第56話 夏合宿⑤、宴会と恋バナは湯上がりが最強
202X年、7月下旬 夜(宴会場・畳)
宴会場の襖が開いた瞬間、テンションが一段階上がった。
「「「おお~~~~~~!!」」」
畳敷きの広い広間。低いテーブルがコの字に並び、その上に並ぶのは――刺身、唐揚げ、鍋、茶碗蒸し、そして大量のジンギスカン。
奥の座敷では旅館のおばちゃんが「足りなかったら言ってねぇ」と笑って去っていく。
部屋の真ん中には、なぜか既にカラオケ機器がセットされている。あとで地獄が始まる予感しかしない。
「北海道の宿だからって、ジンギスカン出しとけばいいって思ってるだろ」
「いいんだよ。正解だから」
イズミが早くもビール片手に語りだし、コウメイ先輩が「まだ乾杯前だ」と静かにグラスを没収する。
「では、ちょっとだけ真面目に――」
最初の挨拶はリン先輩だ。浴衣でも威圧感が薄れない。むしろ強まっている。
「まずは前期お疲れ。事故なくここまで来れたのはお前らの協力あってこそだ。
未だレポートや仕事があるやつもいるだろうが、今日は楽しめ。責任は……まあ、ほどほどに取る」
「ほどほどって言ったぞ」「録音しとこ」「法学部が黙ってないわよ?」
「一年をビビらすようだが、後期はもっと忙しいからな。
まあ、一先ず、飲むぞ。乾杯!!」
「「「かんぱ~~~~~い!!!」」」
グラスとグラスがあちこちでぶつかりあう音。
湯上がりの体に冷たい飲み物が流れ込んでいく感覚は、正義だ。
最初の十五分ほどは、純粋に“飯タイム”だった。
「唐揚げおいし~」「ジンギスカンもっといきます~」「刺身うまっ」
「お前ら、米も食えよ」「炭水化物は裏切らない」「無限の麦茶(概念)」
「にゃふ……銀杏あたりました……」「当たり扱いする人初めて見た」
「炭水化物……あとでアイス……」「米も肉も今摂ってるからね?」
「温泉たまご…勝利…」
そんな感じで、最初の攻防はわりと平和だったのだが――
「さーて!!」
マイクを握ったカオル先輩の声が、宴会場に響く。
さっきまで演歌を熱唱していた三年生男子から、マイクを奪い取った形だ。
「せっかく夏合宿なのに、“普通にご飯食べて終わり”なんて、つまらないわよね?」
「イヤな予感しかしねぇ」「解散しません?」
「というわけで――」
カオル先輩が、足元からずるずるっと大きな一枚の紙を取り出す。
そこにはでかでかとこう書かれていた。
【メインコンテンツ:恋バナ】
「カオル、朝のこと忘れてねぇな?」
「大丈夫、ラインは守るわ♡」
「ならいい」
リン先輩が一声かけるが、あの人が納得したなら、もう止まらない。
あ、コウメイ先輩が頭抱えてる。
マジで突発企画だ、これ。
とはいえ、こういう時の事務局はノリがいい。
「やるかー!」「どうせ誰か泣く」「もう一生分暴露したから今さらだよ」などと騒ぎながら、全員が何となくジョッキを掲げる。
カズネの背中に隠れようとしているフユミや、我関せずと食べているメグミもいるが、多分手遅れ。
「さあ、各人『今いるかどうか』と『過去の人数』に答えていくのよ!」
「マジで嫌な奴はパスしろ、俺が許す」
リン先輩が線を引いた。
まあ、それくらいなら大丈夫だろ。
「まずはイズミ!」
「……ノーコメントで」
「“彼女”はそんな多くないのよね?」
「カオル?」
「ただ、ワンナイトは多すぎて本人も数えてないってだけで」
「カオルゥゥゥゥ!!」
「お前はまず数えろ」「反省しろ」「ワンナイトが多すぎんのよ、あんたは」「それだけ魅力があるという見方もある」「やればできるってそういう…」
イズミが女性陣に怒られている。
まあ、正直、奴の恋愛事情は正直追いきれん。
「次は、シンジ!」
「今もいるー、人数は、えーと………………………20くらい?」
「多っ!」「一人で金魚すくいしてたくせに」「数えるの時間かかりすぎだろ」「流石イケメン」
「ねぇシンジ、去年、私の友達もその“統計”に入ってたよ?」
ナツキが横やりを入れる。
「……誰?」
「秘密♡」
「なんかこえぇぇよおぉ!」
「個人情報保護法が泣いてる!」
「次、タマキ!!」
「今はいない。人数は、四人だな。初めての彼女が、大学入ってからだ」
素直に答える。
「あ、言った」「多くないですか!?」「彼女がいたこと自体、意外です」「冬の36時間は笑ったなー」「秋の三週間は当てるつもりだったのに」「年度末の会計報告かな」
二年生以上は、知ってたという顔をしてるし、一年生は意外って顔をしてるのが対照的だ。
シンジが、ひそひそと一年男子に説明している。
「去年な、タマキが付き合うたびに“何日続くか賭け”があってな……」
「やめろマジで」
「去年の秋に別れた子から返された鍵を、私が“貰ってあげた”んだゾ♡」
ナツキ、堂々と胸を張るのやめろ、堂々がすぎる。
「それそれ!」
カズネが勢い良く手を挙げ、周囲を見回し、声のトーンを急に甘く落とす。
「セーンパイ♡ 私も合鍵、欲しいなー?」
「ダメ」
「秒殺!!」「容赦なし!」「氷属性!」「人でなし!」「鬼!」
誰が氷属性じゃ。
「じゃあ――バイト用の服置いてもいいです?センパイん家の方がバイト先近いところもあって♡」
「……まあ、それくらいなら」
「優しい!!」「事務局第二倉庫!」「光属性!」「見直した!」「仏!」「棚買うか」
まあ、それくらいなら。今更だし。
属性言ってるやつは誰だよ。
「いいか、それは“ドア・イン・ザ・フェイス”と言ってだな……」
すかさずコウメイ先輩の講義が始まるが、
「はーい、言質取りましたー!もう撤回はダメですよー!」
「私も枕置こうかな~」
「……私もゲーム置いてこ」
こうやって、また部屋に物が増えるんだろうが、多分アキハがどうにかしてくれる。
「はい、じゃあ、次!コウメイ!」
空気がざわッとする。
さて、あの人、どーすんだろ。
「ふむ。これも機、か。今、付き合っている女性はいる。交際経験としては二人目だ。女性は事務局に一切関係ないため、質問は受け付けない」
あ、言った。
「「「なぁにいいいいいいい!!???」」」「聞いてねぇぞ!?」「初耳なんだけど!?」「コウメイ先輩に彼女!?」「え、尊……!」「AIじゃね?」「ロボットかも」
俺とフユミは「あ、言ったんだ」という顔でグラスに口を付けている。
……あ、カズネも知ってたって顔してる。
「ぐ、ぬ、コウメイ、ちょっとだけでも情報解禁したりとかは…?」
「さっき、バスで暴走しかけて、タマキに止めてもらったでしょう?」
カオル先輩がなんとも言えない表情をしている。
レアだ。
あの人、すましていると美人だけど、ああしていると可愛いよな。
浴衣姿も色っぽいしとか思っていると、
「ゴフッ」
ナツキに肘打ちされた。
「なんだよ…」
「なんでもないゾ♡」
なんでもないなら肘打ちするなよ……
諦めたカオル先輩がマイクを女子陣に回している。
「メグミ!」
「いませ~ん。人数は、高校の時に、ちょっとだけいました~。でも、お昼寝しようばっかり言ってたら別れちゃいました~」
「昼寝したい」「ああ、むしろしたい」「見る目ない」「いや、高校生だぞ?」「お前も去年まで高校生ー」
メグミらしいっちゃらしい。
……昼寝を受け入れられない男は損してる。
「カズネ!」
「告白された回数は、結構あります!!けど、付き合った人数は、ゼロでーす!!」
「なんで全部断ってんのよ」
「皆のアイドルですからッ☆」
どや顔。
カズネが素で笑っている。
理由も含めて、少なくとも嘘は言ってない顔だ。
が、俺はやられたらやり返すタイプ。
「先週、カズネに渡して欲しいって頼まれたラブレター渡したぞ」
「キターーー!!」「カズネ!!!」「どうなったの!?どうなったの!?」「さすがカズネちゃんです~」「にゃふ」
「た、タマキセンパイ!?」
「相手方は黙秘する。結果は本当に知らない」
「ぐぬぬ、えーと、そのーですね?」
「スキップでもいいぞ、その場合、俺が自分の適当な話一個晒す」
「おおー。カズネスキップでもいいわよ!」「むしろその方が面白そう!」
まあ、本当に適当な話にするが。
「えーと、お断り、しましたー!ちゃんとお会いして、今は推しを追っかけるのに忙しいです!って言って断りました」
パチパチパチパチ。
カズネのこういうところで引かないところえらいなぁと思う。
追い込んだの俺だけど。
「私、頑張ったので!タマキセンパイも晒してください!」
「えー、じゃあ、高校の時。好きだった子にどうしても告白できなくて、代わりに部活帰りに飴玉渡して誤魔化したことがある」
一瞬の静寂、からの爆発。
「「「「「かわいいーーー!!」」」」「保護」「純粋」「過去にしかいないタマキ」「味は」
「味大事か?」
まあ、こんな感じのネタでいいだろう。
「盛り上がったわね!なら、次は、フユミ!…パスしてもいいわよ?」
「にゃふ、0ですぅ」
「お、興味なかった?」
「はい……“めんどくさそう”って思ってました……」
「恋愛をめんどくさがる医療従事者」
「今は?」
「今は、その……
ゲームも楽しいんですけど……“ゲームの話を一緒にしてくれる人がいると楽しいな”って、思ってます……」
それだけ言って、顔を真っ赤にして座った。
可愛い。
これを追い打ちする人は流石にいない。
「つぎー、アキハー!」
「今はいないわー。過去には何人か。去年もいたわよ」
「え!?去年いたの!?」「そんな素振り見せなかったじゃない!?」「誰か!詳細!」「というか相手見たことねぇぞ!?」
相手を見たことあるし、詳細も知っているので沈黙。
本当に誰も知らなかったようで、コウメイ先輩と同様に質問が飛び交うが、アキハが全て無回答でさばいている。
……アキハがこちらに視線を向けないのは信頼だと思ってる。
「ナツキ」
「はーい♡」
ナツキが、わざとらしく髪をかきあげて立つ。
浴衣の帯が、やたらおしゃれだ。ずるい。
「えっとね~?“いっぱいいたけど、今はいないよ♡”」
「雑!!!」
「ちゃんと言うと、昨年度だけで三人、かなー?」
「「「さっすが~~~~~!!」」」「安定のモテ女」「3ですら少ないと思ってしまった」
「あ、今はいませーん。
“今ちゃんと好きな人いるから、遊ぶのやめとこう”って、決めたからね♡」
……ノーコメント。
「マシロ&マヨイ!」
「去年も同じ答えしたけど、二人とも0!!」
「0、です…」
「モテるのにー」「ショー以降とか告白すごいじゃない」「去年までも多かったけど」「マシロもマヨイも多いよねー」
「な、なんか、こう、告白してくる人みんな怖くて……」
「あー、お姉ちゃんはスタイルも抜群だからさー、なんか、こうガツガツ系?の男子苦手なのに、そういう人多くてねー」
「ま、マシロは人気あるから、上級生から下級生までいっぱい告白されてるよ……エヘヘ」
「でもねー、お姉ちゃん泣かす人は嫌だから、全員『ごめんね、お友達でいよう?』で終わっちゃった」
「うーわ、最強のコミュ力」「フッた人数だけならナツキに並ぶかも」「同時攻略必須ってこと?」「難易度高すぎん?」「ちなみに好みは?」
「お姉ちゃんを怖がらせない人」
「マシロを大切にしてくれる人」
「尊い」「尊い」「尊い」
尊い。わかりみが深い。
「私!…私かぁ」
「カオル、はよ喋れ」
「昨年はいたけど、今はいない。あと――イズミに告られたことがある」
「ギャアアアアアア!!」「やめろ暴露はやめろ!!!」「事実陳列罪」「否定しないの偉い」「その節はお世話になりました」「してない!!」「お前はバズり狙いの告白暴露系YouTuberか!」
「再生数稼げそうね♡」
「やめろおぉぉ!!」
イズミの話は知ってたけど黙ってたのになぁ。
あいつには珍しく結構本気だったから。
「大トリはリン!」
リン先輩はグラスを指先でくるりと回し、笑う。
「去る者は追わず。来る者は拒まず」
「うわぁぁぁ、シンプルなのに最強」「大人すぎる」「悟り」
「いやいや、悟りじゃねぇよ。無理に掴もうとするほど壊れる。だから、掴めるだけのもんだけ掴む。それだけだ」
会場が一瞬だけ静かになって、すぐまた笑いが溶けた。
この人の言葉は、不思議と“余韻”を残す。
「小休止! ここで“匿名BOX”からの質問を何枚か。『推し先輩は誰?』『浴衣にあう髪型総選挙』『理想のデートは?』」
「推し先輩は?」
「リン先輩!」「リン先輩!」「シンジ先輩!!」「リン先輩!」
女子の回答は、リン先輩が圧倒的に多い。
リン先輩も、応えて笑顔で親指を立てる。会場が“キャー”で揺れる。強い。
一方、男子の回答は割と割れている。
「ナツキ先輩」「カオル先輩」「マヨイ先輩」「マシロ先輩」「アキハ先輩」「ヒカリセンパイ」
カズネ混じってね?
「浴衣に合う髪型総選挙」
「ポニーテール!」「お団子!」「耳掛けハーフが最強!」「うなじが見えてればなんでもいい!」「最低!」「いや、あえてうなじも見えないからこそのふわっとした色気!!」「わかる」「普段と違う髪型が見たい!」「わかる」
謎の質問BOXが始まり、別の卓では、浴衣の帯の結び方講座が開催され、カラオケを熱唱している奴もいる。
こんな笑える盛り上がりなら悪くない、と思って眺めていると、マシロ先輩がいつの間にか横にいて、そっと袖を引かれた。
「ちょっとだけ出れる?」
「もちろん、いいですよ」
「じゃあ、10分後に玄関で」
「わかりました」
そのまますっと離れて、いつもどおりマヨイ先輩のところに戻っていった。
なんだろう。
とりあえず、トイレ行こ。




