第104話 あまくて、おいしい
202X年、10月初週 昼
「まあ、昨日の時点で正直こうなる気はしてた」
「私も」
アキハと並んで、俺の部屋の中を眺める。
「わー!生クリームふわっふわです!!」
「ちょっとメグミ、それ泡立てすぎじゃない?」
「えー?でもこのくらい“もこっ”としてた方が可愛くないですか~?」
「フユミちゃん、生地焼けてる?」
「にゃふ……ちょっとだけ焦げ目つきました……!」
「それ逆に“大人ビター”で良くない?」
「ねえタマキ、棚の奥のシーチキン使うね?」
「それ俺の非常食――」
「私が晩御飯作ってあげるから♡」
――俺の部屋は、完全に女子会クレープ工房と化していた。
キッチンに、フライパン、ボウル、泡立て器、フルーツ、チョコ、キャラメル、
なぜか白玉と黒蜜まで並んでいる。
「誰だよ白玉持ち込んだの」
「マヨイセンパイです!!」
マヨイが、申し訳なさそうに言う。
「わ、和風クレープも、あった方がいいかなって……」
「可愛い」「天才」「優勝」
即座に女子陣から賛辞が飛ぶ。
「マヨイ先輩、それ絶対“女子ウケ最強枠”ですよ!!」
「“白玉あんこ抹茶クレープ”って名前どうですか!?」
「名前だけで胃が幸せ」
リビングでは、カオル先輩がテーブルを拭きながら冷静に指示を出している。
「生地は薄めがいい。
分厚いと“食べ歩き”に向かないから」
「さすが実務派」
アキハが感心する。
「あと、“焼く人”と“盛る人”は分けた方が効率いい」
「分かりました!じゃあ私は盛り付け担当やります!!」
カズネが、エプロン姿で手を挙げる。
「“映え”は任せてください!!
角度と高さと色のバランスが命ですから!!」
「その割に、さっきから苺盛りすぎじゃない?」
ナツキが突っ込む。
「いいんです!!
“盛りすぎて怒られる”くらいが丁度いいんです!!」
「開き直りが清々しい」
「タマキ先輩~」
メグミが、にこにこしながら呼んできた。
「なんでしょう」
「味見係、お願いします~」
差し出されたのは、
アイス・生クリーム・バナナ・チョコソース・コーンフレーク入りのクレープ。
「……カロリーの暴力」
「幸せになればいいと思います~」
一口。
――甘い。とにかく甘い。だが、うまい。
「……うまい」
「やった~!!」
「でも、当日は管理がめんどくさいからアイス抜きな」
「んへ~」
メグミには悪いが、ダメ。
「じゃあ、残りのアイス食べちゃいます~」
メグミはふにゃふにゃしながら、次のアイスを冷凍庫へ取りに行った。
試食会の建前忘れて食べる気だな、アレ。
「タマキ、これも食べて」
ナツキが、当然のように差し出してくる。
「え、これ――」
「王道のチョコバナナ」
「…美味いし、焼き色や包みも綺麗。何より手際がいい」
「でしょ?」
ドヤ顔。
「“素早く”“綺麗で”“間違いない味”。
これ、当日メインメニューいけるわね」
「基準高ぇよ」
「センパイセンパイ!!」
カズネが、満面の笑みで登場する。
「“タマキセンパイスペシャル”です!!」
「待て、俺の名前を出すな」
「味より映えです!!」
「味も大事だからな?」
見た目は、めちゃくちゃ綺麗だった。
写真に撮ったら、間違いなくSNSでバズるタイプのやつだ。
「大丈夫です!!」
彼女のまわりには――
カットフルーツ、チョコスプレー、カラフルな砂糖菓子、ミントの葉、チョコプレート。
なんかもう、やたらカラフルなものが広がっている。
仕上がりは――
「感想ください!!」
一口。
「……」
「……?」
「……これ、普通に美味くて商品レベル」
「やったぁぁぁ!!」
ジャンプするカズネ。
可愛いけど、床抜けたら困るからやめなさい。
「私の出番だね!!」
マシロ先輩が、「じゃーん!」と効果音を口で言いながら出してくる。
「これは……厚焼きホットケーキ?」
「えっ!?クレープって薄いの!?」
「今知ったの!?」
クレープ食べたことないのか、お嬢様は…?
でも、彩りは流石マシロ先輩ってセンスで綺麗だ。
イチゴ、キウイ、オレンジ、ブルーベリー。
ホイップの上に、カラフルなフルーツがもりもり乗っている。
「えへへ!でも美味しければ勝ちじゃない!?」
「勝ちかもしれない」
色々乗ってて、見た目も楽しいし、美味しそう。
一口。
「……うまい」
「ほんと!?」
「うん。普通に、厚焼きメニューとして食べたい人いそう。問題はコスパ」
「じゃあ、隠しメニューかお子様限定メニューにしよっか!!」
うん、笑みが眩しい。
「にゃふ……」
フユミが、少し緊張した様子で近づいてくる。
「タマキさん……これも、味見してもらえますか?」
一見、すごくシンプルだ。
ホイップと、カットしたりんご、ほんの少しシナモン。
それから――
ほのかに、紅茶の香りがした。
「……これ」
「“りんごと紅茶のクレープ”です。
りんごは、ちょっとだけ甘く煮て、
紅茶は……昨日の夜、ちょっとだけ練習しました」
紅茶フレーバーのシロップを作ったのか。
さすが、紅茶沼住人。
一口かじる。
――甘さは控えめ。
りんごの酸味と、紅茶の香りで、口の中がすっとする。
さっきまでの爆発系クレープの後だから余計に、
妙にほっとする味だった。
「……あ、これ好き」
思わず即答した。
「え」
フユミの耳まで赤くなる。
「ほ、ほんとですか……?」
「うん。……俺の好み、研究してない?」
「にゃふ。タマキさんの好みど真ん中狙いました」
満足そうに頷いて、
小さくガッツポーズしていた。
「尊い」
「今の保存したい」
「動画回してなかったの悔やまれます!!」
俺ん家で動画撮るなよ?
「はい、そろそろ甘いのに飽きたでしょう?」
絶妙なタイミングで割り込んできた声。
アキハだ。
腕まくりしたシャツにエプロン。
髪をゆるくまとめて、「仕事モード」の顔をしている。
「……正直、はい」
「でしょうね」
出てきたのは、惣菜系。
ハム。
チーズ。
レタス。
ソースが、反則級にうまい。
一口。
「……え、なにこれ、うっま。やっば」
「でしょ?」
「普通に店出せる」
「でしょうね」
ドヤ顔しないのが、余計に強い。
「あと、“甘いのはちょっと……”っていう男子陣も絶対いるから。
そのへんの需要も拾っときたいのよね」
「流石すぎる」
ナツキが悔しがってるのが見えるが、コレは美味すぎる。
「タマキくん」
静かな声がした。
「最後になっちゃって、ごめんね」
マヨイ先輩だ。
とにかく丁寧。
生地の焼きムラも、フルーツの切り口も、包み方も。
一見、すごく素朴だった。
ホイップ。
カスタード。
ほんの少しのフルーツ。
派手さはない。
でも、巻き方がもう、明らかに違う。
「はい」
一口。
「……」
言葉が出なかった。
「……美味しい?」
「……めちゃくちゃ」
マヨイ先輩が、少しだけ照れくさそうに笑う。
「“どの時間帯でも、誰にでも、安心して出せる一枚”を、
ちゃんと一種類は作っておきたいなと思って」
しみる。
安心する。
なぜか、胸が落ち着く。
彼女は、ほっとしたように微笑んだ。
「にゃふ」
なぜか隣でフユミが嬉しそうにしている。
「マヨイ先輩」
「はい」
「これ、“店の顔”にできます」
素直にそう言うと、
マヨイ先輩は、少しだけ目を丸くして――
ふわりと笑った。
「はい♡次、シーチキンマヨクレープ」
ナツキが、当然のように新しいクレープを差し出してきた。
「待って」
「なに?」
「俺の胃」
「胃は鍛えるもの♡」
メグミも追撃する。
「タマキ先輩~。アイス、別の味もありますよ~」
「待って」
「待ちません~」
カズネがスマホを構える。
「センパイ!今の顔!“幸福の限界”の顔です!!撮っていいですか!?」
「やめろ!!」
マシロ先輩が元気に言う。
「私も次作る!!お姉ちゃん!今度は和風にチャレンジ!!」
「う、うん。一緒に作ろ?ね?」
アキハが、タオルを投げてくる。
「タマキ、口の端にチョコ付いてる」
「……今?」
「今」
全員の視線が集まる。
「自分で拭く?」
ナツキが聞く。
「拭く!!」
「はいはい」
なぜか、全員ちょっと残念そうだった。
「……なあ」
俺は恐る恐る聞いた。
「これ、試作っていうより“クレープパーティー”じゃない?」
「気づくの遅い」
アキハが即答した。
「今日は最初から9割くらい、パーティのつもりです!!」
「真面目にやろうな!?」
「だから予算無視みたいなクレープもつくってるんだゾ♡」
……これ、原価と利益計算すんの俺なんだけど。
ふと、フユミが言った。
「にゃふ。
こうやって、みんなで集まって、
試作して、笑って――」
少しだけ、言葉を探す間。
「“学祭前”って感じですね」
その一言で、
部屋の空気が、ほんのり柔らかくなる。
騒がしくて。
少しだけ甘くて。
でも、確実に“今だけ”の時間。




