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残されたもの

今夜、やけに静かだが凛花の心中は穏やかではない。

毎度毎度の残業とセクハラに今にも爆発しそうだった。

いつもより高い度数の酒を浴びるように飲む。


ステフはいつもの場所にいる。

「あのクソオヤジ遂にセクハラしてきやがった」

開口一番凛花は吐き捨てるようにステフに愚痴る


「人の身体舐めるように見やがって、バレバレだっつーの」


「お前も大変だな」


「いくら私が魅力的だからってやめて欲しいわ」


ステフは上から下へ、そしてまた上へ視線を戻す

「確かに結構な物をお持ちで」


「おい、エロジジイお前もか」


「冗談だ、だから110番の状態で携帯を持たないでくれ」


「おっさんに足綺麗だねとか安産型だねとか言われてもこれっぽっちも嬉しくない。鳥肌が立つ。」

キモい、といった表情で肩から下をガシガシ擦る


「そういやあんたってこんだけ生きてるんだから恋人とかいなかったの?」


ステフはすぐには答えない。

少しだけ間を置く。

「……恋人ではないな。子供は出来てたが」

短く、それだけ。


「そーか、やっぱいないよねー.....って、え?

凛花が驚きの声をあげる。


熱を帯びた空気。

どこまでも続く砂の大地

辺りには大きい石が積まれ三角錐の建造物が点在している

活気のある人々、石像が立ち並ぶ街

ステフはそこにいた。


「エジ...プト?」

凛花が呟く


「前に話したろう、カエサルの手伝いをしていたと。

その頃だ」


エジプトのファラオである彼女は弟との権力闘争に負け亡命していた、その時エジプトに滞在していたカエサルとステフと出会う。


ステフはの彼女の印象は美しいが別の所に興味があった。強い目をしていた。権力争いに負けボロボロの筈がまだ希望を捨てていないあの目が印象に残る。


彼女は権力を取り戻すためカエサルを利用しようと近づいた、エジプトの財力が欲しかったカエサルからした利害の一致とでもいうのか都合が良かったのだ。


ただ彼女が先に出会ったのはカエサルではなかった

彼女はカエサルではなく近しい物から引き合わせてもらう為にステフと接触を試みた。


「あなたがステフ?」

最初の言葉だった。


ステフは軽く頷く。

「そうだ」


それだけのやり取り。


彼女は自分の為に利用するだけ、その筈だったが妙に話が合った。



政治の話や人の話。国の話からやがて話さなくても良い身の上話までする様な仲になってしまった。

最初の無気力で何を考えているのかわからない変な男

その印象が段々と変わっていき当初の目的は別で彼女はステフに惹かれていく。

「面白い人ね」

彼女は笑う。

話してみればステフは意外と博識で旅をしていた事もあり世界を知っていた。


凛花がぽつりと言う。

「あっちからだったんだ」


ステフは少しだけ視線を落とす。

「ある日だ」


静かな部屋。


クレオパトラが言う。


「好きよ」


凛花が固まる。


「え?」


ステフは短く言う。


「断った」


「え、なんで!?」


「その頃カエサルと婚姻が決まっていたからだ」


結婚はするけどあんたの事が好きって事だよね?

愛の無い結婚か...」


ステフは続ける。

「上司の妻にこれからなる女と恋仲になんぞなれん」


「あんたの倫理がちゃんとしてて良かったよ」



「一度でいい」


彼女は引かなかった。


凛花が小さく息を呑む。


ステフは少しだけ目を細める。


「俺も」

「好きだった。好きになっていた」


沈黙が訪れ凛花は何も言えない。


ステフもそれ以上は言わない。


「その後は忘れることにした」


凛花が小さく言う。


「忘れられるもんなの、それ...」


ステフは答えない。


時が経ちカエサルと結婚した彼女は権力を取り戻しファラオになるそして4人の子供を産みまた権力争いに敗れやがて自ら死を選ぶ事になる



「彼女は死んだ」


凛花の顔が強張る。


「史実通りだ」


静かな声。


「クレオパトラは自ら命を絶った」



その後一通の手紙が届く。


凛花が息を呑む。


「そこに書かれていた」


ステフはゆっくり言う。


「子供がいた」


凛花の目が揺れる。


「……え?」


「俺との間に」


言葉が落ちる。


「だが」


「もういない」


凛花が震える声で聞く。


「どういうこと?」


ステフは答える。


「彼女が亡くなる前に養子に出された」

「名前も、場所も分からない」


沈黙。


長い沈黙。


凛花は何も言えない。


「その時だ」


ステフの声が少しだけ低くなる。


「初めて感じた」

「失う物の恐さが」



「だが....死ねないからな」

ステフに哀しげな表情を向けられ凛花は何ともいえない感情が込み上げる


喉に詰まる、何も言えない。


「だからそういう感情は持たない事にした」


生温い風が肌に触れる

凛花は問いかける、慎重にそして丁寧に。


「……会いたいとか、思わないの?」


少しだけ声が震える

ステフは考える。


「分からない」


それだけ。


「そっか...」


ただ、空を見る。

「でも良かったじゃん、あんたの家族はどこかにいる。1人じゃないね」


「あぁ、そうだな」

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