表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最北大学学生事務局  作者: 萩原詩荻


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

72/166

第70話 棒読みで許可した奴が悪い【前編】

202X年、夏休み序盤 札幌の天気は知らない


「じゃ、行ってきまーす」

 リュックを背負って、玄関でスニーカーを履く俺に、部屋の中から声が返ってくる。


「おみやげよろしく」「行ってらっしゃい」「にゃふ、面白いゲームあったら持って帰ってきてください」「省エネに過ごしてきてください~」「映える写真撮ってきてください☆」「ご家族によろしくねー!」「ゆ、ゆっくりしてきてね」


 皆が、それぞれマイペースに手を振る。


「はいはい。俺の分の鍵も置いていくから、あとは好きにして」

 そんな感じで、俺はエレベーターに乗り、アパートを出て、実家方面の高速バスへ向かった。


 ――と、ここまでが俺が知ってる範囲。

 問題は、この後だ。



「……さて」


 ナツキはくるりと踵を返し、部屋の真ん中で手を叩いた。


「“タマキ不在三泊四日、拠点改造計画”開始」


 その一言で、タマキのいない三泊四日が動き出した。


「では、本日のミッションを確認しましょう」


 アキハは、ソファの前に立って、手帳を開く。


「・メグミによる“沈んでるゾーン”の改良

 ・フユミによるゲームゾーンの改良

 ・マヨイ先輩&カズネの本棚整理

 ・マシロ先輩によるミシンの正式設置

 ・私によるカーテン、ベッドカバー、衣服類の総入れ替え

 ・ナツキによる総監修

 ・念のための撮影班カズネ

 ・シンジ&イズミによる力仕事」


「ビフォーアフターは私が撮影しておきます☆」

「配信は禁止な」


「で、ナツキ」

 アキハが、腕を組んで尋ねる。


「一応聞くけど、これタマキに許可取ってあるのよね?」

「『夏休みのうちに模様替えしたいねー♡』って言ったら、『そうだなー』って棒読みで返事してた」

「棒読みで?」

「棒読みで」

「……まあ、さっき『好きにして』って言ってたしね」


 という会話があったらしいが、俺が悪いのか、これ?


「まず前提確認。この部屋の現状の問題点」


 アキハがホワイトボード代わりにルーズリーフを取り出す。


「・“誰かが沈んでるゾーン”が、物理的に狭い

 ・テレビ台まわりがコードのダンジョン

 ・本棚が二軍三軍も混ざってカオス

 ・ミシンの仮置き状態がいつまで経っても“仮”

 ・タマキの荷物が行き場を失いがち

 ――などなど」


「いっぱいですねぇ~」

 メグミが省エネ枕にもたれながらあくびをする。


「にゃふ、ほとんど私たちのせいでは?」

「そこは気づかないふりしなさい」

 ナツキがきっぱりと言い切る。


「今回の目標は、タマキが帰ってきた時に“あれ、前よりなんかいいな”って思う部屋にすること。

 あと、自分たちが沈みやすくなる部屋にすること」

「後半が本音ですねセンパイ!」

「うるさい」


「じゃ、始めましょうか。三泊四日しかないからね」

「了解です~」「にゃふ、がんばります」「映えますねこれは」「ミシン正式設置……!」


 タマキ不在の“拠点改造”が、やたらやる気満々で、始まった。



 まず着手されたのは、ソファと壁の隙間――

 通称「いつも誰か沈んでるゾーン」。


「じゃ、ここからいきましょうか~」


 メグミが、マイ枕を抱えながら言う。


 ソファと壁の隙間。

 ただでさえ狭いところに、今は枕とタオルケットとクッションが無秩序に詰まっている。


 もともと、メグミの持ち込んだ省エネ枕が設置され、

 その後タマキ含め、数々の人間が沈み、寝落ちし、保護されてきた聖地である。


 メグミは、タオルケットとクッションをいったん全部外へ。

 埃が舞うのを見て、ナツキが即座に掃除機を持ってきた。


「まず掃除」

「省エネの敵は埃です~」


 床を拭き、壁も軽く水拭き。

 イズミがコンセントとコードを一時退避させているあいだに、メグミが新しい構想を口にする。


「ここね~、現状でも十分落ちちゃうんですけど~」


 メグミが、タオルケットを抱えたまま、隙間の幅を確認する。


「タマキさんのカバンとか、紙袋とか、いろいろ詰められがちなのが問題です~」

「要するに、“物置ゾーン”と“沈殿ゾーン”が同居してるのがダメなんだよね」

 ナツキが、しゃがんだまま周囲を見渡す。


「じゃ、この壁側三十センチのところに、細い棚入れられない?」

「薄型のラックならいけるわね。メグミ、あのネットのやつ見せて」

「はーい」

 スマホで候補のラックを見せると、アキハがあっさり言う。


「明日届くやつポチった。カード決済は私」


「アキハ……!」

「この部屋使う二年生全員で割り勘よ」

 軽口に皆で笑いながら、養生テープで床の仮ラインを引いていく。


「ラックを壁側に置いて、その手前に省エネ枕ゾーン。

 枕二個分くらい幅増やして、タマキと誰かが同時に沈めるスペースにしよ」


「ダブル沈殿ゾーン……!」

 メグミの目がきらっと光る。


「あと、この位置にコンセントタップ置いておきます~。スマホ充電用です~」

「沈んだ人が永住しちゃうでしょ」

「安全な永住先ですから~」

「ナツキもよくそこに沈んでるじゃない」

「この部屋に来て沈んだことない人、逆に誰よ」

「確かに」


 ついでに、壁側にはフックをいくつか取り付ける予定。


「タオルケットとか、膝掛けとか、イヤホンとか。

 “ここに沈んだ人専用アイテム”掛けとけるようにしよう」

「専用アイテム棚……」「沈殿者のためのやさしさ……」


「でも、ここ二人沈んだら、そのまま朝まで起きてこなさそうなんですけど」

「それはそれでいいんじゃない?」

 いつも通りの、雑めな結論で決まっていく。


 そのままメグミが半分眠りかけているのを見て、ナツキが小声で笑う。


「タマキ、戻ってきたら絶対ここ取られるわね」

「にゃふ。私もここでゲームしたいです」

「三人分は……さすがにやめよっか」



「では、ゲームゾーン、改良しまーす」

 テレビ台の前で、フユミが正座した。


 その周りには、ゲーム機数台、コントローラー数個、各種配線がカオスな状態で存在している。


「うわぁ……」「にゃふ……」「これ、ショートしないで動いてるの奇跡ですね」


 フユミは、メガネをクイッと上げる。


「ではまず、全部抜きます」

「全部!?」

 どよめく一同をよそに、フユミは容赦なくコンセントとコードを抜いていく。


「配線図を書きましたので……」

 ノートには、テレビ背面、HDMIポート、ゲーム機配置がびっしりと図示されていた。

 どうやら事前に写真を撮って、家で研究してきたらしい。


「“にゃふ・大掃除モード”入りましたね?」

 カズネがスマホを構えている。


「撮らない」

「後で参考資料にするだけですって」


 いったんコンセントを全部抜き、イズミとシンジがテレビ台を前に出す。

 埃が舞う。


「にゃふ」

「今、“にゃふ”に全部の感情詰まってた」


 掃除機とウェットシートで一気に綺麗にしていく。


 途中で、アキハが真顔になった。

「このたこ足配線、見るたびに寿命減ってたから助かるわ……」


 イズミとシンジがゲーム機を持ち上げ、

 フユミが配線のルートを決めていく。


「にゃふ……これがHDMIで、これはLANで、これは電源。

 全部まとめて、タグつけます」

 タグには小さく「TV」「Switch」「PS」「64」とか書かれていく。


「仕事が細かい……」

「にゃふ、ゲーム環境は命です」


「ソフトは、“頻繁にやるやつ”と“ストーリー途中のやつ”だけここ。

 クリアしたのは、こっちのケースにまとめます」

 クリア済みソフト用の収納ボックスが、テレビ台下のスペースにすべり込んだ。


「ゲームの積み方に明確な戦略を感じるんですけど」

「タマキさん、“途中までやって積みがち”なので……」

 フユミは、真顔で言う。


「“途中までのやつ”の中から、また手をつけやすいように、にゃふ」

「愛が深い」「完全に主治医……」


「あと」

 フユミは、テレビ台の横に、細長い箱を取り付けた。


「“レポートやる用ボードゲーム”と、“息抜き用カードゲーム”はすぐ取れる場所に」

「そこにボドゲ入るの?」

「カオル先輩が“頭を切り替える用のやつ”ってくれたやつです」


「……なんか、タマキの生活サポートAIみたいになってない?」

「にゃふ、β版です」


 最後に、テレビ下に小さなカゴを置き、そこにコントローラーやリモコンをまとめた。


「はい、“ゲームスタートセット”の完成です」

「おお、コードが見えなくなった」「これで踏まなくて済む」


「コントローラー充電スタンドもここに置いておきます」

 充電スタンドをコンセント近くに設置し、Joy-Conとコントローラーを差していく。


「にゃふ、“ここに戻せばいいだけです”を作るのが大事です」

「自分でも使うつもり満々じゃん」

「もちろんです」


 最後に、テレビの横に小さなメモが貼られた。

【※配線変えたので、分からなくなったらフユミに聞くこと。タマキ】

 なぜか既にタマキ署名になっていた。



「じゃ、ミシンコーナー、ちゃんと作ります!」


 今日は、専用のワゴン&ミシン台セットが導入される。

 前に「安いやつだから!」と言い張って持ち込んだミシンが今日から“正式住民”になる予定だ。


「前までは“仮置き”だったからねー。タマキくんのベッド脇とか、部屋の隅とかで“とりあえずここで”って縫ってたけど」

「“ミシン部屋”にする気満々じゃないですか……」

「“ミシン部屋の一部としてタマキくんの部屋を借ります”だからセーフ!」


 何がセーフなのかは誰もわかっていない。


「このワゴン、ヒカリさんが“余ってた”って言ってたやつ?」

「そう。“職場に眠ってるやつ掘り起こしてきた”って」

「そんな軽い話で出てくる代物なんだ……」


 二人で組み立てながら、マシロ先輩が楽しそうに喋る。


「ここが糸とか針の引き出しで、ここがボビンケースで、ここが布入れるとこ」

「すごい……全部、ぴったり……」


 ミシンを乗せると高さもちょうどよく、椅子を少し引けばすぐ作業体勢になれる。


「ここなら、昼間は自然光で縫えるし、夜はスタンドライトで補える。音も壁側だから、まだマシ」


「……それっぽい!」

「それっぽい、じゃなくてちゃんと“アトリエの一角”だな、これ」「にゃふ、なんかかっこいいです」


「ここ、ドアの開け閉めの邪魔になってない?」「うん、大丈夫そう」

「タマキさん、ここに頭ぶつけないかな」「一応、背の高さ想定で線引いときましょうか」


「これなら、急に泊まりになっても、布を避けるスペース作れるでしょ?」

「最初から泊まり前提なのやめよ?」

「だって、ここが一番落ち着くんだもん」


 マシロ先輩はケロッとしている。


「でも、通路はちゃんと空けてるよ。タマキくん、寝ぼけてミシン蹴ったら危ないし」

「……そういうとこ、マシロ先輩しっかりしてるよねえ」


 マヨイ先輩が、少し誇らしげに呟いた。

「だって、ここ、タマキくんの部屋だからね?」


 マシロ先輩は、ちょっと照れながら笑う。

「“散らかさないでちゃんと使う”って約束したからさ」


「うっ……好感度が上がる……」

「にゃふ、“マシロのアトリエ”……」


「じゃ、テスト縫いします!」


 ミシンのスイッチが入る音。

 床に、柔らかい振動が伝わる。


 ガガガガ、とリズムのいい音が、タマキの部屋に響いた。


「……おお」


 フユミが、その音に合わせて、“にゃふ”とリズムを取る。

「タマキさん、これ聞いたらなんて言うかなぁ」


「“騒がしいけど悪くないです”とかじゃない?」

「言いそう」

 試し縫いの布が、一枚、二枚と重なっていく。


「この布、帰省から戻ったらタマキくんに見せようね」

「うん……。あ、じゃあ、この端っこ、“夏”って刺繍しておこうかな」

 マヨイが、刺繍糸を取り出しながら、小さく言った。


「“タマキくん不在の夏の証拠”です」

「それ、ちょっといいね」

 ナツキが、少しだけ笑った。


 その音が、この部屋の“新しい日常の音”になるのは、もう少し先の話。



「じゃ、本棚班の時間です!」

 カズネが、髪を結びながら言う。

 

「マヨイ先輩、よろしくお願いします!」

「よ、よろしくね……」


 タマキの部屋の本棚は、背の高いメインの棚と、ベッドの近くにある小さな棚の二種類。


 メインの棚は、ノベル、実用書、教科書、謎のファイルが混在し、前後二列になっているカオス。

 小さい方には、扉が付いていて中身は見えないが――色々。


「映え担当としては、色で並べたいところですが……」

「や、やめよ?」

 即座にマヨイが止める。


「作家順かつシリーズ順の方が、タマキくんは喜ぶよ……」

「じゃ、基本はマヨイセンパイ案で。シリーズは揃えて、その中でちょっと背の高さとかで整えて、写真映えも両立しましょう!」

「う、うん……がんばろ……」


 二人で本棚の前に並び、文庫と単行本を一冊一冊手に取っていく。

「あ、『これ、好きなやつ』って言ってたラノベ」「『高校の頃に何度も読んだ』って言ってた小説」「『人に借りたくない本は自分で買う派』って言ってたやつ」


 背表紙を追いながら、マヨイがぽつりぽつりと情報を出していく。

 タマキが、そういうことを彼女にはしゃべっていたという事実も、さりげなく混ざる。


「うわ、“ちょっと恥ずかしい黒歴史ゾーン”だ。ここはそのままにしておきましょう」

「映えのために無かったことにしないの?」

「黒歴史も含めて“推しの棚”ですから!」


 時々、タイトルに二人が赤くなったり、慌てたり、テンションが上下しながら、本棚は少しずつ整理されていく。


「ところで」

 カズネが、ふと視線を横にやる。


「ここまでやるのに、あの小さい棚は触らないんですね?」

 カズネが、素朴な疑問を口にした。


 ベッド横の、小さな棚。


 ナツキが、ペンをくるくる回しながら答える。

「あんたも、一回は『触らないで』ってタマキに言われたんじゃない?」


「…………言われました」

 カズネがちょっと落ち込みつつ、答える。


「……あ、あの、『ここは何入ってるんですか!?』って言って扉開けようとしたら、

 『そこだけは触るな』って言われたんです」


「それそれ」

 アキハが、半分呆れ顔で混ざってくる。


「……注意聞かないで、この部屋立入禁止になってる二年生いるから、カズネも気をつけなさい」

「そんなにですか!?」


 イズミが、遠い目で天井を見上げた。

「あん時のタマキ、ガチギレだったからな。

 俺でも“あ、これは止めとこ”ってなったレベル」

「イズミでも?」

「“でも”ってなんだよ」


「へぇぇ……」

「具体的に何があったんです?」


「宅飲み中に、某二年生が、『ここにエロ本あるだろー』ってふざけて、棚ひっくり返した」


「「「うわぁ……」」」


「私は触りません~」

 メグミが、枕をぽんぽんしながら首を振る。


「大切なもの全部置いてるみたいだしね」

「本とかゲームとか小物とかね」


 シンジが、ゲームゾーンを眺めていた手を止めて、肩をすくめる。

「こんだけ好き放題出入りされてるんだから、そこくらい尊重してやれよ」

「うっ……」「それは、そうですね……」


「とは言っても、全員一回は注意されてるんじゃない?」

 ナツキがそう言って周囲を見回すと、アキハ以外の全員が頷いた。


「私はそもそも近付いたことがないから、注意されたことがない」

「流石アキハ」「服は勝手に捨ててるのに」「タマキ観察の鬼」

「おいこら、鬼って言ったの誰だ」


「た、タマキくんが居る時なら、『見ていい?』って聞いてからなら大丈夫、だよ?」

 マヨイ先輩が、小さな声で補足する。


「こ、こないだ、そうしたら、『いいよ』って……

 『その本、たぶんマヨイ先輩も好きそうだと思った』って……」


「うわー……」「嫁候補ポイント……」


「にゃふ。私も、あそこのゲーム、許可貰って借りてクリアしてます」

 フユミが、ケーブルをまとめながら自然に続けた。


「『ここから勝手に持ってくのはダメ。

 でも、フユミなら、絶対返してくれるから』って、にゃふ」


 部屋の空気が一瞬だけ柔らかくなった。

「さすが“許可制”ちゃんと守ってる人」

「じゃ、あの小さい棚だけは、“触らない”ってことで」

「写真は?」

「撮らない」

「了解です!!」





(後編へ続く)

本日も新年祝いで二話投稿します。

どなたかの帰省中の暇つぶしになれば。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ