第75.1話 大人はこういう相談、大好物です。
202X年、8月上旬 曇り
8月の上旬。
学校祭でのファッションショーの打合せの一環でヒカリさんの会社にお邪魔して、担当の方とお話をしていた。
「――はい。では、調達については、こちらの業者さんで」
「そうですね。今日はこの辺までにしておきましょうか」
無事、今日の分の打合せが終わったところで、私用を持ち出す。
「あの、お忙しいところ、本当に申し訳ないんですけど、少し、相談したいことがありまして」
「ん?何に困ってるの?」
「えっと、その、私用で申し訳ないのですが」
「ほう、私用?」
なんでちょっとウキウキし始めたんだ、この人。
「その、ヒカリさんの“誕生日プレゼント”について、ちょっとご相談がありまして……」
担当の方の目が、一気に丸くなる。
「プレゼント……!」
「えっと……。ヒカリさんの好みについて、少し教えていただけないかなと……」
自分で言いながら、胃が痛くなる。
こんなことを聞く大学生、きっと面倒くさい。
担当の方は、なぜかちょっと頬を赤くしていた。
「ちょっと待ってて。
――ヒカリさんのチームの人、全員捕まえてくる」
「い、いえ、そんな大事にしなくても……」
「こんな楽しいこと独占したら、後で私が怒られる!」
なんだそれ。
ほどなくして、奥からわらわらと女性たちが出てきた。
ショーの時にお会いしたスタッフさんや新人さんだ。
……今日も新人さんの名札が胸元に埋もれて見えない。俺はいつになったら名前を知れるのか。
「あ、6月のショーの時の」「ヒカリの“後輩くん”じゃない」「あ、こないだの!お久しぶりです!」「誕生日プレゼントだって?」「うーわ、うーわ!!」
なんでそんなに食いつきがいいんだ、この職場。
「……すみません、仕事中に」
「いや、仕事の合間だから大丈夫大丈夫」
「“ヒカリさんの誕生日プレゼント会議”っていう名目なら、全員全力出すからね」
「大人はね、こういう相談、大好物なの」
「名目がすごい」
そう言って笑う皆さんの顔が、なんだか誇らしげだった。
慕われてるなぁ、あの人。
「えっと……すみません。ヒカリさんの誕生日プレゼントに悩んでまして」
俺は、正直に頭を下げて、素直に言った。
「そういえば、8月19日休みって、ヒカリ書いてたわね」「流石に誕生日くらいは休んで欲しいもんね」
「なので、皆さんに。こっそり相談を」
「今のところ、後輩くんは何か案あるの?」
まあ、そうなるよね。
「はい。服とかアクセサリーはプロに贈ると絶対後悔するので、無しで」
「それはそう」「まあ、私達プロだしねぇ」「ハードル高いわよね」
「家にいるより、職場にいる時間が多い人なので、職場で見れるものがいいなって。だから、デスクアクセサリーや花とかを考えていました」
「ふむふむ、割としっかり考えているのね」
「で、相談したいのはここからでして。“ターコイズブルー以外で、ヒカリさんが嬉しそうだった色”を知りたいんです」
全員の手が止まった。
「“以外”」「以外なんだ」「あー、これ、だいぶですね」「だいぶだね」
だいぶってなんだ。
「――いいじゃない」
皆さんが顔を見合わせて笑う。
「ね、ヒカリさん、“以外”で喜んでた色なんかあった?」
「んー……」
「春の展示会の時、『このスモーキーピンク可愛い~』って騒いでませんでした?」
「あった。あと、あの時のショーで使った、“深い青のドレス”、めちゃくちゃ気に入ってたよ」
「あー、“夜みたいな青”って言ってたやつ」
「そうそう」
「あれの布見本、まだ残ってなかったっけ?」
どんどん情報が出てくる。
「花は何かありませんか?」
ちょっと欲張って聞いてみる。
「花?」
「ヒカリさん、なんか“この花好き~”って言ってたやつあった?」
「青系、よく持って帰ってない? 薄い水色とか、ちょっとくすんだ青とか」
「うん。あと、真っ白なのも好きだよね」
「花そのものだと、あの人、バラよりはラナンとかトルコキキョウとか“ふわふわ系”選ぶこと多い気がする」
「トルコキキョウ……?」
メモに走り書きしながら顔を上げると、新人さんがスマホで画像を見せてくれた。
「これです。フリルっぽくて、可愛いですよね」
「あ、見たことあるかも」
「この前、スタジオにコサージュ用で届いてた“青いトルコキキョウ”、やたら眺めてたよ」
「“青いトルコキキョウ”」
「『この色、布で出すの難しいんだよね~』とか言ってた」
「うん、『こういうのは花屋さんの方が得意』って」
メモ帳に、“深い青”“スモーキーピンク”“青いトルコキキョウ”と書き込みながら、頭の中で組み立てる。
「“ターコイズじゃない青”でまとめるなら、こういう青がいいかもしれないですね」
「あと、あの人、机の上ごちゃごちゃしてるから」
誰かが苦笑する。
「花束だと、でかいの置くスペースないよ」
「フラワーボックスなら、机の端にぽんって置けていいかも」
「あ、それいい!」
フラワーボックス。
なんか聞いたことはある。
「最近よくある、小さな箱の中に詰めた花のギフト。“蓋を開けた時だけ、世界が変わる”やつ」
「フラワーボックスなら、置きっぱなしでも水漏れしないし、仕事の邪魔にもならないですよ」
「あー、それいいね」
「色は青基調にして、ターコイズとはかぶらない感じに」
うん、「蓋を開けた時だけ、世界が変わる」って言葉、凄く惹かれる。
流石、芸術を仕事にしている人たちなんだな。
「あの、“青いトルコキキョウ”のフラワーボックス、惹かれます」
「お、決まった」
「ラッピングはどうする?」
「箱の色は?」
「リボンは?」
「職場に置くなら、あんまり派手すぎない方がいいよね」
「箱が派手だと置きづらいですか?」
「そうねぇ」「流石に机は見せられないんだけど」「机にフィギュアとかいっぱい置いている人もいるけど」「あまり箱も派手だと、逆に花のインパクト落ちたりするわよ」
なるほど、勉強になる。
「箱は落ち着いたグレーで、中に青いトルコキキョウをぎっしり」
「濃淡混ぜたら可愛いと思う」
「箱の内側に、ちょっとだけスモーキーピンクを混ぜたら?」
「あ、いい。花の間に、ほんの少しだけ」
「だったら、箱の内面の色をスモーキーピンクにしてもらえばいいのよ」
「でもさ、やっぱり“ヒカリの色”も、どこかに欲しいよね」
「だったら」
これくらいなら許されるだろうか。
「箱の蓋の内側に、ターコイズブルーの糸で“Happy Birthday”とか刺繍みたいに入れてもらうとかできますかね?」
「糸?」
「あー……」
「箱開けないと見えない位置に?」「他の人からは見えないけど、ヒカリには分かる」
「それ、絶対喜ぶ」「いいね」
「ラッピングはシンプルな方がよくない?」「うん、箱もシンプルに。あの人の机、モノトーン多いし」
「一個だけ置いてて成立するやつがいいよね」「撮影の残り物って言い張れる感じのやつとか!」
「残り物って言い張るんですか?」
「照れてたら言うと思うよ」「バレるのにね」「知らないフリする?」「当日までは!」「翌日は思う存分観察する!!」
盛り上がってるなぁ。
でも、秘密にしてくれるのはありがたい。
「……なんか、すみません」
「なにが?」
「皆さんの時間をこんなに使ってしまって」
「いいのいいの。うちの先輩の誕生日に、こんな真面目に悩んでくれる子、そうそういないから」
「こっちも“なんかいいもの見た”って感じだしね」
「ちゃんと渡したあと、“どうだったか”教えてね?」
「報告義務が……」
そんなアドバイスを、全部メモした。
◇
それから数日。
フラワーボックスを作ってくれる店を探して、
何軒か写真を見て、評判を調べて――
最終的には、バイトの日に、片付けの際にマスターに聞いた。
……絶対いい店知ってると思った。
「ヒカリさんの誕生日にフラワーボックスを贈りたいのですが、良い店ご存知ないでしょうか」
「……そういうことなら、ここかしらね。コレ持っていきなさい」
そう言って、名刺を一枚もらい、翌日教えてもらった花屋に行った。
そこで、“青いトルコキキョウをメインにしたフラワーボックス”の相談をした。
「職場のデスクに置けるサイズで」「箱はグレー系で」「箱の内側をスモーキーピンクにしてほしくて」
「深い海みたいにグラデーションになると嬉しくて」「でも、重くなりすぎないように白を少し」
「箱の蓋に刺繍入れられますか?」
ターコイズブルーの刺繍は、オーダーメイドになってしまったけど、やってくれるとのことでありがたかった。
名刺の力かもしれない。
◇
――そして、8月18日。
「いらっしゃいませ」
お願いをした花屋。
事前に予約しておいた時間に行くと、奥から大事そうに箱が運ばれてくる。
「これが?」
「はい。ニュアンスを意識して、トルコキキョウをメインに、季節のお花を少し添えています」
ゆっくりと蓋を開ける。
中には、ぎっしりと詰められた青いトルコキキョウ。
濃い青、淡い青、その間のグラデーション。
隙間から見えるスモーキーピンク。
「うわ……」
プロの仕事だ。
初めて見た。こんなにちゃんとした花を詰めたもの。
花屋のお姉さんが、にこっと笑う。
「いかがでしょうか」
「ありがとうございます。とてもうれしいです」
本気で頭が下がる。
蓋の裏には、ターコイズブルーの糸で、細かく「Happy Birthday」の文字が縫い付けられていた。
「この刺繍、すごく綺麗ですね」
「ありがとうございます。うちのスタッフの手仕事なんです。
簡単にはほどけないように、きっちり縫ってありますから」
「……」
箱の縁にそっと触れる。
花の香りが、少しだけ鼻をくすぐった。
「大学生には、ちょっと背伸びした金額になってしまったかもしれませんが……」
「いえ」
首を振る。
「“この日だけはちゃんと頑張りたい”って思ってたので」
そう言ったら、店員さんがふっと笑った。
「きっと、喜んでもらえますよ」
「……そうだといいです」
花屋を出る時、
箱を抱える腕に、自然と力が入った。
ちゃんと渡せるかな。
ちゃんと、笑ってくれるかな。
そんなことを考えながら、緊張していたせいで、夜眠れそうになくて、ナツキに物理目覚ましをお願いしたのだった。




