第107話 スケジュールは空いている(気がする)
202X年 10月初週/学生事務局・部室
十月初週。
学校祭の準備が本格的にギアを上げはじめた、ある日の放課後。
机の上には、模擬店の備品リスト、学校祭実行委員会から回ってきた資料、
誰のか分からない栄養ドリンクの空き瓶。
ホワイトボードには、
「巡回」「案内所」「縁の交差点」「本部待機」「クレープ屋」と、
各セクションごとのマス目がみっしりと並んでおり、事務局メンバーの名前がぎゅうぎゅうに詰め込まれていく。
「……あー、もう、頭がバグる」
俺、テトリスは苦手なんだよ。
「タマキ、これ一回写真撮っとくぞ」
後ろから、イズミがスマホを構えた。
「万が一消えたら、全員で心折れるからな」
「やめろ、フラグ立てるな」
でも実際、一度消えたら二度と同じものは作れない自信がある。
そんな緊張感あふれるシフト地獄の真っ最中。
「タマキセンパーーーイ!!」
ドアが豪快に開き、元気100%の声が飛んできた。
カズネだ。
「嫌な予感がするから嫌だ」
反射で拒否が出た。
「ちょーっと!! せめて話聞いてください!!」
「……聞くだけな」
「やった!」
カズネが、どんっと俺の目の前の机に両手をつく。
距離が近い。テンションも高い。
「センパイ、学校祭期間中フリーですよね!?過ごし方とかもう決めてます?」
その瞬間。
――ピタッ
周囲の空気が、目に見えるレベルで止まった。
資料整理してたアキハの手が止まり。
隣で紅茶を飲んでいたフユミのカップが止まり。
机の端で「もう無理です~」と呻いていたメグミがこちらをゆっくり向く。
奥の机で書類をめくっていたコウメイ先輩が、天井を仰いでいる。
「んー」
とりあえず、正直に答えるしかない。
「シンジとイズミが全部代わってくれるから、暇ではあるな」
「言い方」
シンジが即ツッコミを入れてくる。
「でも、初日は皆と模擬店やりたいから丸一日シフトに入る予定」
免除されているとは言え、初日は何あるかわからなくて心配だし。
それに、俺も皆とクレープ屋やりたいもん。
「あと、三日目午前のショーと、五日目午後のキャンプファイヤー設営は流石に働いている予定」
ショー本番は流石に放り出せないし、キャンプファイヤーの設営も人手がいくらあっても困らないからな。
「ふぅーーーん?」
言い終わった瞬間、カズネがものすごく意味深な声を出した。
「……え?なに?ああ、模擬店のシフトどっか代わって欲しい?」
違うだろうな、と思いつつ聞くが、こちらの話を聞かず、何か独り言を言っている。
「……どうしよっかなぁ……うーん。確実に取れる方か、本丸狙うか……」
「?」
本丸ってなんだ。
カズネが、拳を握る。
「よし、センパイ!四日目の午後、私も休みなので半日学祭デートしましょう!!ショーの裏方頑張るので褒めてください!!」
ああ、なるほど。そういうことね。
「いいよ。何事もなければな」
「わーい!!」
カズネが、その場でぴょんぴょん跳ねる。
「タマキセンパイと学校祭デート!!」
「言い方が過激なんだよ」
と、そのとき。
「そういうご褒美制度があるなら――」
静かな声が、すっと差し込んできた。
「私も欲しいです」
フユミだ。
……うん、まあいいけど。
「にゃふ。……“頑張った人にご褒美”は、良い文化です」
さらに、もう一方向から。
「じゃあ、私も~。ショーは参加しませんが、交差点と模擬店働いてます~」
メグミが、ゆるく手を振っている。
「わかった、ご褒美になるかは知らんけど、いいよ」
「にゃふ、決まりですね。日程は……最後に余った時間でいいです」
「最後に余った時間?」
「はい。皆さんの予定が決まってからで構いません。
私のクラスのシフトも送っとくので、タマキさんの好きな半日にしてください」
妙に落ち着いた笑顔で言われると、
“最後に余った時間”が、ものすごく大事なものに聞こえてくるから不思議だ。
「私は~、フユミちゃん達がショーの準備で忙しい二日目の午後とかください~」
ピンポイント。
「二日目午後?」
「はい~。ちょうどタマキさんものんびり過ごしたくなる頃合いかな~って」
メグミに言われると、そんな気がしてくるからすごい。
もしかすると、メグミの方が俺の最大HPを的確に把握している可能性がある。
「いいけど、半日毎ってルールなのか?」
俺の素朴な疑問には、誰も答えてくれない。
なぜなのか。
と、そこで、
「あ、ずるーい!!」
マシロ先輩が、何故か椅子に立ち上がって、参戦してきた。
すぐ横で、マヨイ先輩がおろおろしているから降りてください。
「私たちもタマキくんと学祭デートするぅ!!」
「ま、マシロ、で、デートだなんて…///」
マヨイ先輩が顔を赤くしているが、いいのか、それは。
でも。
「二人が一緒に回ってくれるんですか?それは嬉しいですね」
これは本音。
去年は、そこまで仲良くなかったし、これは素直に嬉しい。
二人となら絶対楽しいし。
「……え、いや、そんな正面から返されると照れる」
「いや、今自分で『デートするぅ!!』って言ったじゃないですか」
「い、言ったけど……」
マシロ先輩がブーメランで照れている。
可愛い。
「じ、じゃあ――」
マヨイ先輩が、もじもじしながら言う。
「ステージ終わった、三日目の午後……や、約束ね」
「はい。ありがとうございます。楽しみです」
「…………」
「…………」
双子の顔が、真っ赤になった。
今になって俺も少し恥ずかしくなってきた。
シンジが、机に突っ伏してカズネに突っ込んでる。
「カズネ……この流れ、お前のせいだぞ」
カズネが、キラキラした目で叫ぶ。
「見ました!?今の『嬉しいですね』の破壊力!!」
「火をつけといて、自分は実況者にジョブチェンジしてる?」
シンジとカズネがコントをしている中。
「大丈夫なの? タマキ」
アキハが、呆れ半分、心配半分の声で言ってきた。
「何が」
「スケジュール的に」
「ああ、俺は暇人だ」
「……はぁ」
アキハが、こめかみを押さえる。
「私もバカだなぁ……」
「何の話だ?」
「こっちの話」
ため息まじりに笑ってから、
こちらをまっすぐ見る。
「ねえ、タマキ」
「ん」
「私にも半日ちょうだいよ」
そう来たか。
その言い方が、やけにさりげなくて。
「そうね……五日目の午前中でいいわ」
「……むしろいいのか? 俺で」
つい、口から出た。
その瞬間。
――ぺしん。
割と本気の平手が、俺の後頭部に飛んできた。
「いってぇ!?」
「そういうとこ。
なんども、なんども、なんども、本当にもう!」
アキハが、むーっと頬を膨らませながら何度もたたいてくる。
「私が“ちょうだい”って言ってんだから、
“俺でいいのか?”とか聞くな」
「ごめんて」
素直に頭を下げる。
「了解。楽しみにしとく」
「……最初からそう言いなさい」
リン先輩が「いいぞ」と頷き、イズミが「それは必要」と頷き、コウメイ先輩が「教育的効果は認める」と頷き、カオル先輩が「録音完了」と笑っている。
「録音しないでもらえます!?」
フユミが、ぽそっと言う。
「にゃふ……“ご褒美制度”が、制度になってしまいました」
「……俺、いつから“半日”を通貨にして生きてるんだろうな」
「転売禁止です!!」
「当たり前だ」
◇
夜。
日付が変わった少し後。
シフト調整だの、メールの返信だの、
諸々の地獄に一区切り付けてから、ようやくアパートに帰り着いた。
なお、今日も部室には何人かが諦めて泊まっている。
鍵を回して、自分の部屋のドアを開けると――
「おかえり♡」
甘ったるい声が飛んできた。
「ごはんにする? お風呂にする? そ、れ、と、も?♡♡」
テーブルで何かの資料を確認しているナツキが、
こっちも見ずに言った。
せめて、こっち見て言え。
「……俺がナツキにするって言ったらどうすんだよ」
とりあえず逆張りしてみる。
というか、普通に元気な日なら言うかもしれないじゃないか。
「ヘタレのタマキにそんな度胸ないでしょ」
秒速で切り捨てられた。
「なんで俺、自分の部屋帰ってきて罵倒されてんの?」
「いいから早く飯食って風呂行け」
「寝てて良かったのに」
「いいから、はよ」
命令形。
言われるがまま飯を食い、言われるがまま風呂に入る。
この流れは、ナツキが何か話したいことがあるときのだ。
風呂上がり、髪をタオルでわしゃわしゃ拭きながらリビングに戻ると――
ナツキが、ソファに座って待っていた。
テレビはついていない。
テーブルには、麦茶のグラスが二つ。
「さて」
ぽんぽん、と隣のスペースを叩かれる。
「本題は?」
座る前に聞いた。
「……ご褒美として学祭デートだって?」
来た。
「ああ。なるほど、それか」
さっきの違和感の正体が分かった。
「わたしたち……去年の学祭は何してたっけ?」
ぽつり、とナツキが言う。
隣に座り、そんな彼女をぼんやり眺めながら返事をする。
「…………そうだなぁ」
去年の今頃。
「皆で馬鹿言いながら事務局の仕事して、彼女と少し巡って……ああ、クラスの模擬店の売上に本気出してたわ、そういえば。ナツキは?」
去年の光景が、少しだけ鮮明に蘇る。
サークル内に彼女がいて、ナツキやアキハ、イズミやシンジと馬鹿言いながら仕事してた頃。
「ちょうど彼氏と別れたから、告白一杯さばいて、クラスの出店やってー、合間にサークルのとこ顔出して、友達と回って……」
「忙しいな」
「“リア充ってそういうもんでしょ?”って思ってた」
「ナツキらしいっちゃ、らしいけどな」
くすっと笑う。
「……今年、こんな風になるなんて思ってなかったね」
「…………そうだなぁ」
本当に。
この一年。
いや、半年足らずで、いろんなものが変わった。
少しだけ、静かになる。
「ホントはね?」
ナツキが、こちらに目を合わせる。
「このタイミングで、“フォークダンスの時間よこせ”って言い切るつもりだった」
その目が、ほんの少しだけ挑戦的で。
ほんの少しだけ、寂しそうで。
「……」
言葉を飲み込む。
それがどういう意味か、分からないほど鈍くはない。
ナツキは、肩で息をして、一度目を閉じる。
「でも、それは私の考える“フェア”には当てはまらない」
「……フェア?」
「うん、ズルするくらいなら負けた方がマシ」
ナツキが、少しだけ笑う。
「私のフェアはね、“今この瞬間のタマキの気持ち”優先だから」
「……」
「だから、今は違うこと言うゾ♡」
急に語尾を軽くしてくる。
わざと、だ。
空気を重くしないために。
「二日目の午前寄越しなさい」
「わかった」
即答。
ちゃんと「欲しい」って言ってくれる人には、時間を渡したい。
ナツキが一瞬だけ固まってから、むっとする。
「……即答なのムカつく」
「だってナツキだし」
「当たり前みたいに言うな」
当たり前だもん。
「いいの?」
「いいも何も」
笑ってしまう。
「なによ」
「俺、今年の学祭、“ちゃんと全部覚えてたいな”って思ってんだよ」
「……うん」
「去年は、何かと逃げてたからさ。
仕事に逃げて、忙しさに逃げて、
“気づいたら終わってたなー”って感じだった」
今年はたぶん――
そんな逃げ方は許されない。
「だから、ナツキに時間取られるのは、むしろ分かりやすくて助かる」
「分かりやすくて、ね」
彼女が、少しだけ笑う。
「じゃ、決まり」
麦茶のグラスを手に取り、こつんと俺のグラスに当てる。
「二日目午前は、私の」
「はいはい」
そう返しながら、
心のどこかが、少しだけ軽くなるのを感じた。
「……ねえ」
「ん」
「タマキ」
「なんだ」
「学祭、本番期間中さ」
ナツキは、ソファの背もたれに体重を預ける。
「どんだけモテてもいいけど」
「言い方」
「最後に、“今年の学祭ちゃんと楽しかったな”って顔すること」
こちらを見る。
目以外は、笑ってる。
「これ、絶対条件ね」
「……」
「泣きながら帰ってきたら、
私が慰めなきゃいけないじゃん。めんどくさい」
わざと軽く言う。
「でもそれもまあ、嫌いじゃないけど~?」
「後半本音だろ」
「さぁ?」
ごまかすように笑って、
ナツキは立ち上がった。
「ほら、明日は一限あるでしょ。
さっさと寝ろ」
「はいはい」
言われるがままに、歯を磨きに洗面所へ向かう。
「タマキ」
背中越しに呼ばれた。
「ん」
振り向いて欲しくなさそうな声なので、振り向かない。
「学校祭、楽しみにしてるからね」
「俺も」
考えて、返事をする。
「――ちゃんと、覚えとく」
その一言に、
ナツキがどんな顔をしたかは見ていない。
ただ、
「……よろしい♡」
と、満足そうな声が返ってきた。
◇
洗面所でぼんやり歯を磨きながら、学校祭のスケジュール帳を頭の中でめくる。
一日目:模擬店
二日目午前:ナツキ。
二日目午後:メグミ。
三日目午前:VIPショー。
三日目午後:双子。
四日目午後:カズネ。
五日目午前:アキハ。
……フユミは四日目午前でお願いするか。
ハーレムギャルゲーかな?
やっぱり普通に考えて爆発案件だよな。
でも、それでも――
こんなふうに、
それぞれが“半日ちょうだい”って言ってくれるくらいには、
俺はちゃんと“今ここにいる”。
だったら、学祭五日間くらいは、
喜んで全力で振り回されて、楽しもう。




