第84話 そりゃあ、親はしんぱいするよねって話
202X年、夏休み中盤 土曜の少し前
とある昼。なんでもない平日。
部屋では、メグミが沈殿ゾーンでゴロゴロし、カズネがソファで少女漫画を読んでおり、フユミとアキハが一緒に昼ご飯の片づけをしていた。
俺は、とりあえず食後の紅茶を全員分入れているところだったのだが。
「タマキ……」
キッチンから、いつになく悩んでいるような声。
「ん」
振り向くと、冷蔵庫を閉めたアキハが、腕組みして立っていた。
「今週の土曜の晩御飯とか空いてる? 空いてないわよね?」
「空いてなくても空けるけど、何?」
「チッ」
即舌打ちされた。
「今、俺、なにか悪いこと言った?」
「自覚がないのが一番タチ悪いわ」
「今日も平常運転ですねぇ」
アキハがぼやき、フユミが、皿を片付けながらつぶやく。
え?俺が悪いの?
「こう……“私が何か頼んでも、どうせ断らないんでしょ感”が出てて腹が立つ」
「事実だからしょうがないだろ」
「ほらそれ」
めんどくさいスイッチ入りかけてるぞ、アキハ。
「で?」
改めて向き直る。
「実は……ちょっと私の実家、来てくれない?」
「……」
予想の外側から、わりとクリティカルなワードが飛んできた。
実家?
「「「じっか?」」」
おい、一年三人娘。ハモるな。
「にゃふ……」
「ついに“ご挨拶”ですね!!」
「ですね~」
全員、興味津々の顔でこっちを見るな。やめろ。
俺は、いったん話を整理するために、深呼吸した。
「……理由だけ聞いてもいい?」
「最近ここに泊まりすぎてるのと」
あー。
「アキハ先輩ってそんなに泊まってましたっけ~?」
「フユミちゃんと二位争いしてるくらいじゃないですか!?」
「にゃふ、夏休み入ってから週の半分は確実にいますね」
「一位のナツキ先輩がダントツすぎて感覚狂いますね~」
冷静に聞くと凄いよな。
「それと、夏休み最初の、お菓子教室の時に手伝ってくれたお礼を、母がしたいって……」
あー、そっちもか。
「別にいいのに……」
「それ私も言った。
でも、『こんなに泊まってるなら、一回くらいちゃんとご飯食べさせてお礼させなさい』って言われた」
「……ごもっとも」
まあ、親からしたら、「娘がよく泊まりに行ってる男」がいると知れば、気にはなるだろう。
「正論ですよね~」
「にゃふ、私やカズネちゃんは一人暮らしですが、実家暮らしの人は心配もしますよね」
「メグミちゃん家はいいんですか!?」
「私ん家にもタマキさん来てもらいましょうかね~」
やめろ。
「断ってもいいわよ?」
アキハが、ぽつりと、ちょっとだけ目線を逸らしながら付け足す。
「……アキハはどうしてほしい?」
しばし沈黙。
冷蔵庫のモーター音だけが妙にでかく聞こえる。
「…………」
「…………来てもらえると助かる」
その言い方が、なんか二割くらい逃げ場を探してる感じで。
あーもう。
「わかった。俺なんかでよければ」
「その“なんかで”をやめなさいって何度言えばいいのよ」
と、いつもの調子で言いながらも、アキハは少しだけ、ほっとしている顔をしていた。
「“実家訪問”は嫁候補ポイント高いイベントですね~」
「アキハセンパイルートフラグ+3って感じです!!」
「にゃふ、タマキさんの“ご両親挨拶済み”チェックリスト作りましょうか」
「やめろ」
流石のアキハもちょっと照れてるじゃねぇか。
「さて、じゃ、当日タマキが着るコーデ、今日のうちに決めてから私は帰るわ」
「え?」
「いつものタマキの服装で来られたら、タマキを殺して、私も死ぬ」
「流石に普段着タマキ先輩に実家来られたらアキハ先輩かわいそうです~」
「私もコーデ手伝います!!」
「普段はどうでもいいですけど、実家に来るときくらいはまともな恰好なタマキさんがいいです」
女子陣から集中砲火を食らう。
「いつもの俺に何の問題が」
一応反論するが、女性陣四人は、もう楽しそうにクローゼットで俺のコーデを検討しており、聞いてなさそうだった。
……にしても、実家訪問かぁ。
流石に緊張する。
というか、本当に俺でいいのかと思わなくもないが、実際泊めてるの俺だからしょうがないか…。
◇
そして、土曜日。
学校の最寄り駅から電車で30分ちょっと。
がたんごとん揺られ、指定された駅で降りる。
改札の先で、待ち合わせ。
「――お、いた」
改札を出ると、ベンチに座ってスマホをいじっているアキハを見つけた。
今日は淡いベージュのワンピースに、薄手のカーディガン。
いつものスカッとしたパンツスタイルと違って、ちょっと“お嬢さん感”が出ていて新鮮だ。
「よ」
「……合格」
開口一番、服装チェックだった。
「面接官か」
「第一印象は大事だから」
アキハは、俺のシャツの襟を軽くつまんで整えながら、ちらっと上から下まで見る。
「ちゃんとアイロンしてきた?」
「マヨイ先輩が」
「よしよし」
「ちょっとこっち向いて」
「ん?」
近づいてきたアキハが、俺の襟元を軽く整える。
思ったより至近距離。
「第一ボタンまで閉めると真面目すぎるから、そこは開けておいて。シャツの裾は……よし、出てない」
「チェック厳しくない?」
「うちの母、こういうとこ妙に見てるからね」
「こわ」
「大丈夫、変なとこは私が全部事前に叩き潰しておくから」
「物騒な表現だな」
「じゃ、歩こっか」
住宅街の中を歩きながら、なんとなく会話をつなぐ。
「駅から10分くらいって言ってたっけ?」
「そうね。学校までドアツードアで1時間ちょいってところかな」
「よく通ってるよな」
「慣れるとあっという間よ。最北大学の通学時間感覚おかしいわよね」
「それはたしかに」
最北大学生の、距離感覚は時々バグってる。
「緊張してる?」
「してないって言ったら嘘になる」
「そりゃそうか」
アキハが、ふっと笑う。
「安心しなさい。うちの母は、基本的には普通に優しいから」
「“基本的には”ってところが怖いんだが」
「今日のフローを説明しておくとね」
急に、仕事の説明みたいな口調になる。
「玄関で挨拶→いったん私の部屋で待機→晩御飯→駅まで送り。以上」
「シンプルだな」
「父は追い出した」
「???」
「『お父さんがいるとタマキくん絶対困るから、今日は出かけてて』って言って追い出した」
「なんかすみません」
「“娘の交友関係を確認したい父”と、“今そこにぶつけられたら困る娘”の利害が一致しなかった結果よ」
「……別口でご挨拶すべきか?」
「その“ご挨拶”は、もっと大事な時にね」
サラッと重いワードを投げてくるのやめてほしい。
そんなこんなで歩くうちに、
こじんまりした二階建ての一軒家が見えてきた。
「ここ」
「よし、深呼吸させてくれ」
「待たない」
アキハがそのまま玄関を開ける。
ひどくね?
「ただいまー」
奥からすぐに返事が返ってくる。
「おかえりー」
キッチンから顔を覗かせたのは、
アキハをそのまま少し柔らかくしたような、落ち着いた雰囲気の女性だった。
隣のアキハを、柔らかい目で見てから、
すぐに俺に目を向けてくる。
「はじめまして。本日はお招きいただきありがとうございます。タマキです」
テンプレ挨拶を噛まずに言えた自分を褒めたい。
「こちらこそ。わざわざありがとうねぇ」
ふんわりした笑顔で、ぺこりと頭を下げてくれる。
「まあまあ、上がって。ほら、スリッパ出すから」
「お邪魔します」
言われるままに靴を脱いでいると――
「お姉ー、今日ほんとに彼氏来るのー?」
二階から、わりと元気な声が降ってきた。
「彼氏じゃないって言ってるでしょー!」
アキハが、即座にツッコミを入れる。
「えー?」
階段を降りてきたのは、高校生くらいの女の子。
アキハを、ちょっと小さくしてギャルっぽくした感じだ。
「初めまして、妹さんですね、お姉さんにお世話になってます」
「初めましてー。お姉ちゃんの妹です」
なんだ、その自己紹介。
アキハ妹は、上から下まで俺をじーっと眺めてから、
首をかしげた。
「これがタマキさんか。思ったより普通」
「どんな想像してたんですか?」
「お姉ちゃんが選ぶなら、もっとイケメンかと思った」
「妹ォォォ」
後ろからアキハの手刀が飛ぶ。
「いったぁ!? ちょ、ちょっとー!」
「何いきなり失礼なこと言ってんのよ」
「褒め言葉のつもりだったのに!」
「どこが!?」
「じゃあ、お姉ちゃん視点はイケメンなの!?」
「いや、それは微妙」
「ほらぁ!」
なんか、いつもの事務局のノリとあまり変わらない。
「まあまあ」
アキハ母が、クスクス笑いながら、俺を見る。
「いいじゃない、優しそうで」
「ど、どうも」
“イケメンかどうか”の評価はともかく、
“優しそう”なら、ギリギリ及第点なんだろうか。
「いつも娘がお世話になってるみたいだから、ちゃんとお礼しなきゃって思ってねえ」
“お世話になってる”の部分に、若干の含みを感じた気がしたが、気のせいということにする。
「じゃあ、とりあえずタマキは二階で待機ね。部屋案内するから」
「はい。あ。それと、これ。お世話になってるので……」
事前にナツキやカズネと相談して用意してきた、焼き菓子の詰め合わせを差し出す。
「あら、気を遣わせちゃってごめんなさいね。ありがとう、あとでみんなで頂きましょう」
受け取る手つきが、どこか品がある。
うちの親とは違う「ちゃんとしてる家庭」感がする。
「晩御飯出来たら呼ぶからねー」
「何かお手伝いできることがあれば言ってください」
「お客様だから、今日は待っててね」
アキハに先導され、アキハ母の声に送られて、階段を上がる。
廊下の突き当り、一番奥の部屋。
ドアには、小さい頃の名前シールっぽいのが、まだかろうじて残っていた。
「ここ」
ドアを開けると、
そこは――
意外と普通の、女の子の部屋だった。
勉強机と、本棚と、シンプルなベッド。
その隣にクローゼット。
壁には雑誌の切り抜きが少しと、デザインっぽいポストカード。
そして、窓際には、例の観葉植物とその隣に万年筆。
「クローゼット開けたら殺す」
「開けない」
信用がないのか。
窓際の植物を見ていると、
アキハが、そっとその鉢に触れた。
「……こいつ、元気よ」
「よかった」
「そもそもさ、こいつが妹に見つかって」
「まあ、部屋入ったら見えるもんな」
「『お姉ちゃんが観葉植物なんて珍しい。プレゼントでしょ!?男!?』ってなって」
「なんかごめん」
「お母さんが『そういえば、お菓子教室も男の子に手伝ってもらったんだってねぇ』と合わさって、タマキの存在がバレた」
「もはやバレて当然な気がしてきた」
流石にベッドは避けて、机の椅子に座る。
「――ていうかさ」
「うん」
「なんか、“ここにタマキを入れてる”って状況が、思ったより変な感じするわ」
「変?」
「去年の私に教えてあげたい。“あんたの部屋に、タマキが座ってるよ”って」
「まあ、去年の春や夏からは考えにくいな」
「信じられないよねー」
それは否定しきれない。
「でもまあ……来てくれて助かった」
ベッドに腰掛けながら、アキハがぽつり。
「なんで?」
「母、一度会えば安心するタイプだから」
「あー……」
「“娘がどこに入り浸ってるのか”をそれとなく把握しておきたいんでしょ」
「入り浸ってるって自覚はあるんだな」
「あるわよ」
きっぱり言われた。
「……ありがとな」
「何が」
「俺のこと、“ちゃんと紹介しよう”としてくれたの」
別に「彼氏です」と紹介されるわけではない。
それでも、「友達」とか「お世話になってる人」として、実家に呼ぶのはそれなりにエネルギーがいると思う。
「そういうところだけ、素直に礼言うのやめて。照れるから」
「じゃあ撤回する」
「撤回しないで。……ちゃんと聞いとくから」
どっちなんだ。
そんな、よく分からないやりとりをしていると、階下から声が聞こえた。
「ごはんできたわよー」
「はーい。行こ」
実家訪問、本番はここかららしい。
(つづく)




