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最北大学学生事務局  作者: 萩原詩荻


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第85話 そりゃあ、親はしんぱいするよねって話【後編】

202X年、夏休み中盤 土曜


 リビング。


 テーブルには、ずらりとおかずが並んでいた。


「すげぇ……」

「お母さん、本気出してるわね」

「いつもこんな感じなんですか?」

「今日は“娘の友達が来るから”ってことでちょっと張り切っちゃった」


 唐揚げ、ポテトサラダ、冷しゃぶ、色とりどりの副菜、小鉢。


「あ、あの。お父さんには、わざわざ外で食事に出ていただいたみたいで……すみません」

「いいのよー。『タマキくん来るから、あなた邪魔よ』って言って、飲みに行かせたから」

「そうそう、お父さんいて、緊張して余計なこと言われても困るし」

「ね?気にしなくていいのよ」


 一人の男子大学生の平穏のために、お父さんが犠牲になったらしい。

 申し訳なさしかない。


「じゃあ、いただきましょうか」

「いただきます」


 唐揚げは外はカリッと、中はジューシー。

 ポテトサラダの味付けも絶妙で、

 冷しゃぶのタレもさっぱりしていて美味しい。


「以前、アキハから『お母さんのご飯、美味しい』と聞いていましたが、本当においしいです」

「よかった。いっぱい食べてね」

「タマキ、おかわりあるわよ」


 アキハ妹が、観察するように見てくる。


「タマキさん、お姉って普段タマキさん家で一緒にご飯食べてるんですよね?」

「普段、と言っていいかはわからないですが、食べることもありますね」

「お姉、家だとご飯抜いたりするんですよ?」

「そうなんですか?美味しいのに」

「そう、なのにこの前、電話で“今日タマキの家でご飯食べるから”って嬉しそうに――」

「ストップ」

「詳しく聞いてみたいですね」

「ダメよ!!」」

「タマキさん、お姉って、家ではけっこうポンコツなんですよ」

「アンタ今日はマジで覚えてなさいよ」

「やだこわい」


 姉妹の攻防が始まる。


 お母さんが、楽しそうに笑っているのが、

 妙に印象的だった。


「タマキくん、唐揚げもう一個食べる?」

「あ、はい。いただきます」

「“素直に食べる男の子、いいわねぇ」

「そうです?」

「“遠慮して食べない子”たまにいるのよ。あれ、こっちショックだから」

「分かるー」

 妹さんが頷く。


「ちゃんと食べる男の人の方が好きー」

「妹よ、発言が一瞬で生々しい」

「お姉ちゃんもでしょ」


 うーん、アキハがこんなに翻弄されているの普段は見れないから面白い。

 というか、ご飯が本当においしい。


「アキハも最近、料理の練習頑張ってるもんね。今年の春まではお菓子ばっかり作ってたのに」

 母が、さらっと娘の話を振る。


「お母さん、余計なこと言わないで」

「なによ、いいことでしょ?」

「そうだけど」


 すると、妹がにやっと笑う。


「誰かさんに食べさせるためじゃないのぉ?」

「ちょっと!!」

「アキハは、よくご飯を作ってくれますが、本当においしくて助かってます」


 ここは素直に言っておく。


「ほらー」

 妹が、親指で俺を指す。


「タマキさんが証言してくれてるじゃん」

「タマキ! あんたも余計なこと言わないの!!」

「えっ、褒めたんだけど」

「母と妹の前では全部“余計なこと”判定なの」


 理不尽なルールだ。


「でもいいじゃない。誰かに食べてもらうための料理が一番上手になるのよ」

 母は楽しそうに笑っている。


 和やかな(?)雰囲気の中、晩ご飯が進んでいく。


「そういえば、こないだのお菓子教室ではありがとうね」


 食事も一段落したところで、アキハ母が話題を変えた。


「いえ、お力になれたのなら。本当に立ってただけですし」

「帰ってきた子どもたちがね、“おにいちゃん”の話ばっかりするのよ」

「おにいちゃん?」

「“粉ふるいのおにいちゃんがね~”とか、“ボウル押さえててくれた人がね~”とか」

「あー……」


 思い当たる光景が多すぎる。


「『誰なの?』って聞いたら、『お姉ちゃん先生の彼氏』って言われたから」

「ちょっとその子ども連れてきなさい」

「子どもから見てもお似合いだったんじゃなーい」

「あんたは黙れ」


 楽しそうだなぁと思いながらポテトサラダを食べる。

 美味しいなぁ。


「まあ、なんというか」

 アキハ母が、サラダを取り分けながら続ける。


「アキハは、そんなに人を家族に近いところまで連れて来ない子だからね」

「お母さん」

「この子が入り浸るほど仲良くする子ってどんな子なんだろうって、ちょっと気になってたのよ」


「……色々と、お世話になってます」

「それはこっちの台詞よ」


 アキハ妹が、またじーっとこちらを見る。


「で、結局」

「うん?」

「お姉のどこが好きなの?」

「ストレートですね」


 ストレートすぎる質問に、

 唐揚げを咀嚼していたアキハが、危うくむせかける。


「ちょっと!? 何聞いてんのよ!!」

「えー、気になるじゃん」


 アキハ母も、わりと楽しそうにこっちを見てる。


「タマキさん的には、どうなの?」

「えっと」


 ――こういう時に、適切な言葉を選べる日本語能力が欲しい。


「好きなところ、と言う意味で言うなら、“周りの人のことをとても大切にしているところ”ですね」


 アキハ妹が、ふーん、と少しだけ頬を膨らませる。


「そうなんだ?」

「はい、うちに来てくれてる時も、色々助けてもらってますし。

 何かあったときに、一番最初に話したくなる相手という感じですね」


「見た目は?」

「そりゃ、勿論。これだけ綺麗なら当たり前じゃないですか」

「ちょっと!」


 アキハ妹が普通に笑う。

 横からかなり本気の肘鉄が入る。


「痛い!」

「痛くしてるからね!」


「うちの娘、めんどくさいでしょ?」

「正直、めんどくさいところもあります」

「タマキ!?」


「でも、その分ちゃんと、

 周りの人に“楽しい”とか“美味しい”とか、“嬉しい”を配ってる人なので」


「俺は、勝手にお世話になってる側だと思ってます」


 アキハ母は、満足そうに笑った。


「――いいじゃない。

 そのくらい言える男の子なら、安心だわ」

「だから余計なこと言うなって言ってるでしょ!!」

 テーブルの下で、足が思いっきり蹴られた。


 痛い。

 でも、言っておかなきゃいけないと思ったんだよ。


「じゃあ、お姉は?」

 今度は矛先がアキハに向く。


「タマキさんのどこが好きなの?」

「はい解散」

「逃げた」

「逃げてない」


 姉妹のやり取りを眺めながら、「ああ、こういう家族なんだな」と妙に納得した。

 なんだかんだ言いながら、ちゃんと互いを見ている。


「だって、最近泊まりすぎでしょ、お姉」

「それは……」

「『週どのくらい泊まってるの?』って聞かれて、『数えてない』って答えてたじゃん」

「数えてないから数えてないのよ!」

「アキハならどれだけ泊まっても大丈夫です」

「タマキは黙ってて」


 アキハ母が、わざとらしく咳ばらいをする。


「実は、どの程度まで許容するかは、うちも一応、夫婦で話し合ったのよ」

「えっ、私も聞いてない」


 アキハも驚いている。

 そんな議題が家庭会議に上がっていたのか。


「いやね、最初聞いたときは、私もびっくりしたのよ?

 “男の子の部屋に泊まってる”なんて言われたら」

「普通はびっくりしますよね」

「でしょう?」

「でしょう?」


 思わず頷いてしまう。


「でもねぇ、タマキくん」

「はい」

「この子、大学入ってから、“家の外で楽しくやってる”顔が増えたのよ」

「……」

「“今日もタマキとご飯だった”とか、“部屋で皆でゲームした”とか」

「ちょっと、お母さん」

「嬉しそうに話すからねぇ。

 それだけで、ああ、ちゃんといい友達がいるんだなって安心したの」


「……そう言ってもらえるなら、よかったです」

 本音だ。


「それに、話聞いてると、なんだか“合宿所みたいな部屋”って感じなんでしょ?」

「まぁ、否定はできないですね……」

「というか、実際そうだからね……」

「今日も、他の子来てるの?」

「多分……」

 外に説明しづらいな、俺ん家……


「まあそれで、“それなら安心かな”って思ったのは事実よ?

 変に“絶対ダメ!”って言って、こそこそされるのも嫌だしねぇ」

「その評価は微妙に複雑なんですが……」

「お母さん、もうちょっと心配して……?」


 アキハが、頭を抱える。


「だから、お泊まりのことや、お菓子教室のお礼を合わせて、植物を送ってくれた人の顔を見たいなって。

 とりあえず、今日は“母として、娘がお世話になってる人にご飯を食べてもらう”日ってことで」

「はい。ご馳走様です、本当に」


 アキハ母が、ふっと柔らかく笑う。


「……いい顔で食べてくれるわね」

「顔ですか?」

「“美味しい”ってちゃんと顔に出る子、好きよ」


 それは、ちょっとだけ嬉しかった。



 その後、少し雑談をしてから、

 そろそろお暇します、という流れに。


「今日は本当にありがとうございました」

「こちらこそ。娘をよろしくね」

「いえ、こちらこそ、いつも助けられてて」


 アキハ妹も顔を出してくる。


「えー、もう帰るの?」

「はい、お邪魔しました」

「ふーん。“思ったより普通”だったけど」

「なんかごめんなさい」

「“変なことしなさそう”って意味では高評価」

「それは……ありがとうございます」

「今度はお姉がいないときに遊びに来てね」

「それはどうでしょう」


 アキハが外までついてくる。


「じゃあ、駅まで送ってくわ」

「いいのに」

「“道に迷われても嫌だから”ってお母さんが」

「お母さんに言われたら逆らえないやつだな」


 外に出ると、

 夏の夕方特有の、少し湿った風が吹いた。


 住宅街を抜けて、駅までの道を二人で歩く。


「……お疲れ」

「アキハの方が疲れただろ」

「まあね」


 さっきまでの、家での表情とは違う、

 いつものアキハの顔に戻っている。


「どうだった?」

「いい家族だなって」


 単純にそう思った。


「妹ちゃん、わりとストレートだな」

「でしょ。あの子、昔からああなのよ。

 “思ったことそのまま口に出す”系」

「いいじゃん。嫌いじゃない」


 アキハが、少しだけ笑う。


「“思ったより普通”って言われたとき、どんな気持ちだった?」

「まぁ、事実だなと」

「そこ否定しないのね」

「俺が“イケメンです”って言い出したら困るだろ」

「それはそう」


 駅の手前で、少し足を止める。


「……ありがとね」

「何が」

「来てくれて」


 アキハが、ふっと視線を逸らしながら言う。


「頼まれたし」

「それよ」

「え?」

「頼まれたから来たって平然と言うところがね」


 ちょっとだけ、苦笑い。


「私ね。

 あんたがうちの家族と会うの、嫌じゃないのかなって思ってたの」

「嫌とかは、全然」

「“うちの家庭事情見せるの、ちょっと怖い”って感覚、あるじゃない」

「あー……」

 わからなくはない。


「でも、『わかった』って、普通に言ったでしょ」

「まあ」

「それ聞いた時、“あー、やっぱりこいつ頼りになるな”って、ちょっとムカついた」

「理不尽では」

「ムカつくわよ。“あーもう、好きになる要素増やすなよな”って」


 ……サラッと言うなよ。


「……そういうこと平然と言うな?」


「だってさ、正直、“家族ゾーン”に誰か入れるのって、そこそこ勇気いるのよ。

 ましてや男なんて」

「そりゃそうだよな」


「でも、今日見てて、

 “実家に連れてったの、タマキで良かったな”って思ったから」


 その一言で、

 今日ここに来た意味は、十分すぎるほど回収された気がした。


「俺なんかでよかったのか」

「出た、“俺なんか”」

「いや、マジで“もっとちゃんとしたやつ”いたでしょ」

「“私が連れてきたかったのはあなただから”って言わせたいの?」

「…………ちょっと?」

「強欲」


 アキハが、少しだけ肩をぶつけてくる。


「でも、まあ」

「うん」

「“うちの子、変な男に引っかかってるんじゃないかしら”って言われるのだけは、なんかイヤで」

「それは俺もイヤだ」

「でも、“思ったより普通”って言われてたから、たぶん大丈夫」

「評価基準そこ?」

「“普通”って、大事よ?」


 確かに、その通りかもしれない。


 駅が見えてきたところで、ふとアキハが立ち止まる。


「ねぇ、タマキ」

「ん」

「今日、『来てもらえると助かる』って言ったけどさ」

「ああ」

「“助かった”以上に、“嬉しかった”から」


 そう言って、少しだけ照れくさそうに笑った。


「じゃ、気を付けて帰りなさい」

「おう」


 改札を抜ける前に、振り返る。


「じゃあね、“思ったより普通”な男」

「その肩書きいつまで引きずる気だよ」


 軽口を交わしながら、改札前で手を振る。


「じゃ、気を付けて帰りなさいよ」

「おう。お前もな」

「また、明日」

「また明日」


 振り向いて、家に帰っていく背中を見送りながら。


 ――まあ、今日はちょっとくらい頑張ったんじゃないか、俺。


 そんなことを、少しだけ思った。

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