第68話 北海道の七夕は八月七日
202X年、8月7日 夕方
ドン、と扉が蹴破られたかと思うような音がして――
「七夕だ!!」
リン先輩が、堂々と笹を担いで現れた。でかい。ほんとにでかい。部室の天井すれすれだ。
けど、なぜ部室にフルサイズの笹。
「スーパーの前に置いてあった小さいのじゃ味気ねーだろ? 山から一本もらってきた」
「“もらってきた”って表現、ちゃんと合法ですよね?」
「ちゃんとだ」
たぶん本当だろう。たぶん。
リン先輩は、部室の隅――ホワイトボード横のちょっとした空きスペースに、
ガムテープと紐で器用に笹を固定していく。
「……職人か」
「現場対応力が高すぎる」
「にゃふ、そういえば北海道の七夕って八月七日なんでしたっけ?」
「ああ、まあ、本州の方は七月なのは知ってはいるって感じ」
「なんで八月なんですか!?」
「知らん」
そんな話をしていると、リン先輩の設置が終わり、笹が部室の一角に緑のスペースを作る。
がさがさ、と葉が揺れて、急に部室が“季節の行事感”を得た。
「おおー!」「映えるー!」「にゃふ……笹……」「七夕~!」「願い事書けるやつですね!」「夏祭りの控室みたい」「涼しくなってほしいです」
いつのまにかテーブルには、色紙・麻ひも・ホチキス・穴あけパンチ。
カオル先輩が仕切り、カズネが“映え監督”の札を首から下げている。
その札、誰が作ったの?
「まず吹き流し!星飾り!紙衣も作るわよー!」
「任せてくださいッ☆ “映え短冊”フォーマットをご用意しました!」
あ、コウメイ先輩が今日も頭を抱えている。
それでも、こういう時の対応力は高いのが学生事務局である。
リン先輩が早くも自分の分の短冊を掲げている。
【なるようになる】
それは願い事なのか?
とりあえず、手近な短冊を一枚取って、ペンを握る。
……とはいえ、いざ書けと言われると困るんだよな、こういうの。
隣ではもう、アキハがさらさら書き始めていた。
「アキハ、それ何書いたの?」
そう聞くと、彼女はあっさり短冊を見せてくれた。
【バカどもが無理しませんように】
「ひどくない?」
「ほめ言葉よ?」
にっこり。
「どういう意味で?」
「そのまんま。タマキとかイズミとかシンジとか、“やろうと思えば何でもやるけど、そのうちぶっ倒れるタイプ”が周りに多いからね」
「わかるー」
「「タマキと一緒にしないで欲しい」」
「裏切者どもが」
「できました~」
メグミが水色の短冊を差し出す。
【毎日タマキ先輩ん家でアイス三個】
メグミの妙に丸くて柔らかい文字。
「却下」「1日二個までにしなさい」「メグミっぽい」「というかタマキん家前提なのか」「毎日行くつもりか」「あ、照れてる」「可愛い」「可愛い」「可愛い」
「【レポートがちゃんと出せますように】【猫が健康でいますように】【膝枕ポイントが増えますように】【レアドロいっぱいしますように】何枚書いてもいいですか?」
「欲張りセットだなフユミ」
「にゃふ、先月お祈りできなかった分です」
「そういう問題?」
「タマキさんが協力してくれてもいいですよ?」
「膝枕ポイントって何?」「猫の健康祈るのエライ」「猫飼ってるの?」「心の中に」
【宝くじ当たれ】
「イズミ、それはいくらなんでも欲望に忠実すぎる」
「夢はでっかく」
「当たったら寄付しなさいよ」「焼肉奢って」「寿司でもいい」「すっからかんにしてやろう」「当たってなくても奢らせよう」
「僕は【来年こそはちゃんと部屋を片づけられますように】」
「シンジ、その願い去年も書いてなかった?」
「というか片付けなさいよ」「彼女どうしてるのよ」「彼女は部屋に入れない!」「それでモテてるのなんなんだコイツ」
「マシロ先輩は?」
少し離れた席で、真剣な表情で短冊とにらめっこしていたマシロ先輩が、顔を上げる。
「んーとね」
少しだけ考える顔。
いつもの、ほんわかした笑顔とは少し違う、“真面目モード”。
【みんなが元気で過ごせますように】
「王道……!」「流石マシロ先輩って感じ」「天使…」「癒し枠……」
「こういうのでいいんだよこういうので選手権優勝」
部室の空気が、ふわっと和らぐ。
「だって、みんな元気じゃないと、楽しいこともできないでしょ?」
マシロ先輩が、ちょっと照れながら笑う。
「お姉ちゃんは?」
「わ、私も……」
マヨイ先輩の短冊は、
【毎日ちょっとずつでも上手に歩けますように】
「おお……」
「いいじゃない」
「……う、うまく言えなかったんですけど」
マヨイ先輩は、指先でもじもじ短冊を触る。
「なんというか、その……練習はしてるけど、すこしずつ、でも前に行けたらいいなぁ、って」
「にゃふ、凄くマヨイさんっぽいです」
「マヨイセンパイ、素敵です!!」
「かわいい」「努力家」「泣くぞ」「宝くじとか言ってた奴、恥を知れ」
「や、やめてください……は、恥ずかしい……」
「俺もそういうの、とても好きですね」
ぽろっと本音が出たら、マヨイ先輩の耳が、真っ赤になった。
彼女らしくてとても良いと思っただけなのに。
「タマキ、“嫁候補ポイント”がまた増えたんじゃない?」
「アキハ、その謎ポイントなんなん?」
「ランキング作りましょうか!?」
「カズネ、メッ」
アキハとカズネがノリノリでからかうので、更にマヨイ先輩が真っ赤になってる。
あら、可愛い。
「俺は、やはり【平穏無事】だな」
コウメイ先輩が無駄に達筆にシンプルな短冊を書いている。
「つまらなーい」「一番あらゆる被害を受ける人だからな」「問題が起きたらとりあえずコウメイ先輩」「それか、タマキ」「わかる」「わかる」「わかるなよ」
カオル先輩が、金色の短冊に堂々と書いて宣言する。
「短冊ならこれくらい書かなきゃ!【皆が笑える面白い話題をもっとたくさん!】」
「具体的には」
「嘘発見器で遊ぶとか」
「アレやっぱりカオル先輩の持ち込み!?」「違うわよ」「じゃあ誰だよ!」「というかアレって当たるの?」「ぶっちゃけわからん」
「タマキは?」
シンジが覗いてくる。
「【世界平和】」
なんか、色々悩むと逆にこれくらいしか思いつかなかった。
「胡散臭い」「つまんない」「逆にスケール狭い」「うーわ」「思って無さそう感がすごい」
「コンビニ前で言ってたことバラしてやろうか」
「なんで俺だけこんな袋叩きなの?」
皆に言いたい放題言われる。
ぐぬぬ。
「ナ、ナツキは?」
助けを求めて、ナツキに聞いてみる。
「もう書いた」
彼女は、もう結び終わった短冊を、指でちょん、と示した。
すぐ手の届く位置に、白い短冊が揺れている。
【織姫と彦星が楽しい一日を過ごせますように】
「……本人たちへのご挨拶きた」「発想がスケールでかい」「なんだこの清楚短冊」「流石ナツキ」
「なんか皆俺の時とリアクション違くない?」
「自分の願いは自分で叶えるの。
お星さまには、“自分でどうにもならない相手”の幸せをお願いするものでしょ」
目を細めて、揺れる短冊を眺める横顔は、いつもより、少しだけ大人びて見えた。
そんな会話をしていると、奥のテーブルでカズネが短冊を増産していた。
「【タマキセンパイのハーレムルートが、ほどよく混沌のまま進行しますように】」
「混沌を祈るな、邪教徒かよ」
「【推しの浴衣姿を一生拝めますように(自作・自給・自足)】」
「願い事が強欲すぎる」
「【推しカプが公式で幸せになりますように!!】」
「それはわかる」
「わかってくれますか、タマキセンパイ!!!!」
俺も割と推しが死ぬタイプなんだ。
わいわいやりながら、どんどんみんなの短冊が飾られていく。
短冊が増えるたびに、笹の重みがすこしずつ増す。
風はないけど、手でゆらせば葉擦れが鳴り、紙の色が寄り添う。
「よーし、じゃあ写真撮っとくか」
リン先輩がスマホを構える。
笹をバックに、みんなでなんとなく並んで、適当にポーズを決める。
「はい、七夕っぽいことしてる学生事務局でーす」
「カオル先輩、ぽいとか言わないでください」
カシャ、とシャッター音。
その瞬間だけは、事務局の仕事のことも、色んな考えることも、
全部どっかに置いてきたみたいに、ただ“楽しい”だけが残っていた。
◇
夜。
今日は珍しく、他に誰もいない。
エアコンの静かな音と、冷蔵庫の低い唸りだけが聞こえる。
「貴重な“二人きり”ですねぇ」
「言い方がなんか怖い」
ナツキが、ぽすん、とソファに沈む。
俺も、Tシャツに着替えて、その隣に座った。
ふと、さっきの短冊を思い出す。
「なぁ、ナツキ」
「ん?」
「織姫と彦星のために祈った優しいナツキのために、願い事一つ叶えてやるけど、何がいい?」
我ながら、ちょっと気恥ずかしい台詞だった。
でも、口から出てしまったものは戻せない。
「……なにそれ」
ナツキが、一瞬だけ目を瞬かせてから、にやっと笑う。
「タマキ、そういうこと言えるようになったの、ちょっとズルくない?」
「後悔しないうちに取り消してもいいぞ」
「取り消させないわよ?」
即答だった。
「うーん……じゃあ」
ナツキは、ソファの背にもたれて天井を見上げる。
少しだけ真面目な声で。
「帰省中、一日一回でいいから連絡ちょうだい」
「……それくらいなら、いくらでも」
思ったよりも、ずっと普通の、でも、多分一番大事な願いだった。
「“ただいまー”でも、“今起きたー”でも、“今日の空きれいだったー”でもいいからさ。
なんでもいいから、“生存確認兼ねた何か”が欲しい」
「了解」
「スタンプだけでもいいよ」
そう言って、ナツキがこちらを見る。
少しだけ安心したような、でもどこか照れた顔。
「……あと」
「まだあるのか」
「今日、くっついて寝よ」
「……暑いんだけど」
「夏でも冬でも、くっついて寝たい時はあるの。七夕特別サービス」
「誰がサービス受ける側なのか分からないんだが」
「タマキくん。願い事叶えるって言ったの、誰だっけ?」
ぐうの音も出なかった。
「……まぁ、わかったよ」
「よろしい」
ナツキが、嬉しそうに笑う。
「あと、アイス食べたい」
「さっきまでほんのりいい話してたのに、急に生活感が」
「願い事は現実的なものから叶えていく主義です」
「多いな。……わかったよ」
立ち上がって冷凍庫を開ける。
ストックしておいたアイスバーを二本取り出して、一本をナツキに投げる。
「はい」
「ありがと」
カシュッ、と包みを破る音。
エアコンの風と、アイスの冷たさ。
しばらく無言で齧っていると、隣から、
「あーとーはー……」
という、まだ続きそうな声が聞こえた。
「いい加減にしろ」
「えー、まだ言ってないのに」
「その“あーとーはー”の伸ばし方で、大体ろくでもないの来るの分かるから」
そう言いながらも、
たぶん、あと何個かなら聞いてしまう自分がいるのも、分かっていた。
窓の外には、星はあまり見えない。
でも、さっき部室で見た笹のことを思い出しながら――
ソファの背にもたれて、アイスを齧るナツキの横顔を、横目で見る。
願い事を“自分で叶えるもの”だと笑うくせに、
こうやってちゃっかり、俺に小さな願いを投げてくるところが、ずるい。
あけましておめでとうございます。
新年祝いで、三日までは一日二話投稿します。
今年もどうぞよろしくお願いします。




