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最北大学学生事務局  作者: 萩原詩荻


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第52話 夏合宿①、バスの車内と言えば、そう、黒歴史だね

202X年、7月下旬 朝


 最近、年々暑くなっている気がする夏。

 集合場所の部室前には、遠足前の小学生みたいな大学生が30人ちょっと。

 いかにも合宿出発前の浮かれた空気だけど、それが、イイ。


「センパイ~!見てください!『登別 全攻略マップ』買いました!」

 真っ先に跳ねてくるのはカズネだ。テンション100%。

 雑誌を広げながら、「ココが温泉!ココが地獄谷!ココが熊!!」と指で刺してくる。

「熊は攻略しなくていいからな」

「だいじょぶ、勝てます!私、吟遊詩人ですから!」

「俺は逃げるぞ」

「ひどいですっ!!」


 その隣でひょこっと顔を出すのがメグミ。

 半分寝てるのか起きてるのかわからない、独特の省エネ微笑。


「タマキ先輩~、自由時間、散歩しません~?

 地元の人しか知らない裏の散歩道があるらしいですよ~。良い感じのベンチもあるとか~」

「裏の散歩道?」

「はい~。日帰り温泉に行く道の奥に、隠れベンチがあるそうで~。

 『昼寝に最適』って、口コミが~」

「昼寝を観光スポットにするな」


 でも二人とも、目だけは“行きたさ”を隠していない。

 メグミに至っては袖をつまんで揺らしてくる。カズネは待ってましたとばかりにマップを折りたたむ。


「センパイ、一緒に散歩して、昼寝して、アイス食べて、“温泉たまご”食べるってどうです?」

「欲張りセットが過ぎる」

 とはいえ、心は八割傾いていた。

 テストも疲れも悩みも、一旦全部置いといて、ただただ自然の中を歩くだけの時間。悪くない。


「わかった。いこっか」

「「やった!!」」

 同時に跳ねる二人。

 いや、よく見ると、跳ねてるのはカズネだけだ。

 ……かわいいけど、周囲の視線が微妙に刺さるからやめてほしい。



 集合時間ギリギリまで騒いでいたのに、出発は妙にスムーズだった。

 さすが事務局。本気を出すと無駄に速い。


「はい、じゃあ乗って乗って~、点呼とるから適当に埋まって!」


 バスの前でマシロ先輩とカオル先輩が乗客誘導係。

 俺は後ろの列に向かっていると、横から袖をつままれた。

「……タマキさん、隣いいですか?」

「もちろん」

 フユミが、ふにゃっと笑う。

 Switchを抱えてるのは見ないことにした。


「やりませんよ?今は」

「顔に“やりたい”って書いてあるけど?」

「書いてません」

 席に座ってシートベルトを締めたところで、

 ナツキが反対側の通路席から覗き込む。


「ねえ。フユミ、タマキの隣、譲ってよ?」

「嫌です」即答。

「はやっ」


 そのやり取りを聞いたアキハが笑いながらナツキの隣に座る。

「まあまあ。タマキ、旅館着くまで寝てなさい。二人ともゲームしててもいいけど酔うんじゃないわよ」

「にゃふ」

 バスが発車する。

 エンジンの振動が座席に伝わってくる、あの独特の揺れ。


 札幌を抜けて高速へ。

 出発直後のテンションは、早々に「まどろみ」と「お菓子」を両立させる落ち着きへ――だったのだが。


「なぁなぁ、せっかく合宿だし、暴露話でも語ろうぜ!」

 シンジのアホが、地獄の扉を開ける。


「いいわね!隠した場合は私が暴露するわ!」

 地獄の管理人、カオル先輩登場。

 バス内の空気が一段階あがる。

 

 …嫌な予感がする。


「任せなさい!全員分ここにあるわよ!!」

 カオル先輩はバインダーをドン、と取り出した。

 表紙には手書きで《旅のしおり(非公開版)》。なにそれ怖い。

 というか、何で持ってきてんだ。


「なんでだよ」

 全員から突っ込みが入る。

 運転手さんがバックミラー越しに笑いを堪えるのが見えた。危険。笑わせるな。


「では、景気づけに――タマキ!」

「待って!?まず隠すかどうかを聞いて」

「厨二病ノート!三闘神と四天王の席次とかめっちゃ細かく書いてあるわよ!!」

 ばさっ、と一冊。

 黒い表紙のノート。

 銀のボールペンで“虚空録”。背に“イスカリオテ第十三課”。


「ぐわあああ!!」

 膝から力が抜けた。今すぐ非常口から転がり出たい。

 なんで、それ持ってんだよ!!??

 実家に裏切者がいる。


「なんか逆に普通でつまんないです」

「むしろ安心しました~」

「だって本棚見りゃわかるし」

「服装で察してたよ」

 周囲から死体蹴りが入る。

 ひどい。


「え?も、盛り上がらない!?じ、じゃあ!」

 カオル先輩が慌てて次の何かを取り出している。

 二個出すなや。


「タマキが高校三年生の文化祭でガチ女装した姿の写真!」

 ホントになんであるんだよ。

 まあ、でも。

「それは別にいいや」


「え! 見たい!」

「私も見たい!!」

 ナツキとマシロ先輩食いつくなよ。

 写真が後ろに流れていくが、割と本当にどうでもいい。


「そっちはいいの間違ってません?」

 と隣からフユミが突っ込んでくるが。


「事実だし」

「厨二病も事実でしょ」

「違いますー、完治してますー」

 アキハとフユミが苦笑している。

 笑い話になるレベルなら別にいいや。


「勢いに乗って、イズミ!」

「やめて。俺の威信が」

「実験レポートの考察をAIに書かせようとして逆に語彙が賢くなりすぎ、教授に『君の実力ではないね?』と優しく釘を刺された件」

「それは俺も悪いけど優しい教授も悪いだろ!」

「自力で書け」

 コウメイ先輩の無慈悲な裁定。

 それはそう。


「はい、アキハ」

「来いよ」

 流石アキハ。

 肘で窓をつつきながら余裕の笑み。


「“甘い物禁止”って言いながら、深夜にしょっちゅうニコニコしながらコンビニでケーキ買って食べてるわね? 証拠写真持ってるわよ」

 あ、崩れ落ちた。


「な、なんで知って……っ!?」

「えーー!?ズルいーー!私も見たい!!」

 ナツキが身を乗り出している。

 俺も……アキハから「見たら殺す」という視線。見ないです。


「コウメイ!」

「三年もいて黒歴史無い方がおかしいだろう」

「完璧な発表資料作ってたのに、徹夜でゲームしたことにより、USB忘れて『今日は資料ないです』って言った上で、口頭で全部発表して、眠かったのか教授まで含めて全員論破したらしいわね」

「……」

 コウメイ先輩沈黙。

「流石すぎる」「あの人アレでゲーマーだからな」「サイレスかかってますね」「苦労人気質だしな」

 

「ふふふ……まだ終わりじゃないわよ?」

 カオル先輩が更に空気を煽る。

「覚悟して☆」


 車内にゴクリ、の効果音が見える。

 運転手さん、前見てくださいね。


「シンジ!」

「かかってこい!」

「あんた、こないだの夏祭り、彼女に直前にフラれたからって、女子に声かけようとして全部空振りしたあげく、金魚すくいで『彼女と分け合うつもりだった』ってポロッと漏らして、店のおじさんに慰められてたでしょ?」

「ぎゃーーーっ!おじさんとそんな話すんなよ俺ーー!」

「優しい世界」「いいおじさん」「イケメン度だけで言えば最強なのにな」「時々残念」

 全員でシンジ慰めモード。


「メグミちゃん!こないだタマキん家で寝落ちしてたでしょ!」

「あ、隠してないので大丈夫です~」

 メグミのほほえみは崩れない。

「つよい」

 誰かが素直に感想を漏らす。

 車内も笑いで揺れる。


「ぐぬぬ、ならカズネ!」

「んあっ」

「またバイト増やしたでしょ!!」

「あー!!バレたら怒られるのにぃ!!!」

「カーズーネー!!」

 アキハのお叱りが飛ぶ。

「ほら!!」

 とカズネ、両手を挙げる。開き直りの達人。

 というかマジでまた増やしたのか。身体壊すぞ。


「そして――ナツキ!」

「隠すことなんてないゾ♡」

「タマキんちの冷蔵庫に隠してた高級ティラミスを誰かに食べられたでしょ?『名前書いてたのに食べられた』って泣きながら怒ってたの、知ってるからね☆」

「ぎゃーーーーっ!?!?誰情報だそれぇぇぇ!!」

 ちなみに食べたのは俺ではない。

 多分アキハかカズネだ。


「フユミちゃん!」

「にゃふ!?」

「経済学入門のレポートに『エオ〇ゼアにおける需要と供給曲線』を提出して、次の講義で教授に真顔で『これは面白いですね』と紹介されて、逆にポカンとなっている時の顔写真」

「誰が撮ったんですかぁぁぁ!?」

「まあ、賢い」「有効的な趣味の活用」「むしろかなりいい素材」

 車内笑いの波。たぶん運転手さんも笑ってる。


 場内爆笑。笑いがひと巡りして、少しの静寂。


「ふふふ……どう?私を本気にさせるとこうなるのよ☆」


 カオル先輩はなおも余裕の笑み。

 次の矢先を決めるように、ノリノリで犠牲者を指さす。


「じゃ――マヨイちゃん、いきましょっか」


「ピッ」

 マヨイ先輩の肩が、わずかに跳ねる。


「そーねー、どれにしようかしら。

 先日、ヒカリさんのアトリエに、マシロちゃんと二人で――」

「あ、それは……」

 マヨイ先輩の声音に、ほんの少し“嫌”が混じった。

 あ、やな感じ。


 リン先輩が低い声で制する。

「カオル、そこまでにしておけ」

「えー、まだ序盤よー」


「そうですね、その辺で」

 コウメイ先輩も止めるが、カオル先輩も落としどころを探している顔をしている。

 

 そうだよなぁ。

 中途半端に止めると、変な空気になるもんね。

 フユミもプルプルしてるし、マヨイ先輩とマシロ先輩も困った顔してるし。


 …いや、プルプルしてるの可愛いけど。

 ――仕方ない。

 あんまりこういうやり返し方、好きじゃないんだけど。


「撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけですよね、カオル先輩?」

 俺は静かに立つ。声色は穏やかに、表情はニヤニヤと。


 カオル先輩も楽しそうに目を細める。

 ……そんな『上手くやってね?』みたいな顔しないでください。自信ないっす。

 バーだとあんなに線引き上手なのに、合宿でテンション上げすぎです。


「そうですね。昨年の学校祭、フォークダンスの時、カオル先輩が“誰と”“どこに”いたとか、どうでしょう?」

「待ちなさい」

「大体みんな、キャンプファイヤーに集まるので、盲点ですよね」

「ほんとに待って」

「あそこはキャンプファイヤー見えるけど、普段は立入禁止なので……」

「わかった!わかったわよ!これ以上暴露しないから!ネ!?その辺で、ネ?」

 カオル先輩が顔を真っ赤にして焦っている。

 ちょっと楽しくなってきてしまった。


「じゃあ」

 俺は笑ってみせる。

「後は、四年生が率先して、“笑える”自分の暴露話を。どうぞ?」


「うーわ、タマキ怒っちゃったゾ」

 ナツキがケラケラ笑う。

 助かる。笑ってほしかった。

「あの情報、私も知らないんだけど」「え?俺も知らない」「なんでタマキセンパイだけ知ってるんです!?」

 問い詰められても、これ以上は言いませーん。

 

 フユミのプルプルも止まり、ちょっとすっきりした顔をしてる。

 ……やり返したかっただけだな、こいつ。


 マヨイ先輩とマシロ先輩もほっとした顔をしてる。

 よかったよかった。

 ……アトリエで何があったんだろう。


「カオル、終わらせておけ。タマキに感謝しとけよ」

 リン先輩が〆に入ってくれる。

 ありがたい、少し強く言いすぎたかと思っていた。


「ぐぬぬ……そうね。宴会では恋バナやるわよ!!」


「「「反省してねぇ」」」

 全員一致の評決。

 車内がどっと笑いに戻る。


 チラッとカオル先輩が目線で礼を伝えてくる。

 ミラーに映る運転手さんまで笑ってる。

 皆笑ってるなら、まあ良し。


 バスは安全運転で苫小牧方面へ。



 小一時間でサービスエリア。

 “トイレと水分補給”の短い休憩。屋台の匂いで胃袋が完全に目を覚ます。


「ソフトクリーム!」

「揚げいも!」

「とうきび!」

「出発まで十分!」

 コウメイ先輩の号令。


「……タマキ」

 バスから降りて、身体を伸ばしていると、リン先輩が後ろから肩を組みながら小声で話しかけてくる。

「はい」

 同じく小声で返す。


「さっきの切り返し、良かった」

「ありがとうございます」

「“止めるために、笑わせる”。やれるやつ、少ない」

「……やりすぎてませんか?」

「あんなもんでいいだろ」

 短い言葉を置きつつ、背中をバシンと叩いて、リン先輩は揚げ芋を食べにいった。

 やっぱ、かっけーな、あの人。

 でも背中いてーっす。


「ねぇタマキ」

「なんだ」

 リン先輩を目で追っていると、ナツキが笑いながら麦茶を渡してくる。

「“立入禁止”の続き、今度こそっと教えて」

「……カオル先輩の隠したい事は話さないぞ」

「場所知りたいだけ♡」

「それくらいなら、まあ。条件次第で」

「じゃ、風呂上がりの牛乳戦争で私が勝ったら教えて」

「俺参加しない戦争なんだけど」

「知ってる♡決戦≪湯上りミルクウォーズ≫開戦♡」

「聞けよ」


 休憩終わり。席へ戻る。次に目が覚めたら登別温泉だ。

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