第81話 助っ人カフェ店員【前編】
202X年、夏休み中盤 晴れ時々カフェ
夏休みの、特に予定のない平日夜。
エアコンは弱め、テーブルの上には冷えかけた麦茶。
沈殿ゾーンではフユミがごろごろしながらSwitchをしている。
俺はソファでごろごろしつつ、本のページをめくっていると、テーブルの上のスマホが震えた。
メグミか。電話は少しだけ珍しいな。
画面に浮かんだ名前を見て、出る。
「もしもし」
≪タマキせんぱ~い……≫
開口一番、気の抜けた甘々ボイス。
「どうした、人類の怠惰代表」
≪代表してます~……でも今日はちゃんと働いてきたんです~≫
「そうか、大義である」
いつもの調子で軽口を返していると、メグミが少し声を整える。
≪あのですね~、私とナツキさんがバイトしてるカフェあるじゃないですか~≫
「うん?」
≪明日ですね~、カフェがですね~、色々ありましてですね~≫
「要約すると?」
≪人~手~が~足り~な~い~です~≫
語尾をびよーんと伸ばしながら、本題を出してきた。
「店長さん、倒れたとか?」
≪夏休みで皆の予定がガチャガチャになったり、コロナにかかっちゃった子とか、急に入れなくなった子が出ちゃったりして~≫
あー、想像つく。
≪それでですね~、『誰か手伝ってくれる友達いない?』って店長さんに言われまして~≫
「……」
≪体力あって、真面目で、変なことしなくて、信頼できる人って考えたら~……≫
そこまで聞いて、なんとなくオチが見えた。
「俺に白羽の矢が立ちましたと」
≪……たすけてください~≫
あ、これ本当に助けて欲しいやつだ。
んー。別に行ってもいいっちゃいいんだが。
「いいけど……俺、カフェバイトしたことないぞ?」
≪いいですいいです~、店長、『人間なら誰でもいい』って言ってました~≫
「店長、言い方考えろ」
気持ちはわかるが。
≪私もナツキ先輩もシフト入るので~、フォローはしますので~≫
ナツキも一緒か。
「じゃあ、迷惑かけるかもしれないが、ナツキとメグミのためなら、多少は頑張るよ」
≪ほんとですか~!?≫
「時間と服装は?」
≪10時入りでお願いします~。白シャツに黒系スラックスがあれば最高です~。なければ……なんとかします~≫
「白シャツはある。スラックスは……たぶんある」
……アキハが買ってた気がする。
≪助かります~。タマキ先輩、だいすきです~≫
「はいはい、アイス何個分だ?」
≪箱アイスくらいです~≫
結構いっぱい入ってた。
≪わたし、タマキ先輩なら大丈夫と思って、『大丈夫だと思います』て言っちゃったので~……ダメでしたって言いにくくて~……≫
「先に俺に聞こうな?」
≪えへへ~……≫
正直自信はない。
≪お礼に今度、とっておきの秘密のアイス屋さん連れていきます~≫
「わかった、楽しみにしておくよ」
そんな会話をして、通話を切る。
「タマキさん、明日カフェ店員ですか?」
「ああ、一日限定な」
「にゃふ、お土産待ってます」
「働きに行くんだよ?」
そんな会話をしていると。
――ガチャ。
「ただいまー」
玄関の方から聞き慣れた声がした。
「あーもう、今日暑すぎない?」
「おかえり。お疲れ」
「おかえりいただきました♡ ただいまのチューは?」
「猫クッションとしてろ」
「そうする♡」
バッグをソファに放り出しながら、ナツキがソファの猫クッションに飛び込む。
「ね、タマキ」
「ん」
「ちょっとお願いがあって――」
そわそわしているのが分かるので、先回りしてみる。
「カフェの手伝いか?」
ナツキが、ぴたりと固まる。
「……メグミ?」
「そう、今電話があってOKしたとこ」
数秒の間。
「――私が誘いたかったのに!!」
キレイに声がひっくり返った。
「そこ怒るとこ?」
「怒るわよ!」
ナツキが、猫クッションを締め付けてる。
「にゃふ、猫ちゃんが……」
フユミ、今のナツキに話しかけると飛び火するからやめとけ。
相変わらず理不尽の権化みたいなやつだ。
「“私のバイト先にタマキが手伝いに来る”っていうシチュエーション、ちゃんと味わいたかったのに!」
「シチュエーション単位で欲しがるな」
「『ねぇ、明日人手足りないんだけど、来てくれない?』って、私が言いたかった!!」
「実質、今言ってるぞ」
「手遅れよ!!」
ナツキが、ぷくーっと頬を膨らませる。
本当に競争心の向けどころが独特だよなぁ。
「タマキが悪い」
「なんで?」
「せっかく“自分の彼氏をバイト先に連れていく”ってイベントじゃん?」
「彼氏じゃないだろ」
「そういうとこだぞ?」
「なんかすみませんね?」
とりあえず謝っておく。
「メグミに先に取られた……」
ナツキはソファにどかっと座り込んで、ため息をつく。
「明日来てくれるなら、それで良しとする」
「最初からそう言え」
「でも、誘ったのは私ってことにしていい?」
「メグミにバレなきゃな」
「チクられたら、メグミのティラミスにわさび入れる」
「食べ物で復讐するのやめて」
「メグミちゃんに注意しとくです」
「フユミ」
「にゃふ?」
「私を裏切ったら、フユミのティラミスにも唐辛子入れるわよ」
「――裏切りません、私はナツキさんの味方です」
「よろしい」
「タマキさぁん」
「よしよし」
いじめられたフユミの頭を撫でながら、ナツキに明日の仕事内容を確認する。
その夜は、メニュー表をLINEで送ってもらい、軽く頭に叩き込んでからさっさと寝た。
◇
翌日。
待ち合わせ時間より少し早く、店の前に着く。
実は、一回しか来たことがなかったので、道がちょっとだけ不安だった。
いい感じの外観のカフェである。
大きな窓ガラスに、木枠のドア。
入口横の黒板には、チョークで「本日のおすすめ」が書かれている。
「タマキさ~ん」
振り向くと、カフェの制服姿のメグミが手を振っていた。
いつもより少しきちんとした髪型。
そして、普段の服装より強調される胸……
「おはよう」
「おはようございます~。ではでは、店長さ~ん、連れてきました~」
メグミに引っ張られて店内に入ると、
カウンターの向こうから、落ち着いた雰囲気の女性が顔を出した。
「おはよう、メグミちゃん。――あら」
「この子が、前に話してた“頼りになる先輩”?」
「初めまして。本日はお世話になります」
「ナツキちゃんからも聞いてるわ、頼りにしてる」
何を聞いているんだ、一体。
そんな会話をしていると、カウンターの奥から、制服姿のナツキがひょこっと顔を出した。
“カフェの看板娘”感がすごい。
……実際、前回見に来た時には、ふっつーにナンパされてた。
「あ、タマキ。ちゃんと来れたんだ」
「ちょっと危なかった」
店長が笑いながら、俺とナツキを見る。
「彼氏さん、今日はよろしくねー」
「「彼氏じゃないです」」
ナツキと俺の声が微妙にハモる。
「あれ?じゃあ、メグミちゃんの彼氏?」
「そうです~」
「違います」
こちらはハモらない。
「……」
「……」
ナツキとメグミが、じとっと俺を見る。
「なんだよ」
「別にー」
「なんでもないです~」
「はいはい、イチャイチャは開店前まででねー」
店長が笑いながら遮る。
「してません」
「してないです」
「してます~」
そんなやり取りをしつつ、エプロンと名札を渡される。
「今日、タマキくんは、ホールメインでお願いしたくてねー。
ドリンク運びとケーキの案内を。洗い物までいけたら最高」
「了解です。とりあえず“邪魔しない”を目標にします」
やること自体は、想像よりはっきりしていて分かりやすい。
「ま、心配しなくていいよ。ナツキちゃんとメグミちゃんは、うちのエースだから」
「やめてください」
「やめてください~」
二人同時に抗議してる辺り、評価はガチっぽい。
「じゃ、オープンしまーす!」
扉の札が「CLOSED」から「OPEN」にひっくり返った。
◇
――結果から言うと。
これを、バイト二人で回すのは無理だと思った。
「いらっしゃいませー」
開店から一時間もすると、店内はほぼ満席になった。
常連っぽい近所のおばさま達、学生、カップル、観光客っぽい家族連れ。
みんな涼しい顔をして座っているが、こちら側としてはなかなかの戦場である。
「タマキ、4番テーブル、ランチプレートBとアイスコーヒーね」
「了解。メグミ、オーダー通す」
「はーい~。キッチンにも流しておきます~」
「ありがと」
バーのホールとは違って、ピークな時間帯のテーブル回転が早い。
オーダーを取り、復唱し、レジに流し、料理を運び、空いた皿を下げて……をノンストップで回す。
「ご注文お伺いします」
「あー、ケーキセットで……」
「ケーキは、ショーケースの中からお好みのものを一つお選びいただけます。本日のケーキは――」
……だが。
ナツキとメグミの面目を潰すわけにはいかないので、頑張る。
「こちらは定番のガトーショコラでして、チョコレートがしっかりめです。
こちらのレアチーズは、ちょっと酸味があって、さっぱり食べられますよ」
「あ、じゃあ、そのレアチーズで」
「かしこまりました」
メニューを渡す動作と同時に、奥のテーブルにたまっている皿の枚数を確認する。
戻る途中で、水の残量が少ないピッチャーを補充し、厨房へ顔を出す。
「レアチーズケーキ、6番」
「ありがとうございます、運びます」
皿を置く角度、フォークの向き、ナプキンの位置。
意外と細かいところを見られているのは、バーで学んだ。
その経験が、そのままカフェでも活きてくる。
「――タマキ先輩、普通に有能ですねぇ」
メグミが、トレーを抱えながらぽつりと言った。
「失礼な」
「いや~、もっとこう……バタバタして、“はわわ”ってなるタマキ先輩を想定してたので~」
「お前、内心期待してたな?」
「ちょっとだけ~」
「あとでお仕置き」
「そんな~」
アイス一個没収してやる。
皿をトレイに載せながら、肩をすくめる。
「迷惑かけたら、お前らに迷惑かかるだろ」
「……」
メグミが、ちょっとだけ目を丸くする。
「ナツキ先輩とわたしのために、こんな頑張ってくれてるんです~?」
「当たり前だろ」
「……すきです~」
「はいはい、後でゆっくり聞かせてくれ」
「あとでは恥ずかしいです~」
そんな会話をしていると、カウンターの奥からナツキの声。
「タマキー、カウンター2番さんに“本日のおすすめケーキ”」
「かしこまりました」
◇
そんな中、ちょっとした事件が起きた。
「――あ」
小さな女の子が、ストローを突き刺したグラスをテーブルの端に寄せすぎて、
勢いよくジュースをこぼした。
オレンジ色の液体が、テーブルから床へ、びしゃっと広がる。
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
お母さんが慌てて立ち上がる。
その声に、店内の空気が一瞬固まる。
「――失礼します」
ナツキと目で合図を交わして、俺は素早く近寄る。
ストローを抜いて、こぼれたグラスを安全な場所に退避。
「大丈夫ですよ。よくあることなので」
笑って言いながら、ペーパーを床に広げる。
「すみません、本当に……」
「夏休みあるあるですから」
女の子の目線までしゃがんで、少しだけ声を落とす。
「びっくりしたね」
「……ごめんなさい」
「うん、もう大丈夫。ごめんなさいも言えてえらいぞ」
頭をひとなでして、テーブルを拭き上げる。
その間に、メグミが新しいジュースを持ってきた。
「おまたせしました~。こぼれた分は、こっちで大丈夫なので」
「そんな、悪いです……」
「“夏休みサービス”ってことで~」
お母さんが、ほっとしたように息をつく。
「けがしてない~?」
「ありがとう、お姉ちゃん」
「うんうん、飴玉あげるからね~」
メグミの柔らかい対応はこういう時、とても効果を発揮する。
女の子の泣きそうな顔に笑顔が戻る。
「ありがとうございます……」
「いえ。ゆっくりなさってください」
立ち上がってカウンターに戻る途中、メグミに小声で囁く。
「さすがメグミ、すごくよかった、ありがとう」
「タマキ先輩こそ、はやかったです~」
「ナツキがジュース用意してくれるのわかったからな」
ナツキも、カウンターの中から、ちらっとこっちを見る。
「ありがと」
「いや、メグミの対応がとてもよかった」
「メグミ優秀でしょ?」
「知ってた」
先輩二人はドヤ顔して、メグミ本人が照れている不思議な光景だった。
(つづく)




