変な天才
その日、凛花は会社で久々に平和だった。
珍しく定時に近い時間で仕事が終わり、気分だけは少し軽い。
帰宅途中、スーパーで缶ビールを2本買う。
(今日は勝ちやな)
そんな気分だった。
ベランダに出ると、ステフはもういた。
いつも通り、そこにいるのが当たり前みたいに。
煙草の火が小さく光っている。
「ねぇ」
「今日細かい客に当たってさ」
煙草を吸いながら静かに聞く
「ここが違う、あそこが違うって」
「面倒だな」
「でもさ」
缶を軽く揺らす。
「こだわり強い人って嫌いじゃないんだよね」
ステフが煙を吐く。
「いたな」
「また?」
ステフ:
「久々に国に帰った時に会ったやつだ」
凛花:
「どこに」
「ミラノ」
凛花の手が少し止まる。
「……急に海外」
「元々あっちだからな」
さらっと言う。
「絵描きだ」
「またジャンル違うな」
「ずっと描いてる」
「仕事人間じゃん」
「夜中でも呼び出される」
「ブラックじゃん」
「顔が違うって言って描き直す」
凛花の手が止まる。
「は?」
「何度も」
「ストイック過ぎない?」
「光の入り方が違うとか」
「いや分からんて」
「分かるらしい」
煙草の煙がゆっくり流れる。
「あと、変なことばかり考えてた」
「例えば?」
少し間。
「空を飛ぶとか」
「は?」
「人が羽で」
凛花は少し笑う。
「夢見がちかよ」
「武器も描いてた」
「物騒だな」
「戦車みたいなやつとか」
凛花の表情が少しだけ変わる。
「……」
缶を持つ手が止まる。
「それさ」
「なんだ」
「誰?」
少し間。
煙がゆっくり吐き出される。
「ダヴェ...いやヴィッチ...違うななんだっけ」
凛花:
「……」
凛花はスマホを取り出す。
(画家 ミラノ 有名)
検索。
スクロール。
すぐに出てくる。
レオナルド・ダ・ヴィンチ
凛花の目が止まる。
・ミラノで活動
・絵画、発明、解剖学
・飛行機の原型の設計
「……は?」
さらにスクロール。
兵器の設計図。
羽のような装置。
凛花の呼吸が少しだけ変わる。
(全部合ってる)
ゆっくり顔を上げる。
隣を見る。
変わらない。
いつも通り、煙を吐いているだけ。
凛花:
「……お前さ」
ステフ:
「なんだ」
凛花:
「これ」
スマホを軽く持ち上げる。
「完全に一致してんだけど」
少し間。
ステフが画面を見る。
「ああ、これこれ」
あっさり。
凛花の動きが止まる。
「いやいやいや」
「軽いんだよ」
「そうか?」
「そうだよ」
凛花は一歩だけ詰める。
「これダ・ヴィンチだよ?」
「そうだな」
「全部あってる、いやいやないない...」
凛花は言葉を失う。
「……」
風が抜ける。
さっきまでの軽さが、少しだけ消える。
「……なんでそんな知ってんの」
少し間。
ステフ:
「近くにいたからだ」
「……」
笑えない。
凛花はスマホを見る。
もう一度、隣を見る。
(これ、今までと違う)
「……本当に?」
小さく呟く。
ステフ:
「何がだ」
凛花:
「いや……」
言葉が続かない。
少し間。
ステフが煙を吐く。
「そういえば」
凛花が顔を上げる。
「昔、約束したな」
凛花:
「は?」
「有名になったら何でもしてやるって」
凛花:
「……」
スマホを見る。
本にも載っている。
ゆっくりと顔を上げる。
凛花:
「……じゃあ」
少し間があき
「何でもしてやれよ」
「……嫌だな」
露骨に顔をしかめる。
「面倒だ」
「逃げんな」
「約束は昔の話だ」
「お前が言い出したんだろ!!」
凛花は思わず笑う。
でも。
その笑いは、少しだけ違っていた。
ただの“面白い話”じゃない。
なんだろう、嘘?本当?
作り話だと思っていた事が少しだけ本当の話のように感じた
ちょっとだけ信じてみようかなそう思えた




