第103話 模擬店、何にする?
202X年、10月初週
十月に入った最北大学は、もうすっかり「学祭モード」だ。
キャンパスのあちこちでパネルが立ち、体育館裏ではなにやら怪しげな骨組みが組まれ、教室の窓には手描きポスターが貼られている。
――そして、学生事務局の部室も、例にもれずカオスだった。
「紙どこー?」「ガムテ一個行方不明です~」「ポスター、こっちが『迷子』でこっちが『ゴミ捨て場』ね」「矢印逆に描くなよ」「タマキ、その書類今日中にデータ打ち直しといて」「了解しましたぁ……」
そんな喧騒の中。
「静粛に」
コウメイ先輩が、ホワイトボードの前に立った。
ざわ……と、部室の空気が少しだけ締まった。
ホワイトボードには、既に「見回りシフト案」「案内所当番表」「縁の交差点配置図」などの紙が並んでいる。
それをひっくり返して、新たなタイトルが書き加えられた。
――『学生事務局・模擬店会議』。
低い声。淡々。だが、これから地獄の入口を開けるタイプの声。
「まず前提を確認する。学校祭運営自体は実行委員会が主。学生事務局は補助だ」
「はい!!」
「は~い」
「にゃふ」
きゅきゅ、とペンの音が続く。
「各所の巡回、案内所当番、迷子案内、ごみ捨て場の管理、『縁の交差点』の管理、そして五日目のキャンプファイヤー設置準備がある」
ホワイトボードが、みるみるうちに黒で埋まっていく。
「うわぁ」
「聞いてるだけで腰が死ぬ」
「キャンプファイヤー、薪が重いのよね」
コウメイ先輩は無慈悲に続ける。
「加えて、三日目のVIP枠の学内プチファッションショーは、学生側の主体は事務局だ」
「はい、死亡確定」
イズミが小さく手を挙げた。
「異議なし」
「その上で、模擬店を出す。――ここまでいいか?」
「よし」
「行ける」
「いけます!」
「にゃふ……いけるです」
人間、言うだけならいくらでも言える。
コウメイ先輩は一拍置いてから、淡々と本題に入った。
「では、無理のない範囲で希望を述べよ」
言い終える前に、皆の脳内は既に焼けていた。
「焼き鳥!!」「肉!!」「酒!」
「お前ら原始人かよ」
「一応聞きますが、他の仕事が忙しいので“模擬店をやらない”という選択肢は?」
「「「ない!!」」」
「あ、はい」
まあ、そうなるよね。
去年も地獄を見たけど、まあ、他のサークル掛け持ちのやつとか自分のクラスで店出す奴とかもいるし、何とかなるっちゃ何とかなる。
「じゃあ、かき氷食べたいです~」
そっと挙手したのはメグミだった。
「甘いシロップかけて~、『おつかれさまです~』って渡すやつ……」
「寒い」
全員のツッコミがそろう。
「あっ……」
「にゃふ、秋の北海道でかき氷は、さすがに“罰ゲーム仕様”です」
フユミが真顔で言った。
「じゃあホットココアと一緒で~」「バランス取る方向おかしいからな?」
ホワイトボードには、どんどん案が増えていく。
・焼き鳥
・マリトッツォ
・タピオカ
・たこ焼き
・チーズボール
・焼きトウモロコシ
・輪投げ
・謎の占い屋台(却下)
・マスター監修カクテル
「学祭期間中は、校内禁酒だ。カズネ」
俺がツッコむと、カズネが「えー」と言いながら×印をつけた。
「占い屋台は、なんで却下されたの?」
カオル先輩が不満気に言うが、当然だと思う。
「うちの美女軍団に手を握られて“あなたの恋愛運は♡”って言われたら、行列と祭りの後がひどいことになりますよ」
「それが狙いよ」
「事故る未来しか見えないんですが」
「未来視の能力者がいる」
「焼き鳥って、終わった頃には全員“炭火スメル”になってる未来が見えます!!」
「未来視の能力者が増えている」
去年の隣の研究会の模擬店を思い出す。
あの人たち、三日目くらいから服も髪も全部焼き鳥の匂いしてたんだよな……。
「それはそれでモテるかもしれないだろ?」
リン先輩が謎理論を展開する。
「“モテる匂い:炭火焼き”やめてもらえます?」
「“ビールと相性のいい男”ってキャッチコピーがつきそう」
「それ完全に親父枠じゃん」
「人手が突然減る可能性も鑑みると、あまり火力メインはお勧めしない」
「去年の学校祭の焼きそばは大変だったからな……」
「あの時ほど『俺たち何やってんだろう』って思った瞬間ないからなぁ」
アレはもう思い出したくない。
「にゃふ、甘味がいいです……」
「ふむ、甘味か。タマキ、何が食べたい?」
ナツキがこちらに振ってくる。
「模擬店会議ってそういう趣旨じゃなくない?」
「いいじゃん、“売る側のモチベ”は大事よ?」
アキハが、半分真面目な顔で言う。
「タマキ先輩~」
メグミが、にやりとしながら身を乗り出してくる。
「お祭りの屋台で、一番好きなのって何でしたっけ~?」
「クレープ」
反射で出た。
――あ。
完全に誘導された、と思った瞬間にはもう遅かった。
「はい出ましたぁ!!」
カズネが机を叩きながら喜ぶ。
「クレープ!映え!」「糖分で人を幸せにします~」「にゃふ、甘いは正義です」
「宗教かな?」
「だって!“手持ちで食べられて”“写真も可愛くて”“甘いのも食事系もできて”“推しと半分こできます”!!」
「最後の条件が不純」
「純粋です!!青春は不純じゃないです!!」
「マシロとマヨイがエプロン着て焼いてるだけで、男は並ぶと思う」
カオル先輩が真顔でさらっと危険な現実を投げてきた。
でも、それはそう。
「じゃあ、マシロ&マヨイスペシャル作る!白はホイップ多め!!」
マシロ先輩が危険な提案をする。
「く、黒はチョコ多め」
マヨイが小さく頷く。
「それは普通に売れる」
アキハが即答する。
「普通に強い。ショーが終わった4日目以降とかヤバそう」
「クレープ屋の男子って、なんかポイント高くない?」
ナツキがきらきらした目で言う。
「エプロン姿で、器用に生地ひっくり返してさ。
『はい、お待たせ』って笑顔で渡してくれる感じ」
「それ“イケメン限定スキル”だからな?」
うちで該当するのはシンジとリン先輩くらいだ。
「というか、クレープの最大のメリットは」
メグミが指を一本立てる。
「余った材料で、打ち上げの時もひたすらクレープ作れるところです~」
「それはデカい」
「お前が一番食べるだろ」
「生地焼き係メグミ」「トッピング地獄メグミ」「味見係メグミ」
全部自分でやる未来が見える。
「あと、クレープって、カスタムできるんです~」
メグミがゆるく続ける。
「“いちごが好きな人”も、“チョコが好きな人”も、“クリーム苦手な人”も、全部受け止められるんです~」
「その発想は大事だ」
リン先輩が頷く。
あ、これ決まる流れだ。
「カオル先輩」
コウメイ先輩が呼ぶ。
「はいはい」
カオル先輩は、スマホを机に置いて言う。
「クレープは正解。理由は三つ」
「理由が三つ」
「一つ。女子が買う」
「断言」
「二つ。男子も買う。だって“女の子に渡すために買う”から」
「最悪の市場分析」
「三つ。写真が回る。“回った写真に店名が写る”。つまり宣伝が勝手に走る」
「怖」
俺が言うと、カオル先輩は肩をすくめた。
「怖いのは世界よ」
「イズミ」
コウメイ先輩が重ねて呼ぶ。
「クレープでいいんじゃね」
イズミは雑に言う。
「火器もホットプレートなら比較的楽だ。あと、うちの女子の呼び込みに映える」
「女子に頼るな」
アキハが刺す。
「いや、頼るっていうか、女子は強い」
「それはそう」
「では、表決をとる」
コウメイ先輩が、手を叩く。
「クレープ賛成の者、挙手」
「「「はーい」」」
女子陣、ほぼ全員挙手。
男子陣も、なんとなく流れで挙手。
「満場一致だな」
コウメイが頷く。
「では、今年の学生事務局模擬店の品目クレープとする」
「よし。決まった」
「決まったな」
「決まったね」
「決まった……」
「決まったです」
「決まった!!」
「では、ここから先は“決めた責任”の話になる」
コウメイ先輩が、資料を配り始める。
紙束が、机に置かれる音が、妙に重い。
「本日から、模擬店準備は即日着手」
「即日!?」
「遅い」
「遅いの!?」
「試作用の買い出し隊と、当日のシフト案を詰める」
「というか、クレープ前提でこの資料作られてね?」
「これが孔明の罠」「何手先まで読んでるんんだ、あの人?」
相変わらず、うちの上級生陣は有能すぎる。
「タマキ」
「はい」
「お前は、本番期間中はフリーということでいいな?」
「シンジとイズミは約束を守ってくれる奴なので」
チラッと二人を見る。
「任せろ!」「任せるな!!」
「だそうです。でも、初日くらいは皆と模擬店やりたいなーと思ってます」
「わかった。じゃあ、その形で組もう。ただし」
ん、流れ変わったな?
「その分、準備期間の業務を持ってもらうが、構わんな?」
「あ、はい。それは喜んで」
なんだ、そんなことか。
「ならば、本番三日前までに、レシピ表と工程表と原価計算と当日オペレーションを作れ」
「急に資料の角度が生々しい!!」
「タマキさん」
メグミが、にへらっと笑う。
「試作で失敗しても、私が全部食べますから~」
「それはそれで太らないか?」
「太ったらタマキさんのせいなので、責任取ってくださいね~」
「責任の取り方が重くない?」
「にゃふ」
フユミが、控えめに手を挙げる。
「たまに紅茶も出しますので、頑張ってください」
「俺の頑張りと紅茶の交換レートが安くない?」
「私、宣伝やります!!」
カズネが拳を握る。
「“クレープは青春”って貼り紙作ります!!」
「キャッチコピーが雑」
カオル先輩が笑う。
部室の空気が“次の地獄”に移行していく。
「じゃ、機材どうする?」
「鉄板何台いる?」
「ホットプレート借りられる?」
「ガスじゃないなら電源足りる?」
「手袋は箱買い?」
「粉は業務用?」
「冷蔵庫の導線は?」
「ホイップ、絞り口足りる?」
「アレルギー表記――」
「ポスター誰が――」
「試作いつ――」
……方向性さえ決めて走り出すと、本当に有能なんだよな、皆。
「店名どうします!!?」
カズネが、きらきらした目で聞いてくる。
「普通に事務局クレープ屋じゃダメなのか?」
シンジが既に書類作成の準備に入りつつ、適当に言う。
……正直、賛成だが、多分。
「ダメに決まってるでしょ!」
「可愛い名前にしましょう!!」
ほら、女子陣の反対にあってる。
「まぁ、名前は追って決めるぞ」
イズミが、会議ノートに「名前:要検討」とメモを入れた。
アキハが、真顔で書類を俺に差し出してくる。
「タマキ、明日、実行委員会への提出と保健管理センター行ける?」
「へーい」
「一緒に行ったげるから朝一ね」
「じゃあ、今日泊まってって」
「しょうがないわね」
「タマキ、顔死んでる」
「まだ何も始まってないのに?」
「何言ってんの、とっくに始まってるのよ」
ナツキが、楽しそうに笑う。
コウメイ先輩が、締めに入る。
「諸君」
「はい」
「祭そのものはそれまでに積んだことの帰結だ。祭に至るまで何をするかが戦だ」
……どっかの漫画の台詞パクってない?
「しっかり準備するように」
リン先輩が笑って、拳を上げる。
「よーし、お前ら。地獄の準備期間、楽しもうぜ!」
「「「……おー……」」」
返事の声に、微妙な疲労感と笑いが混ざる。
でも、なんだかんだで――
……まあ、面白そうではあるんだよな。
そう思ってしまうあたり、俺もだいぶこの事務局に毒されている。




