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最北大学学生事務局  作者: 萩原詩荻


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第101話 恋愛銀英伝

本101話には、銀河英雄伝説の人物名を大量に使用させていただいております。

苦手な方がおりましたら、ご容赦ください。

202X年、夏休み残り二日


 夏休み終了二日前。


 現実逃避先に選ばれた居酒屋は、駅前から少し外れた、チェーンと個人店の中間みたいな店。

 安い。早い。うるさい。最高。


「とりあえず生五つ!あと串盛り!塩で!」

「リン先輩、そのテンションで注文すると店員さんが怯えます」


 イズミが雑なツッコミを入れる。


 男だけの飲み会ってなると、みんないつも以上に雑になる。

 コウメイ先輩とシンジは、注文は任せたと言わんばかりにスマホ弄ってるし。


「はい生ですー!」

 店員さんが置いていく。


 五つのジョッキが揃った瞬間、リン先輩がにやっと笑った。


「――よし。乾杯だ」


「乾杯」


 ガチャン、と音が鳴って、泡が揺れる。

 夏休みが終わる直前の、男子だけの夜。


 それはそれで、ちょっとだけ寂しいのに、ちょっとだけ楽しい。


「はぁ~」


 一杯目のビールを半分くらい消したあたりで、シンジがため息をついた。


「タマキを巡る恋愛戦争も、進んできたなぁ」


 俺は一拍、間を置いてから、ゆっくりジョッキを置いた。


「……はい?」

「僕は正直、マヨイ先輩応援派なんだけどなぁ」

「急に何の話!?」

「時代が動いてるんだよ」

「俺の知らないところで!?」


「戦争っつーなら、ナツキはラインハルト!って感じだよな」

「誰が銀河英雄伝説の話しろって言った」


 イズミが雑にノッてきたので、思わずツッコんだが、時すでに遅しだった。


「お」

 コウメイ先輩の目が、きらりと光る。


「言い得て妙だ。

 銀河帝国の若き獅子。

 自分の理想と美学に従って、戦場を切り開く存在」


「急にナレーション口調やめてもろて」


 リン先輩が笑う。


「“誰かを幸せにするために戦争始めるタイプ”って意味では、確かに近いかもな」


「ヤンはフユミだな」

 コウメイ先輩が、当然のように続ける。


「無駄な戦はしたくないのに、巻き込まれるタイプだ」


「わかる」

 シンジが即座に頷いた。


「『争いたくないんですけど……』って言いながら、気づいたら最前線に立たされてる」

「しかも、勝っちゃうんだよな」

「勝っちゃうね」


「にゃふって言いながら“気づいたら勝ち筋拾ってる様”は、もはや才能だろ」

「『にゃふ、逃げるフリをするです』」

「紅茶大好きだし」

「そうだけど!そうだけど!!」


 たしかに、フユミが一番「戦いたくないのに巻き込まれてる」感はある。

 けど、その言い方をすると、俺の罪悪感ゲージが普通に削れる。


「ハハッ!」

 リン先輩がジョッキを置いて笑う。


「んじゃアキハはキルヒアイス枠か?

 譲り癖あるけど、要所では誰よりも信頼される」

「……あー」

「本人が“自分が前に出る”より、“司令官の隣に立つ”ことを選ぶタイプ」

「しかも、“本気出したら普通に最強クラス”っていうポジションも共通だな」


 納得せざるを得ない。


 が。


「ちょっと待って」


 さすがに口を挟む。


「いや、分かる。分かるけど」


 本当に分かるから困る。


「何、この話の流れ?」


「「「「恋愛銀英伝」」」」


「ジャンルが新しすぎるわ!!」


 何そのニッチなサブジャンル。


「最北大学学生事務局を舞台に――」

 イズミが、手元の箸袋を立てながら、妙にいい声で言う。


「タマキを手に入れるために行われる恋愛戦線を描く叙事詩」


「誰が読むんだその叙事詩」


「“銀河の歴史がまた1ページ”」

 リン先輩が、わざとらしく低い声で重ねる。


「無駄にいい声当てるの止めてもらえます!?」


 コウメイ先輩が、顎に手を当てて言った。


「ではタマキ、お前は誰なんだ?」

「……俺が誰ってどういうことですか」

「恋愛銀英伝の役割としてだ」

「そのタイトルやめません?」


 なんだよ恋愛銀英伝って。

 原作者に謝れ。


 シンジがニヤニヤしながら言う。


「ヤンの下で右往左往してる士官A」

「なんでそんな端役なんだよ!?」

「だってタマキ、状況に巻き込まれてるだけじゃん」

「巻き込まれてるだけじゃねぇよ!俺も……俺も……」

「言えよ、ほら」

「言えない」


 リン先輩が、笑いながら酒を煽る。


「フェザーンをやらせるには役者不足だよなぁ」

「ルビンスキーやれるなら、もうちょっと人生楽なんですけどね!?」


 イズミが、運ばれてきた唐揚げをつまみながら言う。


「イゼルローン要塞でいいだろ」

「人間ですらないのかよ!?」

「どの艦隊が来ても、とりあえず受け入れちゃう要塞」

「やめろ」


 頭抱えたくなるからやめてくれ。


「じゃあ、ヒカリさんは?」

 リン先輩が、楽しそうに続ける。


「……なんだろうな」


 全員が一斉に黙った。

 あの人だけは、別ジャンル感がある。


「旧作にも新作にも出てこないオリキャラ最強枠だろ」

「原作ファンに“いや誰だよコイツ”って荒れそうな強さ」

「やめてくださいホントにやめてください」


 俺のメンタルが荒れる。


「マヨイ先輩は?」

 シンジが、嬉々として乗ってくる。


「“穏やかそうに見えて芯が固い”“受け止めに回る”って意味では……ヒルダあたりか」

「分かるけど、マヨイ先輩だけ女性キャラ当てるのはな……」

「まあ、二次創作だからいいだろ」

「よくねえよ」


 なんの議論をしてるんだ俺たちは。


「マシロ先輩は、どっちかっていうとミッターマイヤー」

 イズミが言うと、全員が「それだ!」と頷いた。


「脚が速い」「情に厚い」「とにかく走って現場に来る」

「“駆けつけヒロイン”」

「ミッターマイヤーそんな役職じゃないからな」


「で、メグミは?」

「フェザーン」


 コウメイ先輩とイズミが、見事なハモりで答えた。


「早ぇよ」

「経済と補給と甘味を握ってる中立っぽい第三勢力」


「どっちの陣営にも普通に出入りして、

 “まあまあ、甘いもの食べて落ち着きましょうよ~”って空気柔らかくしてくる」

「でも気づくと、メグミのとこが一番居心地良くて、

 “あれ、ここ覇権握ってない?”ってなる」


「怖いこと言わないでください?」


「恋愛戦線における都市国家だな」


 シンジがニヤニヤしながら言った。


「ちなみに、カズネは……」

「やめろ。カズネまで銀英伝に入れるな」

「アッテンポローか?」

「ポプランって可能性もあるが」


 イズミが即座に言う。


「違う違う。カズネは“実況席”だろ。戦場の外でテンションだけ最高潮」

「一歩間違えるとトリューニヒト」

「それは……まあ、分かる」


 分かるな。

 国家元首カズネとか恐ろしすぎる。


 リン先輩が大笑いして、テーブルを叩く。


「で、タマキは結局どうすんだよ!」

「どうするって何を!?」

「恋愛戦線の戦い方」


 俺は、もう訳が分からなくなって、適当に思いついたことを言う。


「高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応します」

「フォーク准将乙」

 シンジのツッコミが、光の速さで飛んできた。


「お前さぁ!!」


「完璧だった」

 イズミが拍手する。

「引用場面が美しいな」

 コウメイ先輩が、妙に感心している。


「フォークよりはイゼルローン要塞がいいです!」



「でもさぁ」


 ある程度、銀英伝ネタで盛り上がったあと、リン先輩がふと真面目な声を出した。


「冗談はさておきだな」

「今まで全部冗談だったんですか?」


「半分くらい本気。

 お前、ほんっとモテるようになったよなぁ、タマキ」

「なんかこのメンツで言われると違和感あるんですが」


 モテる奴ばっかりだし。


「去年の春合宿の頃とかさ、

 “ナツキと同族嫌悪してたコミュ障男子A”だったのにな」

「コミュ障男子呼ばわりは流石に傷つくのですが」


 事実だけども。


「今、“恋愛銀英伝”ってネタで遊べるくらいには、だいぶ戦況が混戦だしなぁ」

「それが今やハーレムだもんな」

「去年の今頃までチェリーだったのにな」

「待てや、こら」


 皆が、妙に楽しそうに言う。


「でも、みんな良い女なんだよなぁ」

「それは本当にそう」

「“タマキ周りの女子陣、平均スペックおかしい問題”」


「なんでなんだろうな」


 リン先輩も、珍しくしみじみと頷く。


「俺の大学生活で、ここまで“ルート候補の質が高いギャルゲー主人公”見たことねえわ」


「ギャルゲー言わないでください」


「プレイヤーキャラ:タマキ。難易度:地獄。ジャンル:恋愛銀英伝」


「勝手に難易度設定しないでもらえます?」


「まあ」

 リン先輩が、唐揚げをつつきながら、ふっと笑う。


「“誰も泣かせない”なんて器用な真似、今さらできねーよ、お前」


「だからせめて、“ちゃんと泣かせて、ちゃんと笑わせろ”って話だ」


 コウメイ先輩も頷く。


「ハッピーエンドってのはな」


 シンジが、空になったジョッキを持ちながら言う。


「“誰も一度も泣かない物語”じゃなくて」


「“泣いたうえで、それでも面白かったって思える終わりかた”のことだよ」


 ……マスターの言葉と、どこかで繋がる。


「……ありがとうございます」


 素直に礼が出た。


「おー、素直」


「うるさいっす」


 笑い声と一緒に、ビールを一気にあおる。


 笑いながらも、胸の奥が少しだけざわつく。


 夏休み終了二日前の男だけ飲み会は、

 いつものバカ話と、いつもの本音と、いつもの圧と、

 そういうもので、だらだらと過ぎていった。



「じゃ、そろそろ解散すっか」


「おー」


「おつかれー」「またな」「次は打ち上げで」


 会計を割り勘し、店を出る。


 さっきまでの笑い声が、急に遠い。


 夜風が、ほんの少しだけ秋の匂いを混ぜ始めていた。


 俺とイズミは、いつものアパート方面へ。


 こういう時は、帰る方向が一緒なのが、便利である。


 いつものアパートに向かう道。

 夜の住宅街は静かで、さっきのバカ話が嘘みたいだ。


「……爆発しろ」


 しばらく歩いたところで、イズミがぼそっと言った。


「唐突だな」


「何人超絶美人侍らせてんだ」


 言い方に、わざとらしい軽さと、本気の若干の呆れが混ざってる。


「フハハ、羨ましいか?」


 冗談半分で返すと、イズミは、ほんの一瞬だけ空を見上げてから言った。


「微妙」


「だよなぁ」


 自分でも笑ってしまう。

 羨ましいかって言われると、羨ましいんだろうけど――


 この状況、実際に中にいると、普通に時々しんどい。


 アパートへ続く道。

 街灯の明かりが、アスファルトの上にまばらな円を作っている。


 しばらく、靴音だけが響いた。


「なあ」


 俺が、ぽつりと口を開く。


「あー」


 イズミが、頭をがしがし掻きむしる。


「みんな、イイ女だよな」


「……あ~」


 返事が、ちゃんと“本音の温度”を持っていた。


「……泣かせたくないなぁ」


 口から、するっと出た言葉に、自分で少し驚いた。


 笑い話の延長みたいなテンションで言おうとしたのに、

 思ったより、声が低かった。


「……ぁぁ」


 イズミの返事も、なんか変に生っぽい。


「傷つけたくないなぁ」


 もう一度、言ってしまう。


 ――そんなの、無茶だ。

 分かってる。言ってて、子どもみたいな願望だって思う。


 でも、夏休みが終わる前に、

 男友達相手くらいには、こういう馬鹿みたいなことも、言っておきたかった。


「……なぁ」


 イズミが、少し歩みを緩める。


「一応、聞いとくけどさ」


 街灯の下で、こっちを見た。

 いつもの、色々分かってる目。


「お前、“決める”って、決めたの?」


 マスターに聞かれた質問と、ほとんど同じだった。


 俺は、少しだけ空を見上げてから、頷く。


「決めた」


「そうか」


 イズミは、それ以上何も聞かなかった。


 歩くリズムだけが、少しだけ揃う。


「……イズミ」


「ん」


「もしさ」


 口が勝手に動く。


「もし、誰かと付き合って。

 誰かを泣かせて。

 それで、全部終わったあとで」


 言いながら、自分でも何を聞きたいのか分からなくなっていく。


「俺、ここにいられるのかな」


「“ここ”って?」


「学生事務局とか、この生活とか。

 この“夏の続き”みたいな日々とか」


 全員との関係が変わって。


「全部壊れたりしねぇかな」


「壊れる可能性は、そりゃある」


 イズミは、優しくないことを、優しい声で言う。


「でも、“壊したくない”って思ってるやつが、真ん中で足掻いてるなら、

 俺は全部壊れるとは思わねえよ」


「……楽観的だな」


「だって、イイ女ばっかりだもん」


「……よく、知ってるよ。そんなこと」


 アパートの角に辿り着く。


「俺は、別に、いいと思うけどな」


「……」


「少なくとも、“誰も傷つけない”って幻想だけ握りしめてウロウロしてるよりは、

 よっぽどマシだと思うわ」


「手厳しいな」


「事実だろ」


 いつもみたいに、同じエントランスに入ってく。

 エレベーター前で、立ち止まる。


「なぁ、イズミ」


「ん」


「ありがとな」

「礼言うな。気持ち悪い」

「ひどい」

「俺はお前のキルヒアイスじゃねぇ」

「誰も言ってない」

「泣かせたくないってのは――ま、がんばれ」


 それだけ言って、イズミは自分の部屋の方へ歩いていった。


 背中越しに、手だけひらひら振りながら。


 俺は、その背中を見送ってから、自分の部屋の鍵を取り出す。


 夏休みは、もう終わり。


 でも、こうやって、男だけで笑って、歩ける夜があるなら、

 俺はたぶん、ちゃんと“溺れないように”泳げる気がした。


 ……気がするだけかもしれないけど。


 玄関の鍵を、かちゃん、と開ける音が、

 思ったより、大きく胸に響いた。


「おかえり」



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