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最北大学学生事務局  作者: 萩原詩荻


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第63話 絶プレゼンテーション討滅戦(前編)

202X年、7月下旬 晴れ


 ――晴れてる。


 よりによって、こういう日に限って、やたら空が青い。

 中央ローンの芝生と川も、いつもよりキラキラして見える。


 ……いや、もっと曇っててくれていいんだけどな今日は。


 学校祭ファッションショー・最終決定プレゼン当日。

 相手は、総務部・財務部・学務部の三部署。


「お腹痛い……」

 小声で呟きながら、自動ドアをくぐる。



 第一会議室の前に着くと、既にドアの前に貼り紙が出ていた。


『学校祭関連企画 説明会』


 深呼吸一つ。


 昨日、ナツキとアキハが、

 「もっと細身のネクタイ!」「いやそこはクラシックでしょ!」

 って夜中までドタバタやった末に落ち着いたスーツ姿。


 袖口を直すふりをして、内ポケットを軽く押さえる。


 外から見えない位置に、白い羽と黒い月のピン。

 マシロ先輩とマヨイ先輩から預かった、お守り。


 シャツの袖では、ナツキが選んだ黒×金のカフスが、さりげなく光っている。

 胸ポケットの内側には、「Hikari」の刺繍が入ったタグ。

 ネクタイピンはカオル先輩からの誕生日プレゼント。


 ……見えないとこに、複数の女性からの贈り物着けてるの我ながらどうかと思うんだが。


「タマキ」


 背中から、低い声。


 リン先輩だ。その隣には、腕を組んだコウメイ先輩。

 少し離れたところで、ヒカリさんが、書類の束を抱えて立っている。


 俺は、まだボヤいていた。


「……なんで、俺がメインなんすかねぇ」


 コウメイ先輩が、平然と答える。

「こっちで根回ししまくって、道をならした結果、“正面から喋る顔”が必要になった。それがたまたまお前」

「“たまたま”って言いながら、逃げ道全部塞ぎましたよね?」

「副作用だ」

「本作用ですよね、最初から狙ってましたよね?」


 ひとしきり軽口を交わしていると、ヒカリさんが一歩近寄ってくる。

「はい、タマキくん」

 預けておいたUSBを、ぱしっと渡される。


「法務も消防も、スポンサーも、全部それの中に入ってる。大丈夫、今日のは“ほぼ確認作業”。

 ……ただ、ここでコケると色々めんどくさいから、ちゃんと喋って?」

「精一杯がんばります」


 心の中で、もう一度だけ深呼吸。


 背中には、三人分の視線。

 リン先輩、コウメイ先輩、ヒカリさん。


 会議室のドアの前で、一瞬だけ目を閉じた。


 ノック。


「失礼します、学生事務局です」



 中は、いかにも“会議室”な長机と椅子。

 奥側には、ネームプレート付きで六人――総務、財務、学務、それぞれの担当者らしき人二人ずつ。

 そこまでは想定内だった。


 問題は、そのさらに横。

 末席なのにめちゃめちゃ存在感のある、見たことある顔が一つ。


 ……え?


 白シャツにネクタイ、皺ひとつないスーツ。

 眼鏡の奥の目つきは鋭いのに、口元には人の悪そうな笑み。

 うちの経済学部で、《学生の涙製造機》の異名を持つあの教授。


 なんで!?

 “めちゃくちゃ厳しいけど、ちゃんと面白い授業”で、いつも教室がパンパンになるあの人が、なぜか末席にちょこんと座っていた。


 聞いてないが???


 背後で、「あー……」という、リン先輩とコウメイ先輩の小さい声が重なった。

 どうやら“知らなかったわけではない”空気。


「落ち着け、タマキ」

 コウメイ先輩が、ほとんど口を動かさずに囁く。

「相談役として出るかも、とは聞いていた」

「聞いてないんですけど」

「言うとお前の睡眠時間がさらに減るからな」

 なんで俺のメンタルは事前考慮から外されてるんですかね!?


 とりあえず、深呼吸。


「気に入られろ。以上」

 リン先輩が、背後で少し気配を増した気がする。

 それだけで、足元が少しだけ安定する。


「いざとなれば、私が教授の前で泣いてあげる」

 ヒカリさん、それは逆に炎上する。


 背後の座席には、「学生事務局責任者」としてリン先輩とコウメイ先輩。

 斜め後ろの席に、「企業側担当者」としてヒカリさん。

 ……最強すぎるだろ。


 パソコンをつなぎ、プロジェクターを確認。


 ――映らない。

 プロジェクター、映らない。

 HDMI1……沈黙。HDMI2……沈黙。

 総務の方が「すみません、こちらで」と慣れた手付きでケーブルを替える。映った。


 ありがとうございます、あなたが神か。


 メグミが半分寝ながら作ってくれた“読みやすさ重視”のタイトルスライドが映る。


 深呼吸。


「それでは、学校祭企画“ファッションショー”に関する提案、学生事務局から説明させていただきます」


 声が、思ったよりちゃんと出た。


 ――が。


 総務の人が頷いたタイミングで、例の有名教授が、すっと手を上げた。


「その前に、一つだけ」


 うわぁん!!

 隠しボスのギミックは対策してないですぅ!!


 教授は、指先でネクタイを軽く整えながら、こちらを真っ直ぐ見てくる。

 怖い。


「ここまでの根回しで、きみが“気付いていない”のであれば論外だが」


 いきなり辛辣だ。


「公式には“ショーをやらない”、という選択肢は、既にほぼ無い段階だ」


 ……うん?


 総務・財務・学務の人たちが、微妙な顔で見合わせる。

 教授は構わず続ける。


「総務は、既に“安全面の前提条件”について企業側と合意済みだ。

 財務は、“予算上の見込み”について、協賛企業を含めた概算に目処が立っている」

 総務と財務の担当者が、苦笑しつつ頷く。


「学務からも、教授会に相談の上、“この企画ならば差し支えない”と報告を受けている」

 学務の人が、軽く咳払いをする。


「つまり、“やれるならやった方がいい”ところまでは、きみの先輩方と卒業生が、既に運んでくれているということだ」


 教授は、そこで一度区切ってから――


「だが、当然ながら」

 声のトーンを、少しだけ下げた。


「今回のプレゼン次第では、“残念ながら”があり得ることを、覚悟して説明したまえ」


 “残念ながら”のところだけ、ほんの少しだけ口角が上がる。

 ゲームで言えば、“この街でセーブしとけよ”って言われてる感じだ。


 ……つまり、“大筋OKだけど、ヘマしたら普通に飛ぶぞ”ってことだよな。


 選択肢は二つ。

 「予定通り実施」か、「残念ながら」。

 教授の言い方は、あくまで中立的。

 でも、“ここからは君たち次第だよ”と、はっきり線を引いてくれている。


「説明をどうぞ」


 総務の人の視線がこちらに戻ってくる。


 既に心が折れそう。


「はい」

 頼むぞ、みんな。


 メグミの“読みやすいページ”

 カズネの“映えるページ”

 フユミの“なぜか猫のアイコンが仕込まれてるページ”

 先輩たちの“根回し&承諾一覧”

 シンジとイズミがブツブツ言いながら用意してくれた“細かい数字の見積もり”

 アキハとナツキが、ほぼ全ページに入れてくれた構成のツッコミと赤ペン。


 全部セットで、俺の武器だ。



 ざっくりとした概要、目的、想定来場者数。

 カズネが徹夜で作った“映えるページ”を背景に、客席の空気を探る。


「……安全面についてはこちらのマニュアルに細かく記載しております。保健管理センター、消防、警備会社とも事前に協議を行い――」


 横長のスライドの隅っこに、小さい白猫のアイコンが「転ばないように気をつけてね」としゃべっている。


 思わず心の中でフユミを見る。

 “にゃふ……注意喚起です……”と言いながら描いていた顔が浮かんで、ちょっとだけ緊張が和らいだ。


 会議室の空気は、思っていたよりも静かで、思っていた以上に重い。

 でも、皆猫に一瞬目をやったでしょ、見てたよ。


 総務部の人たちは、主に安全面の資料に目線を落としている。

 財務部の人たちは、「予算」のシートでペン先が止まる。

 学務部の人たちは、「学業への影響」「学生モデルの扱い」のページで眉をひそめている。


 ……うん、だいたい想定通り。


「以上です。ご質問があれば、お願いいたします」

 ここからが質疑応答、実質本番だ。


「では、いくつか確認させてください」

 口火を切ったのは、学務部。


「教育的意義について、もう少し詳しく説明してもらえますか」


「はい。では、資料③をご覧ください」

 これは必ず来るとコウメイ先輩から聞いていたので準備済。


 クリック。

 メグミとカズネ合作の“読みやすいのに映える”スライドが映る。


「こちら、今年六月に開催された、スポンサー企業様主催のファッションショーです。

 掲載された雑誌そのものは、今月頭に、事前資料として各部にお配りさせていただいています」


 スライド右下には、“例の雑誌”の写真。

 左側には、ランウェイを歩く二人の女性モデル。

 マシロ先輩、マヨイ先輩、俺に力を。


「こちらに写っている学生モデル二名は、本学の三年生です。

 このショーを経験したことで、就職活動や進路選択の際に、“職業としてのファッション・演出”を、選択肢の一つとして具体的に考え始めています」


 言いながら、当人たちの顔が浮かぶ。

 あのランウェイの後、真剣な顔で「続けてみたい」と言った横顔。


「今回の企画では、

 “完成されたショーを見せる”だけでなく――

 “裏方も含めたプロの現場を、学生の立場で体験し、その上で進路を考える素材にする”ことを、教育的意義として考えています」


「ふむ……」


 学務部の人が、資料に目を落としながら頷いた。


 次に口を開いたのは、財務部。


「昨年の芸人、一昨年の芸能人招聘と比して、予算の割合が大分異なるが?」


 スクリーンには、ざっくりとした比較表。

 招聘費用と設営費用の比率が、過去二年とは明らかに違う。


「はい」


 財務向けスライドを表示する。


「今回の予算の大半は、“設営と安全性”に回しています」


「設営……?」


「はい。ステージ・照明・音響などの舞台設備における質の上昇です」


 数字の部分を指し示す。


「大学には、設備・警備等の安全面の部分に予算を割いていただく形です。

 どうしてもショーという舞台における安全性の確保には、通年以上の予算を割く必要がありました」


「人的招聘費用は?」


「人的招聘費用――プロのモデル及びスタッフについては、企業様側の負担としています」


 息を整えて続ける。


「その代わり、大学としては直接の収益を取らないことで公的な教育機関としての立場を示すと共に予定外の出費というリスクを避けています。

 つまり、あくまで“学内イベント”として、学生への還元と広報効果に重点を置いています」


 財務部のペンが動く。


「協賛企業については?」


「契約書は大学のひな形に準拠しております」


 ここで、コウメイ先輩からの指示を思い出して、フレーズを足す。


「また、協賛企業の選定基準は大学の規則に準拠。

 双方の負担額は、既に財務課のご担当者様に事前確認いただいております」


 財務部の視線が、その欄を一斉に追う。


 頼む、ここはヒカリさんとカオル先輩を信じるしかない。


 財務部のもう一人が小さく手を挙げる。


「確認済みです」


 ひとまず、財務のラインは突破した――はず。


 三つ目。正面の総務部。


「これだけのものを、夏休み前に拘った理由は何かね?」


「はい。主に二点あります」

 用意していた別スライドを呼び出す。

 まさか、俺が休みたいからなんて言えないからね。


「一つ目は、広報の都合です」

 箇条書きを指で追いながら話す。


「プロに依頼をする都合や、学生からもスタッフやモデルを募ることを考えると、夏休み前から“公式に承認済みの企画”として告知できると、安心して人を集めることができます」

 総務部の人たちが、同意するように頷く。


「二つ目は、設営費の削減です」

 少しだけ笑ってみせる。


「ステージや照明といった大型設備は、早い段階で仮押さえし、発注を確定させるほど安くなります。

 こちら、夏休み前発注と、夏休み明け発注のそれぞれの参考見積ですが、こちらの図のとおり、コスト削減に直結します」


 そして、オチをつけておく。


「“時は金なり”、と、経済学部で私は学んでおりますので」


 会議室のあちこちから、かすかな笑い声。

 張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ緩む。


 が、教授が片眉を上げたのが見えてしまった。


「……ふむ」


 あー!!余計な事言うんじゃなかったー!!!

 教授の『ふむ』は学生のGPAに影響するレベルの重さだ。

 こんなプレゼンに出すなよ大学。


 正直言うと、ここまでは予習の範囲内。

 問題は、ここからだ。


「……では、こちらからも一つ」


 末席。


 教授が、ゆっくりと手を挙げた。


 会議室全体の空気が、更に一段階ひきしめられる。

 

 さて、魔王戦か……。

 BGMが変わった気さえするな。


 できれば戦いたくないんですけど???





(つづく)

長くなりすぎたので分割しました。

そのため、今日はもう一話投稿します。

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