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最北大学学生事務局  作者: 萩原詩荻


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第83話 たまにはこんな夏休みも

202X年、夏休み中盤 夜


① カウンターの向こう側


 夏休みの夜のバー。


 その日の客は、カウンターに二人だけだった。

 ――カズネと、常連のOLさん(仮)。

 ……いまだにOLなのかどうかすら知らないんだけど。


「バイトの中でも、バーテンダーってかなりカッコいいイメージありますよね!!」

「なんとなくわかるわね」


 氷の音と、一緒にカズネの声が跳ねる。


「カウンターの中からの景色ってちょっと憧れます!」

「そう?」

 OLさん(仮)が、少し楽しそうにこちらを眺める。


「じゃあ――」

 マスターが、ふっと口を開いた。


「………入ってみる?」


「いいんですか!?」

 カズネが、椅子から半分浮く勢いで前のめりになる。


「マスター?」

「あら、珍しい」

 OLさん(仮)も、少し驚いたように目を見開く。


「……若者に経験を積ませてあげるのも大人の役目よ」

 OLさん(仮)にさらりと返して、マスターが、カウンターの端を指さす。


「ここから入って。何も触らないこと。割れ物と中身は命だから」

「はい!! なにも触りません!!」

 宣言して、カズネが恐る恐るカウンターの内側へ。


 俺は、邪魔にならないように少し横にずれる。


「わぁ……」

 中から見る景色に、カズネが息を呑む。


「高い棚~」「ボトルいっぱい~」「マドラーかっこいい~」


 右見て左見ての忙しい視線。


 OLさん(仮)がくすっと笑う。

「じゃあ、折角だから。作っているところも見せてもらいなさい。タマキくん。何か作って」

「かしこまりました」


 マスターに目線で確認を取り、作り始める。


「何か、さっぱりめでよろしいですか?」

「そうねぇ。じゃあ、いつものジンベースで」

「かしこまりました」

 俺は、シェーカーとグラスを手に取る。


「わ……」

 カズネが横から、目をキラキラさせている。


 ほんの少し、誇らしい。


「……」


 横で、カズネが息を詰めて見ているのが分かる。

 グラスを冷やして、液体を注ぐ。

 薄く曇ったグラスに、透明な液体が静かに満ちていく。


 俺がグラスを差し出そうとしたとき、OLさん(仮)が、ふっと手を挙げた。

「ねぇ、そこだけ、やらせてあげたら?」

「そこ?」


「“お客様にグラスを差し出すところ”」

 カズネが、「えっ」と目を丸くする。


 マスターが、少しだけ考えてから、頷いた。


「……こぼさなければセーフ。いいわよ」

「よろしいんですか!?」

「“なにも触らない”を、“こぼさない”に変更で」

「がんばります!!」


 カズネは、緊張した面持ちでグラスを両手で持つ。


 指先に、少しだけ力が入っているのが分かる。


「こ、このまま、そっと……」


「そう。相手の目を見て、“お待たせしました”って」


「お待たせしましたっ……!」


 少し声が上ずってるけど、ちゃんと言えた。


「ありがとう」

 OLさん(仮)が、にこっと笑って受け取る。


「――上出来」

 マスターが小さく言った。


「うん。見た目も綺麗だし、香りもいい。

 なにより、“運んでくれた子”が嬉しそうなのが一番のスパイスかもね」


「は、ぅ……っ……!」

 カズネが、耐えきれない、という風に顔を覆う。


「よかったじゃないですか」

「や、やばいです……

 なんか、“バイトしててよかった”って気持ち、ちょっと分かった気がします……!」


 カズネは、名残惜しそうにカウンターの中をぐるっと見回してから、一歩下がった。


「――入れてくださって、ありがとうございました!」

「どういたしまして」


 カズネは元気にカウンターの外に出て、自分の席に座り直した。


「……どうでしたか?」

「やっばかったです……!」

 手のひらを胸に当てながら、興奮の余韻に浸っている。


「今度から、“どうぞ”ってされる時の気持ち、もっと大事にします……」


「そう思ってもらえたなら、入れてよかったわ」

 マスターが、満足そうに頷いた。


「バイトが足りなくなったら雇ってあげる」

「本当ですか!?タマキセンパイいつ辞めますか!?」

「カズネさんがバイトの数調整したら考えます」

「今5つです!」


 即答するな。

 元気だな、この後輩は。


 その横で、OLさん(仮)がふっと笑って一言。

「ね、“カウンターの中で横から見るタマキくん”は、ちょっとカッコよかった?」

「ちょっとどころじゃないです!!」

「そう?」

「そうです!これは他の人には情報共有できません!!」

「普段は何を共有してるんですか」


 まあ、嬉しそうにしてるなら、それでいいか。

 いつか、いつか俺がバイト辞めた日の後任も見つかったことだし。





② 一年生三人組、女子会お泊まり


 さらに別の夜。


「――というわけで、本日は“一年生三人組女子パジャマ会”でーす!!」

「タイトルが長い」

 カズネが、楽しそうに宣言する。

 

 何が「というわけ」なのかもわからん。


「『タマキさん部屋で一年生女子会したいです!!』って、ナツキさんに聞いたら、『どうぞ♡』って言ってくれました!」

「家主の了承は?」

「なので、私がベッド!フユミちゃんが布団A!メグミちゃんが布団Bです!」

「俺は?」


 今日のメンバーは、カズネ、メグミ、フユミ。

 テーブルの上には、お菓子、コンビニスイーツ、ボードゲーム。

 ソファ周りには、タオルケットとクッション。

 既に遊ぶ気満々だ。


「女子会って言っとけば、なんか罪が軽くなると思ってない?」

「なってますよ?」

「なってませんよ?」


「今日はタマキ先輩、どこで寝るんですか~?」

「沈殿ゾーンかな……」

「にゃふ、ある意味いつもどおりですね」

「最近、タマキセンパイ、ベッドで寝ました?」


 ナツキがいる時は、ベッドはナツキなので、夏休み入ってからベッドで一人で寝た記憶がない。


「じゃ、とりあえず使用許可は取ったので!!」

「ここからは“推し語りタイム”です~」

「にゃふ、“夏アニメ語り”もしたいです」


 女子会モードに入る一年生たち。

 まあ、別に遊ぶのは構わないが。


 楽しそうだなぁ。


 ソファの向こう側で盛り上がる三人を眺めながら、

 俺は沈殿ゾーンに身体を滑り込ませる。


 メグミの改良以来、普通に寝落ちしても腰が痛くないのがありがたい。


「にゃふ、タマキさん、沈みました」

「“主が沈んだ”」

「“ここどこ”って言って起きてきたら笑いましょう~」

「言いそう」


 勝手なことを言われている気がするが、もう動く気力はない。


 エアコンの風と、人の声と、タオルケットの柔らかさ。


 目を閉じると、そのまま意識がふっと落ちていった。



 ――目が覚めた。


 照明は落ちていて、部屋は薄暗い。

 テーブルの上には、片付けかけのお菓子の袋と、空のマグカップ。


 身体を少し動かそうとして――気付いた。


 腕の中に、なんかいる。


「…………」


 視線を落とすと、俺の胸のあたりに、黒髪の塊。

 タオルケットごと、すっぽり潜り込んでいる。


 フユミだった。


 いつの間にか、リビングの布団から抜け出してきたらしい。

 タオルケット越しでも分かるくらい、身体がほんのり温かい。


「……にゃふ……あったかいです……」


 寝言みたいなのが、かすかに聞こえる。


 腕を動かそうとすると、ぎゅっと掴まれた。


「……ん」


 完全に、抱き枕か何かと勘違いされている。


 起こすかどうか一瞬迷って――


 まあ、いっか。と思い直す。


 たぶん今が一番“安心してる時”だろうし。


 タオルケットを少し引き上げて、肩までかけてやる。

 右腕はそのまま、ちょっとだけ体勢を整えて――


「……おやすみ」


 小さく呟いて、自分もまたフユミを抱きしめながら目を閉じた。


 沈殿ゾーンの奥で、フユミの寝息と、自分の呼吸が重なる。


 夏休みの夜の、どうでもいい静けさ。



 翌朝。


「おは――」


 起き上がろうとした瞬間。


 目の前に、仁王立ちの二人。


「「ずるい」」


 カズネ&メグミの声が完全に揃っていた。


「おはよう……」

「“おはよう……”じゃないですよセンパイ!!」


 カズネが、スマホをぽん、と掲げる。


 画面には、ばっちり。


 沈殿ゾーンのタオルケットの中で、

 俺の腕の中に収まって寝ているフユミと、それを見下ろすカズネの自撮りが写っていた。


「証拠写真まであるのか」

「“あるのか”じゃないですよ!!」

「にゃふ……?」


 当の本人は、まだ半分眠そうに目をこすっている。


「昨夜の記憶を遡りますとですねぇ……」

 メグミが、枕を抱えたまま淡々と説明する。


「タマキ先輩はここに寝てて~、フユミちゃんはお布団で寝てて~」

「にゃふ……寝返りをうった記憶が……」

「寝返りで人の腕の中に潜り込む天才なんですか?」


「結果」「「この構図です!!」」


 指差し禁止。


「タマキセンパイ。これが“ハーレムルート自然発生現象”ってやつですよ!!」

「変な名前つけるな」

「ズルいのは世界の方なんだ……」


「こんど私たちも抱き枕権利発行してください~」

「じゃないと、ナツキセンパイやアキハセンパイに告げ口します!!」

「わかった、わかったから」


 謎の権利が発行されたらしいが、夏は暑いので、出来れば使用しないで欲しい。

 ……あと、こいつらは、俺の理性を信用しすぎるの、本当にやめて欲しい。





③ ナツキと、ちょっとだけオシャレな飲み放題


「タマキ、飲みに行こ」


 その日、俺が部屋に帰ってきた瞬間、ソファで寝転がっていたナツキが、スマホを掲げながら言った。


「急に?」

「急に」

「理由は?」

「理由いる?」

「いらないな」

 話が早い。


「“ちょっとだけオシャレ、でも学生でも全然大丈夫な飲み放題あるタイプ”って条件で」

「500円バー?」

「誰かいたら嫌だから、ヤ」

「てことは、どっか候補あるんだな?」

「ここ」


 ナツキが見せてきたのは、駅から少し離れたビルにあるバーの情報だった。


「ちょっとだけオシャレ、でも学生でも全然大丈夫な、飲み放題付きコースあり」

「説明文そのまま読むのやめて」

「レビューも悪くないし、料理もそこそこらしいよ」

「……よし、行くか」

「やった」



 店内は、暗すぎず明るすぎずの絶妙な照明。

 カウンターとテーブル席があって、奥には少しソファ席もある。


「いらっしゃいませー。二名様ですか?」

「はい」

「飲み放題付きのフードコースでお願いしまーす」


 注文が早い。


「ここ、前から気になってたんだよね」

「よく見つけてくるなぁ、こういう店」

「女子力ってやつ?」

「女子力で飲み放題聞くのか?」

「女子こそ聞くのよ」


 テーブルには、小さなキャンドルのライト。

 BGMは控えめなポップス。


「なんか、“それっぽい”な」

「でしょ」


「はい、じゃあ一杯目どうぞ」

「カシスオレンジ」

「俺は……あ、このオリジナルカクテルで」

「タマキ、すぐそういう限定とかオリジナルにする」

「好きなんだもん」


 グラスが並ぶ。


「はい、かんぱーい」

「かんぱーい」


 適当に飲み始める。


「タマキ、最近一番“夏だな”って思った瞬間は?」

「いきなりだな」

「こういうのは直感が大事なんだよ」

「そうだなぁ……」

 グラスを回しながら、少し考える。


「函館の帰りに、全員車で爆睡しててさ。

 運転組だけ、PAの自販機の前で“眠い”“帰りたい”って言いながら缶コーヒー飲んでたとき」

「渋いな」

「“あー、これが学生時代の無茶な夏イベントなんだろうな”って思った」

「分かるけど」


 ナツキは笑って、カシオレを一口飲んだ。


「ナツキは?」

「そうなるよねー、考えてないんだけどさー」

「考えろ考えろ」


 ポテトと唐揚げの盛り合わせが運ばれてきて、

 ナツキがポテトを一本つまむ。


「タマキが」

「うん」

「帰省から帰ってきて数日後に、私がタマキの家に帰ったら『おかえり』って言ってくれた時かな」

「夏か、それ?」


「『ただいま』って言ったら『おかえり』が返ってくるって、わりとすごいことだよ?」

「……まぁ、そうだな」


 少なくとも去年はなかったことだ。

 気付けば、「おかえり」が返ってくる日が増えている。


「だから、たまにちゃんと“これはすごいことなんだぞー”って、自分で思い出さないと」

「うん」

「慣れたくないなーって」


 ナツキは、ふっと笑ってグラスを空けた。


「――で、最近どうよ」

「ざっくりだな」

「最近のタマキ。

 女の子に囲まれつつ、カフェに助っ人に来て、美人OGに服を選んでもらった男の現状」

「半分くらいナツキのせいな気もする」

「カフェでナンパされてたのは未だ許してないから」

「ナツキの方がよっぽどナンパされてるでしょうが」


 苦笑しながら、新しい酒を頼む。


「……まあ、なんというか。

 楽しいけど、忙しい感じはある」

「だろうねぇ」


「“楽しいけど忙しい”って、タマキの標準装備って感じするもん」

「褒めてるのか、それ?」

「私ね。ちゃんと誰かと笑ってるタマキが一番好きだよ」

「……」

 一杯で酔ったのか、こいつ?


「ナツキは」

「ん?」

「最近どうよ」

「雑なお返し来た」

 笑ってから、彼女は少しだけ肩をすくめる。


「私は……去年より大分のんびりしてるかな」

「そうか?」

「うん、バイト行って、友達と遊んで、タマキん家で寝て、たまに旅行して、また、タマキん家で寝て。

 去年はもっとスケジュール詰め込んで、あれやこれやしてたけどさ」


 そこまで言って、一瞬だけ視線を逸らす。


「こんな風になるなんて思ってなかったなーって」

「それは俺も」

「たまに、“依存しすぎかなー”って思う時はあるけど」

「そんなことは、ないと思うけどな」


 素直に言う。


「ナツキは、俺よりしっかり世界と接していると思うぞ。

 バイト先や大学の人間関係もそうだし、友達も俺より多いし」

「外面完璧だもん♡」

「そんな奴が、俺のところが“逃げ場の一つ”にしてくれてるのは、普通に嬉しい」

「……ズルいなぁ、その言い方」


 ナツキが、少しだけ頬を赤くして、唐揚げをつまみながら話題を変える。


「あ、これ美味しい」

「何頼んだ?」

「ヨーグルトリキュールのやつ。デザート感覚」

「次、俺も飲もうかな」

「実際さぁ、事務局内だと、私たちお酒弱い方だよね」


 二、三杯で沈没する人もいるので、世間一般で見ると、俺たちも普通くらいだと思ってる。

 だが。


「だな。上には上がいすぎる」

「リン先輩とか、アキハとか」

「あの辺は“別カテゴリ”」


 リン先輩とか酔ったの見たことないもん。

 ……マスターに潰されたって言ってたけど。


「そういえば、タマキが酔い潰れたの最近見てないかも~」

「そうだろうな」

「一年の夏くらいまでは、普通に全体飲み会で潰されてなかった?」

「……気付いたら翌朝なこともあったぞ」

「最近潰れてないよね?」

「リン先輩やイズミと少人数で飲むときは時々潰れてるぞ」

「男だけの飲み会ってこと?」

「まあ、そうだな。全体飲み会だとどうしても気を張るしなー」

「それはわかる。あ、こないだの男飲み会はどうだったの?」

「聞くなよ」


 他愛ない会話を続ける。

 ヒカリさんの誕生日に起こしてもらった話、先日以来のカフェのシフトの話、函館で誰が一番食べていたかという話、フユミとメグミが重なって沈殿してた話、アキハが怒ってた話。


 飲み放題のラストオーダーの頃には、お互い程よくアルコールが回っていた。


「酔った勢いで言うけど」

「うん」

「私は、“タマキと一緒にいる時間”が、一番ちゃんと休めてる」

「……」

「だから、これからも、たまにはこうやって、“ちょっとだけ大人の時間”付き合って」

「いいよ」

 悩む必要がなかった。


「今の即答は評価高い」

「まあ、ナツキのお願いだし」

「よろしい」

 さらっと満足そうに頷く。


 会計を済ませて、外に出る。


 夜風が、少し涼しく感じる。


「歩ける?」

「歩けるよ。タマキは?」

「歩ける」


 並んで歩きながら、

 ナツキがそっと俺の腕に自分の腕を絡めてきた。


「……」

「酔ってるからです」

「酔ってなくてもやるよね、それ」

「酔ってるので、やりやすいんです」


 言い訳の仕方が器用だ。



「ただいまー」

「おかえり」


「ふぁぁ……」


 ナツキが、ソファにどさっと倒れ込む。


「ちょっとだけ、ここで溶ける」

「着替えは」

「あとで……」


 そのまま寝落ちしそうな勢いだったので、とりあえずタオルケットをかけてやる。


「……タマキ」

「ん」

「こっち来て」


 タオルケットの端をぺらっとめくって、自分の隣のスペースをぽんぽんと叩く。


「はいはい」


 シャツだけラフなものに着替えてから、隣に座る。

 背もたれに寄りかかると、ナツキが自然に肩にもたれかかってきた。


「……ちょっとだけ、イチャイチャタイム」

「名前がストレートすぎる」


 肩にかかる頭の重さが、少しだけ心地いい。


「タマキ」

「ん」

「いつもありがと」

「急にどうした」

「今日こうやって飲みに付き合ってくれたり、

 私がしんどそうな顔して帰ってきたら、黙って紅茶淹れてくれたり」


 言われてみれば、自然とそうなっていた。


「そういうの、ちゃんと嬉しいから」

「……どういたしまして」


 言葉が少し照れくさい。


「だから今日は、ちょっとだけ甘えていい?」

「いつも甘えてるだろ」

「いつも以上に」


 そう言って、ナツキが少しだけ身体を寄せてくる。

 タオルケットの下で、彼女の手がそっと俺の手を探して、絡んだ。


「……」


 指先が少し熱い。


「キスは我慢する」

「……我慢なのか」

「うん、誰かさんとキスしたのは知ってるけど」

 

 ……なんで知ってるの?


「私がしたらズルだから」

「わからん」

「タマキはわからなくていいの」


「ナツキ」

「なに」


「ありがと」


「なにそれ」

「なんか、今日も、“ちゃんと隣にいてくれてるな”って感じがしたから」


 ナツキの指先に、もう一度力がこもる。


「……ずるいよねぇ、そういうの」

「どのあたりが」

「“自覚ない優しさ”みたいな言い方するところ」

「それは本当にわからん」


「ね」

「ん」


「こういう夜も、たまにはいいよね」


「“たまには”っていうか、わりと理想的なんだけど」

「でしょ」


 隣のナツキの体温が、

 心地よい重さで伝わってくる。


「寝よっか」

「うん」


 タオルケットを引っ張り出して、

 そのままソファでくっついて寝る。


 ベッドには行かない。

 ちょっとだけ緩んだ意識でも“今日はここまで”って、暗黙のラインが引けるから。


「――おやすみ」

「おやすみ」


 ほろ酔いと、

 少しだけオシャレなバーの余韻と、

 腕の中の彼女の温かさ。


 それだけあれば、

 今日は十分すぎるくらい理想的な夜だった。



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