第70話 棒読みで許可した奴が悪い【前編】
202X年、夏休み序盤 札幌の天気は知らない
「じゃ、行ってきまーす」
リュックを背負って、玄関でスニーカーを履く俺に、部屋の中から声が返ってくる。
「おみやげよろしく」「行ってらっしゃい」「にゃふ、面白いゲームあったら持って帰ってきてください」「省エネに過ごしてきてください~」「映える写真撮ってきてください☆」「ご家族によろしくねー!」「ゆ、ゆっくりしてきてね」
皆が、それぞれマイペースに手を振る。
「はいはい。俺の分の鍵も置いていくから、あとは好きにして」
そんな感じで、俺はエレベーターに乗り、アパートを出て、実家方面の高速バスへ向かった。
――と、ここまでが俺が知ってる範囲。
問題は、この後だ。
◇
「……さて」
ナツキはくるりと踵を返し、部屋の真ん中で手を叩いた。
「“タマキ不在三泊四日、拠点改造計画”開始」
その一言で、タマキのいない三泊四日が動き出した。
「では、本日のミッションを確認しましょう」
アキハは、ソファの前に立って、手帳を開く。
「・メグミによる“沈んでるゾーン”の改良
・フユミによるゲームゾーンの改良
・マヨイ先輩&カズネの本棚整理
・マシロ先輩によるミシンの正式設置
・私によるカーテン、ベッドカバー、衣服類の総入れ替え
・ナツキによる総監修
・念のための撮影班カズネ
・シンジ&イズミによる力仕事」
「ビフォーアフターは私が撮影しておきます☆」
「配信は禁止な」
「で、ナツキ」
アキハが、腕を組んで尋ねる。
「一応聞くけど、これタマキに許可取ってあるのよね?」
「『夏休みのうちに模様替えしたいねー♡』って言ったら、『そうだなー』って棒読みで返事してた」
「棒読みで?」
「棒読みで」
「……まあ、さっき『好きにして』って言ってたしね」
という会話があったらしいが、俺が悪いのか、これ?
「まず前提確認。この部屋の現状の問題点」
アキハがホワイトボード代わりにルーズリーフを取り出す。
「・“誰かが沈んでるゾーン”が、物理的に狭い
・テレビ台まわりがコードのダンジョン
・本棚が二軍三軍も混ざってカオス
・ミシンの仮置き状態がいつまで経っても“仮”
・タマキの荷物が行き場を失いがち
――などなど」
「いっぱいですねぇ~」
メグミが省エネ枕にもたれながらあくびをする。
「にゃふ、ほとんど私たちのせいでは?」
「そこは気づかないふりしなさい」
ナツキがきっぱりと言い切る。
「今回の目標は、タマキが帰ってきた時に“あれ、前よりなんかいいな”って思う部屋にすること。
あと、自分たちが沈みやすくなる部屋にすること」
「後半が本音ですねセンパイ!」
「うるさい」
「じゃ、始めましょうか。三泊四日しかないからね」
「了解です~」「にゃふ、がんばります」「映えますねこれは」「ミシン正式設置……!」
タマキ不在の“拠点改造”が、やたらやる気満々で、始まった。
◇
まず着手されたのは、ソファと壁の隙間――
通称「いつも誰か沈んでるゾーン」。
「じゃ、ここからいきましょうか~」
メグミが、マイ枕を抱えながら言う。
ソファと壁の隙間。
ただでさえ狭いところに、今は枕とタオルケットとクッションが無秩序に詰まっている。
もともと、メグミの持ち込んだ省エネ枕が設置され、
その後タマキ含め、数々の人間が沈み、寝落ちし、保護されてきた聖地である。
メグミは、タオルケットとクッションをいったん全部外へ。
埃が舞うのを見て、ナツキが即座に掃除機を持ってきた。
「まず掃除」
「省エネの敵は埃です~」
床を拭き、壁も軽く水拭き。
イズミがコンセントとコードを一時退避させているあいだに、メグミが新しい構想を口にする。
「ここね~、現状でも十分落ちちゃうんですけど~」
メグミが、タオルケットを抱えたまま、隙間の幅を確認する。
「タマキさんのカバンとか、紙袋とか、いろいろ詰められがちなのが問題です~」
「要するに、“物置ゾーン”と“沈殿ゾーン”が同居してるのがダメなんだよね」
ナツキが、しゃがんだまま周囲を見渡す。
「じゃ、この壁側三十センチのところに、細い棚入れられない?」
「薄型のラックならいけるわね。メグミ、あのネットのやつ見せて」
「はーい」
スマホで候補のラックを見せると、アキハがあっさり言う。
「明日届くやつポチった。カード決済は私」
「アキハ……!」
「この部屋使う二年生全員で割り勘よ」
軽口に皆で笑いながら、養生テープで床の仮ラインを引いていく。
「ラックを壁側に置いて、その手前に省エネ枕ゾーン。
枕二個分くらい幅増やして、タマキと誰かが同時に沈めるスペースにしよ」
「ダブル沈殿ゾーン……!」
メグミの目がきらっと光る。
「あと、この位置にコンセントタップ置いておきます~。スマホ充電用です~」
「沈んだ人が永住しちゃうでしょ」
「安全な永住先ですから~」
「ナツキもよくそこに沈んでるじゃない」
「この部屋に来て沈んだことない人、逆に誰よ」
「確かに」
ついでに、壁側にはフックをいくつか取り付ける予定。
「タオルケットとか、膝掛けとか、イヤホンとか。
“ここに沈んだ人専用アイテム”掛けとけるようにしよう」
「専用アイテム棚……」「沈殿者のためのやさしさ……」
「でも、ここ二人沈んだら、そのまま朝まで起きてこなさそうなんですけど」
「それはそれでいいんじゃない?」
いつも通りの、雑めな結論で決まっていく。
そのままメグミが半分眠りかけているのを見て、ナツキが小声で笑う。
「タマキ、戻ってきたら絶対ここ取られるわね」
「にゃふ。私もここでゲームしたいです」
「三人分は……さすがにやめよっか」
◇
「では、ゲームゾーン、改良しまーす」
テレビ台の前で、フユミが正座した。
その周りには、ゲーム機数台、コントローラー数個、各種配線がカオスな状態で存在している。
「うわぁ……」「にゃふ……」「これ、ショートしないで動いてるの奇跡ですね」
フユミは、メガネをクイッと上げる。
「ではまず、全部抜きます」
「全部!?」
どよめく一同をよそに、フユミは容赦なくコンセントとコードを抜いていく。
「配線図を書きましたので……」
ノートには、テレビ背面、HDMIポート、ゲーム機配置がびっしりと図示されていた。
どうやら事前に写真を撮って、家で研究してきたらしい。
「“にゃふ・大掃除モード”入りましたね?」
カズネがスマホを構えている。
「撮らない」
「後で参考資料にするだけですって」
いったんコンセントを全部抜き、イズミとシンジがテレビ台を前に出す。
埃が舞う。
「にゃふ」
「今、“にゃふ”に全部の感情詰まってた」
掃除機とウェットシートで一気に綺麗にしていく。
途中で、アキハが真顔になった。
「このたこ足配線、見るたびに寿命減ってたから助かるわ……」
イズミとシンジがゲーム機を持ち上げ、
フユミが配線のルートを決めていく。
「にゃふ……これがHDMIで、これはLANで、これは電源。
全部まとめて、タグつけます」
タグには小さく「TV」「Switch」「PS」「64」とか書かれていく。
「仕事が細かい……」
「にゃふ、ゲーム環境は命です」
「ソフトは、“頻繁にやるやつ”と“ストーリー途中のやつ”だけここ。
クリアしたのは、こっちのケースにまとめます」
クリア済みソフト用の収納ボックスが、テレビ台下のスペースにすべり込んだ。
「ゲームの積み方に明確な戦略を感じるんですけど」
「タマキさん、“途中までやって積みがち”なので……」
フユミは、真顔で言う。
「“途中までのやつ”の中から、また手をつけやすいように、にゃふ」
「愛が深い」「完全に主治医……」
「あと」
フユミは、テレビ台の横に、細長い箱を取り付けた。
「“レポートやる用ボードゲーム”と、“息抜き用カードゲーム”はすぐ取れる場所に」
「そこにボドゲ入るの?」
「カオル先輩が“頭を切り替える用のやつ”ってくれたやつです」
「……なんか、タマキの生活サポートAIみたいになってない?」
「にゃふ、β版です」
最後に、テレビ下に小さなカゴを置き、そこにコントローラーやリモコンをまとめた。
「はい、“ゲームスタートセット”の完成です」
「おお、コードが見えなくなった」「これで踏まなくて済む」
「コントローラー充電スタンドもここに置いておきます」
充電スタンドをコンセント近くに設置し、Joy-Conとコントローラーを差していく。
「にゃふ、“ここに戻せばいいだけです”を作るのが大事です」
「自分でも使うつもり満々じゃん」
「もちろんです」
最後に、テレビの横に小さなメモが貼られた。
【※配線変えたので、分からなくなったらフユミに聞くこと。タマキ】
なぜか既にタマキ署名になっていた。
◇
「じゃ、ミシンコーナー、ちゃんと作ります!」
今日は、専用のワゴン&ミシン台セットが導入される。
前に「安いやつだから!」と言い張って持ち込んだミシンが今日から“正式住民”になる予定だ。
「前までは“仮置き”だったからねー。タマキくんのベッド脇とか、部屋の隅とかで“とりあえずここで”って縫ってたけど」
「“ミシン部屋”にする気満々じゃないですか……」
「“ミシン部屋の一部としてタマキくんの部屋を借ります”だからセーフ!」
何がセーフなのかは誰もわかっていない。
「このワゴン、ヒカリさんが“余ってた”って言ってたやつ?」
「そう。“職場に眠ってるやつ掘り起こしてきた”って」
「そんな軽い話で出てくる代物なんだ……」
二人で組み立てながら、マシロ先輩が楽しそうに喋る。
「ここが糸とか針の引き出しで、ここがボビンケースで、ここが布入れるとこ」
「すごい……全部、ぴったり……」
ミシンを乗せると高さもちょうどよく、椅子を少し引けばすぐ作業体勢になれる。
「ここなら、昼間は自然光で縫えるし、夜はスタンドライトで補える。音も壁側だから、まだマシ」
「……それっぽい!」
「それっぽい、じゃなくてちゃんと“アトリエの一角”だな、これ」「にゃふ、なんかかっこいいです」
「ここ、ドアの開け閉めの邪魔になってない?」「うん、大丈夫そう」
「タマキさん、ここに頭ぶつけないかな」「一応、背の高さ想定で線引いときましょうか」
「これなら、急に泊まりになっても、布を避けるスペース作れるでしょ?」
「最初から泊まり前提なのやめよ?」
「だって、ここが一番落ち着くんだもん」
マシロ先輩はケロッとしている。
「でも、通路はちゃんと空けてるよ。タマキくん、寝ぼけてミシン蹴ったら危ないし」
「……そういうとこ、マシロ先輩しっかりしてるよねえ」
マヨイ先輩が、少し誇らしげに呟いた。
「だって、ここ、タマキくんの部屋だからね?」
マシロ先輩は、ちょっと照れながら笑う。
「“散らかさないでちゃんと使う”って約束したからさ」
「うっ……好感度が上がる……」
「にゃふ、“マシロのアトリエ”……」
「じゃ、テスト縫いします!」
ミシンのスイッチが入る音。
床に、柔らかい振動が伝わる。
ガガガガ、とリズムのいい音が、タマキの部屋に響いた。
「……おお」
フユミが、その音に合わせて、“にゃふ”とリズムを取る。
「タマキさん、これ聞いたらなんて言うかなぁ」
「“騒がしいけど悪くないです”とかじゃない?」
「言いそう」
試し縫いの布が、一枚、二枚と重なっていく。
「この布、帰省から戻ったらタマキくんに見せようね」
「うん……。あ、じゃあ、この端っこ、“夏”って刺繍しておこうかな」
マヨイが、刺繍糸を取り出しながら、小さく言った。
「“タマキくん不在の夏の証拠”です」
「それ、ちょっといいね」
ナツキが、少しだけ笑った。
その音が、この部屋の“新しい日常の音”になるのは、もう少し先の話。
◇
「じゃ、本棚班の時間です!」
カズネが、髪を結びながら言う。
「マヨイ先輩、よろしくお願いします!」
「よ、よろしくね……」
タマキの部屋の本棚は、背の高いメインの棚と、ベッドの近くにある小さな棚の二種類。
メインの棚は、ノベル、実用書、教科書、謎のファイルが混在し、前後二列になっているカオス。
小さい方には、扉が付いていて中身は見えないが――色々。
「映え担当としては、色で並べたいところですが……」
「や、やめよ?」
即座にマヨイが止める。
「作家順かつシリーズ順の方が、タマキくんは喜ぶよ……」
「じゃ、基本はマヨイセンパイ案で。シリーズは揃えて、その中でちょっと背の高さとかで整えて、写真映えも両立しましょう!」
「う、うん……がんばろ……」
二人で本棚の前に並び、文庫と単行本を一冊一冊手に取っていく。
「あ、『これ、好きなやつ』って言ってたラノベ」「『高校の頃に何度も読んだ』って言ってた小説」「『人に借りたくない本は自分で買う派』って言ってたやつ」
背表紙を追いながら、マヨイがぽつりぽつりと情報を出していく。
タマキが、そういうことを彼女にはしゃべっていたという事実も、さりげなく混ざる。
「うわ、“ちょっと恥ずかしい黒歴史ゾーン”だ。ここはそのままにしておきましょう」
「映えのために無かったことにしないの?」
「黒歴史も含めて“推しの棚”ですから!」
時々、タイトルに二人が赤くなったり、慌てたり、テンションが上下しながら、本棚は少しずつ整理されていく。
「ところで」
カズネが、ふと視線を横にやる。
「ここまでやるのに、あの小さい棚は触らないんですね?」
カズネが、素朴な疑問を口にした。
ベッド横の、小さな棚。
ナツキが、ペンをくるくる回しながら答える。
「あんたも、一回は『触らないで』ってタマキに言われたんじゃない?」
「…………言われました」
カズネがちょっと落ち込みつつ、答える。
「……あ、あの、『ここは何入ってるんですか!?』って言って扉開けようとしたら、
『そこだけは触るな』って言われたんです」
「それそれ」
アキハが、半分呆れ顔で混ざってくる。
「……注意聞かないで、この部屋立入禁止になってる二年生いるから、カズネも気をつけなさい」
「そんなにですか!?」
イズミが、遠い目で天井を見上げた。
「あん時のタマキ、ガチギレだったからな。
俺でも“あ、これは止めとこ”ってなったレベル」
「イズミでも?」
「“でも”ってなんだよ」
「へぇぇ……」
「具体的に何があったんです?」
「宅飲み中に、某二年生が、『ここにエロ本あるだろー』ってふざけて、棚ひっくり返した」
「「「うわぁ……」」」
「私は触りません~」
メグミが、枕をぽんぽんしながら首を振る。
「大切なもの全部置いてるみたいだしね」
「本とかゲームとか小物とかね」
シンジが、ゲームゾーンを眺めていた手を止めて、肩をすくめる。
「こんだけ好き放題出入りされてるんだから、そこくらい尊重してやれよ」
「うっ……」「それは、そうですね……」
「とは言っても、全員一回は注意されてるんじゃない?」
ナツキがそう言って周囲を見回すと、アキハ以外の全員が頷いた。
「私はそもそも近付いたことがないから、注意されたことがない」
「流石アキハ」「服は勝手に捨ててるのに」「タマキ観察の鬼」
「おいこら、鬼って言ったの誰だ」
「た、タマキくんが居る時なら、『見ていい?』って聞いてからなら大丈夫、だよ?」
マヨイ先輩が、小さな声で補足する。
「こ、こないだ、そうしたら、『いいよ』って……
『その本、たぶんマヨイ先輩も好きそうだと思った』って……」
「うわー……」「嫁候補ポイント……」
「にゃふ。私も、あそこのゲーム、許可貰って借りてクリアしてます」
フユミが、ケーブルをまとめながら自然に続けた。
「『ここから勝手に持ってくのはダメ。
でも、フユミなら、絶対返してくれるから』って、にゃふ」
部屋の空気が一瞬だけ柔らかくなった。
「さすが“許可制”ちゃんと守ってる人」
「じゃ、あの小さい棚だけは、“触らない”ってことで」
「写真は?」
「撮らない」
「了解です!!」
(後編へ続く)
本日も新年祝いで二話投稿します。
どなたかの帰省中の暇つぶしになれば。




