第46話 夏祭り休憩室と、男子限定・不毛会議
202X年、7月中旬 夕方
人が減った部室は、変に広く感じる。
今日は学内の夏祭り。比較的小規模なイベントだが、俺とコウメイ先輩以外は全員出払っていた。
外からいい匂いがする。
……どうして祭りってこんなにいい匂いするんだろうなぁ。
「コウメイ先輩、レイコちゃんと行かないんですか?」
「馬鹿者、学内のイベントに二人で参加したら全員にバレるだろうが」
「あーあ、レイコちゃん怒りそー」
「…もう怒られた」
「草生える」
眼鏡の奥が、いつもより一ミリだけ柔らかい。怒られた直後の顔である。
「お前はいいのか?」
「俺は彼女いませんし」
「それは知っている」
ひでぇ。
「メグミ達が頑張った“縁の交差点”、今回の夏祭り期間で試行させたので、期間中は“非常時対応で補助1名常駐”って提出しました」
「…馬鹿者」
「あと、例のショーの諸々、早めに用意しておきたくて。夏休みはちゃんと休みたいので」
「ふむ。まあ、夏休み前に素案が学校側通せたら正直かなり楽になるな」
「でしょ?正直マニュアル整備して、俺無しでも回るように――」
バン!
「おら、社畜共、屋台飯のウーバーじゃ、敬え」
シンジが両手いっぱいにビニール袋を抱えて登場。
「おらぁ!食え!」
その後ろにはイズミが続く。
「……お前ら、こういうときだけ仲いいよな」
「活気は正義だ、タマキ!」
シンジがドンと机にパックを並べる。
ソースの匂いが、部室いっぱいに広がった。
紙皿を並べながら、シンジが言う。
「で、何やってたん?」
「俺は、学校祭向け準備しつつ待機」
「三か月先だろが!」
「俺だって学祭回りてーんだよ、だから早め早めにな」
「それで夏祭り回れなかったら本末転倒っつーんだぞ?」
イズミまで突っ込んでくる。
「まあ、本末転倒には一理あるが、夏休みを全力で休みたいしな」
「バッカでー。じゃあ、もし夏休み前に学校側の決裁下りるマニュアル用意出来たら、僕とイズミで学校祭期間中お前の仕事全部代わってやるよ」
「あ、シンジ、バカ、おま!」
「…言ったな?守れよ?」
イズミが止めようとしたが、もう遅い。
言質は取った。
「コウメイ先輩聞きましたね?」
「ああ、聞いた。今グループLINEにも流した。最悪の場合リン先輩に取り立てさせる」
証人も取った。
「シンジ、おま!バカ!!」
「なんだよ、イズミ。いくらなんでも夏休み前なんて無理だって」
「こういう時のタマキはヤルんだよ!」
「だって、ヒカリさんの部屋の掃除に、一年生の面倒と、マシロ先輩とマヨイ先輩の件のフォローやらまで抱えつつ、間に合うわけねぇだろ」
「こいつにはナツキが付いてるんだぞ!」
「…あ」
なんだ、その会話。
まあ、いい。
あー、たこ焼きうめー。
なんで屋台のたこ焼きってこんなうめーんだろ。
◇
「しかし、珍しいな。男子だけって」
コウメイ先輩がふと思いついたように言う。
たしかに。
「じゃあ、いくか」
シンジがギアを上げた気配。
「胸派?脚派?」
イズミがスタートをかける。
というかそこは尻じゃねぇんかい。
「胸」
即答しておく。
「知ってた」「去年聞いた」「あれは笑った」
まあな。
「俺は声」
コウメイ先輩、選択肢外から選ばないでください。
「わかります、いいっすよね、声」
「お、タマキが賛同してる」
「声はわかるなー、フユミの声良くね?」
「俺はカオル先輩の声好き」
「甘いな、カズネの声も良い」
「ふふふ、ナツキの夜中の声もイイぞ」
「言い方が無駄にエロいぞ、タマキ」
「いい声はズルい。内容が半分でも、説得力は二倍になる。」
そこからは、もう完全にバカ話大会。
「次、性癖暴露タイム」
「やめろ!」
「いや、今しかない。女子ゼロだぞ?」
シンジが身を乗り出す。
「俺、うなじ。あと浴衣のえり。あとポニテ。あと指先のインク汚れ――」
「多い」
「節約して一個にしろ」
「じゃ、うなじ。髪上げる時の、うなじ。夏限定の神」
「神は季節限定で顕現するのか…」
「する」
「俺は“眼鏡のずれ直し”だな」
コウメイ先輩が即答する。
「何が良いって?」
「“焦点”が返ってくる瞬間、目がふっと生き返る。それが良い」
「理屈っぽすぎて逆に説得力があるのが腹立つ」
「イズミは?」
「……手首。細い時計。文字盤ちいさめ」
「繊細~」
「あと、カーデの袖が指の第二関節くらいまで落ちてるやつ」
「わかる」「わかる」「わかる」
男達の“わかる”がハモる瞬間、世界は平和だ。
「じゃ、タマキ」
「……匂い。風呂上りとかにふわっと来るのヤバい」
「普通、合宿とかでしかタイミングねぇからな?」
「タマキん家、3月とか女子寮だったもんな」
即合いの手が入る。うるさい。
「男子オンリー会議の恒例、“最近可愛いと思った人”」
「恒例にするな」
「ギャップ萌え枠求む」
「メグミ」
「同意」
「理由?」
「あの脱力系で実はめっちゃ周りに配慮してる。あと、アイス落とした時だけ本気で泣く」
「可愛いな」
「そういうとこ」
「お前ら、趣味嗜好が細かいんだよ」
「じゃあイズミは?」
「俺? ……フユミ。最近、仮面外れてめんどくさがりの猫が見えてるの良き」
「言い方が変態」
「職業病」
「あれはタマキの飼い猫だろう」
「違いますよ!?」
「おら、文句ばっか言ってねぇでシンジも答えろ」
「僕はなんだかんだナツキ最強だと思ってるぞ」
「間違いない」
「純粋にスペック最強」
「モテるのもわかる」
「コウメイ先輩は?」
「アキハ。あいつの作る空気は他に代えがたい」
「わかる」
「隣にいるという能力が高すぎる」
「俺いつも怒られるんだけど」
「それはタマキが悪い」
「タマキ、ヒカリさんは?」
「人類の到達点」
「女神とかボスとか、そっち」
「宗教かな?」
「悟りの話するのやめてください」
「議題『浴衣は正義かどうか』」
「正義」「正義」「正義」「正義」
即答。
「異論ゼロにより可決」
「よし、次の小議題『浴衣に合わせて最強だと思う髪型』」
「お団子一択」
「編み込み」
「ハーフアップ」
「ポニテ……いや、結ばず耳かけ。うなじの反則感が跳ね上がる」
「総じて“首回り”ってことだな」
「結論:首は強い」
「何の論文だよ」
「追加議題。『もし明日から一日だけ女子になれるなら何をするか』」
「なんでそんな議題」
「男子だけの時にしかできないアホトークだからだ」
「浴衣着てあの屋台群を練り歩く」
「お前似合うのか」
「似合わなくても楽しい」
「俺は“前髪をくるっと整えてから出かける”という所作をやってみたい」
「細かい」
「俺は“化粧品の棚で迷ってみたい”。あれ楽しいのかな」
「楽しいに決まってるだろ」
「俺は……“女子トイレの構造を学術的に知りたい”」
「それはやめとけ学会で爆発する」
「最終戦争。ポテチの味」
「コンソメパンチ」
「のりしお」
「うすしお」
「バター醤油」
「イズミ、限定味選ぶんじゃねぇよ」「戦争だな」
フランクフルトを齧りながら、全員がどこかで笑っていた。
たまには、こんな時間も悪くない。
焼きそばの容器が空になる。
ソースの跡、紅ショウガの赤。俺は紙袋からコーンを取り出し、半分に割って配る。
かじる音が部室に揃う。
「交差点の様子、どうだ?」
コウメイ先輩が腕時計を見て、俺のノートPCに顎をしゃくる。
「監視カメラ代わりの写真、メグミが送ってくれてます」
画面に並ぶサムネイル。
ベンチ、日陰、写真スポット、ハンモック。
人は立ち止まり、冷たいお茶を飲み、写真を撮り、少しだけお喋りをしている。
「…悪くない」
「イイって言ってあげてくださいよ」
「それはお前の仕事だ」
「そうだな」「もっと褒めてやれ」
俺、そんなに褒めてないかなぁ。
「で、タマキ」
シンジがストローを噛みつつ、こっちを見る。
「ん」
「いい加減少し休め」
「……今こうやってお前らと遊んで食べてるじゃん」
「物理的に、だよ。お前、ここ一週間、食べながら図面に赤入れてるか、誰かの進捗背負ってるかの二択だろ」
「昨日は寝た」
「ソファで四十五分は“寝た”に入らん」
「なんで知ってんだよ」
「ナツキに聞いた」
コウメイ先輩とイズミまでこっち見んな。
「タマキ、全部抱えるのは、無能のやることだ」
「はい……」
シンジが屋台飯の残骸を片付けながら言った。
「……なんか、さ」
「ん?」
「僕ら、真面目すぎるんじゃね?」
「何が」
「他のサークルとか遊び行ってるのに、祭りの日も“待機”して書類やってんだぜ?」
「まあ、確かに」
笑いが混じる。
「でもな」
コウメイ先輩が腕を組んで言った。
「お前らが真面目にやってるおかげで、誰かが安心してバカやれてる。そういうもんだ」
「……名言」
「ちょっと感動した」
「いや、俺今いいこと言ったのに、お前らなんで笑ってんの」
「たぶん、焼きそばのソースが感動を邪魔してる」
部室の中は、片付けた弁当の香りと、笑いの余韻だけ。
男子だけの不毛会議。
そんなものも、悪くない。




