第三話 インターネットの玩具
深夜一時、智子は事件のことをネットで検索していた。
初めにヒットしたのは、大手のニュースサイトだった。
ショッピングモールの敷地内で二十歳の女性が遺体で発見された。
発見し通報したのは、モールの警備員。
警察は殺人事件として捜査中。
情報らしい情報がなかった。捜査中だからだろうか。
酒井さんの名前は出ていない。顔写真なども出ていない。実名報道はされなかったということか。
もしかして、被害者は別人だったりして。という淡い期待が頭をよぎる。
確かめにいってみようかと思うが、それはそれで怖かった。
翌日の朝は起きるのが辛かった。
寝たのは何時だったろうか。
「いらっしゃいませ」
おじさんが、いや、お客さんが、ケータイの充電ケーブルを探しているらしく、声をかけてきた。
「えっと、年代でケーブルが変わるんで、見せてもらえますか」
「車に置いてきた」
「え、では、端子の形状とか名称はわかりますか?」
「わかんねえよ」
「それだと…こちらも」
「もっと詳しい人と代わってくんない? 急いでるんだけど。なんか愛想も悪いし」
「いや…」
しまった、全然仕事モードに入れない。どうしよう。
「あのさ、わかる人呼んでよ」
「はい…」
「ご案内代わりましょうか?」
背後から声をかけてくれたのは船橋副店長だった。
完成された営業スマイルで、ケーブル売り場におじさんを連れて行くと、実物をみせていた。
「あー、たぶんこっちだ。ありがとう」
「こちらこそ。ありがとうございます」
接客が終わった彼女はツカツカと智子のもとにきて、
「どうしたの? 体調悪い?」
「あ、すいません。昨日あまり眠れなくて」
「仕事はできる?」
「はい、たぶん」
そこにいつもへらへらしている若手社員がよってきた。
「副店、すいませーん、なんか、警察の人来てるんスけど」
「警察?」
「防犯カメラ見せてほしいって」
「ああ、そう。じゃ、ちょっと智子さんも来て」
「え? 私?」
来たのは中年の制服警官と、薄汚れた警備員の二人だった。
ショッピングモールの事件の捜査で、カメラの映像が欲しいとのことだった。
「提供するには本社の確認が必要です。お待ちいただけますか?」
「ご協力ありがとうございます。待っている間に、アングルとかだけでも見させてもらってもいいですか?」
「はい、どうぞ。じゃあ、智子さん。一応その間立ち会って」
そういうと船橋副店長は、スッと私にイスを出してくれた。
座って休む理由をくれたのだと思う。
ありがたい。
制服の警官はじっと防犯カメラのモニターを見ていた。
その間、薄汚れた警備員は一言もしゃべらなかった。
「この方は?」
「ああ、モールの警備員の方です。カメラの位置とか死角とかを知っている方なので、ちょっとご協力をしてもらってます」
「どうも」
警備員は不器用そうに頭を下げた。小太りで、50代くらい。
智子は警官が画面に集中している間に、警備員に近づいた。
「あの、もしかして、発見されたのって、あなたですか?」
「え! あ、はい!」
声が大きい! バカ! 警官がこちらを見た。
こんな場面で事件の話なんてしていいわけがない。智子は一旦黙った。
船橋副店長が戻ってきた。
「恐らく許可は出ます。ただ、こちらも法律上データの引き渡しに書面が頂きたいので、その手続きが済んでからになります」
「心得ております。ありがとうございます」
「では、こちらが申請書類です」
警官は会釈してそれを受け取った。
なんだか二人とも手馴れていて大人のやり取りだった。
智子と警備員はそれをぼーっと見ていた。
はっ! しまった! 私もぼーっとしている側だ!
智子はその日の夜もネットで事件を調べていた。
大手では新しい情報はなかった。
ただ、昨日と状況が違ったのは、掲示板やまとめサイトが動き出していたことだった。
ゾッとした。
正直、怖かった。
酒井さんの名前、顔写真、出身校、家族構成までが調べられ、ネット上にさらされていた。
智子の中のもしかしたら彼女は被害者ではないのかもしれないという淡い希望は、とても静かに砕けた。
文字通り無音だった。
有志によってかき集められた情報が、有志によってまとめられ、有志によって情報が精査されていく。
それは好奇心なのか、興味本位なのか、なんで、このひとたちはこんなにも熱量を注いでいるのだろうかと、自分を棚に上げて、情報を漁った。
そこには、悪意めいたものを感じるときもあれば、義憤のようなものを感じることもあり、真面目に犯人を特定しようとしている人もいた。
掲示板やまとめサイトにはルールがあるようだった。
“ソースを出せ”
このフレーズが頻繁に出てきて、引用元URLやリンクがあった。
リンク先は彼女のSNSであることが多かった。
彼女のSNSを見るのは辛かった。
奪われた日常がそこにはあった。
卒業式とかのイベントや、どこかのアミューズメント施設とか、決して派手ではないが、普通の可愛い高校生が楽しそうにしている写真が多かった。
いくつかのリンクを踏んだ。
もう、いいかな。
こんなことしても、しょうがないか。
智子は時計を見た。
深夜3時。
またやってしまった。明日も仕事なのに。
流れ作業のようにスクロールとクリックをしていた。
“わい、ショッピングモール事件の犯人やが、質問あるか?”
“は? 釣り乙”
“通報しますた“
“kwsk”
“被害者との面識は?”
“あった。詳細は特定の恐れがあるからいえない”
“俺は聞きたい。嫌な奴は出ろ。いえる範囲で具体的に”
“目的は?“
“強姦するつもりだったけど、安全な場所を確保できて、エスカレートした”
“ただ殺したわけじゃないと?”
“安全な場所って?”
“ショッピングモールって安全なの?”
“服屋が閉まった後、映画館が閉まるまではセキュリティがガバい。反対の障碍者用トイレまで連れ込めば誰も来ない。事前に調べた”
“え? マジなん?”
“殺す前になにした?”
“おまいらがいつもブヒブヒ読んでるエロ漫画みたいなことをした”
“祭りじゃん! 聞かせてください! 尊敬!”
“ショッピングモールの事件って、マジじゃん、コイツ本物!?”
“〇○○に〇○○突っ込んでどこまで入るか試してみたり、どこまで広がるか試した”
“は? マジキモい”
“血が出たり、変な声とか出てきて、萎えた。もっと興奮するかと思ったが、意外としないのな”
“人ってある程度いたぶると、「助けてください」と「お願いします」しか言わなくなるのな。もっと語彙があって色んな反応をしてほしかったわ”
“飽きたから首絞めて殺した。もっと楽な方法を準備しておけばよかった”
“なんか証拠隠滅とかめんどくさくなって、そのまま逃げた”
バタン!
ノートパソコンを閉じた。
見なきゃよかった。
気持ち悪い。
なにしているんだろう、私は。
知りたくなかった。知る必要なんてなかった。
いや、知るべきだった? で、なにが知りたかったんだろう。
わからない。
すみませんでした。
神様。
信仰心なんか普段ないのに、あまりの理不尽に、目を閉じて天を仰いだ。
天使が殺されたからだろうか。
そうだ、天使が殺されたのだ。
神の出番じゃないか! 怒りや罰が落ちないと、お前なんていないことになる。
神よ!
……いないのか。
そうか。




