第97話 花火大会【前編】
202X年 夏休み終了五日前、夕方
数日前。
学生事務局のグループチャットに、カズネが元気よく投げ込んだ一言が、全ての始まりだった。
『夏祭り行きませんか!! 花火大会!! 浴衣!! 屋台!! 金魚!!』
その勢いのまま、話はトントン拍子に進み、
「行ける人自由参加で~」と、結果的に二十人以上のメンバーが「行く」と返事をした。
――で、当日。
「なんで男だけ時間通りに来てんだろうな」
神社の境内、まだ人がまばらな夕方五時。
リン先輩が、焼きとうもろこしを齧りながら、心の底からの疑問を口にした。
「集合時間=“女の子が出発する時間”って、歴史で習わなかったか?」
シンジが、当たり前みたいな顔で金魚すくいのポイを破壊している。
「お前、それ世界史のどの範囲だよ」
俺は、屋台のベンチに腰かけながら、ラムネのビー玉を指でつついた。
「いやぁ、でも今日は“本気浴衣”らしいからなぁ」
イズミが、イカ焼きを片手にぼそっと言う。
「マシロ&マヨイの部屋で、着付け班が本気出すらしい」
「本気ってなんだよ」
「知らん」
「っつーか、女子来るまで何するんだよ」
「射的だぁ!!」
「高校生かよ」
「大学生だよ」
「誇れないな」
「よし、まずは景品の“うさぎの光るやつ”を落とす」
シンジが宣言する。
「それ誰が欲しいんだよ」
俺が言うと、
「カズネ辺りに渡して“タマキから”って言っておけば、あとで揉める」
イズミがさらっと最悪の策略を口にした。
「やめろ! 火種を増やすな!」
「花火大会は火種が主役だろ」
「黙れ!」
隣では、コウメイ先輩が真顔で、輪投げの確率分布を計算していた。
「三投百円、景品の期待値……」
「先輩、祭りの輪投げに期待値とか出さないでください」
「学祭の屋台運営に活かされる」
「真面目だなぁ」
男子約10名。
揃いも揃って精神年齢が低下していくのを感じる。
まぁ、夏祭りってそういう場所だ。
そんな感じで、女組の到着を待つ我々は、男だけで既に祭りをそれなりに満喫していた。
「にしてもさ」
たこ焼きのパックを片手に、イズミがぼそっと言う。
「今日、全部で二十人以上来るんだろ。事務局全体で」
「ああ。自由参加なのにな」
「暇人ばっかか」
「ヒカリさんも来るらしいぞ、カズネが言ってた」
「マジで!?」
アイツ何してんの?
「花火大会、屋台、浴衣、男女比ほぼ半々、うちの美男美女率。
――事件が起きないわけがない」
「……うん、あいつら全員浴衣姿ってヤバくね?」
「大学のやつらに見られない方法ある?」
「諦めて刺された方が多分早い」
「リン先輩が病院まで背負って走ればいい」
「おう、刺したやつの後始末も任せとけ」
「俺が刺されないようにする方向で考えてもらっていいです?」
◇
そのころ――。
「帯、ほどけたぁぁぁぁぁ!!」
双子の部屋では、別の戦場が展開されていた。
「帯、もうちょい締めていい?」
「きゅっ、ってなってる……!」
「マシロ、そこまで締めないの」
「だって浴衣は“きゅっ”ってしてるのが可愛いんだよ!」
「ちょ、ナツキ、動かないで」
「無理!苦しい!暑い!でも可愛くしたい!!」
部屋の真ん中に姿見が二つ。
その前で、女の子たちがぐるぐる回転している。
マシロ&マヨイの部屋――“本日の着付け本陣”。
着付けがちゃんと自分でできるのは、ヒカリさん、マヨイ先輩、アキハ、メグミの四人。
この四人が先生役で、残りをどうにかしている。
「カズネ、動くな」
「はーい!」
「動いてる」
「ごめんなさい!!」
ナツキは、白地に紺の朝顔柄の浴衣。
髪をざっくりまとめて、涼しげにピアスが揺れている。
「帯!帯が!!リボンがなんか納得いかない!!」
「見た目はめっちゃ可愛いけど」
「自分の中の“完璧ライン”が厳しいのよ、この人」
「……ねぇ、どう? ちゃんと“夏のヒロイン”してる?」
「してるしてる。自己評価高すぎるのも含めて」
「うるさい!」
アキハ自身は、紺地に細かい柄の落ち着いた浴衣。
帯の結びが綺麗で、妙に大人っぽい。
「アキハ、帯の後ろ何その形。器用すぎない?」
「動画見て練習した」
「女子力の暴力だ……」
「大人っぽい~」「アキハさん、すてきです」「なんか“モテるOL”感あります」
「誰がOLよ」
メグミは、淡いクリーム色に小花柄。
ゆるふわ系の髪型と合わせて、破壊力が高い。
「メグミちゃん、それ絶対男子に人気のやつです」
「えへへ~、おばあちゃんに選んでもらいました~」
「ばあちゃん天才か」
「にゃふ……メグミちゃん、歩いてるだけで屋台の売上が上がりそうです」
「なんでですか~」
「“あ、なんか買ってあげなきゃ”って気持ちになるのです」
「それは分かる」
「カズネちゃんは――うん、完全に“お祭り来ました!!”って顔してる~」
「やった!!」
カズネは、元気いっぱいの黄色に、大きなひまわり柄。
「センパイ、どうですかね!?」
「まだタマキいないから」
「脳内タマキセンパイで構いません!!」
「カズネ」
「はい!」
「そのタマキ、私にも貸して」
「嫌です!!!」
フユミは、落ち着いた淡い水色に、小さな金魚柄。
襟元きっちり、帯もきっちり。
普段よりも少しだけ背筋が伸びている。
「にゃふ……わ、わたし、浴衣って、どうやって呼吸するんですか……」
「大丈夫よ、似合ってる。“守りたい浴衣ヒロイン”って感じ」
「な、なんか照れます……」
双子は、言うまでもなく反則だった。
マシロはピンク系の古典柄。
マヨイは、落ち着いた藍色に白い花。
髪をまとめ上げて、うなじが綺麗に出ている。
帯はきっちり綺麗で、まさに妖艶な色気枠。
姉妹で並ぶと、完成度が高すぎて反則だ。
「お姉ちゃん、エロい」
「……マシロ」
「誉め言葉だから!!」
「マヨイちゃん、完璧」
「マシロが髪やってくれたから……」
「いやいや、ベースが良すぎ問題」
そして、最後に現れたのが――
「お待たせ」
ヒカリさんだった。
白地にすっきりした紺の柄。
帯は深いワインレッド。
髪は少しだけまとめて、うなじと耳が綺麗に出ている。
「……綺麗」
誰かが素直に漏らした。
「ね、たまには浴衣もいいでしょ?」
「モデルが本気出すと世界観が変わるのよ……」
アキハが頭を抱える。
「じゃ、行こっか」
「にゃふ、行くです!」
「……で?」
浴衣の襟元を整えたアキハが、さりげなく話題を投げる。
「誰が最初にタマキの腕を取るわけ?」
「「「「「…………」」」」」
絶妙な沈黙が訪れた。
「今、全員“取りたいけど言ったら負け”って顔したわよ」
「うるさい」
「にゃふ……」
「えへへ~」
「わ、わたしは、べつに……」
ヒカリさんが、口元に手を当てて笑う。
「じゃあ、今日は“自然発生したやつ勝ち”でいいんじゃない?」
「自然発生って言っちゃってますけど!!」
そんな会話を交わしながら、
学生事務局・女子浴衣隊は、ようやく神社へ向けて出発したのだった。
◇
男子組は、一通り遊びつくして、鳥居近くの待ち合わせ場所で待機していた。
「おーい、そろそろ集合時間から三十分だぞ」
「既に“女子の時間”換算だと早い方なんだよなぁ」
「どう思う?」
「絶対凄い」
「マヨイ先輩とか多分ヤバい」
「いや、メグミとか浴衣が似合うぞ、絶対」
そんな風に男子しかいないからこそできる話をしていると――
「センパーイ!!」
明らかにテンションの高い声が飛んできた。
振り向いた男連中が、一瞬、黙る。
「…………おお……」
「……ほほう」
「……」
――多い。可愛い。強い。情報量が多い。
「爆発しろ」
シンジが、こちらを向いて、真顔で言った。
「タマキ爆発しろ」「前世でどんな徳積んでるんだ」「世界救ってても許さん」「なんだあの美女軍団」「覚えとけよ」
「痛い、痛いって」
事務局の男連中が地味に蹴りを入れてくる。
気持ちはわかるけど、痛い。
「おっつー。お待たせ?」
近寄ってきたナツキが「どーよ?」と言わんばかりに、くるっと回る。
「……うん、知ってた」
俺の口から、素直な感想が漏れた。
「なにが?」
「浴衣でも綺麗だなって」
「でしょ♡」
「自覚をもうちょい抑えて」
横で見ていた一年男子が、こそこそ囁き合っている。
「先輩、あれ大丈夫ですか?」「リアルにハーレムじゃん……」
「あとで刺されても文句言えない光景です……」
聞こえてるぞ。
後ろからカオル先輩が、ため息混じりに言う。
「……ねぇ、男子。目のやり場って知ってる?」
「知らないです」
「知りたくないです」
リン先輩が笑って、手をひらひらさせる。
「よしよし、全員集合な。人数確認するぞ!」
結果、参加者は二十人ちょっと。
自由参加なのに、妙に集まっている。
学生事務局、こういう時だけ団結力が高い。
そして、いる。
ヒカリさんが。
浴衣が似合いすぎて、神社の空気が一段上がっている。
「……なんでいるんだよ……」
俺が思わず呟くと、後ろでカズネが元気よく言った。
「バーで誘いました!!」
「お前の行動力、時々世界を動かすよな」
「えへへ、褒めてください♡」
「よしよし、よくやった」
ヒカリさんが俺を見つけて、目を細める。
「タマキくん、今日もちゃんと生きてる?」
「生きてます」
「よし、合格」
「不合格だとどうなるんですか……」
コウメイ先輩が頷く。
「この場はすでに“学祭の予行演習”だな」
「どこがだよ」
「人が多い。視線が集まる。統率が必要。胃が痛い」
「最後だけリアルすぎるだろ」
そんな賑やかさの中、当然のようにリン先輩が口を開く。
「よし――“花火会戦”、ここに開幕だ」
「勝利条件は」
「楽しんだもん勝ちだ」
屋台で食べ物を買い、くじを引き、りんご飴をかじり、金魚すくいでシンジが惨敗し、
ナツキがラムネのビー玉と格闘し、カズネがテンションマックスで跳ね回り、
ヒカリさんが「映える」構図で写真を撮っていく。
そんな感じで、花火が上がるまでの時間は、
なんとなく、自然に「二人きりになる時間」が生まれていく。
誰かがトイレに行き、
誰かが屋台に並び、
誰かが場所取りを交代し――
飲み物買いに、とか。
ゴミ捨てに付き合って、とか。
ちょっと涼しい場所行こう、とか。
……まあ、分かっている。
“二人きりになる時間”を、
誰かが、どこかで、意図的に作っている。
誰が、とは言わない。
だいたい全員だ。
どうせ男子組も裏で協力してる。
そういう流れの中で、俺は――
(つづく)




