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第二話 ショッピングモールの天使

まっすぐ帰る気分ではなかったので(タイムカードは速攻切ったが)隣のショッピングモールへ寄っていた。

智子はショッピングモールのアパレルコーナーが好きだった。

もう年齢的にも、そこまでファッションにこだわりがあるわけではないのだが、ショップの店員さんたちを見るのが好きだった。

テレビのコントでは、甲高い声で挨拶してきて「これが今年流行ってるんですよー」とか言ってくるわずらわしい存在として描かれることも多い彼女たちだが、私は彼女たちの事を尊敬してやまない。

まず第一に、彼女らは総じて若く美人である。

派手なメイクでそう見えているだけだと言う人もいるけれど、そのメイクだって、それを毎朝早起きして出来る意識の高さ、新しい化粧品をチェックして購入する労力は、私たち家電量販店の店員なんかと比べ物にならないくらい勤勉だと思う。

そして、スタイルがいい娘がホントに多い。そして自分のスタイルの良さを自覚し活かす服をちゃんと選んでいると思う。

彼女らはきっと学生時代から、クラスでも美人であることやスタイルが良いことで目立っていたのではないだろうか。それは一種の才能なので、頭がいいことやスポーツが出来ることと同じくらい価値があると思っていて、彼女らが才能にあぐらをかかず、さらに努力を重ねていることに、本当に頭が下がる。

そして何よりも彼女らが美しいのは、一生懸命仕事をしているってこと。コントで揶揄されてしまうくらい一生懸命販売しようとしているってこと。きっと彼女らってアルバイトや派遣がほとんどなんだと思う。それなのに、田舎のショッピングモールで、おばさんや中高生相手に、一生懸命笑顔を作って、勉強してきたことを活かして喋っている。

それはもう、本当は奇蹟のようなことなんだけど、あまりみんな気付いてくれない。

こんな娘がうちの店に勤めたら、もうアイドルとしてちやほやされること間違いないのだが、平均的にみんな可愛いところで働いていると、その中に埋もれて紛れてしまう。

特に智子がお気に入りなのは帽子屋の酒井さんだった。智子ことを隣の家電量販店で働いていることを認識してくれていて、絶妙な距離感で話しかけてきてくれる。

若いのにとても頭の良い娘で、以前智子がちょっと派手な帽子を手に取った時に声をかけてきて、

「飾ってあると素敵なんですけど、ちょっと難しいですよねー。全身のコーディネートをこの帽子に合わせるくらいシックにまとめられれば、お客様くらい背が高くて(私の身長は165cm)スリムだとイケると思うんです」

 智子が手に取ったのは黒いフエルトの中折れ帽だった。智子はただ、なんか中原中也みたいで可愛いなと、全然買う気もなく手に取っただけだった。でも、彼女の物言いが興味深かったので、思わず聞いた。

「マントとか……? いやーコスプレみたいになっちゃいますかね! あは。あ、すいません。あの、重ための細身のロングコートとかを着て、ブーツを履きたいときとかですかね」

照れたように笑ってるのを見て、正直な人だなー、ファッションに対してまじめだなー、とも思った。

そして可愛い。マジ天使。

そんなやり取りをして以来、帽子はそこで買うことにしている。まあ、帽子自体そんな頻繁に買うものでもないから、二、三回しか行ってないのだけれども。でも、行くたびに、酒井さんは似合う、似合わない、だけでなく、合わせて着る服の話までしてくれたり、ファッションで気分が変わる。気分が変わると行動や言動が変わるというマザーテレサのような話をしてくれた。一個3000円ぽっちの帽子の為に。

私が3000円のトースターであーでもないこーでもないって言われたら、知らないよ、じゃあ自分で勝手に選んでよって、思っちゃうだろうなー。


酒井さんは店頭にいなかった。

というか店内に誰もいない。もう営業時間終了が近いからかな。

残念、と思いながらも、とりあえず帽子屋を物色。

気持ちが上がらなかったので、帰ろうかな、と歩き出しかけた。

「あ、こんばんは」

酒井さんがバックヤードから顔をのぞかせた。

「あ、うん、忙しかった? 閉店間際だったよね」

現在7時半、たしか8時閉店だったはず。

「えっと、時間は大丈夫なんですけど」

酒井さんは明らかになにかうろたえていた。

いつもの明るく人懐っこい顔が曇るのを見るのは、なんだか痛い。

「なにか、あったの?」

「それが…」

どうやら酒井さんは客(?)に付きまとわれているらしい。

そいつはいつもこのあたりの時間に来るそうで、帰りもちょっと不安だそうだ。

「そっか、会社には話してあるの?」

「一応…。でも毎日来てもらうわけにもいきませんから。わたし派遣ですし。」

それで一人の時間は奥に隠れてレジだけ打つようにしているとのこと。

派遣だと助けてもらえないのだろうか。ショップが対応するのか、派遣会社が対応するのか、ということか。家電量販店にも派遣さんはいる。その状況はわからなくはない。

「どんな奴? やばそうな人種?」

酒井さんの話は断片的だった。ぽつぽつと話し始めたが、話す準備をしていないことを話しているという感じで、ちょっとわかりにくかった。

まとめると、見た目は、ふつう。年の頃は30くらい。どちらかというとおとなしい感じということだった。

彼女はいつも通り接客をしていた。(それは、彼女にとってのいつも通りだった)

別に印象的なことはなかったらしい。初めの接客がいつだったのかも覚えていない。

いつのまにか、あれ? また来たんだ、と気づき始めたとのことだった。

そしてある日、

「僕のことを覚えている?」

と言ってきた。

その時点でちょっと気持ち悪いとは思ったらしい。

覚えていないことを伝えると、その男は酒井さんの高校の国語教師だったと言ってきた。

2年次の一年間だけ。国語のみ。担任とかの深い間柄ではないと。

「いや、あの、まあ、実際はそれだけなんですけど…。なにかあったわけではないんです」

酒井さんはずっと話しながら、販売員基本姿勢(手を前で合わせる立ち方)だった。ときどき、落ち着かない様子で両手をこすり合わせたりした。

智子は彼女の背中をさすってみた。船橋紗智子がしてくれたことをなんとなく思い出して。

「あ、ありがとうございます」

そう言って智子を見上げた酒井さんは、儚げで、不謹慎ながら、美しかった。

なにかしてあげたい。

「駐車場まで一緒に帰ろうか?」

「え! そんな、悪いですよ」

「私も駐車場までは歩くんだし、一緒に出よう」

「あの! そう、お名前、聞いてもいいですか?」

「智子。橘、智子」

「智子さん、じゃあ、閉店作業しちゃいます、私たちはぐるってまわって、映画館の入り口から出るんです。ここで少しだけ待っててください」

少し彼女が明るくなったことに、智子はホッとした。

酒井さんはテキパキとレジを締めて、シャッターを操作。キーキーとシャッターが下りる間に電気を消して、閉まりかけのシャッターに滑り込む。器用だな、きっと賢い娘なんだろうな、と思った。

「お見事」

「えへへ」

駐車場まではしばらく歩く。道すがら智子は、なにか楽しい話はないかなー、と思い頭をひねったが、若い娘が喜ぶ会話かー、どうしよっかなーと思ったところで、酒井さんは紙袋を出した。

「これ、今日のお礼に」

袋には中原中也の中折れ帽が入っていた。

「え! いやいや、もらえないよ、なんか割に合ってないよ」

「これ、サンプルなんです。こないだ智子さんが見ていた物と、似てるだけで」

「えー、いいのー? 本当に?」

「私たちも結構もらうんです。バックヤード狭いからたまったら捨てちゃうし」

「そうかー。じゃあ、ありがたく」

智子はその場で被ってみる。

真っ黒なフエルトハット。

高校生の時、中原中也という詩人がちょっとカッコいいって思って、一冊詩集を買っただけ。汚れっちまった悲しみに、か。

「ななめにするのかな?」

「ジュリーみたいですね」

「ジュリーなんてよく知ってるね」

「帽子界のレジェンドですから」

そう言って笑った酒井さんは智子の帽子の角度を調整した。

「うん、やっぱり、似合うと思います」

「えっと、マントを羽織るんだっけ?」

「あはは、そうです」

「難易度が高いなー」

彼女の車についたところで、酒井さんは改めて深々とお辞儀をした。

智子は帽子を片手にそれに応えた。

務めて明るく、なんの不安もないのだという顔で。



それからしばらくして、彼女が殺されたことを知った。

その日、ショッピングモールには規制線が張られ、警察や報道機関がぐちゃぐちゃと動き回っていた。

家電量販店も敷地内ということで妙にざわざわとしていた。警察の発表では犯人は特定されていないとのことだった。

来店客数も少なかったので、店長は船橋副店長に、女性スタッフだけでも帰そうかと相談していた。

大げさに怖がるパートさんや、野次馬的に噂話をしているスタッフの声がときおり耳に入ったり入らなかったりしていた。

「被害者は若い女性らしい」

「店員だってね」

「帽子屋? ああ、あるね帽子屋」

智子は混乱していた。

犯人はあの教師なのだろうか。

彼女は一体どうすればよかったのだろうか。

感じのいい接客をすると、付きまとわれる。

彼女はきっと良かれと思ってそうしていたはずだし、会社も先輩も、いくら派遣だからって、感じのいいことは良いことと思っていたはず。

資本主義のバグだろうか? それとも彼女個人の問題だろうか。時給で働く派遣として、感じ悪くすれば良かった? 相手を見て、うまく立ち回ればよかった?

そして、私には、なにかできたのだろうか。

できたかもしれない。

毎日送ってあげれば、事件は防げた。

いやいや、それは現実的ではない。

実際、あの後だって、彼女とは一度も会う機会なんてなかったのだから。

私にできたことなんてない。

でも、なにか、あったような気がして、なにかし忘れてしまったような、罪悪感と後悔のような、それとは少し違うような、混乱がまとわりついていた。

「ごめんなさい」

口にすると、泣けてきた。馬鹿みたいに泣けてきた。涙腺が壊れたのかと思うくらい涙が出た。

悔しいのか?

怒りなのか?

わからない。

わからないよ。





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