第49話 期末テスト強制収容所 in 部室
202X年、7月中旬 夕方
期末テスト前、部室は――戦場だった。
机が島状に組まれ、ホワイトボードには巨大な赤字でこう書かれている。
【赤点回避するまで寝れません勉強会】(強制)
スピーカー役はコウメイ先輩。腕組み、眼鏡きらり。
「静粛に。まず“学力の現在地”を共有する。抗議は受け付けない。感想は各自の胸にしまえ」
ランキングはこうだ。
コウメイ >≪一位の壁≫> ナツキ > シンジ、マヨイ > タマキ >《学部10位の壁》> カオル、メグミ、カズネ、アキハ >≪放っておくと赤点の壁≫> マシロ、イズミ、フユミ、リン
タマキ&アキハ&カズネ:経済学部
ナツキ&フユミ :医学部看護学科
イズミ&コウメイ :薬学部
マヨイ&シンジ&メグミ:文学部
マシロ&リン :獣医学部
カオル :法学部
「では始める。まず諸注意。
一、スマホ没収。必要時のみ監督者が貸与。
二、飲食自由。ただしベタつく系は不可。
三、質問は“何がわからないかを言語化してから”手を挙げること。
四、成績下位四名は“寝る権利”を現在放棄している」
コウメイ先輩が卓上の拍子木を「コン」と鳴らし、独裁を開始する。
「人権!」
マシロ先輩が抗議する。
「赤点が人権を奪うのだ」
コウメイ先輩は揺るがない。恐ろしい。
ナツキがランドリーバスケットを持って各机を巡回。
「スマホ提出。逆らったら没収のうえアプリ全部英語表示にする」
「ひぃ」メグミが素直に入れる。
リン先輩がくいっと手を挙げる。
「質問。赤点の壁、殴って壊していい?」
「試験問題は殴っても点数にならない」
「理不尽」
「文明社会」
マシロ先輩は既に逃げ出そうとしていた。
「ほ、ほら!獣医学部の授業教えられる人、いないしさ!解散で!」
「問題ない。実習系は無理だが、俺がすべて聴講済みだ」
言い訳すら予想済みと言わんばかりに、コウメイ先輩が用意していた教科書を広げる。
「『病理学総論』『基礎動物衛生学』『農畜産関係法』など。非常に面白かったぞ」
「なんで!?いつの間に!?」
「マシロが授業に来てないから気付けないのだ」
「ま、マシロ。ここまでしてもらって逃げちゃダメだよ」
マヨイ先輩がマシロ先輩を抑える側に回ったから、あそこは大丈夫だな。
けど、コウメイ先輩、やっぱり化物だな。
「異議ありまーす!!」
イズミが手を挙げる。
「俺は“やればできる”枠のはずでは?」
「“やれば”の実績がゼロだな」
シンジが微笑で刺す。致死量。
「そうね。今回、10位以内に入ったら、一個お願い聞いてあげるわよ」
カオル先輩がわかりやすい御褒美をイズミに提示してる。
「おら!お前ら早く教えろ!!」
ダメそうだな。
「うぅ……タマキさぁん」
着席一分で、フユミは溶けた。“優等生(笑)”の仮面も溶けてる。
「帰ってモンハンやりたいですぅ……今日マカ錬金が……」
「今日の錬金素材は“勉強時間”でドロップするよ」
「そんなクエスト聞いたことないですぅ」
「今日だけのイベントクエスト」
「期間限定はズルいぃぃ」
「レアドロップ狙おう」
「ふにゃー!!!!!!」
「鳴いてもダメ」
「イヤですぅぅぅ!!! 今日こそ金レイア倒すって決めてたのにぃぃぃ!!!」
「期末終わってからな」
「皆さん聞きましたぁ!?この人……この人、私の癒しを……潰したぁ……!!!」
と周囲にメソメソ泣きつきはじめる。
「フユミちゃん、かわいすぎか?」
「甘え出すと最強キャラだよな」
「鳴きながら“集中力の護石”探してんの草」
と、周囲の女子がひそひそ騒ぎはじめる。
「コラお前ら、集中力のHPを削るな」
「コウメイ先輩、HP削れてるのフユミだけですよ」
「ふにゃー……やだ……やだぁ……」
メグミがぽつり。
「……フユミちゃん、いつもは私より賢そうなのに……」
「賢そう“なのに”って言い方やめてー」
アキハがパチンと指を鳴らす。今日の進行は完全に“管理者モード”。
「さ、ギャグやってないで席割り発表。できる人とできない人を、物理的に混ぜる。静電気でもいいから知識移動して」
・コウメイ(獣医学及び薬学)、マヨイ(補助)→イズミ、マシロ、リン担当
・ナツキ(医学部看護)→フユミ(仮面崩壊中)
・タマキ(経済学)→アキハ、カズネ担当
・シンジ(文学)→メグミ担当
・カオル:全体監視及び教養学(一年生)
配られるプリント。山。タワー。メグミが背筋を伸ばすふりをして、そっと目を閉じる。
「省エネモード……起動」
「寝るな。お前の省エネは睡眠になる」
「バレました」
「バレる」
「タマキさぁん……」
フユミが、椅子ごとずりずりと近寄ってくる。
手には「経済学入門レポート」の用紙。
「何だ」
「このレポート、“市場の失敗と政府の役割について述べよ”ってお題、
私の心の市場が失敗してる話でもいいですか?」
「やめろ採点者困るだろ」
「今、“勉強しなきゃ”と“モンハンやりたい”の二つの需要曲線が交差しててですね……」
「今それに供給曲線ぶつけて“時間が足りない”って泣いてるんだろ」
「そうです……」
「じゃあその悲鳴をレポートにぶつけろ」
「嫌ですぅ」
ぐにゃ、と机に突っ伏す。
「タマキさん……」
「なんだ」
「“帰ったら一緒にモンハン一クエ分やる権”を餌に勉強したいです……」
「人参ぶら下げ方式か」
「にゃふ……」
「わかった。今日の分終わったら、一クエだけな」
「約束しましたね???」
急に目が覚めた。
にゃふ成分、完全にエネルギー源に変換されている。怖い。
ん?
「フユミ、なんで経済学入門取ってるんだ?」
「それもそうね、フユミちゃんは、看護学科の授業の方のテストは点取れそうよ」
ふむ。ナツキが言うなら間違いないだろう。
あ。
「フユミ」
「はい」
「赤点が怪しい講義はなんだ?」
「経済学入門、統計学、ドイツ語、アフリカ学入門、日本国憲法、社会現象とゲーム……」
「…フユミ、さては、『単位が取りやすい』って噂を聞いた科目選択したな?」
「なんでバレるんです!?」
「そこのカズネ見ろ」
「呼びましたか、私を!!」
余裕の表情で早くもアイスを食べていたカズネが飛びついてくる。
…ある意味カズネの休憩にもなってるな、この勉強会。
実際勉強ができるのもあるが…
「いいか?カズネがバイトしまくっててもこの余裕の表情なのは、多分『本当に単位が取りやすい講義』を取ってるからだ」
「正解です!!最初の一週間情報収集しまくりました!!」
「ふにゃ!?」
メグミが首をかしげる。
「フユミちゃんとカズネちゃんの『単位が取りやすい』は違うんですか~?」
「一年生に出回る噂と二年生以上に実際に聞いた話だと若干ズレが生じる。去年と担当教授が違うコマもあるしな」
俺がそう言うと、フユミがこちらを見る。
「タマキさん」
「はい」
「どうして四月に教えてくれなかったんですか!!」
「聞かれなかったから」
「ひどいです。訴えます」
「どこに」
「光の戦士協会に」
「そんなとこないよ」
たぶん。
◇
20時。休憩。
“救助ステーション”からおにぎりと味噌汁が配られる。さすがに糖分だけでは脳が持たない。
「コウメイ先輩……試験問題の難易度、これ人の道に反してます……」
「人の道と合格最低点は時に両立しない。だが安心しろ、答えは配る」
「配るのかよ」
「過程を見たいのでな」
笑ってないけど優しいのがコウメイ先輩の短所であり長所。
「メグミ、この化学式なんでハートついてんの」
「可愛いかなって~」
「可愛いけど落ちるぞそれ」
「ナツキ先輩、これ……」
「お前はよく頑張った。そこまでは褒める。だが答えは間違っている」
「厳しっ!!」
「シンジ先輩!!“分子栄養素の吸収率”って何ですかぁぁ!!!」
「知らねぇよ!!僕文学部なんだよ!!!」
「イズミ、お前さっきからページめくってるだけだろ」
「やってるよ!?俺は“気持ちだけは”やってるよ!?」
「気持ちで単位は来ない」
「マシロ先輩、病理の炎症五徴は……」
「「発赤」「熱感」「腫脹」「疼痛」「機能障害」!」
「あっ、ねっ、しゅっ、つうっ、きのうー!!」
「語呂合わせになってる?」
「カオル先輩、レポート、“~である”って書くと偉そうに見えません?」
「そのために“根拠”を持たせるのよ。偉そうは“根拠なしに偉い”だから嫌われる。“根拠ありに中身がある”は頼られる」
「かっけぇ」
「語尾が“~かっけぇ”のレポートは落ちる」
たぶん、うちでレポート書かせると一番上手いのは、カオル先輩だ。
隅では、アキハが“引用地獄”に泣く一年に静かに寄り添っている。
「“見つけたPDFをそのまま貼る”は犯罪だからね。分かった?偉い」
「アキハ、教えるのうますぎない?」
「普段から“締切守れ”って言って回ってるからね」
優しい声でビシバシ言うの、地味に効く。
「カズネ、レポの“しかし”“つまり”の使い分け、四連続“しかし”はもはや戦国時代」
「敵勢力多くないです?」
「段落の末尾でまとめる時は“したがって”」
「“したがって”は上品!」
「上品でいこう」
「うぃっす」
夜が濃くなるほど、逆に笑いは軽くなる。
ナツキの“声だけ合格”ミニ講座、カズネの“働きながら覚える時間割術”、メグミの“省エネ暗記カード”、シンジの“勢いで一問ねじ伏せるコツ”、リンの“物理で覚えたくなる罰ゲーム”(腕立て十回)……。
22時。最後の効果測定。
ボードテスト:代表者が問題を解く。外野は口出し可。ただし一人一語。
トップバッターはフユミ。
ボードの前に立つと、肩がちょっとだけ震えた。
出題は“連立不等式のグラフ”。
「……x+y≦4、x−y≧−2、x≧0、y≧0……」
チョークがきゅっと鳴る。斜めの直線を一本、もう一本。
「こっちが……えっと……」
「上」「右」「含む」「塗れ」「境界」「閉じる」「交点」
一人一語が飛ぶ。
フユミの手が、ちょっとだけ速くなる。
「ここが交点だから……(2,2)…? で、こことここで……」
最後に三角形の頂点を丸で囲んで、チョークをおいた。
静寂。
ナツキが一歩前に出て、無言で頷いた。
コウメイ先輩が拍子木を打つ。コン。
「合格」
ふにゃっと笑顔が咲いて、同時に力が抜ける。
「ふにゃ~……」
今度は悲鳴じゃないやつ。可愛いタイプのふにゃ。
拍手。小さな、でもちゃんとした拍手。
“最後列”から一歩、前へ出た音。
「……全員、よく頑張った」
「解散!」
コウメイの言葉に、部室中から拍手とため息が同時に起きる。
みんな、椅子を引いて伸びをする。“やり切った”顔だ。
最後にコウメイ先輩がホワイトボードの“学力序列”に一本線を引き、こう書き足した。
《今夜だけの順位は関係なし。頑張ったやつが一位》
フユミが俺の袖をちょん、と引っぱる
「……タマキさん」
「なんだ」
「今日、頑張ったので……」
「うん」
「“一クエ”じゃなくて“二クエ”に増量してもいいですか……?」
「交渉力が高いな、フユミは」
「にゃふ……優等生モードの特権……」
「それは優等生じゃなくて交渉人だ」
……まあ、今日はよく頑張ってたしな。
チラッとナツキを見ると頷いてるし。
「わかった。“一クエ+おまけ一クエ”で手を打とう」
「にゃふぁ~~~~~~~~♡」
廊下に響くフユミの謎の雄叫び。
ハンターというより、アイルーみたいだな。
その声を背中で聞きながら、扉を開けると、夜風が入る。
期末テストは、まあ、大体明日から始まる人が多い。
でも、“放っておくと赤点の壁”組がこうして悲鳴を上げてるうちは、たぶん大丈夫だろう。
そう信じるくらいには――今日の“強制収容所”は、悪くない時間だった。




