表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最北大学学生事務局  作者: 萩原詩荻


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/166

第45話 とあるバーにおける双子の『二歩目』

202X年、7月上旬 夜


 氷の音は、混じる声の数で聞こえ方が変わる。

 今日は、比較的静かな夜だ。


 カウンター一番奥の窓際には、いつものOLさん(仮)。

 淡い色のカクテルを指でくるくる回しながら、外の夜景を横目で眺めている。


 中央の席にはカオル先輩。

 例の雑誌を片手に、時々ページをめくってはにやりとしている。


 俺はいつもどおり、注文を聞き、カクテルを出し、たまにマスターに視線で怒られる。


 そんなテンションで二十一時少し前。

 扉の鈴が、ちりん、と鳴った。


「こんばんは~~~」

「………こ、こんばんは」

 マシロ先輩とマヨイ先輩。


「いらっしゃいませ。席どうぞ」

 マシロ先輩がいつもの席にどすん、と腰掛け、その隣にマヨイ先輩がすとん、と座る。

 それだけで、このカウンターのバランスが“見慣れた形”になるから不思議だ。


「何にしますか?」

「んー……今日はソルティドッグにする!」

「わ、私は……フルーツのモクテルを……さっぱりしたやつ……」

「了解です」


 手を動かしながらも、二人の空気がいつもと違うのはわかる。

 緊張と、嬉しさと、まだ降りきらない夢の余韻。


「今日は……なんか、嬉しそうですね」

 俺が言うと、マシロ先輩は口角をクイッと上げて、マヨイ先輩はちょっとだけ目線をそらした。


「ね、タマキくん」

「はい」

「大ニュース、聞いてくれる?」


 大ニュース。

 言い方の割に、声の高さは半音だけ低い。

 いつもの「聞いて聞いて!」のテンションとはちょっと違う。


「今日ね、ヒカリさんから連絡きたの」


 ――ああ。

 胸ポケットのタグが、ちょっとだけ熱くなったような気がした。


「『一緒に歩いてくれてありがとう。“始まりの続き”に興味があるなら、一度遊びにおいで』って!」

「え、えとね『もし本気でやりたいなら、ちゃんと話す時間作るから』って……」


「すごいじゃないですか」

「すごいよね!? すごいよね!?」


 マシロ先輩が、グラスを両手で包みながら、椅子の上でぴょこぴょこしている。

 座高は変わらないよう頑張ってるのが可愛い。


「専門学校とか、どうしようかなーって、ずっとぐるぐるしてたんだよね。

 お父さんもお母さんも『やりたいなら応援する』って言ってくれたけど、どこ見ればいいか分かんないし、ネットだと情報多すぎて、逆に怖くなっちゃって」

 わかる。情報が多いと逆に動けなくなるやつだ。


「“怖いなら、やめてもいい”って言われたけど――」

 マヨイ先輩の視線が、一瞬だけ、ランウェイの先を思い出すみたいに遠くなる。


「こないだのショーで、“怖いまま立つ”ってどんな感じか、少しだけわかったから。

 ……ちゃんと、知りたいなって思って」

 あの日のマヨイ先輩を俺も思い出す。

 うん、なんというか、すごく強いなって思ったんだ、あの時。


「ヒカリさん、『進路の話は、ちゃんと家族ともすること』って言ってた。

 『親御さんの協力ないと続かないからね』って」

「真っ当すぎる」

 心の中で全力同意。


「でもさー、どうやって話せばいいのか、そこが一番わかんないんだよね」

「それは、たしかに」

 唐突に「ショーで歩いたら楽しかったから、服飾の道に行きたい!」って言うのは、親御さんびっくりするだろう。

 モデルにしても、世間的なイメージは決して“安心・安全”だけじゃない。


「一応、お父さんもお母さんも、ショーのことは喜んでくれてて……雑誌も、すごくたくさん買ってて……」

「でも、“一生の仕事としてやりたいかもしれない”って話になると、ちゃんと説明できる自信がなくて」

「怖い、ですよね」

 一生の決断だもんな。

 そりゃ怖くて当たり前だ。


「わたし、ずっと、“マシロの後ろ”にいたから。

 でも、あの時、“マヨイ”として立って、“怖い”のままで、呼吸できたから――」

 一呼吸置いて、少しだけ笑う。


「“もっとちゃんと怖がれる自分”になってみたい、って思っちゃって。……変かな」

「とても素敵です」

「……よかった」

 いや、マジですごいことだと思う。


 カウンターの向こうから、OLさん(仮)が、グラスを揺らしながら口を挟む。

「“怖いからやる”って言える人は、強いわよ」

「え?」

「大人になると、“怖いからやらない”理由ばっかり増えるの。

 “怖いからこそ、やってみたい”って思えるうちに、一度本物に触っておいたほうがいい」

 現場の人っぽい言葉だ。重みがある。


「……『マヨイちゃんは“怖い”を大事にできる子だから、ちゃんとプロの人に預けたい』って言ってくれました」

 マヨイ先輩が、そっと続ける。


「……良かったですね」

 心からそう思う。


「ふ、不安ではあるの」

 マヨイ先輩が、小さな声で漏らす。


「“もしダメだったらどうしよう”とか、“やっぱり怖くて逃げたらどうしよう”とか……」

「逃げてもいいじゃないですか」

「え……?」

「一回やって“違う”って思ったら、それはそれで立派な経験で。

 それでも“やりたい”って思ったら、またそこで考えればいい」


 俺にしては、珍しく素直に出た言葉だった。

 ……多分、最近ヒカリさんとかリン先輩とかに言われたことが、頭のどこかに残ってる。


「……タマキくん、やさしい」

「いや、普通のこと言ってるだけです」

「…バーテンダーは普通のことを当たり前に言えないと務まらないのよ」

 後ろからマスターが刺してくる。


「うん」

 マシロ先輩が、隣で力強く頷く。

「わたしもね!お姉ちゃんが前に歩くの、見てみたいんだ!」

「え……」

「ショーの時、“受け止める黒”だったじゃん。

 今度は、“前に出る黒”も、絶対綺麗だから」


 あー。

 この双子、やっぱつよい。


 黙々とグラスを磨いていた手が、ちょっとだけ止まりそうになる。


 カウンターの端っこで、カオル先輩がニヤニヤしている。

 たぶん、俺の顔の筋肉のゆるみ具合まで観察してる。

 やめてほしい。


「いいじゃない。似合ってるわよ?」

 カオル先輩が、グラスを傾けながら口を挟む。


「怖いなら、やめておくって選択肢も、ちゃんとあるわよ」

「……はい」

「でも、“怖いけどやってみたい”って思ってるうちは――やったほうがいい」

 その言葉に、双子の視線がカオル先輩に向く。


「“やってみてダメだった”って経験を持ってるほうが、実は楽なことも多いの。

 その代わり、“そのときちゃんと守ってくれる大人”は必要だけどね」

 カオル先輩の視線が、ほんの一瞬だけ、何かを思い出すように細くなる。


「……ヒカリさん、そういう“大人”だと思いますか?」

 マヨイ先輩が、ほんの少し不安そうに問う。

「思うわよ。あの人のこと、事務局であなた達も見てたでしょ」

 即答だった。


「“好き”って言葉、あの人が一番怖がってるもの」

「……それは、たしかに」

 あの日のターコイズと、背中で聞いた声を思い出す。


 OLさん(仮)も、静かにグラスを置いて口を開いた。

「やってみて、“違うな”って思ったら戻れる年齢なの、今だけよ」

 大人の声。


「二十代前半って、“間違える練習”できる最後の贅沢な時期だから。

 そんなときに、ちゃんと怒ってくれて、ちゃんとフォローしてくれて、ちゃんと責任取る大人が傍にいるのって、かなり幸運」

「……はい」

「だから、まぁ――」

 OLさん(仮)は、にやりと笑った。


「怖いなら、黙って一人で怖がらないこと。怖いってちゃんと言いながら進むこと。

 それができるなら、やってみなさい。……羨ましい話よ」

 さすが、いつも窓際で戦場帰りの顔してる人は言うことが違う。


「……なんか、背中押されちゃいました」

「ですね……」

 双子が、同時に息をつく。


「けどさー」

 マシロ先輩が、何か言いたげにこちらを見る。

「一番ありがたいのはさ、“ちゃんと教えてくれる先達がいる”ってことなんだよね」

「……わかる」

「専門学校の情報も、ネットで調べるだけじゃ分かんないこと、多いしさ。

 モデルの事務所も、“安全なところとそうじゃないところの見分け方”とか、全然わかんないし」


「……それは、本当にそうですね」

 俺も、そこは素直に頷く。


「だから、なんか――“運がいいな”って思って」

 そう言って笑う顔は、ちゃんと自分の運を噛みしめてる顔だった。


 運、だけじゃないんだけどな。

 ちゃんと、歩いた二人の実力だ。


「でね!」

 マシロ先輩が俺へ顔を向ける。

 瞳は……何の色だ、これ。


「タマキくん」

「はい」


「ありがとう」

「……なんのことでしょうか」


 マシロ先輩はにやっと笑った。

「“気づいたよ”ってだけ。私、ヒカリさんに服作る方に興味出ましたなんて言ってないもん」

 あ。

 ヒカリさん、ちゃんと隠してください…


 マヨイ先輩も、静かに微笑む。

「……秘密は、秘密のままでいいです。

 でも、背中、押してくれてありがとうございます」


 胸が少しだけ痛い。

 でも、それは悪い痛みじゃない。


 俺は氷をひとつ、指で転がす。

「私は……何もしてません」


「やめなさい、それ」

 カオル先輩の即突っ込み。

 なんか今日、外野が強い。

 いや、本当に俺がお願いに行ったときには、もうほぼ決まってたんですってば。


「……タマキくん」

「なんですか」

 マシロ先輩が、氷をつつきながら呟く。


「ヒカリさんの部屋、片付けるの大変?」

「なんで知ってるんですか」

「“わかる”だけ」

 ……何を察してるんですかこの人。


 隣でマヨイ先輩がこっそり拳を握る。

「がんばる……負けない……」

「何に勝とうとしてるんですか」

「ひ、秘密……!」

 むんってしてるの可愛い。


「というわけで」

 マシロ先輩が顔を上げる。

「まずは、“ヒカリさんのところに遊びに行く”ってところから、頑張ることにします!」

「“遊び”じゃないですよね、絶対」

「だから頑張るの!」

 明るい。


「私は、紹介して頂くプロの方と話してみてから、また考えます」

 マヨイ先輩のほうは、一歩ずつ。


「――“頑張る”って言うと、やっぱり怖いですけど」

 グラスの向こうから、こちらを見る目が、少しだけ真っ直ぐになる。

「怖がって、ちゃんと悩んで、“それでもやりたいです”って言えたことは……きっと、いつか“楽しかった”に変わるって、信じたいので」

「変わりますよ」

 ショーのあとの「楽しかった」を、俺は覚えてる。


「……変わらなかったら?」

「そのときは」

 言葉を選んで、氷をひとつ、グラスに滑らせる。

「“変わらなかった”って話を、ここで聞かせてください」

「……はい」


 双子の“二歩目”は、まだ輪郭がぼんやりしている。

 でも、“やってみたい”と口に出せたこと。

 それをちゃんと拾ってくれる大人と場所があること。


 ――それだけでもう、だいぶ強い。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ