」


「にゃふ……」

「その“にゃふ”は、どういう意味だ」

「“幸せ”の略です」

「適当言うな」

「ほんとです。

 “二人きりの部屋で、タマキさんが安心した顔してる”って、

 私的にかなり上位の夏休みイベントです」

「ハードル低いのか高いのか分からん」


「こちらこそ、ありがとうございます」

 そう言って、小さく手を握ってくる。


「タマキさんが、“ふにゃふにゃになれる場所”の一つにしてもらえるなら……

 私は、“それだけ”で、けっこう満足です」

「それ“だけ”って言うには、だいぶデカいぞ」

「にゃふ……」


 腕の中から伝わる体温に、体の力が抜けていくのが分かる。


 意識が、自然と落ちていく。


 フユミが小さな声で、ゆっくり話している。


「“夏休みの午後、ただ一緒に昼寝してた日”って、きっとあとから思い出してニヤニヤするんだろうなぁって、今からちょっとニヤニヤします」


「……」


「タマキさんが寝てるから、言いやすいです」


 聞こえてるけどな。


 でも、わざわざ起きてツッコミを入れるほどでもなくて。


「にゃふ……来てくれて、ありがとうです」


 そんな小さな呟きを聞きながら、

 俺は、ゆっくりと意識を手放した。


 玄関の鍵も閉まっていて、スマホもサイレントにしてあって。

 部屋の外の世界は、一旦切り離されている。


 ――そういう夏休みも、悪くない。





② これ、誰の?


 夏休みのある昼下がり。

 拠点と化した俺の部屋で、大量の洗濯物を回し終えたとき。


「畳むの手伝うわよ」


 アキハが、洗濯カゴを抱えて来た。


「助かる」


 ソファの前に洗濯物を広げ、

 Tシャツ、タオル、靴下――と仕分けていく。


「これはシンジのTシャツ」「これはイズミ」「これはタマキ」「これはナツキ」「これは私」「これはフユミ」

「にゃふ」


 と、そこまでは良かったのだが――


「……ん?」


 アキハの手が止まった。

 手にしているのは、レースのブラだった。


 黒地に、細かい花の刺繍。

 ちょっと大人っぽいやつ。


「これ……誰の?」

 リビングにいたメンバーが、一斉にそっちを見る。


「……私のじゃありませんね。というか高そうです」

 最初に口を開いたのはフユミだった。


「サイズ的にナツキさんでもないですよね?」

「失礼ね。ていうか、確かに違うけど」

「“確かに”って言っちゃった」


「この大きさ、メグミじゃない?」

「ちがいます~、私のよりおおきいです~」

 

 そういう大きさ判断するなら俺がいないとこでやってくれない?と思っていると。


「あ、あの……ご、ごめんなさい、それ、わたしのです……///」

 マヨイ先輩が、小さく手を挙げた。


「うわ!でっか!!!」

 カズネが素直な感想を述べて、全方向から「カズネ!」と怒られる。


「ご、ごめんなさいっ」

「お姉ちゃん、最近また大きくなったんだよー!!」

「マ、マシロ!?」

 

 マシロ先輩による暴露もあり、マヨイ先輩は、耳まで真っ赤だ。

 というかまだ大きくなってるのか。


 思わず目線が引き寄せられ……


 なんだろう、いのちの危機を感じる。


「「タマキ?」」

 

 なんでもないです。


「ごめんなさい、洗濯ネットごと入れたつもりが、混ざってて……」

「あるあるですね!!」


 まあ、ここまで人が出入りしてたら、混ざるのも仕方ない。


「じゃあ、こっちは?」

 アキハが、別の布をひらっと掲げる。


 薄手のカーディガン。

 淡いグレーで、手触りが妙に良いやつ。


「誰の?」

「……私のじゃない」

「私も~」

「私も!!」

「私も……」


 女子陣が次々に首を振る。


「というか、コレ超高いやつよ」


 ナツキが、タグを見て眉をひそめる。


 そこへ、タイミングよく、ドアが開いた。


「お邪魔しまーす」

 ヒカリさんだ。


 視線が、カーディガンに止まる。

「あ、それ私のー、ここにあったんだ」

「犯人きたーーー!!」

 カズネが指差す。


「なによ、犯人ってー」

 ヒカリさんは、苦笑しながらカーディガンを受け取る。


「この前、ここ寄った時、そのまま忘れてったのよね……」

「タグ見て思ったけど、結構なお値段じゃないですか?」

「まあねー」


「ついでだから、一回ちゃんと整理しておきましょ」


 アキハが、とんでもないことを言い出した。


「なにを」

「“誰の服がどこにどれだけ仕舞ってあるか”っていうのを」

「今さら?」


「だって、どうせなら一回クローゼット丸ごと整理した方が早いでしょ。幸い使用率高い人揃ってるし」

「……まあ、確かに」


 多分、シンジやイズミ含め男物は隅に投げられる流れだな、コレ。


「タマキはあっちで、壁向いてて」

「え」

「洗濯物と下着が飛び交う中で自由に歩かれると困るから、壁際で正座」

「理不尽では?」

「下着と服を広げるスペースが必要なのよ」

「センパイがうろうろしてたら邪魔です~」

「目が合うと困るかな!」

「ひどくない?」

「いいから。ほら、そこ」

「……はい」


 結果、なぜか、部屋のど真ん中に“服&下着鑑定会場”ができた。

 壁に向かって座らされ、背中越しに騒ぎ声を聞く。


「これは私の」「それ私~」「あ、これ有名なブランドのやつですね」「高っ」

「これ誰のブラ?」「私です!」「意外と攻めるわね」

「え、これ可愛い……誰の?」「マシロの」「あー、納得」

「うっわ、これ、紐じゃん」「一枚くらいこういうの欲しいじゃん」


 たまに聞こえる単語が怖い。


「タマキ」

「はい」

「振り向いたら命はないからね」

「はい」

「にゃふ、Switchとスマホ持ってきてあげますね」

「ありがとう!お前だけだ、俺を気遣ってくれるのは!!」

「フユミ、スマホは盗撮の危険性あるから没収しなさい」

「しねぇよ!?」

「やっぱりスマホは没収です」

「ブルータス、お前もか」


 俺の人権はないらしい。

 完全に女子会モードだ。


「このブラに、このキャミ重ねたら、透けた時にすごいオシャレよね」

「ヒカリさん、発想がプロです」

「“見せる前提の下着”なんて、私にはまだ早いです……」

「このキャミに、このカーディガン合わせてさぁ」

「うわ、似合う」「似合う」「マヨイ、完全にモデル」

「ちょ、ちょっと!?」


 背中越しに、服の擦れる音が増える。

 誰か一人くらい俺の理性に配慮しろ。

 Switchに集中しよう。


「ねー!タマキくん!Yシャツ何枚か借りるねー?」

「なんでそうなるんですか」

「オーバーシャツとして使うコーデ試したいのよ、ありがとー」

「じゃあ、ヒカリさん、この辺使用頻度低めなのでどうぞ」

「ナツキ?俺のシャツ勝手に取り出してない?」

「下着の話してたはずなのに、いつの間にか“彼シャツ”の話してるの、

 何気に犯罪っぽくないですかね~」


 メグミが省エネツッコミしている。

 というか、勝手に取り出しても彼シャツなのだろうか。


「ナツキ、それ似合う」「でしょ」

「カズネ、その色いいね」「えへへ」

「フユミ、それこう組み合わせても可愛い」「にゃふ……」

「これ、誰に一番似合いそう?」

「アキハセンパイ~」

「いやそれマシロちゃん似合うわよ」

「マヨイ先輩が着たら破壊力やばくないですか!?」

「やめてください……///」

「というか若干タマキさんの匂いします」

「やめなさい」


 そういう会話やめなさい。


 結局、俺は1時間近く、壁際で正座しながらSwitchをしている羽目になった。

 まあ、ちょっとゆっくりライブ〇ライブやりたかったから別にいいけど。


「はい、終わり、もういいわよ、タマキ」

「やっとか……」


 振り向くと、部屋中に整然と畳まれた服の山。

 クローゼットには、「ここからここまでナツキ」「ここからここまでアキハ」みたいな仕切りまで貼ってある。


「これで、次から“迷子服”減るでしょ」

「まあ……ありがたいけど」

「あと、タマキのシャツは何枚か、各人のコーデに組み込まれたから」

「なんで……?」


 周囲を見渡すと、数人が目を逸らす。

 おまえら……


「新しく買えよ……」

「タマキくんのだから意味あるのよ。ちゃんと新しいの買ってあげるから許してね。

 というわけで二枚ほど貰って帰るから。じゃねー」


 ヒカリさんが逃亡した。

 もう止める気力もない。


「あ、そうだ。下着用のネットは、各自名前書くこと」

「はい」

「はい~」

「はい……」


 クローゼットは綺麗に片付いたらしいが、代償として、

 俺はYシャツが数枚“誰かのコーデの一部”として奪われた。

 まあ、新しいの買ってくれるならいいか。





③ 異邦からの旅人


 別の夜。


 その日のバーはそこそこ静かだった。

 閉店まではまだ少し時間がある。


 カウンター席には、常連のOLさん(仮)と、その隣でスマホをいじるカズネ。


 そんな時だった。


 カラン、とドアの音。

 振り返ると、バックパックを背負った、金髪碧眼の青年が立っていた。


 Tシャツに短パン、首からはカメラ。

 いかにも“世界一周してます”みたいな格好だ。


「……コンバンハ」


 少しだけ考えてから、日本語らしき音が飛んでくる。

 最近、街には海外からの観光客も多いが、この店に流れ着くのは珍しい。


「いらっしゃいませ」


 とりあえず、いつもの調子で迎えると、青年はほっとしたような顔をしてカウンター席に座った。

 しまった、英語にしてあげるべきだったか。


「ドリンク、ナニガ、オススメ?」


 片言の日本語。

 でも頑張って話そうとしてるのは伝わってくる。


「えーと」


 とりあえず笑顔を貼り付けてみる。

 頭の中で、必死に高校英語が探している。


「Re…recommended drink…?(おすすめのドリンク?)」


 言った瞬間、自分でもダサいと思った。

 でも、言わないよりマシだ。


「You like… sweet? or… not sweet?(甘いのと甘くないのどっちが好き?)」

「Sweet… good!! Also… something… Japanese?(甘くて日本風なものがいい)」


 まずい、語彙が足りない。

 脳内で、なんとか中学高校の英語をかき集めていると、横からカズネが参戦してきた。


「センパイ、“Japanese taste”とかどうです? “Matcha taste”? “Yuzu”?」

「Matcha cocktail… maybe… little bit bitter?(ちょっと苦いけど抹茶カクテルとかどう?)」


 青年は少し首を傾げる。


「Bitter… hmm… maybe… no…(苦いのは…嫌かな)」

「じゃ、“梅”は? “Ume”! “Plum liquor”?」

「Plum…?」

 ますます首を傾げる。


 やばい、なんか通じてるようで通じてない空気。

 オススメしたいものはあるのに、説明力が足りてない。


 と、そこで。


「――I'll take it from here(私がお伺いしますね)」


 ゆるい、でも流暢な英語が、カウンターの奥から落ちてきた。


 振り向くと、マスターが、静かに微笑んでいた。

 さっきまで日本酒のラベルを見ていたはずなのに、いつの間にモード切り替えたんだこの人。


「You're travelling, right?

 If you want something sweet and a bit “Japanese”, I can make a cocktail with umeshu.

 It's a plum liqueur, very popular here.

 (旅行中?梅酒を使ったカクテルをお作りしますよ)」


 青年の顔が、一気に明るくなる。


「Oh, umeshu! I heard that word! Yes, yes, I want to try!

 (あ、梅酒!その言葉、聞いたことある!)」


「Good choice.

 Do you prefer something lighter, or a little stronger?

 (軽めのものがお好みですか、それとも少し強めがお好みですか?)」


「Maybe… light. I have to walk back to hostel. 

 (この後、歩いて帰るから軽めでお願い)」


「All right. I'll make it easy to drink.

 (わかりました、飲みやすいものにしますね)」


 マスターは、いつもの手つきでボトルを取り出すと、

 氷の入ったグラスに、梅酒とソーダと、ほんの少しだけ別のリキュールを足していく。


 英語で素材を説明しながら、手元は一切止まらない。


「……」


 俺とカズネは、ただぽかんと見ていた。

 OLさん(仮)は知っていたのか、そんな俺達をニヤニヤしながら見ている。


「マスター、英語……」

「え、マスター、発音よすぎません?」

「昔ちょっとね」

 簡単にそれだけ言って、グラスを青年の前に置く。


「Here you are.

 If you like it, I'll write down the name for you.

 (どうぞ)」


「Thank you!」


 青年は、一口飲んで、目を丸くした。


「Wow… sweet, but not too sweet. Very… gentle.

 How do you say this? “Oishii”?

 (わぁ…甘いけど、甘すぎない。すごく…優しい。これ、なんて言うの?「おいしい」?)」


「Yes,“oishii” is perfect.」


 青年が幸せそうにグラスを傾けるのを、しばらく眺めていた。


 青年は、自分の旅の話や、北海道で食べたものの話を楽しそうにしていく。

 マスターはそれを流暢な英語で拾いながら、時々、簡単な日本語も混ぜてあげている。


 マスターが、少しだけ嬉しそうに笑う。

 青年は何度も「oishii」と繰り返していた。


「……かっけぇ……」

「センパイ、“語彙力:かっけぇ”しか出てないですよ」

「それ以外に出てこないんですよ……」


 普段は「まだ退屈な味ね」と俺のカクテルにダメ出しをするくせに、

 こういう時は、さらっと“プロの顔”を見せてくる。


 やがて、彼が会計を済ませて出て行った後。

 ドアのベルが鳴り終わるのを待ってから、カズネがぽつりと言う。


「……マスター、かっこよすぎません?」


「同感です」


 マスターは、なんてことないような顔をして言う。


「旅先の一杯が、いい思い出になるといいでしょう?」


「……はい」


 返事をしながら、ふと思う。


 俺も、いつか。

 どこかの国で、見知らぬバーに座って、“よくわからないけど美味しい一杯”をもらう日が来るんだろうか。


 そんな日が来たら、きっと今日のことを思い出すんだろうな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ