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最北大学学生事務局  作者: 萩原詩荻


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第106話 ねじ込みは計画的に

202X年、10月初週 昼


 十月の風が、窓の隙間からちょっとだけ冷たく入ってくる。


 学生事務局の部室は、いつも通りカオスだった。


 机の上には、学祭関連の書類。

 巡回シフトの叩き台。

 クレープのメニュー表。

 そして、VIPショーの打合せ資料。


「――じゃ、改めまして」


 ホワイトボードの前に立ちながら、俺はA4の紙束を掲げた。


「VIPショーにおける、学生からの参加モデルの一覧はこちらです」


 指示棒代わりにボールペンを持ち、紙を掲げ、VIPショー担当班に説明をする。


 コウメイ先輩が腕を組んで頷いている。


「……双子込みで十七人か」

「はい。思ったより多かったですね。プロの方も含めると相当な人数になります」

「まあ、そうだな」


 カオル先輩が、紙を覗き込みながらくすっと笑う。


「“プロと同じランウェイを歩けるチャンス!”って煽ったの、効いたわね」


「その煽り文書いたのカオル先輩ですよね」


「そうよ?」


 悪びれない。


「あと、ヒカリさんの名前と掲載雑誌名載せた瞬間、応募数が倍になってた」

 イズミが、自分のノートPCをぽんぽん叩きながら補足する。


「数字は正直だなぁ」


「そりゃそうだろ。

 “今をときめくプロモデルと同じステージ”って言われたら、

 モデル志望でなくても、人生で一回くらいやってみたいって子、そりゃ出てくるさ」


 シンジが頷きながら言うように、貴重な経験だと思う。


 全学年から参加者は出ているが、一番多いのは実は一年生だ。

 正直、来年以降も同じ規模で出来るか?というと、中々難しいと思うが、何かが残ると嬉しい。


「続いて、裏方への参加者はこちらです」


 紙をぺらり。


「マシロ先輩は、なんと服を一着作った側でもあります」

「マシロ、間に合ったのね。やるじゃない」

 カオル先輩が感心した声を出す。


「昨日の夜、『できたー!』って写真飛んできました」


 スマホの画面を見せると、

 部屋の空気が一瞬ざわっとした。


「おお」

「やるなー」

「綺麗……」


 完成した服は、マシロ先輩らしくシンプルで、でも色の使い方が綺麗で。


「本人も“モデルで出る側”なのに、マヨイの服も作ったのか」

 コウメイ先輩が、感心したように言う。


「真面目だな」


「『お姉ちゃんがこれ着て歩いてくれるの超楽しみ!!』って言ってました」


「尊い」

 フユミが呟く。


 わかる、尊い。


「他にも、事務局からはカズネとフユミが裏方参加してます」


「はい!!」


 その場にいるカズネが、元気よく手を挙げる。


「私、音響と進行補助と、

 “場のテンション調整”担当です!!」


「最後の役職ふわっとしすぎじゃない?」

 アキハがツッコむ。


「“盛り上がりが足りない時に全力で煽る人”です!!」


「うん、それは分かる」


 目に浮かぶ。

 マイク持って客席煽るカズネ、容易に想像できる。


「フユミもか」


 コウメイ先輩が、裏方リストに目を落としながら言う。


「はい。『やってみたい』って言ってくれました」


「にゃふ、頑張ります」


 フユミが、むんっとしている。

 可愛い。


「良いことね」


 カオル先輩が、優しげに頷く。


「はい」


 と、ここまでは、平和な会議だった。

 ――ここまでは。


 で。


「……なあ、アキハ」


 気づいたら、口が勝手に動いていた。


「なあに?」


 書類を揃えながら顔だけこっちに向けてくるアキハ。


「ほんのちょっとでもやりたければ――」


 そこで一拍、間を置く。


「モデル枠、ねじ込むぞ」


「待て」


 コウメイ先輩のツッコミが、物理的な音を伴って飛んできた。

 リン先輩とカズネの目が「面白いことになってきた」って言ってる。


「締切は過ぎてる」


「知ってます」


「シフト、組み始めてんだぞ」


「知ってます」


 知ってる上で、言っている。


 アキハが俺を見ている。

 口元は薄く笑っているが、目だけ、ちょっと本気。


「……なんで?」


「昨日、ヒカリさんの会社行って――」


 VIPショーの衣装の仮合わせと、

 ステージ構成の打合せで、

 俺は昨日、一人でヒカリさんのオフィスに行っていた。


「本番衣装の一着、見せてもらったんですよ」


「あー……」

 カオル先輩が、心当たりありげに頷く。


「ヒカリさんとこの、例の新人さんがデザインしたやつ?」


「はい」


 あれは、どう見ても――


「アキハが着たところ見てみたいなって思った」


 気づいたら、本音がそのまま口から出ていた。


 部室の空気が、一拍だけ止まった。


「……」


「……」


「……オイコラ」


 コウメイ先輩が、低い声で呟いた。


「会議中だぞ」


「いや、会議中だからこそ、今言うべきかと」


「お前なぁ……」


 アキハは、と言えば。


「締切過ぎてるんでしょ?」


 淡々と確認してきた。


「過ぎてる」


「――で?」


 視線が、じんわりこっちに向いてくる。


「それでも、見たいの?」

「超見たい」


 即答だった。


 自分でも引くくらい迷いがなかった。


「ぷっ」


 アキハの口元が、ぷるぷる震える。


「アハハハッ!!」


 吹き出した。


「去年の『やりたい』ばりの即答じゃん」


 彼女は腹を抱えて笑っているが、あの日の話は二人だけの秘密では!?


「それはちょっと待て!?」


「何の話ですか!?」

「私も知りたいです」

「聞くな!!」


 一年生二人が突っ込んでくるが、言えるわけがない。

 あんな話。


 アキハは笑いが収まると、軽く息を整えて言った。


「……いいよ。やってあげる」

「え」

「え?」

「えぇ!?」


 一斉に声が上がった。


「いいのか?」


 アキハは、さらっと言う。


「だって、タマキが『見たい』って言ったから」

「……」

「単純でしょ」

「いや、嬉しい」


 リン先輩が、口の端を上げる。


「アキハらしいな」

「らしいって何ですか」

「“隣のやつが本気の目してたら乗る”ってやつ」

「やめろ、かっこよく言うな」


 コウメイ先輩が、ゆっくり立ち上がった。

 立ち上がる動きが、もう“判決”みたいだった。


「――では」


 淡々。


「締切が過ぎてる案件を、今この場で追加するわけだな?」

「はい!」

「お前、返事だけは良いな」

「すみません!!」

「すみませんで済むなら胃薬はいらん」


 俺は、すっと向き直り、手を合わせた。


「というわけでコウメイ先輩、協力してください」

「はぁ~……」


「……お前、最初から俺を巻き込む気だっただろ」


「はい」


「自白早いな」


「だって、シフトと全体調整握ってるのコウメイ先輩だし」


「そういう事実を盾にするな」


 しばしの沈黙。


 部室の中で――

 リン先輩は楽しそう。

 イズミは苦笑い。

 シンジは諦めた顔。

 カズネは「わぁ、アキハ先輩モデル!!」ってテンション爆上がり。

 フユミは我関せずと新しい紅茶を入れている。


 コウメイ先輩は、しばらく天井を見つめたあと――


「……はぁ~……」


 観念したように、もう一度ため息をついた。


「……代わりに、シフト作成全部タマキな」

「はーい」


 反射で返事してから、一拍置いて固まった。


「……全部?」


 シンジが、笑いながら言う。


「はい、決定。アキハ、モデル枠追加。タマキ、寿命削る枠追加」

「枠が酷い」


 カオル先輩が、楽しそうにスマホを取り出す。


「ヒカリさんに“急遽一枠増えたから”ってメッセージ送っとくわ。

 あの人絶対、『やったー!』ってなるから」


「ヒカリさんがそっち側な時点で、

 俺の反対意見はだいたい意味を失うんだよな……」


 コウメイ先輩が、ぼそっと愚痴る。


 カズネが、立ち上がって拳を握りしめる。


「よーし、“学内VIPショー・モデル追加作戦”成功です!」


「作戦名を勝手に付けるな」


「じゃ、私、今から一年生に

 “アキハセンパイがモデル参加!!タマキセンパイが超見たいと発言!!”って宣伝してきまーす!」


「嘘は言ってないけど、やめろ!!」


 止める俺の声より早く、

 カズネは走って部室を飛び出していった。 


「……」


「にゃふ、カズネちゃんが外に出た時点で手遅れです」


「……ま、いいか」


 アキハが笑う。


「どうせバレるし」


「前向きだなぁ」


 アキハが、俺の肩をぽん、と叩く。


「でも、見たいって言った責任、ちゃんと取ってよ」

「何欲しい?」

「考えとく」


 ……俺、なんで自分で仕事増やしたんだろうな。


 答えは単純だった。


 アキハが、着たところを見たいからだ。


 秋本番前。

 学校祭前哨戦。


 一つ、準備期間の仕事を増やした代わりに――


「楽しそうな未来」も、

 ひとつ増やした気がした。


 ちなみに、この翌日、ヒカリさんが例の新人さんと一緒にハイテンションで俺の部屋に突撃してきて、アキハの採寸をしながら超盛り上がるのだが、それはまた別の話。


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