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最北大学学生事務局  作者: 萩原詩荻


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第73話 みんなとのなつやすみ

202X年、夏休み序盤


① 画面の向こうの「普通の家」


 夏休み序盤の夕方。

 エアコンの効いた学生事務局の部室で、俺たちはホワイトボードの前に集まっていた。


「じゃ、そろそろ繋ぐわよー」


 カオル先輩がノートPCを開き、ビデオ通話アプリをぽちぽち操作する。

 今日は「帰省中の先輩に近況報告する会」らしい。


「マシロセンパイたち、向こうは何時くらいなんですかね?」

「京都だから日本時間だよカズネ」

「ですよね!! わかってました!!」


 本当にわかっているのか?とカズネを眺めていると、

 ピロン、と軽い音がして、画面に「接続中」の表示が出た。


『――あ、映った?』


 映ったのは、マシロ先輩とマヨイ先輩――その、背後。


 画面の向こうに映っているのは、どう見てもお屋敷。


 浴衣風の部屋着に、後ろには立派な床の間。掛け軸。意味わからんくらい立派な花瓶。

 畳の部屋、天井の梁、遠くに見える障子。

 ちょっとカメラが揺れた拍子に、横の方には、庭らしき緑も見える。


「ひろ……」「えっ、ひろっ……」「お座敷だ……」「旅館かな?」「え、床の間あるんですけど」

「にゃふ、背景が完全に“高級旅館”です」

「掛け軸……」「あの座卓絶対高いやつだ……」


「ひさしぶりー!」

 マシロ先輩が、画面いっぱいに顔を寄せる。


「お、お久しぶりです……」

 マヨイ先輩も、少し恥ずかしそうに隣から覗き込む。


『ちゃんと声聞こえてる?』『遅れてない?』


「ばっちりです」「見えてます」「広さが一番伝わってます」


『え、そんな広いかなぁ?』

「広いです」

 即答したのはアキハだった。


「マシロ先輩、カメラ、ちょっとだけぐるっと回してみてください」

『えー? じゃあ、ちょっとだけね』


 くるり、とノートPCが左右に振られる。


 右に振れば、襖の向こうに別の部屋。

 左に振れば、縁側。そして、その向こうに、手入れされた庭。


「お、お屏風……」「あの箪笥絶対高いやつだ……」「隅に見える着物の数がすごい……」「天井の梁太い……」「にゃふ、絶対お金持ちの家です」「これは……」


 あまりにも情報量の多い画面だ。


『ふつう、ふつう!駅から遠いし!』

『こ、ここは……離れだし……』


 本人たちは全力で「普通」を主張しているが。


 その時だった。


『お嬢さま方、お茶菓子のお皿、こちらに置いておきますね』


 さりげなく画面の端を、お手伝いさんっぽい人が横切っていった。

 和服。完璧な所作。


「お手伝いさん~~!?」「出た~~!?」「“お嬢さま”って言ったよ今!?」

「お屋敷だぁ……」「二人とも、やっぱりお嬢様だったんですねぇ~」


 メグミが省エネ体勢のまま、うっとりした声を出す。


『あ、いえ、その、これは……』


 マヨイ先輩が、わたわたと手を振る。


『“おうちのことを手伝ってくれる方”が、何人か……いるだけで……』


「お手伝いさんが“何人か”いるって、全然“だけ”じゃないです」「完全にお嬢様です」「設定盛りすぎでは?」


『え、え、そんな大したことないよ……?』

『ふ、普通……だよ……?』


 双子は本気で首を傾げている。

 いや、その「普通」の基準は多分だいぶおかしい。


 ナツキが、机に顎をのせながら言う。


「いやー、このレベルの“超お嬢様”たちがさ、普段部室でカップ麺食べてUNOしてるって、すごいギャップだよね」


『こっちだと、あんまり夜更かしゲームとかできないから……。昔からの友達と“UNO大会”とか、“タマキくん家にお泊まり”の話すると、すごいびっくりされるよ』

 マシロ先輩が、ケロッとして笑う。


『カップ麺は……好きだから……』

 マヨイ先輩が小さく縮こまる。


「いや、そりゃびっくりするでしょうよ」

「というか、男の子のお家泊まってる事実が一番驚かれるでしょうよ」

「ほんとそれ」

「“お嬢さまが沈殿ゾーンで省エネしてる”の面白さよ」

『……そんなに変かな?』

 マヨイ先輩が首をかしげる。


「マシロもマヨイも一年生の時、可愛かったのよー、THE・箱入りお嬢様!って感じで」

 カオル先輩が自慢げに言う。


 いや、普通に見てみたかったけど。


『思い切って北海道の大学行ってよかったなーって』

『部室でみんなと一緒にコンビニおにぎり食べてる時が、一番“大学生してる”感じがして、楽しい、です』

「わかる~」「あー、それは分かる」「尊い」


 うん、良かったって二人が思ってるならそれでいいんじゃないかな。


「今度はこっちでカップ麺セット用意しときますんで」

『やった! カップ麺パーティーだ!』

『あ、じゃあ、皆にお土産いっぱい買っていくね』


「お土産、期待してます!」「プリン!」「金平糖!!」「にゃふ、京都限定ピカチュウも……」


 画面の向こうの“ふつう”と、こちらの“ふつう”が、同じ温度で笑っているのが、なんだか妙にうれしかった。





② 小さい本棚のひみつ


「……まあ、カズネとメグミならいいか」

「やったー!」「わ~い」「にゃふ~」


「フユミはもう見てるだろ」


 ある日、メグミとカズネに、

「触らないって約束するので!小さい棚開けたところ見せて欲しいです!」

 とお願いされ、まあ、この二人ならいいか、と承諾した次第。


 隠したいものも、まあ、あるけど、触らない範疇なら奥は見えないから大丈夫だろ。

 俺はしゃがみ込んで、そっと棚の扉を開けた。


 中には、本とゲームと小物が、きっちり整列している。

 他の場所に比べて、妙に整頓されているのは、自覚がある。


「おお、これが……」

「本だけじゃないんですね~」

「にゃふ、前見た時より増えてます」


 三者三様のリアクション。

 俺にとっては大事なものだけど、見るだけでそんなに楽しいものだろうか。


「タマキ先輩~」

「ん?」

「このエナメルピンなんですけど~」


 ああ、夏合宿でマシロ先輩とマヨイ先輩に貰った、白い羽と黒い月のピンだ。


「私、ピンズ好きって言いましたっけ~?」

「四月に聞いたし、普段の格好や持ち物見てたらわかる」

 実際、鞄や小物によくつけてるしな。


「はい~、それで、なんですけど……これ、多分めちゃめちゃ高いオーダーメイドですよ」


「…………マジ?」


「……おそらく」

 メグミは、真剣な顔でピンを眺める。


「作りが、“職人仕事”って感じします~」

「……へぇ……」


 今さらながら、渡された時の“本気度”がじわじわ効いてくる。

 変な汗が出てきた。


「ごめん、今まで普通に“大切なピン”くらいの感覚で見てた」

「それでいいと思いますよ~」

 メグミが、ふにゃっと笑う。


「“価値があるから大切”じゃなくて、“大切だから価値がある”方が、ピンズは嬉しいと思います~」

「言い方オシャレだな、メグミは」

 

 今度改めて双子先輩にお礼を言おう。


「ゲームはあまり増えてないですね」

「最近、やる暇がなくて……」

 これは本当。


「にゃふ、この黒猫ちゃんのぬいぐるみ、最近見ないと思ったら、ここにお引っ越ししてたんですね」

「ああ、マヨイ先輩に誕生日に貰った手縫いのぬいぐるみだ」


 最近、人の出入りが多いから、ここに避難してもらっていたのだ。


「あ、でも、マヨイ先輩も探してたら嫌だから、ミシンコーナーに置いてもいいな。んー。でもなー」

「にゃふ、大切にしてるならそれをマヨイ先輩にちゃんと伝えればそれでいいと思います」


 ……そうだな。これも改めてお礼言わないと。

 何かお返し買うかぁ。


 横でカズネが、文庫の背表紙を見て目を輝かせた。

「あ、この本は知ってます!! 映画にもなったやつ!」


「読みたいだけなら、電子でも買ってるから貸してやる」

「はーい! 私はそっちの方が読みやすいです!!」

「読みやすいのはわかるんだけどなぁ」


 俺は、ちょっと名残惜しそうに棚を見やる。

 電子書籍の方が読みやすいし、場所も取らないんだが……


「でも、好きなのって紙で並べたいんですよね!!」

「そうなんだよなぁ!」

「背表紙がズラーっと揃ってるの見るの、めちゃくちゃテンション上がります!!」

「わかる、背表紙に遊び心あるシリーズもあるしな」


 そうなんだよ、なんか、こう、好きな本って飾りたくて。

 二人で、同時にため息をつく。


「……タマキ先輩」

「ん?」

「ここ、“触らないで見るだけ”って決まり、ちょっといいですね~」

「そうか?」

「“触ったらNGだけど、ちゃんと見せてくれる”って距離感、たぶん、結構レアだと思います~」

「ですね!」

「……別に、大切に扱ってくれるなら、触っても怒らないよ。でも俺がいる時で頼む」

「なんか更に奥に何か隠されてそうな気もしますが!」

「それは触れるな」


 自分がちょっと照れているのがわかる。


「触りたい時は、ちゃんと“これ見ていいですか?”って聞きますから~」

「はい!撮影許可もちゃんと取ります!!」

「にゃふ、“ゲーム借りてもいいですか”も、ちゃんと聞きます」


「……そういうの、ちゃんと守るやつは好きだぞ」


 そのひと言に、三人の頬が、

 揃ってほんのり赤くなる。


「ず、ずるいですねセンパイ」「ズルいです~」「にゃふ」

「何がだよ」


 まあ、わかってて言ってるんだけど。

 いいじゃん、これくらい。


 部屋の隅で交わされる、ちいさな約束。

 この棚には、あまり大声で言いたくない思い出も、こそっと詰まっていて。

 それを、“勝手に暴かない”って選んでくれる人たちがいることが、ちょっと嬉しかった。





③ 冷蔵庫治安維持


 ――ある昼下がり。


「タマキ」

「はい」


 キッチンから、アキハの声がした。


「これ、いつの」

「どれ?」

「このケチャップ」

「……あー」


 冷蔵庫には――

 タッパー、調味料、ペットボトル、お土産の謎の瓶、コンビニの袋……

 “誰かがなんとなく入れたもの”が、時間の層を成していた。


「これは……」

「歴史を感じますねぇ……」

 メグミが、省エネ枕を抱えたまま覗き込む。


「にゃふ……これは由々しき事態です」

 フユミが、メガネをクイッと上げる。


「“由々しき”の意味分かってて言ってる?」

「冷蔵庫が攻撃してきそうってことです」

「だいたい合ってる」


 アキハは、袖を捲り上げた。


「よし、掃除する」


「あ、スイッチ入った……」

「逃げようかな……」

「逃がさないわよ、タマキ」

「ですよね」


 アキハは、まず冷蔵庫の中身を全部テーブルに出し始める。

 ソース、マヨネーズ、冷凍された豚肉やうどん、いつのか分からない漬物、謎のタッパー。

 誰が入れたかわからない食材やお土産らしきもの等が大量に入っていた。


「これは?」「多分マシロ先輩」「捨てる」「これは?」「イズミだった気がする」「処刑」「これは?」「おそらくヒカリさん」「アウト」「これは?」「カズネだったはず」「セーフ」


「これはいつの?」

「……先週のカレー」

「“先週”って何日前」

「にゃふ……七日前くらい……」

「食べちゃダメ」

「ぁぁぁ…」


「あ、この冷凍うどんも期限切れてるじゃん。ポイ」

「“冷凍すれば無限”って信じてました……」

「その信仰、今すぐ捨てて」


「このヨーグルト、ふた開いてるし、賞味期限昨日」

「にゃふぁっ!?まだ食べられたのに……」

「“食べられたのに”って言葉は危険よ。お腹壊してからじゃ遅いの」

「でも、でも、もったいない……(´;ω;`)」


 次々と、ゴミ袋行きになる食材たち。

 フユミの目がうるうるしてきた。


 そこにバイト上がりのナツキが帰ってきた。

「ただいまー、何してんの?」

「冷蔵庫の文明レベルがゼロになりました」

「ん?ああ…アキハによる大掃除ね。まあ、たまには大事じゃない?」

「ナツキさんまで……」

「だって、“誰かのお腹壊した”ってなったら一番落ち込むの、フユミでしょ」

「それは……そうですけど……」


 最終的に残ったのは、牛乳、卵、バター、小瓶のジャム、若干の野菜と冷凍庫のアイスだけ。


「“冷蔵庫、ほぼ初期化”って感じね」

「文明崩壊ってこういう景色なんですね……」

「言い方」

 フユミが、冷蔵庫の前でしょんぼり座り込む。


「にゃふ……明日の朝ごはん、パンと卵だけ……」

「ちゃんと食べられるだけマシだからね?」

「『パンが無ければケーキを食べればいい』って、ゲームのイベントで見ました……」

「ケーキもないからね」

「にゃふ」



 結果、翌朝は、トーストとスクランブルエッグとトマトだけになった。


「俺のキムチが!」「捨てたわ」「僕のちょっと良いチーズが!?」「アレ賞味期限3カ月前だったわよ」「私が持ち込んだ赤福が!!」「賞味期限一日のものを冷蔵庫に入れないで」「私が持ち込んだジャムは無事でしたね!!」「カズネはそういうところしっかりしてるからね」


 昨日いなかったメンバーが驚いているが、なんで朝からこんなに人来るんだよ。


 騒ぎの中、フユミは、トーストを恨めしそうに見つめている。


「どした」

「にゃふ……お肉も、ベーコンも、ウインナーも、全部……」

「消滅したもんな」

「冷蔵庫開けても、何もないです……」

「あるだろ、水と卵が」

「おかずが……」


 分かりやすくテンションが下がっている。


「フユミ」

「にゃふ」

「今日の昼、空いてる?」

「空いてます……」

「じゃ、昼に“補充遠征”行こ」

「補充遠征……?」

「“ちゃんと食べ切れる量だけ買って、冷蔵庫を復活させる遠征”」


 フユミの目が、ぱちぱち瞬く。


「にゃふ……それは……楽しそうです……」

「でしょ」

「いきます……」


「じゃ、今日は買い出しね」

 パンを齧りながら、ナツキが言う。


「このままじゃ、“タマキ部屋即席飯ライン”が死ぬわ」

「いつここは飯屋になったんだ……」

「“ここ来れば何かは食べられる”っていう信頼は大事だから」

「にゃふ……」


 フユミの目に、少しだけ光が戻る。


「タマキさん……“食材管理表”作ってもいいですか……」

「急に真面目」

「“賞味期限”と“買った日”と、“使う予定の日”を書いて……

 “使い切り計画表”を……」


「ゲームの積み管理と発想が同じなんだけど」

「にゃふ、“積みゲーと積み食材は似ている”」


「賞味期限チェック担当として、週一で見回りするからね」

 アキハが宣言する。


「にゃふ……ちょっと厳しいです……」

「厳しいくらいがちょうどいいの」

「ここで食中毒起きたら、全滅するからね」


 それ以来、うちの冷蔵庫には、フユミ手書きの小さなメモが貼られるようになった。


【※とりあえずで、タマキさん家の冷蔵庫に物を入れないこと】

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