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最北大学学生事務局  作者: 萩原詩荻


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83/166

第80話 羨ましいけど、代わりたくはない。

202X年、夏休み中盤 夜


 夏休みの、特に何もない平日。


「――んじゃ、とりあえず一杯目」


 駅から少し離れた、いつもの安定系居酒屋。

 掘りごたつ席に男五人が並んで座っていた。


 リン先輩、コウメイ先輩、シンジ、イズミ、俺。


「お疲れー」


 ビールジョッキが五つ、軽くぶつかる。


「いやー、『男だけで飲もう』って言ったら、意外とみんな空けてくれるんだもんな」

 リン先輩がご機嫌で枝豆をつまむ。


「夏休みに男だけで飲むって、わりとレアだよな」

 最初のジョッキを速攻で空にして、イズミが言う。


「確かにねぇ。事務局メンバーで飲むっつーと、大体誰かしら女の子混ざってる気がするわ」

「それを言うと、“タマキの周りに”って補足が必要になるな」

「はい出た」


 シンジとコウメイ先輩がポンポンとつなげて来る。

 今日のテーマが、なんとなく予感できた。


「僕、あとで詳細報告しろってナツキに言われてるもん」

「俺はアキハに言われた」

「俺はカズネ」

「カオルにも言われたぞ」

「それは興味本位でしょうよ」

 一笑い。


「なんすか?俺いじめられるために今日呼び出されてます?」

「言っていいのか?」

 コウメイ先輩が悪い笑みを浮かべる。


「あ、じゃあ、僕から言うわ」

 シンジがジョッキを一気飲みして、こちらを向く。


 あ、店員さん、すんませーん、生5つ。


「あのな?僕、鈍感系ハーレム主人公大っ嫌いなんだよね」

「うわ、言ったコイツ」

「言ったな」

「直球160kmで言ったわ」


「……今の俺がそうだと言いたいんか?」

「そーだったら、お前と飲んでねーよ、バーカ」

「そうだ、バカ」

「少し考えろ、バカ」

「すぐ怒るな、バカ」


 集中砲火を食らう。

 ごめんて。


「あのな?“部屋に女子が自然に集まる・女子陣が美少女揃い・本人だけ好意に対して自覚がない”って、ハーレム物テンプレ三種の神器よ?」

「自覚はあるよ!?」

「あるんだ?」

「あるんだ?」

「あるんだ?」


 なんで三人同時に同じトーンなんだ。


「まぁでも、タマキの場合、“鈍感”ってより“意図的に目を逸らしてる”が正しいよな」

 リン先輩が笑う。


 そこに、コウメイ先輩がさらっと付け足す。

「まあ、正直な話」

「はい」

「“あれだけの数の女子陣全員から信頼されてる男”なんて、そうそういないからな」

「……信頼、されてますかね」

 そんな信頼されるような男ではない。


「お、出た。タマキ語の“自己評価低すぎフィルター”」

「よし、じゃあ、タマキにもわかりやすく説明してやろう」

「お、流石コウメイ」

 なんかはじまった。


「夏合宿以降で、タマキの家に泊まった女の名を上げろ」

「ナツキはほぼ同棲」「フユミは週3~4」「アキハは週1~5」「双子は週2~3くらいか?」「メグミは沈殿ゾーン常連」「カズネはランダムって感じ」「OGのヒカリさんもこないだ打合せ帰りに泊まってったろ?」


「待って待って待って、なんでそこまで把握されてんの?」


 改めて言葉で羅列されると、うちやべぇな。


「当たり前だろ」

「お前がいない場で、どれだけお前のこと『羨ましい』って言ってる男子いると思ってんだ」

「ナツキやアキハ狙いの男とか」

「こないだ、フユミなんて『この後、タマキさん家行くので』って言って、男の誘い断ってたぞ」

「それだけ人気ある女子達が、頻繁に出入りしてるってことだ」


「これをハーレムじゃねぇと、まだ言うか?」


「……」

 わかってたようで、わかってなかったなぁ。


 でもさぁ。


 あ、店員さん、すんませーん、生5つ。

 え、あ、日本酒二合とお猪口も5つ。


 シンジが口を開く。


「正直なとこ、僕だって、一度くらい『羨ましい』とは思ったよ」

「だよなあ」

「だなぁ」

「だな」

 全会一致はやめて欲しい。


「ただ――」

 シンジは笑う。


「その代わりに、あのメンツの機嫌と、感情と、日常全部抱えろって言われたら無理」

「同じく」

「同感」

「同意」


「……」


「だから、“羨ましくないわけないけど、絶対やりたくはない”って感じかな」

「わかるわー」

「言いえて妙だ」

「っつーか無理」


「べつに……」


「別にそんな大したことしてませんよ」

 イズミが俺の声真似をして言う。


「似てる」

「似てる」

「ムカつく」

 全員で笑う。


「“抱き付いて泣いても、変なことしてこない”とかさ」

「“油断した格好で寝落ちしても、布団かけてくれる”とか」

「“風呂上がりに手を繋いでも、それ以上何もしない”とか」

「“酔って迫っても、彼氏がいると知ってれば、我慢してくれる”とか」


「一応言っておきますが、俺も大概ギリギリでがまんしてますからね!?というか、なんでそんな色々知ってんの!?」

 俺だって結構頑張ってるんだぞ、あいつら本当に油断しすぎだ。


 四人の視線が、「何言ってんだこいつ」と言っている。


「いいかタマキ。世の中の平均的大学生男子、

 “深夜、あれだけの美人女子が泊まりに来て、枕抱えて沈殿ゾーンに転がってたら我慢できるか”って話、聞いてみ?」

「聞きたくないです」


「じっさいさ」

 イズミが、半分おちゃらけた声で言う。


「俺が、サークルの女子複数人から『イズミ君の家、泊まりに行っていい?』って言われて、『いいよー』って週3で受け入れてたらどう思う?」

「二股」

「愛人」

「サークル内で議会開くレベルだな」

 全員が即答する。

 まあ、そうなる。


「でしょー?でもタマキの場合、なんか“そういう空気”になってないのよ」

「……まぁ、“そういうこと”してねーから」

「してたら今ごろタマキの生存ルート消えてるよ」

「だよなぁ」


「ということはだ」


 コウメイが真面目な顔になる。


「あの女子たちにとって、タマキは“そういうことをしないという信頼付きで、家に転がり込める相手”として認定されている」

「……その信頼も、男としてどうなんだろうって時々思うんですけど」


「そして、時々物理的接触込みで甘えられている」

「……」


「それを“甘えさせてるだけ”って自分に言い聞かせている」

「……信頼を裏切るくらいなら舌噛みます」

 ジョッキのビールが、急に苦くなった気がする。


「そのうえで、“ちゃんと恋愛感情も持てる”なら、そりゃあ狙われるわけで」

「いや、当たり前のことじゃないですか、あのメンバー誰にも好意抱くなとか無理ゲーですよ?」


「“無理やりなにかしない”って、そんなにレアスキルだからな」

「普通はしないでしょ」

「普通ってなに?」

「普通であることだろ」

「男五人でなに哲学してんだよ」


 あ、店員さん、すんませーん、生2つとハイボール2つ。

 あと、日本酒二合追加でー。


「だからなぁ?“ハーレムでモテモテでけしからん”ってよりはな」

 リン先輩が冷酒をあおってから、あっさりと言う。


「“心配だけど、誇らしい”だな」

「“モテモテでいいな~”って、言われる類のハーレムじゃないのよね」

 イズミが、ため息混じりに笑う。


「むしろ、“感情と責任の処理がクソ難しい案件が大量に転がり込んできてる男”っていうか」

「胃薬常備系ハーレム」

「やめて新ジャンル作るの」


「ぶっちゃけ、お前、あいつらのこと“嫌い”ではなく“好き”ではあるんだろ?」

 コウメイ先輩がハイボールをあっさり飲み切りながら言う。

 否定しづらい言い回ししてくるのズルいよなぁ、この人。


「……まぁ、全員“好き”ではありますけど」

「ほら出た」

「ほらね」

「聞きました?今の発言」

「録音しとけばよかった」


 四人の「ほらな?」って顔がムカつく。


「“好き”の種類が違うじゃないですか」

「それ、ハーレム主人公の定型文だぞ」

「“みんな大事な仲間なんだ”ってやつね」

「そうそう」

「お前のそういうとこ嫌い」


 ひでえ扱いだ。


「そのうえで“おまえはよくやってる”って思うことは、けっこうあるぞ」

 シンジがお猪口をテーブルに置く。


「それをさ、“ハーレム”ってバカにしてる奴がいるのは、正直むかつくんだよな」

 イズミが、わざとふざけた口調で言う。


 コウメイ先輩も、頷いた。

「少なくとも、今この瞬間、“あの部屋に逃げられる”って思ってる子達がいる以上、意味がある」


「それを“ハーレム”って言って軽く扱うやつがいたら、俺が全力でぶん殴るけど」

「物騒な宣言が飛び出しましたね」

 リン先輩が殴ったら相手無事に済まないのでやめてください。


「『いいよなー、女の子いっぱいでさー』って言うやつは、“じゃあお前の部屋と時間全部使う覚悟しろよ”って話」

「実際、シンジは、こないだそうやって正面から論破して一年男子泣かせてただろうが」

「何やってんのお前?」

 知らないとこで何してんの、本当に。


「しゃーねーじゃん、実際人気ある女子がいーっぱいタマキんことを特別扱いしてるのは事実なんだから」

「その意味で、“羨ましがられる部分”はあって当然だな」

「というか、お前が手を出さないの本気ですごいと思う」

「俺ならとっくに何人か手ぇだしてる」

 やめろ。


「タマキ、お前自身は、楽しいか?」

 コウメイ先輩が、まっすぐにこっちを見てくる。


「……楽しい、ですよ」

 少し考えてから答える。


「大変だったり、ぐるぐるしたり、悩んだりもしますけど。

 でも、“今の時間”は、間違いなく、楽しいです」


「なら、いい」

 リン先輩が、満足そうに頷く。


「お前が“楽しい”って笑ってるうちは、好きにしろ」

「“楽しい”って言ってるうちは、俺たちも笑って見てられる」


「でもさ」

 シンジが真面目な声を出す。

「“それと同じくらい怖がってる”のも、見えてる」

 怖がっている、か。


「“こんなに居場所をもらっていいのか”とか」

「“誰かの場所を奪ってないか”とか」

「“いつか全部失うんじゃないか”とか」


 どれも、心当たりしかない。


「だってさ…………釣り合わないじゃん」

「「「「はぁ~~~~~」」」」


「な、なんだよ!その全員で『くそボケが』って顔のためいき!!」

「そのまんまだよ、くそボケ」


「じゃあ逆に聞きますけど」

 俺は、あえて開き直って言う。

「今ここにいる皆さんの中で、“この夏、女の子と二人で出かけてない人”手を挙げてください」

 

 全員が目を逸らす。


「ほらぁ!!」

「いや、待て。俺は誠実だ。彼女と出かけただけだ」

「あ、コウメイ先輩ずるい!」

「何がずるいものか、事実だ」

 コウメイ先輩は、まあいい。


「シンジ!お前、夏休み入って既に彼女三人目だろうが!!」

「今年もかよ、シンジ。ウケる」

「なんでこんなイケメンなのにフラれるんだ?」

「一説には部屋が汚すぎる」


「イズミ!お前だって、先週、日替わりで違う子と遊んでただろうが!」

「日替わりじゃありませんー!一人は三日いましたー!!」

「三日で威張んな」

「イズミはイズミで問題があるよな」

「というかタマキが把握してんのもちょっと怖い」


「リン先輩だって!知ってるんですよ!先週農学部の〇〇准教授の奥さんと遊んでたでしょ!?」

「まあな。何で知ってんだ?」

「『まあな』じゃねぇよ!?」

「というか、また人妻かよ」

「問題児ばっかりか、うちの事務局」


 結局、まともなのはコウメイ先輩くらいだという話だ。

 全員ジョッキを呷り、なんとなく笑い声が重なる。


「まあ、でも俺らはいいんだよ、ちゃんと自分のために恋愛してんだから」

「お?イズミが真面目なこと言うぞ」

「茶化さないで聞いてやれよ」


 あ、すみませーん。

 レモンサワー一つとお冷5つください。

 あ、あと生2つ。


「タマキ、ちゃんと自分が幸せになる選択肢考えろよ」

 イズミが箸の先で、空になった皿を指す。


「他人の話聞いて、他人のメンテして、他人の恋路見守って。

 “あれ、俺って?”ってなるだろ、お前」

「……」

 言葉に詰まる。

 心当たりは、ある。 


「実際、オレらから見てても、“誰選ぶんだろなぁ”ってのは、正直ちょっと楽しみにしてんだよ」

「話の流れが急にラブコメ読者」


「ラブコメというか恋愛シミュレーションゲーム」

 コウメイ先輩も笑う。


「“自分のことだけ無能”って言われながら、他人のことに関してはちゃんと動くタマキが、どこまでハーレムルートを拒否しながら生き残れるかゲーム」

「ゲームオーバーしか見えないんですけど」

「トゥルーエンドはあるぞ?」

 コウメイ先輩が、意味深に笑う。


「どういう意味ですか」

「秘密」

 この人たち、ほんとたちが悪い。


「ま、今日はいいじゃん。

 “今はまだ、誰のルートでもない夏休み”を楽しめってことで」

 リン先輩が、話を軽く戻した。


「お前がクソみたいな選び方さえしなきゃ、俺らは味方だわ」

「“とりあえず全員順番に付き合ってみました”みたいなことしなきゃね」

「誰もしないでしょそれ」

「世の中にはいるんだよ」


「……俺が、選ぶなんて、そんな大層な人間じゃない」

 グラスを持つ手に、少し力が入る。


「ああ。そんな言い訳を最後までして、“お前が誰も選ばないまま逃げたら”」

 シンジが、焼き鳥の串をくるくる回す。


「僕は殴るからな」

「その時は俺も殴る」

「俺が本気で殴ったら穴空くかもしれん」

「俺は社会的に抹殺する」

「跡形も残らないのでは?」


 全員で笑う。

 笑いながらも、心のどこかで、その言葉に安心している自分がいた。


「少なくとも今、ここにいる全員は、“お前がいると面白い”と思ってるからここにいるんだよ」

「“面白い”の基準がひどくないですか?」

「最高の褒め言葉だろ」


 イズミが、半分笑いながらジョッキを掲げる。


「“一緒に飲みたい男”って、わりと貴重だぞ」

「……それは」

 それは、素直に嬉しかった。


「男子的には、“お前があっちでどんな顔されてても、こっちではバカやって笑ってくれてりゃそれでいい”って感じ」

「だから――」

 リン先輩が、空いたジョッキを机に置く。


「変な方向に気負って、バランス崩すなよ。

 “みんなの逃げ場”が燃え尽きたら、それこそ困るからな」

「お前が勝手に擦り切れて、ある日突然“もう無理です”って消失されたら、事務局全体が瓦解する」

「さすがにそこまでじゃないと思いますけど」

「いや、マジで」


 全員同時に真顔で頷くの、やめてほしい。


 ハーレムかどうかは、よく分からない。

 ただ、“こうやって一緒に飲みに行ってくれる男友達”がいることは、ありがたいな、と思った。


「ま、結論づけるなら、アレだな」

「“タマキ、爆発しろ”」

「ひどくない!?」

「“でもちゃんと幸せになれ”」

「前半と後半の温度差!」


 結局、全員で笑いながら、グラスをぶつけた。


 この人たちが、こんなふうに笑いながら見ていてくれるなら。


 たぶん、俺なんかでも、少しぐらいは、間違えずに歩けるかもしれない。

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