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最北大学学生事務局  作者: 萩原詩荻


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第71話 棒読みで許可した奴が悪い【後編】


「さぁ、ここからが本番」


 アキハが、両手を腰に当てて、窓とベッドとクローゼットを見渡す。


「ベッドは90度回転。テーブルは窓に平行。配線は壁沿いで一本化。ラグの新調は“帰ってきてから選ばせる”で保留。はい動くよー」


 そこからは早かった。


「いち、にの、さーんっ!」

 ベッドがズズズと移動し、本棚が少しだけ動く。


「埃ーー!!」

「出るよねぇ」

「メグミ、換気」

「はいです~」

 窓が開いて、夏の風が一気に吹き込む。


「……あ、涼しい」

「今までの配置、マジで風死んでたわね」

「言い方」


「次にカーテン」


 今までのカーテンは、タマキが住み始めたときに安くてなんとなく選んだ無難な色。

 そこに、新しいカーテンが取り付けられていく。


「総監督。カーテンはこれでいきます」


 窓には、落ち着いたグレーと白のストライプ。

 今までの「とりあえず安かったやつ」感のあるカーテンから、一気に“揃えて選んだ”感じに変わっている。


「明るいけど、眩しすぎない色ね」「“タマキが朝ギリギリまで寝ててもなんとかなる”遮光度です」

「よく分かってるわね」「経験が違います」「沈殿ゾーンは日が当たりません~」「二度寝以前に起きないでしょ」


 次に、ベッド。

「カバー、冬のままだったからね」「今、真夏ですけどね」「いつまで放置してるんだ」

「GW頃に『変えなきゃ…夏物どこだ?』って言ってたわよ」


 アキハは、柄物の候補を二つ広げて見せた。

 一枚はチェック、もう一枚はシンプルなストライプ。


「ナツキ、どっち?」

「ストライプ。あんまり“女子の匂い”強すぎるとバレる」

「了解。じゃ、こっち」


 サラリと薄手で肌触りのいいシーツとさらっとした掛け布団カバーに交換されていく。


 クッションも二つ。ひとつはグレー、もうひとつは猫のシルエット入り。


「猫……」

「タマキの部屋なので」


「にゃふ、そもそもタマキさん、最近ベッドで寝てなくないですか?」

「誰かさんが寝てることがほとんどだからね……」

「布団もちゃんと綺麗にしてあげるわよ!」


 問題のクローゼットは――


「うわ、出た。“畳んであるけど、カテゴリ分けされてないゾーン”」

「男の子あるあるですよね~」「にゃふ、“着るやつだけ手前”って感じですね」


 アキハが、Tシャツ、シャツ、パーカー、ズボン類を、一度全部出す。

「黒・グレー・紺・たまに白」

「モノトーンってレベルじゃないですねぇ……」

「これはこれでタマキくんっぽいけど~」

「これは捨てる」「これは残す」「これは……“秘密にしておいてあげるゾーン”」

 ゴミ袋がひとつ埋まる。


 ハンガーにかけるシャツ、畳んで引き出しに入れるTシャツ。

 アキハ&ナツキの“服整理コンビ”は、手際よく進んでいく。


「秋口に着るやつは、前の方に出しとこ」

「タグやカフス置く、小さい板的なの欲しいかも」

「クローゼットの外にシンジに作らせましょ」

「なんで僕」

「後でリン先輩呼ぼうぜ」


 クローゼットの中の色味が整理されていく。

 ごちゃっとしていたTシャツたちも、白・黒・グレー・ポイントカラーに分けられた。


「これで、“朝起きて何着るかで悩む時間”を五分削減」

「その五分で二度寝できますね」

「そこか」


「ところで」

 クローゼットの扉を閉めながら、カズネが首をかしげる。


「クローゼットの大半が、ナツキセンパイのキャリーケースと各女性陣の服で埋まっているのはいいんです?」

「それ以上突っ込むと、カズネの分だけ持って帰らせるわよ」

「何も見ませんでした!!」

「にゃふ、私のパジャマも数枚……」「私、ここ用にスウェット買い足しました~」「私も!」「わ、私も……」


「私なんて、よく使う私服全部ココよ」

「ナツキはもう少し減らせよ」

「嫌よ」


 ナツキはスマホを取り出す。


 ≪こっちは改装ほぼ完了。帰ってきたら驚きなさい≫

  とだけ打って送ろうとして――やめる。


 代わりに、短く。


 ≪生きてる?≫


 とだけ送る。


 しばらくして、スタンプが一個。

 寝転んだ猫が“生存報告”しているやつ。


「……生きてるって」


「猫だ」

「タマキさんっぽい」


 そのスタンプを見て、なんとなく笑い声が広がる。



 夜になると、タマキ部屋はだいたい埋まっていた。


「にゃふ……沈殿ゾーン、最高です」「沈んでるねぇ」「出ておいでって」


 メグミとフユミが、沈殿ゾーンでタオルケットにくるまりながらゲームをしている。

 新しい配線のおかげで、足元はすっきりしている。


「これ、“人間用クーラーボックス”って感じですね~」「表現が怖いのよ」


「はい、クッキー焼けました~」「わーい!」


 マシロ先輩とマヨイ先輩が、ミシンゾーンのテーブルを借りて、

 焼きあがったお菓子を並べている。


「“タマキくん帰ってきたら食べさせる分”はこっちのタッパーね」「……今日のぶんは?」「今日のぶんは、今から食べます」


「タマキの分、減らない?」「減らさないようにがんばる……」「がんばるのそこなんだ」


 イズミとシンジがゲーム棚の前で“どれをやるか”で言い争っていた。


「これだろ、“かまいたち〇夜”」

「いや、今は“パーティゲーム”にしようぜ、みんな来るし」

「“タマキ居ないのにタマキの積みゲー進める罪悪感”」

「帰ってきたら『続きやろーぜ』って言えば喜ぶって」


「……ここ、本当に“沈殿ゾーン付き多目的室”になったな」

 コウメイ先輩がため息混じりに言うが、自分もゲームしていることから目を逸らしている可能性が高い。


 誰かが沈殿ゾーンに沈み、誰かがミシン前の椅子に座り、

 誰かがゲームゾーンでコントローラーを握っている。


「でも、だいぶ変わりましたね」

 フユミが、新しいカーテンを見上げる。


「“帰ってきたら、ちゃんと夏になってる部屋”って感じ」

「タマキ先輩、どんな顔しますかね~?」

 メグミが、省エネ枕に沈みながら笑う。


「お、怒らないかな?」

「私たち入れ違いで帰省しちゃうからリアクション見れないんだよね……」

 マヨイ先輩とマシロ先輩が少しだけ不安そうに言う。


「多分大丈夫よ」

「そうね、これで怒るくらいならそもそも拠点にならないわよ」

 アキハとナツキがあっさり。


 カズネは、ビフォーアフター写真をまとめながら、にやにやしている。


「これ、“タマキセンパイが帰ってきた時のリアクション写真”がクライマックスですね!!」

「にゃふ、カズネちゃん撮る気満々ですね」

「当然でしょ?」

「あとで画像ちょうだい」

「あ、俺も俺も」


 不意に、シンジが天井を見上げながら呟く。

「……なんか。“タマキの部屋”なのに、タマキいないの、変な感じだな」

「にゃふ。でも、ちゃんと“タマキさんの匂い”します」

「それ言い方ちょっと危ない」


「いる時の方が珍しい時期もあったけどね」

「それはそう」

「でもさ」

 イズミが、壁に頭を預けながら言う。


「こうして誰かが普通に沈んでたり、ゲームしてたり、ミシン広げてたりするの、

 あいつにとっては、たぶん悪くないんじゃねーかなって思うわ」


「……そうね」

 ナツキが、少しだけ目を細める。


「帰ってきたら、誰かがいる部屋って、結構救いだから」


「そうですね~。“ここ来れば誰かいる”って場所があるの、わりとありがたいです~」

 メグミが枕に顔を埋めたまま頷く。


「にゃふ、タマキさんは誰も来ない部屋より、“うるさい方がマシ”ってタイプです」

「そういう意味では、“不在時にここまでフル稼働”してるの、タマキの自業自得でもある」

「自業自得?」

「だって、“好きに使っていい”って言ったの、タマキだから」


 リン先輩が、空き缶を弄びながら、天井を見上げる。

「“主は不在だが、主の城はあったかい”ってやつだな」

「名言風」

「かっこよく言っただけ」


「タマキ、あんま自覚ないんだろうなぁ」

「自覚した瞬間に、崩壊しそうだもんね、メンタル」

「あいつ、本当にメンタル豆腐だもんな」

「言い方!!」


 笑い声が、小さく部屋に広がる。


「ねぇ」

 ナツキがぽつりと言った。


「タマキ、帰ってきたら、なんて言うと思う?」


「『え、何が起きたの?』」

「『ここどこ?』」

「『ただいまー……で、合ってます?』」

「『なんで俺よりみんなの方がこの部屋に詳しいの?』」


 好き勝手に予想して、笑い声が起きる。


「でも、多分――」


 メグミが、省エネモードのまま言う。


「最後は、『まあ、悪くないか』って言いますよ~」


「……言うね」

「絶対言う」

「容易に想像できる」


 誰かが笑い、誰かが欠伸して、誰かが寝落ちしていく。


 タマキのいない三泊四日。

 部屋の空気は、いつもより少しだけ広くて、でもやっぱり、うるさくて、居心地が良かった。


 ――ちなみに、三泊四日の帰省から戻った俺は、玄関の扉を開けて三十秒ほど固まり、


「……あれ? 俺、部屋間違えた?」


 と発言したのだが。

 

 その瞬間のナツキとアキハとカズネの、“やったった顔”は、最近の中でもトップレベルでイイ顔してた。

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