第82話 助っ人カフェ店員【後編】
202X年、夏休み中盤 晴れ時々カフェ
一通り慣れ、ランチタイムも終わったころ。
「いらっしゃいませ――」
入ってきた二人組の顔を見て、俺は一瞬フリーズした。
「タマキセンパイがカフェ店員やってます!!」
「来てあげたわよ。働くタマキ観察ツアー」
カズネとアキハだった。
「お席へご案内します。お二人さま、こちらへどうぞ」
「カフェ店員モードウケる」
「バーとはまた違って面白いですね!!」
「後で説教な」
ニヤニヤするのをやめろ、二人とも。
苦笑しつつ、二人を窓際のテーブルに案内する。
「タマキセンパイ、これ出来るのに、夏祭りやオープンキャンパスも表に立たなかったんですねー」
「タマキは前出るの、ホント嫌いだからね」
「新歓でやってましたよね!」
「その時のこと教えてあげようか?」
「はい、お冷です。ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」
さっさと離れよ。
すると、すぐにカズネが手を挙げた。
「はーい、注文いいですかー?」
「はい、承ります」
テーブルに戻ると、カズネがやけにニヤニヤしている。
「店員さんおすすめの紅茶と、ケーキセットでチーズケーキを一つください」
「かしこまりました。どのような紅茶がお好きですか?」
「お任せします!あと、紅茶のおかわりってできますか!?」
「はい、おかわりは2割引で提供できます。
あらかじめ、ご注文を+300円でポットにすることもできます。
ポットですと、3杯分くらいお出しできますので、おかわりの予定がありましたら、そちらの方がお得かと思います。どちらになさいますか?」
カズネの目が、ぴくっと揺れた。
「……じゃあポットでお願いします」
「かしこまりました。では、クセの少ないダージリンのポットをお持ちしますね」
にこっと笑って注文を復唱する。
「ダージリンと、チーズケーキのケーキセットですね。少々お待ちください」
笑顔を向けると、カズネが、心底納得いかない顔をしていた。
「……なんでしょうか」
「あの、タマキセンパイ」
「はい」
「声も笑顔も、五割増しで爽やかじゃないです?」
「仕事中ですから」
「普段とのギャップが犯罪です」
「犯罪言わないでくださいね?」
「想像以上に“できるタマキ”でビビってるんですよ!!」
「おっと、普段抱いている印象が透けて見えますね」
カズネは、キラキラした目で言う。
「仕事モードのセンパイ、新鮮です!」
「バーでも見てるじゃないですか」
「でも、“カフェモード”のセンパイ、好きです!」
「軽く告白しないでください」
そんな会話をしている横で、アキハがじっと俺の顔を見ていた。
「タマキ」
「はい」
「本気出せばこんなもんって知ってたけど、やっぱりちょっとイラっとするわね」
「なぜ」
「“普段のダメさ”が演出なのか、本気でダメなのか分かんなくなるのよ」
「大体本気でダメだと思います」
「いつものタマキどこ?」
「ここにいますよ?」
わけのわからない評価を頂きつつ、
俺は注文を伝えにカウンターへ戻った。
◇
ティータイムも落ち着き、大分店内の空気が余裕になってきた頃。
客席の一角で、女性グループの笑い声が跳ねる。
小声で言っているつもりだろうが、盛り上がり故か結構聞こえてしまう。
「ねぇねぇ、あの男店員さん、さっきから真面目だよねー?」
「背ぇおっきいよねー」「顔は普通だけど」「中の下ってくらいじゃない?」
「声かけてみる?」「やめなさいって」「えー、逆に簡単にイケそうじゃない?」
視線を感じる。
視線の方向を見ると、目が合う。
「すみませーん」
「はい、少々お待ちください」
ちょっとだけ嫌な予感がする。
「……えっと」
代表っぽい女性が、ちょっと悪い顔でメニューを抱えている。
「ケーキを追加で頼みたいんですけど……おすすめありますか?」
「本日のおすすめは、こちらの桃のタルトです。
季節限定で、フレッシュな桃をたっぷり使っていて、
酸味は控えめで、さっぱりした甘さになっています」
「美味しそう……」
「私は違うのにしようかな」
ケーキの説明なら任せろ。
「甘さしっかりめがお好きでしたらガトーショコラ、少し軽めでしたらレアチーズケーキがおすすめです。どちらもアイスクリームを添えることができますが、いかがなさいますか?」
「……じゃ、私はガトーショコラで」
「アイスは?」
「つけます」
「かしこまりました」
ついでに、お冷を注ぎ足しながら、にこっと笑う。
「ありがとうございます。少々お時間いただきます」
「ねえ、店員さん」
「はい」
「今日、初めて見たんだけど、新人さん?」
「はい、今日だけのバイトです」
「えー、そうなんだ。
常連なんだけど、見たことない顔だなと思って」
「ねぇねぇ、学生さん?」
「はい、大学生です」
「彼女、いるの?」
うわぁ……後ろの方からピシッと音がした気がする。
「いえ、今のところは」
「あ、ズルい返しだ~!」
「連絡先とかって聞いてもいいですぅ?」
ちら、と後ろを見ると。
視界の端で、明らかにナツキとメグミの動きが止まっている。
その手前のテーブルでは、カズネとアキハが「うわぁ」という顔でこちらを見ている。
おい、カズネ。そのスマホ、録画してねぇだろうな。
「申し訳ございません。仕事中にお答えして、お店に怒られてしまうのが怖いので」
「えー、残念ー」
「意外とガード固いんですねー!」
「じゃあ、お店以外で会ったら聞きますねー」
軽いノリで流されて、その場は落ち着いた。
一礼してカウンターへ戻ると、ナツキが、じーっとこっちを見ていた。
「……」
「……」
無言の圧がすごい。
「何か?」
「別に?」
いつの間にかカウンターに近づいてきていたアキハとカズネも含め、女性陣の視線が刺さる。
ナツキ、アキハ、カズネ、メグミ。
全員、なんとも言えない顔でこちらを見ていた。
近寄ってきた店長がニヤニヤしながら言う。
「よかったじゃない、ナツキちゃん」
「何がですか」
「自分の惚れてる男が職場で仕事できるとこ見られてるの、ちょっと自慢でしょ~」
「惚れてません」
即座に否定はする。
みんな、暇なの?
わざわざカウンターまで寄ってきたアキハとカズネも自由に実況している。
テーブル席に帰れよ。
「……ナツキ、顔が“やきもち半分、自慢半分”」
「ですね……“私のタマキ、出来るでしょ?”って顔してます!!」
「言い方」
「でもちょっとイラっとしてる感じですね~?」
「まあ、“仕事モードのタマキ”って、わりと格好いいのよねぇ」
「アキハセンパイ、ちょっと悔しそうです?」
「そりゃそうでしょ。“本気出せばこんなもんでしょ”とは思ってるけどさー」
「“でも他の女子にそれ見せるのはムカつく”って?」
「正解」
カズネがカウンターに肘を突きながら、ちらっと俺を見る。
「なんか、複雑ですね」
「何が?」
「バーで働いてるタマキセンパイは、カウンターの向こう側!って感じでしたけど……
“昼間のカフェで有能ムーブかましてるタマキセンパイ”は、なんというか……」
「なんというか?」
「“自慢したいけど、他の女に見せたくない枠”ですよね」
「分かる」「分かる」「分かります~」
分かるらしい。
アキハが、くすっと笑う。
「それ、わりと“いい感じに沼ってる”発言よ」
「えっ」
「今の自覚なかったんですね~」
隣のメグミが、トレーを抱えながら、さらりと言う。
「メグミは?」
「私ですか?」
ケーキの在庫を並べながら、メグミがぽつり。
「私は、“タマキ先輩かっこいいねぇ~”って言われるの、ちょっと嬉しいです~」
「かっこいいとは言われてなかっただろ」
「だって、“私の見る目ある~”ってなりますし~」
「『顔は普通』って言われてましたね!!」
「『逆に簡単にイケそう』とかも言われてたわね」
「そこは聞かなかったことにします~」
「都合がいいな」
というか、みんな働いて?
「でも、あんまり本気で口説かれていたら、『ちょっと待ってくださいね~』って言って、ナツキ先輩呼びに行くと思います~」
「なんで私が出ていく前提なのよ」
「ナツキ先輩が出ていったら、大半の女性は引き下がります~」
「それはそう」
「確かに!!」
「ちょっと、それどういう意味よ!」
「ナツキちゃんならそれも面白そうね」
店長含め女性陣が楽しそうなので、するっと離れて働くことにする。
あ、レジですね。少々お待ちくださーい。
◇
閉店時間。
最後のお客さんを見送って、扉の札を「CLOSED」に戻す。
「おつかれさまー!」
店長の声に、
ナツキもメグミも「おつかれさまでしたー」と返す。
「タマキくんも、ありがとうねー。めっちゃ助かった」
「いえ、こちらこそ勉強になりました」
簡単に片付けとレジ締めを手伝って、バイト代を封筒でもらう。
「で」
帰り支度をしていると、
ナツキとメグミとカズネとアキハが、なぜか俺を囲むように立っていた。
「……何?」
「本日のタマキ会議です」
「勝手に開催すんな」
「まず一つめ」
アキハが、指を一本立てる。
「本気モードの接客、普通にカッコよかったわよ」
「珍しく素直だな」
「“珍しく”って言った?」
「言ってないです」
「二つめ~」
今度はメグミが指を立てる。
「正直、“もっとバタバタしてテンパるかな~”って思ってたんですけど~」
「メグミ?」
「普通に優秀すぎて、ちょっと感動しました~」
「これでも頑張ったんだぞ?」
「店長さん、『あの子また呼んでいい?』って言ってました~」
「呼ばなくていいようにシフト調整してください」
「三つめ!」
カズネが、真顔で続ける。
「お客さんに声かけられてるタマキセンパイ、なんか複雑でした」
「どう複雑なんだ」
「“うちのセンパイ有能でしょ!”って自慢したくなる一方で」
「うん」
「“勝手に連絡先聞かないでください!?”って言いたくなる感じです!」
「それを俺に言ってどうしろと」
「四つめ」
最後にナツキが指を立てる。
「次、人手足りない時も来て」
「そういう状況にならないようにしてもらえる?」
「でも、女の人にあんまり愛想振りまかないで」
「愛想のない接客とは」
「最低限の接客はしていいけど、過剰サービスは禁止」
「過剰サービスした覚えがない」
「でも、まあ、今日は、ありがとうね」
「ありがとうございます、本当に助かりました~」
ナツキとメグミに正面から礼を言われる。
照れる。
「別に。困ってたんだろ」
「そういうのを、“ありがとう”って言うのよ」
「はいはい」
そんな空気を見て、店長がカウンターの向こうからひょこっと顔を出す。
「ねぇねぇ」
「はい?」
店長が、俺を親指で指す。
「誰の彼氏なの?」
「彼氏じゃないです」
「彼氏じゃないです」
「彼氏じゃないです~」
「彼氏じゃないですね!」
四人全員が、きれいに否定した。
「……」
店長が、なんとも言えない顔をする。
「なんか、色々大変そうねぇ」
心底同情するような声で言われた。
「大変ですけど、楽しいですよ」
「またバイトお願いしてもいい?」
「俺なんかでいいのでしたら……」
「今日の動き見てたら、自信持っていいよ」
「……本当に困っているときであれば、ナツキかメグミに言ってください」
やりたいかと言われると、疲れたし、人前嫌いなので出来ればもうやりたくはない。
けど、まあ。
また「たすけて」って言われたら来るんだろうなぁ、と自分でも思ってしまった。




