第44話 大学生にとって雑誌ってちょっと高いよね。
202X年、7月上旬 昼下がり
「センパイセンパイセンパイ~~!!!」
カズネの叫び声が、部屋中に跳ねた。
ダンボール箱を抱えて走ってきたその顔は、ほぼ犬だ。尻尾がついてないのが不思議なレベル。
「そんな勢いで厄介案件の書類だったら泣くぞ」
「書類じゃないです! 雑誌です! 雑誌!!」
箱の側面には、ファッション誌のロゴ。
ああ、そうか。たぶん、アレか。
「ん?待て、うちに届くってことは、予算で買ったか?」
「図書館分と学生課分と、あと事務局みんなで回し読み分!!」
「回し読み分!?」
「“資料”です!!」
「決裁したの誰だ!」
「カオルセンパイです!」
「カオル先輩!!!」
胸を張るな。
リン先輩が苦笑しながらカッターを手に取る。
「はいはい、とりあえず開けるぞー。……よっ、と」
中から出てきたのは、光沢紙の匂いがする新刊のファッション誌が十冊。
表紙のモデルの隅、見慣れたロゴと小さな文字。
――『特集:Sakurakouji Hikariが仕掛ける“好き”の現在形』
「わぁ……」
メグミが自然に声を漏らす。
「よし、とりあえず一冊開くぞ。ページ破ったやつは責任持って買い取りな」
イズミが一番上の一冊を取って、慎重にページをめくっていく。
目次に指を走らせて――
「……あった。“Sakurakouji Hikari Fashion Show 202X”」
開いた見開きに、空気が変わる。
中央に大きく載っているのは、ターコイズのドレスを纏い、ランウェイを歩くヒカリさん。
ライトを受けた布が波のように揺れ、視線は真正面。
ページの外にまで、あの時の空気がこぼれ出してくるようだった。
「やっば……」
「うわ、これ……」
部室にいた面々がテーブルの周りに集まる。
ページの左上には、ショー全体の写真。
白と黒の“始まり”、中盤の街の服、フィナーレ。
右側にはヒカリさんのインタビュー。
『“好き”って言葉は便利だけど、乱暴でもある。』
『それでも、今の私には、その乱暴さごと引き受けてみたかったんです』
……うん、言いそうだ。
「ここ! ここ見てください!!」
カズネが指差した先。
“始まりの二人”――
白を纏ったマシロ先輩と、黒を纏ったマヨイ先輩の写真が、ドンと載っていた。
横には、小さなキャプション。
『地元大学に通う双子の学生モデル。
“元気”と“安らぎ”をテーマにした二着を着こなすその姿は、観客の心を一瞬で掴んだ。』
「かっこいー!!」
「うちの後輩とは思えないわねぇ」
「いや、うちの後輩だからな?」
口ぐちに感想が飛び交う。
当の本人たちは、少し離れた場所で、妙に小さくなっていた。
「おお、このカットいいなぁ。ランウェイの上からでも客席の表情がわかる」
シンジが謎に評論モードに入っている。
「評論家が評論家を評論してる……」
メグミのコメントがよく分からない方向を向いていく。
再びページをめくると、今度は小さなコラム欄。
『秋、母校の学校祭におけるスペシャル・ショーも構想中――
「学生たちに普段と違う世界の入り口だけでも魅せられたら」』
その一文に、事務局の一同が「え?」と固まった。
「……母校?」
「ってことは、これ――」
「うちの大学?」
ざわりと空気が動く。
コウメイ先輩が事もなげに言う。
「載ったってことは、ほぼ決まりだな。大学側のオッケー取れてない状態で載らん」
「『仮』って言ってたじゃないですか」
「あの時は『仮』だったってことだろ」
その時だ。
コンコン、とドアが叩かれる。
「お邪魔しまーす。……うわ、懐かし」
ヒカリさんだった。
今日は白いシャツに黒のテーパードパンツ。ラフなのに様になってる。
紙袋を片手に提げ、もう片方の手で髪を耳にかける。
「OG参上。……元気にブラック企業してる?」
「してません!!」
部室の中から、一斉にツッコミ。
「お忙しいところ、どうも」
コウメイ先輩が立ち上がり、軽く頭を下げる。
「今日は学生課とのお打ち合わせ、ですよね?」
「そうそう。学校祭の件でね。
せっかく大学まで来るなら、先にこっち寄らないと損でしょう?」
「OGの鑑か」
リン先輩が笑う。
メグミとフユミ含む一年生たちが雑誌と本人を交互に見て、素で感嘆の声を漏らす。
「うわー、ほんとに同じ人だ……」
「見開きドーンの人だ……」
「マジで本人だ……」
「本物だ……」
「雑誌から出てきた……」
彼女は笑って、机の上に紙袋を置いた。
「差し入れ。駅前のタルト。今日限定フレーバー」
「きゃーーー!!」
女性陣が歓声を上げる。
…あれ、高い店のやつだ。
「ありがとうございます!」
「さすが推しOG……!!」
一年生たちの目が、完全に「本物のスター」を見る目だ。
ヒカリさんは、一通り全体を見渡して、当然気付く。
「……あ、雑誌、読んだ?」
「はい、うちの後輩のことや学校祭のことも掲載されていましたね」
カオル先輩が大人の対応をする。
…一昨日、笑いながらハイタッチしてたくせに。
「マヨイちゃんとマシロちゃんのことも、ちゃんと“始まりの二人”として扱ってくれてて、ちょっとホッとした」
その言葉に、双子がビクッとする。
「ヒカリさん、貴重な経験ありがとうございました!」
「あ、ありがとうございました。素敵なショーでした」
「ありがと。いきなりスカウトしたのに一緒に歩いてくれてありがとうね」
ヒカリさんは、双子の頭に軽く手を載せた。
……五月に、酔っぱらってマヨイ先輩にほっぺすりすりしてた人と同一人物か?
その様子を見て、周囲から小さなざわめき。
「先輩達が、可愛がられてる……」
「やば、絵になるなぁ……」
「で」
ヒカリさんは、くるっと表情を変える。
「学校祭の件」
「はい」
リン先輩が、対応してスイッチを入れる。
「読んだならわかるわね、学校祭でやるわよ」
「はい、こちらの窓口はサブとして私とコウメイ。メインは…」
と言い、リン先輩がこちらを向く。
………やだなぁ。
「はい、私がメイン窓口をやらせていただきます。何かあればご連絡ください」
立ち上がってリン先輩の少し後ろに立つ。
あ、ヒカリさんの目に悪戯の色。
嫌な予感。
「うん、よろしくね。タマキくん。
…今日の服装はアキハちゃんのコーデかな?去年は酷かったもんねー」
あ、後ろでアキハが咳き込んでる
「ヒカリさん、仕事に関係ない話はやめましょう」
「ファッションのお話よ?一昨日バイト先でつけてたオシャレなカフスと同じで」
あ、後ろでナツキが焦ってる気配。
「ヒカリさん」
「もー、怒んないでよー。じゃ、もう少し話が進んでから事務局の出番だから、よろしくねー」
軽く手を振って、扉へ。
視界から消える直前、ヒールの音だけが、きれいに響いた。
遊ぶだけ遊んで帰りおった。
ドアが閉まる。
静寂。
直後――
「かっこよかったぁぁぁぁ!!」
「ヤバ」「尊い」「プロすぎる」
「雑誌から出てきたみたい!」
主に“だらしないところを全く知らない一年生”の大合唱が起きる。
一方、知ってる組。
バー常連組と、二年生以上は顔を見合わせて、こっそりと、
「……こないだ、バーの床で『締切ヤダー』ってごろごろしてました」
「あの人、二日ぶりのごはーんってカップ麺食ってた」
「一昨年なんて一升瓶抱えたまま部室の扉に引っかかってたぞ」
「いや、去年はワインボトルになっただけで同じことしてましたよ」
「…昨日アトリエ行ったら部屋の床が見えなかったです」
「洗濯機の使い方たどたどしいんだよ、あの人」
ギャップで頭がバグる。
「まぁ、いいんじゃない?」
カオル先輩が、雑誌を見ながら言う。
「うちのOGが、ちゃんと“すごい人”になってて。また一緒に仕事するってことよ」
コウメイ先輩がまとめるように手を叩きながら言う。
「さあ、お前ら。秋のことばっかり気にするなよ。まず、直近の夏祭りを無事終えて、夏合宿。その後の期末試験とレポートだぞ」
「いやだー」「思い出させないで―」「夏休みと秋のことだけ考えていたいー」「秋も地獄だぞ」
みんな、今日も騒がしい。
ある意味通常運転。
そして、北海道の短い夏も始まったばかりだ。




