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最北大学学生事務局  作者: 萩原詩荻


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第64話 絶プレゼンテーション討滅戦(後編)

202X年、7月下旬 晴れ


「……では、こちらからも一つ」


 魔王が起動……教授だ。

 ここまで黙っていた分、余計に存在感がある。


 教授が、指で資料を軽く叩く。


「何故。わざわざ――」


 言葉ごとに、机板をこつ、こつ、と叩く。


「大学の。学校祭で。ファッションショーを。やるのかね?」


 会議室の空気が、一段階重くなる。

 キッツいな、この質問。


「しかも、これは三年前に一度、断られた企画だろう?」


 あ゛?

 心臓が変な跳ね方をしたのがわかる。


『そんなノウハウもなければ、デザイナーを呼ぶ伝手もないって断られちゃって』

 ヒカリさんが、苦笑して言った言葉。


 こいつ、全部知ってて聞いてやがる。


 一瞬、気持ちがドロっと沈むのが自分でもわかった。


 あの人の。

 あの人たちの夢を邪魔する気か――


 だったら、お前は――


「コホン」


 斜め後ろから、小さな咳払いが聞こえた。


 ヒカリさんだ。


 胸ポケットのタグが「落ち着け」と震えた気がした。


 一気に頭が冷えた。

 今、俺は、何を、言おうとした?


「大丈夫かい、答えられるかね?」

 

 教授が真っすぐに、こちらを見ている。

 

 その目に、敵意は、ない。


 『でも、ちょっとだけ嬉しい。手伝って』

 昨日、ヒカリさんはそう言った。

 

 俺は、手伝う、と約束した。


 うん、大丈夫。


 よく、見える。

 よく、聞こえる。


 そう、余裕って顔で言え。


「はい」


 口が、自分で思っていたよりも素直に動いていた。


「ファッションショーである“必要”は、ないのかもしれません」


 教授の表情に「面白い」の色が混じる。

 ごめん、ヒカリさん。

 頑張るから許して。


「ですが、今回の企画の核は、“異文化と責任の体験”だと考えています」


「異文化と、責任」


「はい」


 クリック。

 “教育的意義(詳細)”のスライドへ。


「まず一つ目に――ファッションショーという世界は、専門性が高く、本学のような総合大学でも、“比較的縁遠い世界”です」


 ランウェイの写真が映る。

 衣装。メイク。照明。音楽。


「その“異文化としての業界”を、“安全な距離感で”学生に触れさせることが、大学でやる意味の一つだと考えています」


 言いながら、自分の言葉を追いかける。


「モデル及び裏方スタッフは、原則として外部プロを中心に行います。

 学生はモデル及び裏方ともに、希望者に対する、“入口体験”を提供します」


 裏方の写真が映るスライドに切り替える。


「具体的には、舞台裏の見学、現場の基本マナー講座、簡単なレポート提出までをパッケージにしています。

 “楽しい”の裏側にある、“めんどくさい”まで含めて渡す、という意図です」


 教授の視線が、少しだけ柔らかくなる。


「今回は、OGであるデザイナーの全面的協力及び六月のプロの舞台に実際に三年生が参加したという先例が、“ファッションショー”を開催するための奇貨となりました」


「先例。大人の好きな言葉だ」

 教授がニヤリとしつつ答えてくれる。


「はい」

 頷いて続ける。


「外部のショーでは、完成された舞台を“見せる”ことが主目的になります。

 大学だからこそ、その前後の“めんどくさい”――準備・リハーサル・反省会までを、“学生の立場で”経験することができます。そこに、大学行事としての意味があると考えています」


「ふむ」

「それと、ファッションショーならではの要素として――」

 ヒカリさんの顔を思い出す。


「人の身体を預かる緊張を知ること。

 衣装の線一本にも感情と本気があること。

 言葉遣いひとつで、現場の温度が変わってしまうこと」


「そういう、“教室では教えにくいけれど、社会に出る前にどこかで触れておいてほしい感覚”を、経験できる貴重な場が提供可能であると、私は思います」


 言い終えた瞬間、会議室の空気が、僅かに変わった気がした。


 教授が、腕を組み直す。


「悪くない」


 ぽつり、と言う。


「では、きみ個人は――」


 教授が、わざとらしく一拍置いてから言う。


「これをやる意味を、どう考えている?」


 個人。

 フッ……そこ来るか。

 …………用意してねぇよ!!!


 何人かの職員さんの視線が、「そこ聞く?」みたいな顔をしている。


 背中に感じる、三つの視線。

 リン先輩:『逃げんな』

 コウメイ先輩:『好きに言え』

 ヒカリさん:『面白いこと言ってみなさい?』


 ……気がする。気がするだけ。


 俺は、一瞬だけ息を吸ってから、口を開いた。


「個人的には――」


 言葉を探しながら、でも嘘はつきたくないので、そのまま言う。


「学生のうちに、ちゃんと“本物”を見たうえで迷う切っ掛けになればいいなって思います」


「ほう?」


「パンフレットやSNSで、華やかな写真や動画だけ見て憧れて、そのまま進路を決めてしまうと――」


 バーで聞いた大人の言葉、悩んでいる先輩達。

 ……ショーを見ながら泣いて、ロビーで線を描いていた新人さん。


「たぶん、辛い思いをしてしまうことがあると思うんです」


 息を吐き出す。


「でも、実際に現場を見て、学生のうちに、“やってみたけど違った”って言える経験を持つ人が増えれば」


 その人が、また誰かに教えたりすれば。


「そうすれば。いつか、どこかで」


 俺はマスターやヒカリさんみたいなカッコイイ大人にはなれないだろうけど。


「溺れなくていい人が、一人くらい、増えたらいいな、って思います」


 ほんの少しでも、誰かの助けになりたいってくらい、思ったっていいじゃないか。


 静かになった。


 エアコンが動く静かな音すら聴こえる。


 嘘は、言ってない。


 間違ったことも、言ってない、はずだ。


 教授は、しばらく黙ってこちらを見ていた。


 やがて、ふっと視線を横に流す。


「……企業側担当者に尋ねよう」

 俺の背後、ヒカリさんを見る。


「いい後輩を育てたね」

「私は育ててませんよ」

 ヒカリさんがあっさり否定する。


「今回は大丈夫かね?」

「三年かけて準備しましたので。大丈夫です」

 その言い方と笑い方が、反則級に格好いい。


「そうか」

 教授は、わずかに口角を上げる。


「雑誌、読んだよ」

「ありがとうございます」

 ヒカリさんも、わずかに照れくさそうに笑った。


 …………………あ!?

 グルか、こいつら!!!!?


「……きみ」

 教授が、再びこちらに向き直る。

 なんか嫌な予感。


「先ほど、経済学部と言ったね」

「はい」

「後期のゼミ選択の際には、うちにも見学に来なさい。卒業までにこのパワポを一人で作れるようにしてやろう」


 さらっと、とんでもない爆弾を投げてくる。

 というかやっぱり一人で作ってないのバレてる!?


 いや、貴方のとこ、ゼミで単位落ちるとかいう魔境でしょ!?

 やだよ!!!でも、ここで嫌とは言えねー!!!


「……はい。機会があれば、ぜひ」

 社会人スキル:空気読み。


 視界の端で、学務部の人が微笑んでうなずくのが見えた。



 質疑応答は、その後もいくつか続いた。


 総務部からは避難経路について。

 財務部からは物品搬入時間の確保について。

 学務部からは練習時間における授業への影響について。


 どれも、昨日までにみんなと叩き合ったところだ。

 用意してきたマニュアルと資料を示しながら、一つずつ答えていく。


 やがて、議長役の総務部長が、書類を閉じた。


「……それでは、異論がないようであれば、本件“学校祭における特別企画としてのファッションショー”について」


 会議室の空気が、すっと変わる。


「総務部としては、安全面については、事前に伺っていた案に、“マニュアル部分の肉付け”がされている印象です。学生任せにしない枠組みがちゃんと見えていますし、良いと考えています」


「財務は?」

「数字の面では……」


 財務部の担当者が、資料をパラパラと捲る。


「当初案から大きな増額はなく、“内訳の透明性”が上がりましたね。

 協賛金の扱いも、“万が一の中止”の場合を含めて、事前に取り決め済みのようですし、問題ありません」


 最後に、学務。


「教育的意義については、教授会からも“肯定的な意見”をもらっていますし――」


 学務の方は、少し笑った。


「この“参加マニュアル”、よくできていますね。

 “欠席が必要な場合の教員への連絡方法”まで書いてある企画書は、なかなか見ないですよ」


 俺の背中から、コウメイ先輩の“やったな”という小さな圧が飛んでくる。


 教授は、三人の言葉を聞いてから、改めてこちらを見る。


「ふむ。では――」


 教授が、こちらに向き直り、言う。


「個人的には、“面白い”と思う」


 淡々とした声に、ほんの少しだけ熱が混ざる。


「“学生が、自分の大学で、自分たちの祭りで、何かを作ろうとしている”企画を、

 “リスクが怖いから”というだけで潰すのは、教育機関として貧しい」


 三部署の担当者が、黙って聞いている。


「その意味では、私は賛成だ」

「……!」


 思わず、肩から力が抜けた。


「ただし、二つ、条件がある」


 出た条件。ですよね。


「一つ、当日だけでなく、判断と裏付けの“足跡”を残しなさい。

 学生が何を悩み、どのように判断したか。成功したところも、失敗したところもだ」


 教授は、机に置かれた資料を指でつまむ。


「きみたちの代で終わる企画ではなく、次の代が“前の世代の試行錯誤”を参照できるようにしておきなさい。

 それは、先輩としての義務でもある」


「……はい。必ず」


「二つ目、猫は残しなさい。アレは、読み飛ばさせないために良いテクニックだ」

 会議室が軽い笑いに包まれた。


「ッ………わかりました」

 思わず、マジすか!?と叫ばなかった俺を誰か褒めてくれ。


 教授の目線を受け、総務部長が、トントンと資料を揃えて言う。


「それでは、マニュアル及び資料一式を踏まえ――」


「本学学校祭特別枠、ファッションショー開催を承認します」


 その一言で、全身の力が抜けかけた。


「ありがとうございます」


 背中で、三人が同時に頭を下げる気配がする。


 俺も、深く頭を下げた。



 会議室を出た瞬間。


 膝から力が抜けた。


「…………あ」


 壁に手をつく。

 そのまま、ずるずると廊下にへたり込む。


「タマキくん?」

 上からヒカリさんが覗き込んでくる。


「お疲れ様。――ありがとね」


「ヒカリさん……俺、今、めちゃくちゃ頑張りましたよね……」


「うん。すごーく頑張ってた」

 ぽん、と頭を軽く叩かれる。


「じゃ、私はあとは“大人の書類の戦い”してくるから。また、数日後にアトリエでね」

「よろしくお願いします……」

 後ろ姿までかっけぇな、あの人。

 先週、部屋で布の山に埋もれて、たすけてーって言ってたの本当に同一人物か?


「お疲れ」

 リン先輩が、壁にもたれながら笑っている。


「よく喋ったじゃん」

「俺、今、“息継ぎ忘れて泳ぎ切った後のカエル”みたいな気分なんですけど」

「もう少しセンスのある例え方をしろ」

 コウメイ先輩が、くくっと笑ってから、スマホを取り出す。


「っと、そうだ、リン先輩」

「ん?」

「取り立てが必要になるので、部室前の扉で待機お願いします」

「ふっ、任せとけ」

 リン先輩が去っていく。

 ……あの人の脚ならここから部室まで一分だな。


「これが孔明の罠」

「すべて計算ずくだ。じゃ、事務局の方に“決着報告”流しておくぞ」

「お願いしまーす……」

 床に座り込む俺を尻目に、コウメイ先輩の指がスルスル動く。


 画面には、見慣れたグループ名。


≪学生事務局・全体チャット≫


 そのまま、さらさらと打ち込んでいく。


≪コウメイ:【速報】総務・財務・学務、すべて“承認”。ファッションショー、本決定。≫


 送信。


≪イズミ:っしゃあああああああああああ!!!≫

≪シンジ:おおおおおおおおおお!!≫

≪フユミ:猫の勝利です!にゃふにゃふにゃふ!!≫

≪ナツキ:よくやったわ≫

≪メグミ:省エネモード解除中……おめでとうございます……プリン買ってきてください……≫

≪カズネ:キタ━━━━━━━━(゜∀゜)━━━━━━━━!!“学校祭ハーレムルート解放条件”達成ってことですねッ☆≫

≪アキハ:お疲れ、タマキ。イズミとシンジは諦めなさい≫

≪イズミ:……あ!そうだった!隠しボスいるから無理だと思ってたのに!!≫

≪シンジ:……じゃあな!僕明日から学祭終わるまでハワイ行ってるわ!!!≫

≪ナツキ:あ、シンジが逃亡した≫


 その瞬間、グループチャットに、

 写真が一枚、ぴこっと送信された。


≪ナツキ:【シンジがリン先輩にアイアンクローで持ち上げられている画像】≫

≪リン:捕まえた。≫

≪イズミ:働きたくないでござるぅぅぅ!!≫



「……元気だな、あいつら」


 床に座り込んだまま、俺はスマホ画面を見て、力なく笑った。


「行くか?」


 コウメイ先輩が、手を差し出してくる。


「イズミとシンジへの引継ぎや、今回突っ込まれた点の微修正はあるが、まずは“プレゼン成功報告お疲れさま会”が先だろ」


「……そうですね」


 その手を掴んで立ち上がる。


 通知だらけの画面を見て、思う。


(ほんっと、うるさいな)


 でも、その“うるささ”が、今の俺には、とても、心地いい。


 夏休み前の、ラスボス戦は終わった。

 隠しボス追加された苦情は後で個別に。


 とりあえずは……夏休みだ!!

 やったーーーー!!!!

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