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最北大学学生事務局  作者: 萩原詩荻


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第67話 おれのなつやすみ

202X年、夏休み序盤 大体晴れ


① 掃除と苦情と誕生日


 夏休みが始まったばかりの昼下がり。

 なんで俺、人気デザイナーの部屋の合鍵持ってるんだろうなとか思いつつ、ヒカリさんの自室兼アトリエの観葉植物に今日も水をやっていた。


「――で。なんでプレゼンに“教授”呼んだんですか」

「呼んでないよ?」

「ヒカリさんが言うなら信じますよ?いいんですね?」

「……呼んだよ」

 白状が早い。


「まあ、想像ついてると思うけど、私、あの人の元ゼミ生。んで、三年前に『ファッションショーやりたいです!』って言って、もうズタボロにされた」

「ズタボロですか」

「もー、ズタボロ。見る?当時の必要な解決点一覧」


 そうやって、ヒカリさんが渡してきたのは、何度も何度も読み込んでボロボロになったレジュメの束。


 ……一つ一つ、赤ペンでクリアマークがついている。


「……いい教授ですね」

「当時はそんなこと思えなかったけどねー」


 ヒカリさんは、笑って空のマグカップをくるくる回しながら言う。

 あ、指からすっぽ抜けて吹き飛んだ。

 ……俺が片付けるんだぞ、それ。


「今回は、最初に教授に話持って行ったの。そしたら『面白そうだねぇ、最終的に通すためにはいいプレゼンがいるけど、学生側にいいのいる?』って聞かれたから『まぁ、頼りになる後輩が一人』って言っただけだよ」

「おい」

「“味方になってくれる魔王”がいて助かったでしょ?あの人が頷くと大学にも書類通りやすいし、来年以降のあなたの後輩たちも歩きやすいわよ」

 

 ……こういう、自分の夢もあるのに、俺やさらに未来のことまで考えてるの本当にカッコいい。

 ずるいなぁ、この人。


「それに、タマキくんがあの人のゼミ入ったら、将来事務員としてさらに有望に」

「業務内容と給料次第です」

「公私ともに私の世話、給料はハグとチュー」

「退職届どこですか」

「不受理」

 一瞬ドキッとしてしまったことがバレてないことを願いながら、なんでもない素振りで片付けを続ける。


「でも、まあ、グルだったのは、謝ってあげましょう。お詫びのプレゼントあげる」

「プレゼントですか?」

 振り向いて、ヒカリさんの顔を見ると……妙な表情をしている。


「8月19日、空いてる?」


「…………むしろ、ヒカリさんが空いているんですか?」


 ヒカリさんの誕生日だ。

 予定を入れるつもりもなかったが、ヒカリさんは当然予定があると思っていたので、後日プレゼント渡せたらいいなぁくらいに思っていた。


「デートしよ」


 ……ああ、妙な表情じゃなかった。

 気のせいかと思ったけど、緊張しているんだ、この人。


「はい、喜んで。仕事は落ち着いたんですか?」

 余計な照れが入った気がする。


「まあ、割と」

「そうですか」

「そうなのよ」


 あ、これお互い緊張しているな、という会話になってしまう。


「デートコースに何か希望はありますか?」


 正直社会人とデートなんてしたことないので、恥を捨てて聞く。


「あ、あるある。それがプレゼント」

 あるんだ。


「タマキくんの服、買いに行きましょ」

「……ふつう逆では?」


 ちなみに、アキハもナツキも自分の服買う時には俺のことを邪魔だという。

 ヒカリさんも同じなのかもしれない。

 かなしい。


「んふふ~、言っちゃおっかなー♡」

「なんですか」

 悪戯っぽく笑う顔が、ずるい。


「アキハちゃんが、タマキくんの服コーディネートするのなんでだと思う?」

「『-5000点が見てられないし、同じ事務局の人間として恥ずかしい』って言ってました」

 なんてひどい。


「それも事実だけど」

「傷つくんですよ、俺も?」


「コーディネート全部自分の色にして、『コレ、私の』って言う宣言でもあるのよ?」

「……………………」


 ヒカリさんは満足そうに頷いた。


「んふ、全く気付いてないわけではなさそうね。だ、か、ら。『あの時ヒカリさんに選んでもらったやつです』って、十年後まで言える服、1セット贈ってあげる」

「恐ろしい値段しそうなんですが」

 いや、プロのデザイナーが選ぶ服ってだけでちょっと畏れ多いんだが。


「いいのよ、私が所有権主張するためなんだから♡」

「俺の人権そんな簡単に所有しないでもらえます?」

「晩御飯のお店も選んでおくね」

「……本当にいいんですか?俺なんかで」


 せっかくの誕生日なのに、お店選びもロクにできない後輩と過ごすより、ヒカリさんならいくらでも――


 気付かないうちに少し俯いてしまっていたらしい。


 ヒカリさんがいつの間にか目の前にいて、ふわっと抱きしめられる。


「隣、胸張って歩ける服着せてあげる」

「…すみません」

「私が、誕生日を、一緒に過ごしたい相手として、タマキくんがいいな、って思ったの」

「はい」

「誕生日プレゼント、欲しいな♡」

「はい、悩ませてください」

 嘘だ。実は春先からずっと悩んでいる。


 スッとヒカリさんが離れる。

「当日、忘れてたとか言ったら、ほんとになんでも言うこと聞いてもらうからね」

「忘れません」

 全力で即答した。


「よろしい。じゃ、鏡の前、回って。肩幅とパンツ丈、今のうちに採寸しとこ、脱いで」

 どこからともなくメジャーを取り出し、ヒカリさんが言う。

 あ、もう悪戯の目になってる。


「脱ぐ!?」

「文句言うならチューね」

「やめっ、ちょ、まっ、待って、マジで待てや!!」

「待たない、ここ会社じゃないし」

 

 とりあえず、8月19日には絶対忘れられない予定が、スケジュール帳に入った。

 悔しいから、嬉しいとは言わないようにする。





② 真夜中のオンライン:四人パーティの内緒話


 夏休みが始まったばかりの真夜中。

 今日も今日とて我が家のベッドでは、二人ほど寝ているが、まあいい。

 時計は、日付を少しだけ越えたくらい。


 俺のパソコンには、見慣れたファンタジー世界の夜空。

 ヘッドセット越しに、聞き慣れた声が飛び交っている。


「レイコちゃん、今週のトークン終わった?」

「未だ、だからルレいこー」

「にゃふー」

「じゃあ、申し込むぞ」


 コウメイ先輩、フユミ、レイコの三人の光の戦士の声である。


 シャキーン

「あ、タイタンか」

「タマキさん落ちないでくださいね」

「今更落ちる奴おる?」

「タマキ先輩、それフラグって言うんですよ?」

「ふむ、『実は俺、基地に恋人がいるんすよ』」

「『戻ったらプロポーズしようと』」

「『花束も買ってあったりして』」

「タマキさん、コウメイさん、二人で盛り上がらないでください」

「そうよね、フユミちゃん、よくないよねー」

「(´・ω・)(・ω・`)ネー」

「ごめんて」

 

 そんな無意味な会話を四人で繰り広げていた時、不意に思い出したことがあった。


「……あ、そういえばコウメイ先輩。夏合宿で“アレ”言ってよかったんですか?」


 合宿の夜の大広間。

 あのカオスな質疑応答のさなか、コウメイ先輩はさらっと言った。


「ある意味一番問題なく明かすタイミングと考えた。バスの件もあったから、あまり突っ込まれなかったからな」

「まぁ……そうですね」

 占星術師の動きは全く止まらない。

 動揺は無さそうだ。


「なんかあったんですか?」

 レイコの声が、落ち着いたトーンで入る。

 この人の戦士、背が小さいから時々見失うんだよなぁ。


「にゃふー、合宿で恋バナ聞かれたコウメイ先輩が『彼女がいる、ただし事務局には関係ないからそれ以上突っ込むな』と宣言しました」

 フユミがさらっとばらす。

 いや、まあ、俺もそのつもりでこのタイミングで話振ったんだけどさぁ。


「あ、言ったんですね」

 レイコの声に、“やっぱりか”と“今か”が半々くらい混ざっていた。


「事前に相談しなかったことは謝る」

 キャラを操作しながら、コウメイ先輩が淡々と言う。


「じゃあ次の極でマウントドロップしたら譲ってください」

「わかった」

 コウメイ先輩が即答した。

 

 俺とフユミは様子見をしている。

 いや、フユミのとこからパリって音聞こえたから多分ポテチ食ってる。


「あと、10月の学校祭で一緒に巡ってください」

「そっちが本命か。……わかった」

 ボイスチャット越しなのに、レイコの機嫌が少し上向いたのが分かる。


「タマキ先輩も聞きましたね」

「ああ、聞いた」

「にゃふ、私も証言しますー」

「そこまでしなくとも約束する」

「当日になって、『仕事が』とか言われても困るので」

「……」

 占星術師の動きが止まる。

 我らが事務局最高の頭脳も、恋人には勝てないらしい。


 なんだろう、この“音声だけ聞いててもニヤニヤするカップル感”。


「じゃあ、スケジュール調整手伝いますよ。フォークダンスくらい、一緒に踊ってください」

 俺はポテチを食べながら、口を出す。


「タマキ、勝手にプラン増やすな」

「ありがとうございます。タマキ先輩」

「にゃふー、私の休み時間も増やしてください」

 横から、フユミがしれっと乗ってくる。


「……お願いします」


 自分で言ってて自分で詰んだ。

 ゲームよりリアルのタスクが増えてないか、これ。


「……タマキ」

 コウメイ先輩の声が、ほんの少しだけ低くなる。


「何も言わないでください」


「いや――」


 その瞬間、画面の中でボスが大きく動いた。


「そこにいると、落ちるぞ」


「――あ゛」


「「あーあ」」


 フユミ&レイコのハモりが、妙に心地良かった。

 夏休みの、だらだらした時間。

 オンラインの向こうの顔も笑ってそうな気がして、少しだけ笑った。





③ せんせーとおにいちゃん


 ある日の午前中。


「……で、なんで俺はエプロンつけてるんだ?」


 近所の公民館の調理室は、子どもたちの声と甘い匂いでいっぱいだった。


「せんせー、これ混ぜていいのー?」

「お砂糖こぼれたー!」

「卵割るのやりたいー!」


「はーい、あわてない。順番守ろうねー」


 エプロン姿のアキハが、髪を後ろでまとめて、テキパキと指示を出している。

 いつもより少しだけ柔らかい笑顔。子ども相手の声は、なんか半オクターブ明るい。


 今日のメニューは、夏休み親子お菓子教室・「クッキーとマドレーヌ」。

 アキハは、家の付き合いで“お姉さん先生枠”として召喚され、俺はその手伝い枠。


「私は美人のお姉さん先生枠だからね」


 勝手に思考回路を読んで、さらっと言うな。

 事実だけど。


 調理台には、今日のメニューであるクッキーと簡単なマドレーヌの材料が並んでいる。

 小学生くらいの子どもたちが、数人ずつのグループで、わいわい騒ぎながら生地を混ぜている。


「はーい、バターとお砂糖は“白っぽくなるまで”混ぜるんだよー」

「“白っぽく”ってどれくらいー」

「このくらい」


 アキハが、ボウルを持って見本を見せる。

 子どもたちの目が、一斉にキラキラし出す。


「おねえちゃんすごーい!」「はやーい!」

「プロだー!」


「プロではないけど、ありがとね」


 笑いながら、子どもの手元にそっと自分の手を添える。

 ……ああ、美人だけど、それ以上に、なんか、いいな。


「タマキ、そっちのグループ、卵の殻入ってないか見てあげて」


「あいよ」


 ちょっと離れた調理台では、男子ズが卵を割るのに苦戦していた。


「てつだいのおにいちゃん、これでいい?」

「うん、上手上手。ただ、ここの殻だけ取ろっか」


 指先で殻をすくいながら、ふと思う。


 ……なんだこのイベント。


 夏休みの一ページとしては、かなり平和だ。


 焼き上がったクッキーとマドレーヌが、テーブルいっぱいに並ぶ。

 部屋中に広がる、バターと小麦の匂い。


「じゃ、試食タイムにしますかー」


 紙コップにジュースを注いで配っていると、アキハが一皿をこっちに差し出してくる。


「はい、口開けて。あーん」


「なにゆえ」


「味見係でしょ。ほら」


 周りに子どもたちがいる手前、変に意識すると負けだ。

 観念して一個、口に放り込む。


「……ん」


 しっとり。バターの香り。

 甘さは控えめだけど、ちゃんと“ご褒美おやつ”になってる。


「うまい。流石アキハだな」


「そ。よかった」


 その一言で、なぜかやたら満足げな顔をされた。


 と――すかさず、子どもの声が飛んでくる。


「ねーねー、せんせーとおにいちゃんって、付き合ってるの?」


 手にクッキーを持ったまま、真正面から聞かれた。


「…………」


「…………」


 俺とアキハ、同時に固まる。


 どう答えるのが正解なんだ、これ。

 変に否定しても変だし、肯定したらそれはそれで違うし――


「……付き合ってるように見えるらしいぞ」


 とりあえず、ボールを相手コートに返してみる。


「子どもは素直だからね」


 アキハは、苦笑しながら、子どもの頭を撫でた。


「残念だけど、“今のところは”付き合ってないよー」


「ふーん。“今のところは”なんだー」


 子どもたちの、妙にニヤニヤした視線が刺さる。

 誰だ、こんなワード覚えさせたの。


「……お菓子、配るわよー!」


 若干強引に話題を切り替えたアキハの耳が、ほんのり赤かったのは、気のせいじゃないと思う。


「……後でちゃんと殴るから」

「なんで殴るの!?」

「“流石アキハ”って言うから」

「そこ関係ある?」


 でも。


 せんせいモードで子どもたちに囲まれているアキハは、やっぱりちょっと、いつもと違って。


 それを見てるのが、俺はわりと嫌いじゃない。

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