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最北大学学生事務局  作者: 萩原詩荻


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第62話 プレゼン前夜はパワポ戦線異状アリ

202X年、7月下旬 午後


 夏合宿から二日後。

 そして、明日は――大学相手のプレゼン当日。


 総務部、財務部、学務部。

 大学という名のラスボスを構成する三柱の神に向けて、

 「学校祭のVIP枠で、ファッションショーやらせてください」

 という、おねだり兼決意表明兼一歩間違えれば公開処刑なプレゼンをしに行く。


 そんな大事な前夜――


 俺は、今の自分の部屋を一言でまとめる言葉を見つけた。


「うるさい」


「――だからさぁ、ここは“情熱”の赤でしょ!」

「ダメですナツキさん、そこは赤だとプロジェクターで飛びます」

「えー? じゃあ何色ならいいのよ」

「無難に黒です」

「地味!!」


 こたつの周りに、ノートPCと紙資料とお菓子とペットボトルがカオスに積み上がっている。

 部屋の隅ではプリンタがうぃーんと唸り、ベッドの上には「不要になったラフ案」の紙が雪崩を起こしていた。

「なんだ」「消費電力、この部屋だけで電子レンジ2台分」「例えが生活感」「生活だよ」


「3月に電力会社に電話して契約アンペア変えておいてよかったな」

「あ、そうなの?なんでそんなことしてるの?」

「年度末に三人同時にドライヤー使ってる女性陣とかいたから」

「えー、大変ねー」

 お前らだよ、ナツキにアキハ。

 そして、そこでニヤニヤしてるカオル先輩、貴方もです。


「メグミ、読みやすさ担当、出番よ」

「はい、“概要ページ”できました~。読みやすさ重視です~」

 メグミが、ノートPCの画面をくるっとこちらに向ける。


 画面には、シンプルな白背景に、黒のゴシック体。

 大きめのフォントで、「企画概要」「目的」「想定来場者数」などが整然と並んでいる。

 読みやすい。非常に読みやすい。


「これくらいでよくないです?」

「……読みやすい」

「でしょ~?」

「さすが読みやすい担当」「現実的」「メグミ検閲通らないページは没」

「……プレゼン資料に“省エネモード”って書いたらダメかな」「絶対ダメです」


「デザインは私に任せてくださいッ☆」

 カズネが、やたらキラキラした目で手を挙げた。


「さっき作った“映えるページ”です!」


 そこには、去年の学祭や六月のショーの写真をうまくコラージュした一枚もの。


 中央に大きく【最北大学 学校祭 × ファッションショー】。

 その周りに、スポットライトに照らされたランウェイ、笑っている観客席、大道具を運ぶ裏方の姿。

 全体の色味は落ち着いているのに、ワクワク感が伝わる。


「『写真2~3枚てきとうにください』ってヒカリさんに言って、データもらって作っておきましたッ☆」

「……仕事できるな」

「うわ、ちゃんとしてる」「学務に刺さる」「いや刺さるのはたぶん総務」「ガチでおしゃれじゃん」

「もっと褒めていいですよ!!」


「にゃふ……医療監修済みの“注意事項”ページ、追記完了です……」

 フユミがスライドを差し出す。箇条書きが美しい。


 ただ、よく見ると。


 スライドの片隅には、小さな白猫のイラストが、

 「転ばないように気をつけてね」とフキダシをつけていた。


「……猫」

「猫」

「猫がいる」


 室内の視線が一点に集まる。


「いや、その、その……」

 フユミが、少しだけ肩をすくめる。


「堅い話ばっかりだと、読み飛ばされそうかなって思って……“注意喚起アイコン”です……」

「イイんじゃね?」

「猫は正義」「正義」「ねこ……」「にゃふ……」「これは残していいと思う」「残そう」

「にゃふ!!」


 満場一致で採用された。


 奥ではカオル先輩が電話で根回しの最終確認をしている。

「はい、消防・警備、学生課、キャリア支援課、保健管理センター等根回し完了。承認書の控え&メールログ、部署ごとにフォルダ分けしてZIPで置いたわ。ファイル名は“証拠”」

「悪党の名付け方やめてください、カオル先輩」

「証拠(優しい)に直したわ」

「優しさの定義とは」

 サラッというけど、この人マジ有能だよな。

 というかうちの三年生以上全員化物級に有能。


「……そういえば」

 ふと、カズネが手を挙げた。


「このスライドが上手く行けば、タマキセンパイは学校祭期間中“自由”なんですよね!?」

「まあ、シンジとイズミの“夏祭りの時の約束”が正式に発動すれば、な」

「“タマキ・学祭フリー権”……」

「響きがいいねぇ」

 ナツキとアキハがニヤニヤしている。


「バーロー、ちゃんと守るっつーの!」

「でもこんな大人数でスライド作るなんて聞いてねぇぞ!」

「ギリギリ夏休み入ってから決裁下りろ!」

 キッチンから焼きそば作ってるイズミとシンジの微妙な呪いが飛んでくる。


「イズミせんぱーい。ソース二周多めでお願いします~」

「お前らなんで飯作ってんの?」

「がっつり手伝って明日のプレゼン大成功されても困るけど、手伝いする気はある結果」

「あと単純に、女子が多い部屋で飯炊いてると、モテる」

「そっちが本音だろ」

 悪いやつらではないんだ。

 口が滑ったことによる報いを受けているだけで。


「タマキセンパイはフリー権手に入れたら何するんですか!?何と戦うんですか!?誰とイチャイチャするんですか!?」

「選択肢に悪意がないか?」

「“ハーレムルート解放条件”ってことですねッ☆」

「財務部より厄介なワード出すな」

 というかなんだそれ。

 ゲームならセーブさせてほしい。


「でも実際、プレゼンコケたらタマキ詰むからねぇ」

 アキハが、ちょっとだけ真面目な声を出す。


「学校側の心証悪くなったら、色々融通きかなくなるし。スポンサー側にも顔向けできないし」

「……わかってるよ」


 わかってる。

 大筋は大学とヒカリさんの会社で詰めている以上、明日のプレゼンが及ぼす効果は限定的なものだ。

 だからと言って、どうでもいいものでもない。


「タマキ」

 ナツキが、そっと俺の肩を小突く。


「大丈夫でしょ。今月ずっと、根回しがんばってたじゃん」

「う……まぁ……」


 授業の合間に総務課に顔を出し、

 学務部に「迷惑をかけない運営」を説明し、

 財務部には予算とスポンサーシップの枠組みを提示して。


 その裏で、先輩たちが各部署のキーマンにせっせと“お中元のような差し入れ”と“雑談”を繰り返し、道を均してくれていた。


 そんなことを考えているのが届いたのか、コウメイ先輩から最新の状況が送られてきた。


≪総務部:概ね了承。安全面の資料を厚めに。

 財務部:経費負担ゼロの根拠を明確に。

 学務部:学生の学業負担への配慮を一文入れると良い。≫


「ありがたい……」

 この一文一文の裏には、きっと地道な情報収集と信頼の積み重ねがある。

 心底ありがたい。


「もうこうなったら、失敗したらみんなの責任にしちゃえばいいんじゃない?」

 アキハがズバッという。


「“みんなで作った資料で、タマキが喋る”ってことは、“みんなで勝ちに行くプレゼン”ってことでしょ」

 重ねてナツキがさらっと言う。


「だから――失敗したら一緒に怒られようね♡」

「突然の共犯宣言」

「にゃふ、“共同正犯”」

「言い方やめて?」

 でも、肩にのしかかってた重さが、少しだけ軽くなった気がした。

 ほんとこいつ等、すごいな。



 そんな感じで、昼過ぎから始めた作業は、あっという間に夕方になった。


「予備率ケチるなよー」「安全は金で買え」「文字に三色目使ったやつ殺す」

「保存はこまめに!Ctrl+S!」「OneDriveの競合発生しました」「誰だ同時に開いてるの!」

「“猫.wmvを埋め込めません”」

「フユミィ!!」

「動画はやめて静止画にします……」

 猫は怒涛の撤退を余儀なくされた。合掌。


「よし、ひとまず“骨格+ざっくり中身”までは完成、ってことでいい?」

 アキハが、プリントアウトした簡易版アウトラインを見ながら確認する。


「PowerPoint_最終_v3_final_ほんとにfinal.pptx、上書きするわよー!」

「やめろォォ!!それ私の“ほんとに”だぁ!!」

「“ほんとに”は概念であってファイル名ではないわ」


「よし、一旦ここで俺、ヒカリさんの会社に最終打合せ行ってくる」

「了解。じゃあその間、こっちは“分かりやすさ”と“画像差し込み”と“誤字チェック”ね」


「タマキ」

 玄関に向かおうとすると、ナツキが後ろから声をかけてきた。


「“タマキだけで全部背負わない”って約束したでしょ」

「プレゼン前日にそんな重たい約束したっけ俺?」

「今しました♡」

 強制契約だった。


「……行ってくる」

「行ってらっしゃい。帰ってきたら、“プレゼン用の服装チェック会”だからね!」

「そこまでセットか」

「当然」


 皆の顔を順番に見渡して、頷く。


「じゃ、任せた」


「任されました~」「お茶淹れて待ってる」「帰ってきたら米炊けてるよ」「ヒカリさんによろしく伝えてください!!」「猫増えてたらごめんなさい」「増やすな」


 みんなの声を背中に受けながら、靴を履き、ドアを開ける。



 夕方。

 ヒカリさんの会社は、大通公園から多少歩いたガラス張りのビルの中にある。


 受付の人が笑顔。

 笑顔なんだけど圧を感じる。


「ご用件をお伺いいたします」

「こちらのデザイン班のヒカリさんとお約束させていただいております、最北大学学生事務局のものです」

「少々お待ちください…………申し訳ありません、本日の訪問予定にご登録がありません」


 詰んだ。


「本人に内線等で確認していただくことって…」

「申し訳ございません。最近は取材依頼も多く、アポイントメントのない方はお取次ぎ出来かねます」


 まあ、無理言ってるのはこっちだしなー。

 ヒカリさん、さっきからLINEにも既読付かないしな…

 終わったかも。


 ――そこへ、横から“明るい声”。


「あれ?あの時のショーにいた!」

 

 ん?

 あ。

 目を向けると、ショーの後スケッチを押し付けてきた“イイ性格”の新人さん。

 復帰したとは聞いてたけど、元気そうでよかった。


「お久しぶりです。お元気そうで何よりです」

「ありがとうね!無事帰ってこれたよ。受付さん、ヒカリさんがまた忘れてるってことで間違いないよ。私が保証する」

「わかりました、社内の者の保証があるなら、確認いたします」

 受付の方が内線してくれる。

 

 その隙に新人さんがこちらを向いて話しかけてくる。

 クッ、名札が谷間に挟まっていて、名前が見えない!!


「あの時は、スケッチ、ヒカリさんに渡してくれてありがとうね!」

「たまたまお会いする用事がありましたので。……素人が見てもわかるくらい、“好き”が詰まっている線だったと思います」

「照れるね!!学校祭よろしくね!僕のデザインも一着あるんだ!!」

「はい、本当に、心から楽しみにしています」


「最北大学ご担当者様、どうぞお入りください。先方に連絡がつきました。失礼いたしました」

「いえ、こちらこそ段取りが甘くて……ありがとうございます」


 新人さんが手を振る。

「がんばってきてね!」

「はい、貴方も」

 

 よかったよかった。



 デザイン部のフロアは、相変わらずカオスにおしゃれだった。

 会議室に通されて、数分後。


「ごめーん、受付に予約登録しとくの忘れてたー!」

「そんな感じかな、と思いました」


 ドアをガラッと開けながら入ってきたのは、やっぱりヒカリさんだった。

 派手すぎないデザインのシャツとパンツ姿。

 仕事モードの顔、相変わらず絵になるなぁ。


 ヒカリさんは、対面の椅子に腰をおろしながら、テーブルの上にマグカップを置く。

 コーヒーのいい匂いがした。


「で、持ってきた?」

「はい。まだみんなが作業中ですけど、現状のデータはここに」


 仕事は簡潔に、素早く。

 USBを差し込み、スライドショーを立ち上げる。

 ヒカリさんは、マグカップを両手で持ったまま、じっと読み始める。


 ページをめくるたびに、ほんの少しだけ頷く。


「うん……うん、いいんじゃない?」

 ひと通り最後まで流してから、ヒカリさんは言った。


「データちょうだい。法務と総務にも回して、保険とか確認してから一部修正案を送っておく」

「了解です。このUSB置いていきますね」

「メールは事務局のアドレスに送るね」


 少し安心して、背もたれに寄りかかる。

 ここまでは、順調だ。


「緊張、してる?」

「そりゃあ、まぁ」

 大学側の偉い人たち相手のプレゼン。

 緊張しない方がおかしい。

 というか、なんで俺なんだよ。


「でも、頑張りますよ」

「それは知ってる」


 ヒカリさんがふっと笑う。

 あー、かっこいいなー。


「……ヒカリさんの夢を、俺なんかのせいでダメにするわけにいかないので頑張ります」


 気付いたら、口からそう出ていた。


「……え?」


 ヒカリさんが、きょとんと目を瞬かせる。


「あ……え?」


 今度は、俺の方が戸惑う番だった。


「今、なんて言った?」

「え? あの、ヒカリさんが、初めてアトリエ入れてくれた時に――」


 言いながら、自分の記憶を辿る。


「『楽しくて、学校祭でもショーをやろう! って思ってデザイナーになった』って、言ってたじゃないですか」


 あの日、最初にアトリエに連れて行かれた夜。

 布やデザイン画の散らかった空間で、ヒカリさんが、雑談の中で言った言葉。


「覚えてたの?」


「当たり前ですけど……」


 というかヒカリさんとの会話は大半を覚えてるっつーの。


「……」


 ヒカリさんが、一瞬だけ黙る。


「え? 間違ってました?」

 あれ!?記憶違い!?

 恥ずかしい!!


「……バカ」


「なにゆえ!?」

 唐突な罵倒が飛んできた。


 そのまま、ヒカリさんがすっと立ち上がる。


 テーブルを回り込み、俺の正面、すぐ近くまで来て、片手で俺の頬に触れて、顔を軽く持ち上げる。


 顔の距離が一気に近くなる。


 シャンプーとコーヒーと香水が混ざったような、大人の匂い。


「ちょ、近い近い近い!」


「チューしてあげる」


「ここ会社ァ!!」


 反射で叫んだ。


「ふぅん、会社じゃなければいいんだぁ? 言質とっちゃった♡」

「そうは言ってねぇよ!?」


 やばい。

 さっきまでの“クールな先輩”モードが、一気に“悪戯好きなお姉さん”モードに切り替わっている。


「じゃあ、ぎゅー」

「段階が雑!!」


「よしよし、頑張ってる後輩は甘やかしてあげなきゃ」

 完全に“からかいモード”に入った顔だ。

 

「明後日にはアトリエ行くので、我慢してください……」

 なんとか距離を戻そうとするが――


「大丈夫、この部屋、誰も来ないから、ね?」

 耳元で囁かれた。


 背筋がゾクゾクする、ちくしょう。


 ……本当にこの部屋、誰も来ねぇんだろうな?


 さっきから、外の廊下の声は聞こえるけど、誰もドアを開ける気配はない。

 時計の針の音が、やけに大きく感じる。


「…………一分なら」


 言ってから、自分で「何言ってんだ俺」と思う。


 ヒカリさんの目が、一瞬だけ驚いて、それから笑う。


「五分」

「長い!」

「デザイナーは、値切られたからってすぐに値下げしないの」

「誰の何の話ですか」

「じゃ、三分で手を打とう」


 そう言って、ぐいっと腕を引かれた。


 軽く、抱き寄せられる。


 香水と、糸と、生地の匂い。

 染みついた匂いが、ほんのりとした体温と一緒に近づいてくる。


「……」

「これは、私の夢。だからタマキくんが重みに感じる必要はない」

「……はい」

「でも、ちょっとだけ嬉しい。手伝って」

「喜んで」


 ヒカリさんの腕の力は、強すぎず、弱すぎず。

 “抱き締める”というより、“そこにいていいって支えてくれている”感じだった。


 ……本当に、この部屋、誰も来なかった。


「はい、“やる気出た顔”した。じゃ、帰ってヨシ」

「扱いが雑!?」

「だって、今まだ家で皆でやってるんでしょ?」

「はあ、まあ」

「私がこれ以上変なこと口走る前に帰れって言ってるの」

「?」


 意味が分かるような、分からないような。


「……分かりました」


 椅子から立ち上がり、資料をバッグにしまう。


「明日、よろしくお願いします」



 会社を出ると、空はもう薄暗くなっていた。

 街灯と車のライト、行き交う人の気配。

 スマホを見る。


≪アキハ:服装ほぼきまったわよ≫

≪フユミ:猫増えました≫

≪カズネ:写真フォルダがカオスです≫

≪マヨイ:今日のレッスン終わったら様子見に行くね≫

≪メグミ:省エネモード起動中。お土産はプリンで~≫

≪ナツキ:お米炊けたわよ≫


 きっと、俺の部屋はまだ、うるさい。

 でも、そのうるささは、たぶん、今の俺にとって一番、心地いい音だ。

 そう思うだろ?10年後の俺も。

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