第55話 夏合宿④、女湯カオスとミルクウォーズ
202X年、7月下旬 夜
――あとからカズネに聞いた話だけど、女湯は開幕から地獄谷より沸いていたらしい。
「な、なんですか、この柔らかさ!!?」
ナツキの絶叫が湯気を割る。
「手どころか……え、顔が……顔が埋まるんですけど!?!?」
そのまま、マヨイ先輩の胸に突撃・顔面ダイブ。
「ちょっ……ひゃ、ひゃん……!?///
なっ、ナツキちゃんっ……それ……っ♡ む、むり……!」
湯面がバシャァァ……ッと揺れる。
「ナツキ、ストップ。呼吸できてない」
アキハが冷静に引き剥がそうとするが、
「いやああああああっ!? すごいっ!!
なんだこれ、なにこのモチ……いやムニ……いや……!!!
これ反則でしょ!? なんで私には無いの!?」
ナツキは壊れていた。
「お姉ちゃん楽しそー! じゃあ私は――えい!」
マシロ、後方からメグミを“むぎゅ”。
「わ、マシロ先輩~。なら、わたしも~」
メグミも負けじと“むに”。
「うわ、メグミちゃん柔らか! 密度どうなってるの!?」
「マシロ先輩の肌すべすべ~。なにこの高級入浴剤~」
ある意味超平和。
「フユミちゃん、隙ありー」
背後からカズネがフユミの胸を“がしぃっ!”。
「ひゃっ!? な、な、なにするんですかぁぁぁ!!
や、やめて……! そこ、そこは……んにゃあああっ!!」
「うわ、これ、やば! 一年生でこれはヤバすぎ!? 未来が眩しい!」
「や、やめ~~!! アキハさん助けて~~!!」
「えー、めんどくさいー」
アキハはお湯に溶けていた。
湯船の隅で、カオル先輩が指を折りながら、淡々と宣言する。
「そうねぇ、マヨイ>【G】>メグミ>アキハ>【F】>フユミ≧私>【E】>マシロ≧ナツキ>【D】>カズネってくらいじゃない?」
「一番下とか言わないでもらってもいいです!?」
「というか、私今まで『胸小さい』なんて、言われたことないのに下から二番目ですか!?」
カズネとナツキの絶叫が響く。
「というかメグミのコレ、ほんっとにふわっふわねぇ」
「えう~、アキハ先輩の方がきれいです~」
「フユミのコレもっちもちねー」
「カ、カオルさんまで、ふにゃぁぁぁ!!! やめっ……やめてぇ~~~!!」
「メグミちゃん、ここ押すと柔らかさ増す~!」
「マシロ先輩~~~!?」
「マヨイ先輩の胸、これもう枕じゃん……泊まる……泊まらせて……!」
「だ、だめ~~~~!!!///」
「ナツキセンパイ、ナツキセンパイ、ここが夢の国ですか!!?」
「こんなに敗北感のある夢の国嫌よ」
「だ、だいじょうぶだよ?ナツキちゃん、女の私から見てもすごくきれい、だよ」
「お姉ちゃん、お姉ちゃん、今それ言うと、また揉まれるだけだと思う」
「え!?」
「マヨイ先輩、すみません。これ、理解のためにもう一回触ってもいいですか?」
そんな感じだったらしい。
いいなぁ。
◇
そんな女湯のカオスを他所に、さっさと上がった男性陣は、戦争を始めていた。
自販機の前、すでに行列。ゴミ箱に「ペコン」という王冠の音。
そして――
「よし! では、第1回≪湯上りミルクウォーズ in 登別≫を開戦する!!」
リン先輩が、ロビーの一角、瓶牛乳の自販機前で手を挙げる。
その背後には、即席の模造紙。
なぜかトーナメント表のようなものまで描かれている。
「白ッッ!!」
リーダーはリン先輩。
「黒ッ(コーヒー)!!」
シンジが扇動。
「黄ッ(フルーツ)!!」
イズミ、旗を振る。どっからその旗持ってきた。
俺とコウメイ先輩は、その喧噪を背に、湯上がり処のマッサージチェアで沈没中。
「このままでは……宴会前に全滅だ……」
「俺はもう……ここで終わりでいいです……」
背中を押しつぶすローラーの、理屈じゃない説得力。負けを認めるのが、こんなに気持ちよい日があるとは。
「いい? “白”は正義。“風呂上がり=牛乳”は人の道なの」
「いやいや、“コーヒー牛乳こそ至高”ってさっき説明したでしょ!?」
「フルーツ牛乳も忘れないでください!!」
女湯から、各陣営に増援があったようだ。
増援から抜け出したメグミがこっちに来て、そのままするっと隣のマッサージチェアに埋まる。
「ここが約束された平和の地ですね~」
「メグミ、お前もうそれ椅子に食べられてないか?」
「食べられるなら本望です~」
「お前の本望のハードルどこだよ」
「……だめ、眠くなりますやぁ……省エネモード、極」
「この後宴会だぞ」
「タマキ~~~~!!」
そこへ、かけ声。
湯上がりで髪をざっくりまとめたナツキが、浴衣姿で駆けてくる。
頬はほんのり上気。手には、白い瓶牛乳。
「ちょっと! なにマッサージチェアでくつろいでるのよ!! 湯上りイベント参加しなさいってば!!」
「ナツキ、声が響いてる」
「いいじゃない、宣伝よ。“彼氏をミルクウォーズから逃さない女”っていう」
「彼氏じゃないっす」
ナツキはコクッと瓶牛乳を一口飲んでから、指さす。
「はい、“牛乳派”のサブリーダーとして宣言します。“王道の白こそ正義”。
タマキ、あなたは当然、牛乳派よね?」
「牛乳嫌い。我は飲むヨーグルト」
「即答!?」
ロビーのあちこちから笑いが起きた。
「裏切り者だー!」「第三勢力きたー!」「やっぱ中立国だ」
「というか、ナツキ、タマキが牛乳嫌いなの、皆知ってるでしょ」
アキハがコーヒー牛乳を飲みながら援護してくれる。
似合うな。
というか湯上り、いつにも増して色っぽいな。
「そうなんですか?」
フユミは牛乳か。
なんだかんだ変化球を投げないタイプ。
「牛乳無しでそんなに背が高いんですか!ズルい!!」
カズネはフルーツ牛乳か。
らしいっちゃらしいな。
「タマキ先輩~」
メグミが隣でマッサージチェアに溶けたまま、手だけひらひら振る。
「“飲むヨーグルト教”に入信しませんか~。我々は“胃にやさしい福音”を掲げています~」
「ほら見なさい、もう勧誘まで来てるわよ」
「メグミ、スローガンのクセが強い」
「結果発表~~!!」
マシロ先輩がホワイトボードを持って走ってくる。
そのホワイトボードどっから持ってきたの?
白:14 コーヒー:10 フルーツ:5 飲むヨーグルト:3
「白の勝利~~~!!!」
「正義は白!」「香り派は誇り高く散った」「フルーツは青春」「ヨーグルトは健康!」
勝敗は出たが、誰も負けてない顔をしてるのが良い。瓶の底で“コツン”と乾杯して、息を合わせてごくり。
「っは~~……」
同じ声がいくつも重なって、旅館の天井が少しだけ近くなる。
「敗者は腕立て十回」
「なんでええええ!」
リン先輩が無表情で数える。
「いち、に、さん」
「わー! 胃が揺れる! やめて! 飲んだ直後!」
「じゃあスクワットに変更」
「地獄のオプション選択やめて!」
「ほら、支度支度。19時、宴会場」
カオル先輩の一声で、全員がわらわらと動き出す。浴衣の帯を結び直し、髪を留め、草鞋を引っかける。
「マッサージチェアから立ちたくないです~」
「揉まれすぎも良くないからダメ」
「えう~」
「タマキ」
「ん」
ナツキが瓶を掲げてニッと笑う。
「勝った♡」
「はいはい、おめでとう」
「勝利の報酬として、例の情報は後で受け取るからね♡」
「はいはい」
のれんの揺れが止み、夜のざわめきが宴会場へ移動していく。
合宿の夜はまだまだ終わらない。




