第76話 いろいろな夏休み
202X年、夏休み中盤 暑い
① ごはん連れてってください~
≪メグミ:あの~、ごはん連れてってください~って本当にお願いしてもいいですか~≫
≪タマキ:もちろん。いつがいい?≫
≪メグミ:今日、先輩が夕方空いてれば~≫
≪タマキ:わかった。17時に駅で≫
≪メグミ:楽しみにしてます~≫
スタンプは、にへっと笑ってるナマケモノ。
一緒にごはん行くくらいで喜んでくれるなら、いつでも行くのに。
「タマキせんぱ~い」
待ち合わせは、駅前のモニュメント。
時間ぴったりに現れたメグミは、ゆるめのブラウスにショートパンツという、完全オフモードだった。
「タマキ先輩~、よければ先に寄り道しないです~?」
「寄り道?」
「はいです~。こないだ、棚にエナメルピンあったじゃないですか~、よければお店見てみないかな?って~」
「あ、いいな。うん、連れてって」
「任せてください~」
メグミの案内で向かったのは、小さな専門コーナーだった。
「……おお」
壁一面、ピンズ、ピンズ、ピンズ。
「……すご」
「可愛いですよねぇ~」
動物、食べ物、ゲームモチーフ、本、楽器――
小さな金属のプレートに、いろんな世界が詰まっている。
「ここ、私のお気に入りなんです~」
メグミは、慣れた手つきで棚を覗き込んでいく。
「今日は、“一個ずつプレゼントし合いっこしたい”です」
「最初からそう言おうな」
でも、その発想はちょっと嬉しい。
「じゃ、制限時間20分で、お互い相手にあげたいピンズ一個選ぶこと」
「は~い」
そんなルールをなんとなく決めて、別方向から棚を眺め始める。
メグミっぽいというと、枕、省エネ、アイス、ピンズ、……胸。
色々考えながら目を滑らせていると、小さなアイスバーのピンが目についた。
「…………」
いや、待て。
アイス系は持ってる率が高い気がする。
更に視線を動かしていくと、小さなピンが目にとまった。
半透明の青い雫に、小さく白い文字が刻まれている。
【take it easy】
「……」
それを指でつまんで、ちょっとだけ笑う。
「決まりました?」
「たぶん」
「私も、決まりました~」
お互い、裏返しにしたままレジに持っていき、包んでもらう。
店を出てから、ベンチに並んで座り、それぞれ紙袋を差し出す。
「あ、可愛い」
メグミが差し出してきたのは、小さな本を抱えた、眠そうな猫のピンズ。
「タマキ先輩って、鞄にいつも本入ってるじゃないですか~」
「よく見てるな、鞄に本がないと不安で」
「なので、鞄につけてもらえたらな~って」
メグミが、はにかむように言う。
「うん、喜んで。ありがとう」
「いえ~。では、こちらも開封……」
メグミが、スッと包みを開く。
「――わぁ」
メグミの手のひらには、さっきの青い雫のピンが乗っていた。
「“take it easy”……」
「“省エネです~”っていつも言ってるのに、メグミ自身が頑張ってることが多いから」
言ってから、ちょっとだけ照れくさくなる。
「“たまには、これ見て自分のためにサボってくれ”って意味で」
「……」
メグミは、ぺたりとピンを胸元の布地に当てて、頬を緩ませた。
「えへへ……」
ピンズひとつで、ここまで嬉しそうな顔ができる人間、そういないと思う。
というか、めっちゃ可愛い。
「これ、通学バッグにつけます~。
“センパイにもらったやつ~”ってニヤニヤします~」
まあ、好きにしたらいい。
「そんなに嬉しいなら、また今度やろうか」
「はい、第二回もしましょ~」
「よし、晩御飯行くか」
「実はおなかペコペコです~、楽しみです~」
◇
晩御飯は、俺のおすすめの定食屋。
「“お腹いっぱいで幸せになります”って書いてある~」
「書いてないから」
暖簾をくぐると、いつもの店主が顔を出した。
「お、兄ちゃんいらっしゃい。今日は彼女さんと?」
「そうです~」
「違います。後輩です」
「ひどいです~」
メグミが小声で抗議してくるが、嘘をつくな。
壁に貼られたメニューを見て、メグミは素直に悩んでいる。
「からあげ~」「生姜焼き~」「焼き魚も美味しそうですね~……」
「どれでもいいぞ。今日は奢りだから」
「じゃあ、“からあげ定食のAとB”ください~」
「ダブル!?」
「Aがノーマルで、Bがユーリンチーっぽいやつなんですよ~」
「知ってるけどさ……」
結果、テーブルの上は唐揚げまみれになった。
「いただきます~」
「いただきます」
齧った瞬間、衣がサクッと鳴って、肉汁がじゅわっと広がる。
「はぁ~~~……」
「そのため息、店に飾られるレベルだな」
おいしそうに食べるなぁ。
「なんか、“女の子連れて来るとこじゃない”って言われそうな選択して悪いな」
「むしろこのくらいがちょうどいいです~」
「そう?」
「緊張しないし~。ご飯が美味しいお店が一番です~」
そう言って、唐揚げを幸せそうに頬張る。
「……元気になったな」
「なりました~。まあ、波はありますけど~」
メグミは、味噌汁を啜ってから、少しだけ真面目な顔をした。
「ナツキさんとも、“あの時の話”ちゃんとしましたし~」
「そっか」
「『メグミのこと信用してる』って、言ってもらいました~」
「それは、あいつらしいな」
「『でも、ちゃんと相談して』って言われました~」
「それも、あいつらしいな」
うん、メグミもちゃんと笑えているな。
「……あの日、ちゃんと、逃げてよかったです~」
「うん」
「逃げ先があるの、やっぱり、ありがたいですね~」
「いつでも来い」
「ありがたいです~」
そう言って、メグミは唐揚げを俺の皿に一個乗せた。
「これは、“いつも逃げ道用意してくれてありがとう唐揚げ”です~」
「謎の名前ついてる」
「今付けました~」
「ありがたくいただきます」
この唐揚げは嬉しくて、美味しい。
◇
「……動けないですね~」
「食べ過ぎだろ」
定食屋を出て、ゆっくり歩きながらアパートへ。
そのまま、いつものように部屋に上がり込む。
「沈みます~」
「どうぞ」
ソファと壁の間――沈殿ゾーンに、二人並んで腰を下ろす。
枕を半分こ、タオルケットを半分こ。
テレビもつけず、エアコンだけが静かに回る。
「……タマキ先輩」
「ん」
「また、ごはん権利使ってもいいですか?」
「いつでもいいぞ」
「はい~……」
だんだん声が小さくなっていく。
隣から、寝息が聞こえ始めた。
自分も、満腹と涼しさで、意識がふっと沈んでいく。
どれくらい時間が経ったのか分からない。
玄関の方でガチャっと音がして、誰かが入ってくる気配がした。
「……ただいま」
ナツキの声だ。
「……あれ?電気ついてる……って、は?」
リビングの入口で、声が止まる。
ソファの陰。沈殿ゾーン。
タオルケットにくるまって、メグミと俺が見事に並んで沈んでいる。
しかも、二人とも外出用の服のまま。
「……」
5秒ほどの沈黙のあと。
「――せめて着替えてから寝なさい」
低めの声が飛んできた。
「……」
「……すみませ~ん……」
先にメグミが返事した。
俺も、状況を把握するのに数秒かかった。
「おかえり」
「ただいまじゃないのよ」
腕組みしたナツキが、ため息をつく。
「ごはん権利、ちゃんと使ってきた?」
「……はい」
「ピンズも買ってきた?」
「はい~」
「ご飯おいしかった?」
「食べすぎました~」
尋問みたいになってる。
「ならいいけど」
そう言ってから、ナツキは、二人の服をじっと見る。
「汗、すごいでしょ絶対」
「……はい」
「……はい~」
「“沈殿ゾーンはシャワーと着替えを済ませてから”って、前も言ったよね?」
「言われました……」
「言われました~……」
俺とメグミ、綺麗にハモる。
「二人は今から順番にシャワー。私はその間、ピンズ鑑賞」
「なぜピンズ鑑賞」
「タマキとメグミのセンス、見たいじゃない」
「怒ってるの?」
「それはそれ、これはこれ」
結局、メグミと二人でシャワーを済ませたあと、
ピンズを見せて、それぞれ「似合う」「分かる」とか散々いじられた。
② 双子の帰省報告
夏休みも中盤となったある日の夜。
いつものビルの二階。
控えめな看板と、静かな階段。
いつものバーでバイト中。
今日は、比較的お客様の少ない静かな夜だ。
「――いらっしゃいませ」
ドアベルが鳴って、顔を上げる。
「あ、いた」
「やっぱりいた」
柔らかい声と、少しだけ緊張した声。
マシロ先輩とマヨイ先輩だった。
「いらっしゃいませ」
「こんばんは」
二人は並んでカウンター席に座る。
「ただいま!!マスター、これお土産の金平糖!!」
「た、ただいまです……」
京都の“超お屋敷”から、無事に北海道に戻ってきたらしい。
「おかえりなさい。ありがたく頂くわ」
オシャレな金平糖だ。
夏休みの帰省から戻ってきて、お土産がてら寄ってくれたらしい。
さて、俺もお土産をもらうか。
「おかえりなさい。何にしますか?」
「おすすめで!!」
「わ、わたしも、マシロと同じので」
……カイピロスカでも出すか。
マスターをチラッと見ると、ダメとは言われなかったので、大丈夫そうだ。
ステアしたカクテルを出しつつ、二人に土産話をねだる。
「帰省、どうでした?」
カウンターの中から声をかけると、
マシロ先輩が「ふふ」と笑った。
「聞きたい?」
「ええ、お土産、期待してましたので」
二人の表情から、たぶんだけど、悪い結果にはなってないんだと思う。
たぶんね。
「うん、まあ、二人とも、ちゃんと話せた」
「か、家族みんなちゃんと聞いてくれたの。嬉しかった」
マシロ先輩もマヨイ先輩も、ちょっとはにかみながら答えてくれる。
うん、よかったよかった。
「んとね、まだ確定じゃないけど、“服作る側”に、もっと本気で触れたいから“ダブルスクール”考えているって話をしたの」
マシロ先輩がグラスを両手で持ちながら言う。
「最初はね、『今の学校はどうするんだ?』とか『もう進路はそうするって決めたのか?』ってやっぱり聞かれたの」
「なんとなくわかります」
「でもね、ショーをやったときの気持ちとか、その後ヒカリさんに教えてもらってる話とか、最近ミシンで作ったものとかちゃんと見せたらね」
ちょっと恥ずかしがるようにマシロ先輩が顔を伏せる。
ギャップ萌えがすごい。可愛い。
「『忙しくなると、身体を壊すかもしれないから、気を付けなさい』って。でも、『それでもやりたいなら、応援する』って。そう言ってくれた」
「とても、良い御両親ですね」
「でしょ!!!」
マシロ先輩のテンションが一気に上がる。
「おじいちゃんなんてさ!興奮しちゃってさ!『じゃあ、儂が専門学校建ててやる!!』とか言ってたもん!」
「応援の規模感がすごい」
「にひ、まあ、流石にそこは止めたけどさ」
「う、うちの家族ちょっと大げさだから」
マヨイ先輩が、ちょっと困ったように笑う。
「でも、私の目標もちゃんと聞いてくれました」
続けて、マヨイ先輩の声が、少しだけ真面目になる。
「6月のショーが、とても楽しかったこととか、モデルさん達に最近色々教えてもらってて、そっちの道に進みたいかも、って思ってること」
「はい、最近とても頑張ってますもんね。ヒカリさんの会社の人にも聞きました」
これは本当。
言うべきかわからなかったから言ってないけど、すごい褒めてる人もいた。
「そ、そしたらね。『教えてくれてる人には、ちゃんとお礼を言いなさい』。そして、『その人達が、どれだけ時間と経験使ってるか考えて、どこまで自分が本気か、決めなさい』って」
「……大事なことですね」
すげぇな、二人の両親。
「それから」
マヨイ先輩が、照れを隠すようにグラスを傾ける。
「『無理しないように、やりたいことをやりなさい。それが一番、親として嬉しい』って」
マスターが、少しだけ目を細める。
「いい言葉ね」
「いいですよねぇ」
「ねー」
双子も、揃って笑った。
「でもね」
マシロ先輩が、ふいに声を潜める。
「お手伝いさんが、こっそり教えてくれたの」
「『本当はすごく喜んでるんですよ』って」
「6月からずっと、実は自慢したり、色々調べたり、その業界の人に聞いたりしていたらしいです」
「『うちの娘たちがね、こんなショーに出たんだ』って雑誌をばら撒いてたらしいの!」
「ちょ、ちょっとそれは恥ずかしかったけど……」
「そういえば、そんな話してましたね……」
雑誌社買うとか、すごい話してたもんな。
「でも、調べるほど、“厳しい世界だ”ってことも分かって」
「だから、“無理しないで欲しい”って気持ちも本当で」
「それでも、“本人たちがやりたいというなら応援してあげたい”って思ってくれたみたいで」
「だからね、ちゃんと、話し合って頑張りたいなって」
「うん」
二人の横顔は、いつもより少しだけ大人びて見えた。
「だからさ」
マシロ先輩が、くるっと椅子を回して、俺の方を見る。
「タマキくんにも、見ててくれると嬉しいな」
マヨイ先輩も、少し遅れて頷く。
「“ちゃんと頑張ってるかどうか”、時々、見に来てくれたら嬉しいです」
「もちろん」
言葉に迷いはなかった。
「俺にできることであれば、いくらでも。見に行きますし、こうやって話を聞かせてください」
「ほんと!!じゃあ、また聞いてね!!」
「う、うん。見てくれるの、うれしい、よ」
「本当に、本当にいいご両親ですね」
改めてそう言うと、
二人は嬉しそうに頷いた。
双子の笑い声と、氷の音と、グラスの触れ合う音。
夏休みの夜のカウンターは、
いつもより少しだけ、未来の話をしていた。
③ なるほどね
「――最近は、一見さんが増えたわね。誰かさんが広めているのかしら」
マスターの言うとおり、ここ数日は珍しく席の埋まりがいい。
誰も来ない日が珍しいくらいだ。
ただ、気になるのは。
「――あ、いたいた」
「ほんとにいた」
明らかにモデルさんのような人たちがやってきて、何かを納得したような顔で頷いていったり。
ある日は、落ち着いた雰囲気の女性が一人で来て、
「この前、ショーの時に会ったわよね?」
「はい。あの時はお世話になりました」
と、さらっと名乗られて、
こっそりと「誕生日プレゼント、やるじゃない」と褒められたり。
また別の日には、
若い女性が、ドキドキした様子で来て、
「あの、ひ、ひか……いえ、その……」
うまく名前を出そうとして出せなくて、
最終的に「おすすめのカクテルください!」で押し切っていったり。
共通しているのは、オーダーは上品、滞在は短め、視線は妙に優しいこと。
それから……会計の時に、ほぼ全員が同じようなことを言うこと。
「ふーん、これが“後輩くん”」
「なるほどねぇ」
「まあまあね」
「実在したのねー」
「なるほど」
「……意外と普通ですね」
などなど、意味深なコメント。
流石に気になってきたある日、
「こんばんは。また来ちゃいました」
柔らかく笑うその人は、ヒカリさんの会社の人。
わずか数日間で二度目の来店である。
というかぶっちゃけ、プレゼントの相談に乗ってもらったメンバーの一人だ。
なので、聞いてしまった。
「……あの。一つお尋ねしたいのですが。
最近、ヒカリさんの会社の方と思われるお客様が……よく来られるような気がしてまして」
俺が言うと、彼女は納得したように笑った。
「それ。原因、知りたい?」
「怖い前置きですね」
軽口を返すと、彼女はグラスの縁を指先でなぞりながら続けた。
「タマキくん、フラワーボックスあげたでしょ?」
「はい、御相談に乗っていただき、本当にありがとうございました」
「翌日ね、会社のデスクにどーんって置いたのよ、ヒカリ」
「……まあ、そう言ってました」
そうしてもらえると嬉しいなとは思ってたけど。
「そうしたら、私たちは当然聞くわけじゃない。『どうしたの、それ?』って」
「まあ、知らないフリをすると仰っていましたもんね」
「そうしたら、ヒカリが『これね~、後輩くんがくれたの。ちゃんと花屋さんに相談してくれて、色も考えてくれてね~』って、堂々自慢した」
声色までそっくりだった。
「…………」
「うわ、顔真っ赤よ、タマキくん」
そりゃそうだ。
「その場にいた人も、近くを通った人も、“え、誰?”ってなるじゃない」
「でしょうね……」
「知ってる組は、“ああ、無事渡せたのね。からかおうかしら”って思うし、
知らない子たちは、“え、なんですか、それ!?”ってなる」
彼女は、そこでいたずらっぽく笑った。
「で、ヒカリが『じゃあ、この子がバイトしてるバーあるから、興味あったら行ってみなよ』って、さらっと宣伝してた」
「……つまり」
「『本体を見たい“君を知らない組”』と、『報告を聞きたい“事情を知ってる組”』が来てるわけ」
「……すみません、変なところで巻き込んでしまって」
「いいのいいの。面白いから」
面白いんかい。
というか、会社でどんな評判になってるか怖いんだけど。
「で、どうだったの?」
「……仕事中以外に改めて報告の場を設けさせてください」
「あら、じゃあ皆で楽しみにしておくわ」
グラスを持ったまま上品に笑う。
……からかい上手しかいないのか、あの会社。
「それにしても」
グラスを置いた彼女が、ふと真顔になる。
「ヒカリが“誕生日、自分から誘って、一日コーディネートする”なんて、
稀に見る本気モードだからね?」
「…………」
言葉に詰まる。
「“十年後まで言える服”の話も聞いたよ」
「ど、どこまで共有されてるんですか……」
「必要な分だけ」
彼女は、くすっと笑った。
「でもね、タマキくん」
「はい」
「去年のヒカリは、『誕生日って別にたいした日じゃないよね』って言ってたの」
「そう……なんですか」
「『仕事入ってたらそれでいいしー、打ち上げのついでで飲めればそれで』って」
どこかで聞いたような言い方だ。
「そんな人がさ。
“当日は空けておくから”“デートしよ”“コーディネートさせて”って言うの、
相当レアなんだよ?」
「……そうなんですね」
「だから、あのフラワーボックスの相談に君が来た時、
“あー、この子、ちゃんとそのレア度分かってるな”って思った」
胸の奥が、少しだけむず痒くなる。
「――それにね」
彼女は、こちらを試すように続ける。
「“職場の机に置いても大丈夫なプレゼントにしてくれた”ってところを、
ヒカリ、すごく気に入ってたよ」
「……それは、皆さんからのアドバイスで」
「そうやって謙遜ばかりするところも、ヒカリが言うとおりね」
「あの、一体何を言われてるのでしょう……」
「秘密。自分のいないところで言われている話は聞かない方がいいわ」
なんか先日同じようなことを言われた気がする。
カウンターの端では、マスターが静かにグラスを磨いている。
ちらっと視線を送ると、目が合った。
「……“いい仕事”をしたわね」
それだけ言って、マスターはまた視線を自分の手元に戻す。
まあ。
『誰から? 』って聞かれるほどには、
机の上でちゃんと咲いてくれてるなら――嬉しい。
最近バーに増えた「なるほど」勢は、
どうやら、“花の箱の送り主確認ツアー”だったらしい。




