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最北大学学生事務局  作者: 萩原詩荻


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第98話 花火大会【中編①】

202X年 夏休み終了五日前、夕方~


① 笑顔をくれる後輩


「センパイ!!」


 飲み物を買いに行こうとしたタイミングで、

 カズネが、ぴょんっと跳ねるみたいに俺の横に来た。


「私、今日、センパイと“夏っぽいこと”したいです!!」

「夏っぽいこと?」

「夏祭りっぽいことです!!」

「具体的に言え!」


 カズネは、真っ赤なまま指を一本立てた。


「……りんご飴、あーん」

「可愛いけど恥ずかしいやつ!!」

「祭りの正解です!!」

「正解じゃない!」


 でも、言った本人が一番恥ずかしそうにしているので、こっちも逃げづらい。


「……わかった。やる」

「えっ」

「やるって言った」

「えっ、ちょ、ま、ほんとに!?」

「やれって言ったのそっちだろ」


 りんご飴を屋台で手に入れ、差し出す。

 カズネが目を泳がせながら、口を開ける。


「あ……」


 ぱく。


 噛んだ瞬間、カズネの顔が一気に赤くなる。

 りんご飴の甘さじゃなくて、別のやつで。


「……あ、あまい、です……」

「りんご飴だからな」

「りんご飴の話じゃないです!!」


 カズネが真っ赤になったまま、両手を振って主張している。

 可愛いなぁ。


「ホ、ホントにやるとは思いませんでした!!」

「じゃあ言うな」

「ダメって言われて、じゃあ金魚すくい行きましょう!って言うつもりでした!!」

「策士策に溺れる」


 可愛い文句を言っているカズネを眺めながらりんご飴を食べる。


 ……あ。


 まあ、いいか。


「カズネ」

「はい!」

「今日も、笑顔にしてくれてありがとう」

「……っ」


 カズネが固まる。

 さっきまでの勢いが嘘みたいに、目が丸くなる。


「皆が浴衣で集まって、楽しくなってるの、カズネのおかげもあると思う」

「そ、そんな……」

「“盛り上げ役”って、実は一番難しいんだよ」

「……」

「空気読んで、場の温度見て、誰かが沈みそうなら引き上げて」

「そんなことないですよ」

「あるよ、少なくとも、俺は助かってる」


 カズネは、しばらく固まってから、急にしゃがみこんだ。


「……っっっっ」


 浴衣崩れるぞ。


「カズネも楽しいか?」

「めちゃくちゃ楽しいです!!」


 即答だった。


「だって、浴衣着てみんなで夏祭りなんて、

 “漫画とかアニメの中だけの世界”だと思ってたんですよ」


「言いたいことはわかる」

「青春!!って感じです!!」


 カズネが、少しだけ目を細めて見上げてくる。


「……ねえ、お願いしてもいいですか?」


「なんだ」


「次の学祭も、その次のイベントも……ずっと、私も呼んでください。

 いらないって言わないでください」


 俺が、この半年間でカズネから聞いた声のうち、一番真剣な声だった。


「言わない。約束する」

 即答。


 カズネが満足そうに微笑む。

 その笑顔は無邪気で、でも、ちゃんと真剣な目だった。


「ありがと、センパイ。じゃあ……ご褒美ください」


「は?」


「頭、なでてください♡」


「要求が具体的だな」


 ため息をつきながらも、そっと頭に手を置く。


「折角の髪型が崩れるから少しだけな」


 まとめた髪の根本を避けて、ゆっくり撫でると、

 小さな肩が、ふわっと安心したように震えた。


「えへへ……。これで、また頑張れます」


「何を頑張るんだよ」


「全部です!」


 即答。

 威勢がいいくせに、耳が真っ赤なのがバレバレだ。


 遠くで、仲間の笑い声が聞こえる。

 でも、この一瞬だけは、たしかに二人だけの世界だった。


「……行こっか」

「はい!!」


 カズネは、いつものテンションに戻って、勢いよく頷く。

 そして――


「じゃあ、先輩」

「ん?」

「手、繋ぎましょう!!」

「急に強い!!」

「浴衣の日は手を繋いでいいって、法律で決まってます!!」

「決まってない」

「決まってます!!」


 カズネの勢いには勝てない。


 ――手を繋いだまま歩いていると、遠くから誰かの視線が刺さるのを感じた。


「……俺、帰ってから殺されない?」

「先輩、幸せそうなので大丈夫です!!」

「それが一番危ないんだよ!!」



② 先輩と未来の約束


「タマキくん」

 カズネと皆の元へ戻ると、背中を軽く引かれた。


 振り返ると、マシロ&マヨイ先輩が並んで立っていた。


「ちょっと、いい?」

「うん?」


「写真、撮ってほしいなーって」

 マシロ先輩が、スマホをひらひらさせる。


「いいですよ。どこで?」

「神社の横の階段! 提灯いっぱいぶら下がってるとこ!」

「ああ、あそこね」


 三人で階段の方へ歩いていき、提灯がずらっと並んでいる一角で立ち止まる。


「ここ!!」

 マシロ先輩が、ぱっとポーズをとる。

 その隣で、マヨイ先輩も、少し照れながら立ち位置を調整する。


「タマキくん、お願い」

「はいはい」


 スマホのカメラを構える。


 ピンク系の浴衣姿なマシロ先輩と、

 藍色の浴衣姿なマヨイ先輩。


 元々似ている顔立ちなのに、

 性格と浴衣の色で、印象が全然違うのがおもしろい。


 ……めちゃくちゃ綺麗だ。


「じゃあ、撮りまーす。せーの」


 パシャ。


「もう一枚!」

「今度は、手繋いで撮ろっか」

「うん」


 双子が、自然と手を繋ぐ。

 提灯の灯りに照らされて、

 ちょっとだけ照れている二人の顔が綺麗で、

 本当に、心から見惚れてしまった。


「わぁ……いい感じ」

 撮った写真を見せると、

 マシロ先輩が、目をきらきらさせる。


「これ、待ち受けにしよーっと」

「それは、ちょっと恥ずかしいかも……」

「お姉ちゃん、可愛いから大丈夫!」


 と、そこでふと、マヨイ先輩がこちらを見た。


「タマキくん」

「はい」


「私たちも、撮ろっか?」

「……え?」


「三人で」

 マシロ先輩が、悪戯っぽく笑う。


「ほら、おいでおいで」


 半ば強制的に、階段の真ん中に立たされる。

 右側にマシロ先輩、左側にマヨイ先輩。

 両側から、そっと腕を取られた。


「はい、“モテモテ図”完成」

「言い方」


 誰かにシャッターを頼もうと視線を上げた瞬間――


「あ、撮りますよー」


 通りすがり(?)の事務局一年女子が、にやりと笑ってスマホを受け取ってくれた。

 完全に“面白がっている顔”をしている。


「じゃあ撮りまーす。はい、笑ってくださーい」


 パシャ。


「もう一枚いきまーす。今度は、マシロ先輩とマヨイ先輩は、タマキ先輩に寄りかかってくださーい」

「お、おい」

「こう?」

 マシロ先輩が、ぐいっと体重を預けてくる。

 反対側からはマヨイ先輩が、控えめに寄りかかる。


 ……柔らかい。

 いろいろ柔らかい。

 というか俺の左腕が埋もれてる気がする!!!


「はい、チーズ!」


 パシャ。


「ありがとうございます~」

 一年女子がスマホを返してくれながら、

 ぼそっと小声で付け足した。


「タマキ先輩、刺されないでくださいね」

「それな」

「あと、今の写真、後で私にもください。双子先輩マジ綺麗でした」

「……わかる」


 写真を確認する。

 真ん中の俺は、明らかに動揺していて、

 左右の双子は、なんだか幸せそうに笑っていた。


「……いい写真だな」

「でしょー?」

 マシロ先輩が、満足そうに頷く。


「タマキくん」

 マヨイ先輩が、少しだけ真面目な声で言う。


「今日みたいに、きれいな思い出」


 マシロ先輩が、空を見上げて、ぽつりと言う。


「これからも一緒に、いっぱい作っていこう」


 マヨイ先輩が、続ける。


「辛くなったら、黒い月のピンで呼んで」

「頑張りたい時は、白い羽のピンで呼んで」


 双子が、左右から同時に顔を寄せてくる。


「――いつでも、私たちがそばにいるから」


 黒いピンと、白いピン。

 双子の合図。


 夜風が吹いて、二人の髪がさらりと揺れた。


「……助けられてばっかりですね、俺」


 素直にそう言うと、

 マシロ先輩が、にっと笑う。


「じゃあもっと頼って?」


「……全然使ってくれないからちょっと怒ってる」

 マヨイ先輩が、拗ねたみたいに言う。


 その声が、妙に胸に刺さる。


「怒ってるんですか?」

「うん、ちょっとだけ」


 二人は顔を見合わせて、ふふっと笑う。


「どうしようもなくなったら京都に連れて帰るね!」

「マシロ!?」

「お母さんやおばあちゃんが喜ぶよ?」

「それは…まあ、たしかに」

「マヨイ先輩!?」

 京都への連行が確定しそうだ。


「冗談冗談!……半分!」

「半分は本気なの怖い!」


「お風呂広いよ!」

「ちょっと惹かれるんですが」

「ヒノキのね!すっごいの!!」

「割と本気でお邪魔してみたいんですが」


 マヨイ先輩が、苦笑いしながらも頷く。


「でも、ほんとに。

 どうしようもなくなったら、来ていいからね」

「三人でのんびりすごしてもいいんだよ!」


「……」


 俺は、二人を、順番に眺めた。


「マシロ先輩、マヨイ先輩」


「なぁに?」「なに?」


「いつもありがとう。

 多分、これからもいっぱいお世話になると思うので、

 その、よろしくお願いします」


「うん」

「うん」


 返事が、左右から重なる。


 双子が笑い合う。


「じゃあさ」

 マシロ先輩が、くるっとこっちを向く。


「この写真、来年の夏もまた撮ろうね」

「来年の?」

「そう。『今年も一緒に花火見に来たねー』って言いながら、同じ場所で」


 それは、軽い提案みたいで、

 でも確かに“未来”の話だった。

 また三人で笑う。


「……はい、また来ましょう」

 少しだけ胸が熱くなるのを誤魔化しながら、頷く。


「その時も、ちゃんと三人で並んでほしいな」

 マヨイ先輩も、静かに笑う。


「じゃあ、その時には――」

 マシロ先輩が、わざとらしくウィンクする。


「タマキくんには、私が作った服着てもらおうかな」

「おお、期待してます」

「お姉ちゃんの分も作るよ!!」

「うん、私も楽しみにしてる」

「任せて!!」


 双子の笑い声が、階段の上に広がる。

 きらきらした提灯の灯りと一緒に、

 なんでもない時間みたいな顔をした、大事な時間が過ぎていく。



③ 癒してくれる後輩


 双子先輩と別れ、屋台が並ぶ参道に戻ると、

 淡いクリーム色の浴衣を着たメグミが、かき氷屋さんの影から顔を出した。


「タマキ先輩~」


 浴衣のクリーム色と、屋台のネオンが、妙にしっくりきている。

 なんというか――屋台のマスコット感がすごい。


「マスコットみたいな立ち位置になってない?」

「休憩所の看板娘です~。お疲れタマキさん、こちら“冷却所”です~」


 屋台の軒先には、簡易ベンチが置かれている。

 ちょうど風が通る場所で、さっきの喧騒より少し静かだ。


「とりあえず、なに味にします?」

「えっとな……」


 メニューを見る。

 いちご、メロン、ブルーハワイ、レモン、抹茶、練乳追加。


「ブルーハワイ」

「はい~」


 メグミは、迷いなく店のおじさんに注文した。


「すいませーん。いちごとブルーハワイ、一つずつで~」

「メグミはいちご?」

「はい~、こういうのは定番が好きだったりします~」


 二人で、氷をガリガリやりながら、しばし無言になる。


「……うまい」

「うまいです~」


「タマキ先輩~」

「ん」

「あのですね」

「うん」


「もしも邪魔だったら言ってくださいね?」


 予告もなく、核心を突いてきた。


「……」


 横顔を見ると、いつもの“んへ~”な笑顔じゃなくて、

 ちょっとだけ、不安そうに笑っているメグミがいた。


「ほら、後期ってもっと忙しくなるって言うじゃないですか~」


「……まぁ、否定しづらいが」


「そういう中で、『サボろ~?』って誘うの、

 なんか、“タマキ先輩の時間を奪ってる”っていうか~。

 “他の人と話す時間、減らしちゃってるのかな~”とか~。

 時々ちょっとだけ、考えるんですよねぇ」


 メグミらしい心配だと思った。


「私、こういうとき、距離の取り方、ちょっと迷うんです」

「迷う?」

「“ここは引いた方がいいのかな~”とか」

「……うん」

「でも、引きすぎたら、今度は“私ってここにいていいのかな~”ってなるし」

「わかるよ」


「だから、もし“邪魔だな~”って思ったら、ちゃんと言ってくださいね?」


 言い終わると同時に、メグミは「えへ~」と笑ってみせるけれど、

 その笑顔の端っこに、ほんの少しだけ力が入っているのが分かる。


「タマキ先輩なら、多分、我慢しちゃうから~。

 “邪魔って思ってるのに我慢される”のが一番イヤなので、

 先に聞いとこうかなって思いました~」


「……バカ」


 思わず、そう言ってしまった。


 メグミの頭を、くしゃっと撫でる。


「だって~」


 メグミが、子どもみたいに頬を膨らませる。


「大丈夫、そんなことにはしない」

「……」


「ちゃんとこれからもメグミが来たい時に来てくれ」


 メグミが、ぱちっと瞬きをする。


「いいんですか~?」

「その代わり、俺が逃げたい時は一緒に逃げてくれるんだろ?」


 一瞬だけ、冗談を挟まずに言う。


 メグミは、少しだけ目を丸くして――

 すぐに、いつものふにゃっとした笑顔に戻った。


「……はい。任せてください~」


 安心したように言って、

 そのまま、俺の肩にもたれかかってくる。


「じゃあ――」

「うん」

「タマキさん、ちゃんと逃げてきてくださいね~」

「ん?」

「溺れそうになったら、“サボりに来る場所”として、私のことも思い出してほしいなーって」


 さらっと言う。

 こいつ、時々本当にずるい。


「“メインヒロイン”とかじゃなくていいので~」

「単語の選び方考えて?」

「“回復ポイント”くらいのポジションで」

「それ、重要なんだが」

「あと、たまに一緒にバイトしてください~」

「……まあ、たまになら」


 メグミが、ふにゃっと笑う。


「……メグミ」

「はい~?」

「メグミって、やさしいよな」

「え?」


 メグミは、ぽかんとしたあと、照れたみたいに笑った。


「やさしいっていうかぁ……」

「うん」

「わたしが、居心地いい空気が好きなだけです~」

「それがやさしいって言うんだよ」


 メグミが、口元を手で隠した。


「……んへ~」

「溶けたな」

「溶けました~」


 メグミは、肩に寄りかかったまま、ぽそっと言う。


「タマキさんが、『いていい』って言ったから~」

「言ったな」

「今日も、逃げ場にしていいですか~」

「……いいぞ」


 小さく笑う。


「えへへ~。じゃあ、花火まで、ちょっとだけ~」


 ……こういうのが、ずるい。

 本人は“安心できる先輩に甘えてるだけ”なのに、

 受け取る側の心臓を、じわじわ溶かす。


「……なぁ、メグミ」

「ん~?」

「お前が『サボろ~』って言ってくれるの、結構助かってるよ」


「知ってます~」


 あっさりと言われた。


「でも、ちゃんと言ってくれるのは、嬉しいですね~」


 そのまま、しばらく二人で黙る。


 屋台の喧騒は遠く、花火の打ち上げはまだ先。

 ただ、浴衣姿で肩を並べて、どうでもいい話をする。


「お祭りの屋台で何が一番好きですか~」

「クレープ」

「女子っぽ~い」

「うるさい」

「でも後で買ってきますね~」

「買ってくるんだ」

「半分こしましょ~」


 どうでもいい会話をしながら、

 “何も起きない時間”を、贅沢に使った。


 ――こういう逃げ場をくれるメグミのことを、

 やっぱり俺は、ちゃんと好きなんだと思う。


「タマキさん」

「ん?」

「……“サボりたいなー”って思ったら、とりあえず、声かけてください~」


 その一言だけは、ちゃんと覚えておかなきゃな、と思った。






(つづく)

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