誰のためのものか
今夜は少し冷えていた。
凛花はベランダに出て、静かに言う。
「慕われる人ってどんな人かな、上司がやばすぎて慕う気すらおきないんだが」
ステフは壁にもたれている。
「あんた慕ってた人いる?」
ステフはゆっくり頷く。
「いた、彼こそ真の英雄だと思っている」
「へー、あんたにもいるんだね。基本小馬鹿にした態度ばっかり取ってるから意外かも」
凛花が視線を向ける。
黙るステフ
「いや、話せよ。誰だか気になるだろ」
軽くつっこむ凛花
「……そうだないつから話そうか」
凛花は何も言わず、続きを待つ。
乾いた土地。
粗末な小屋。
ステフはそこにいた。
「水、いるか」
差し出された手。
黒い肌。
凛花が小さく言う。
「アフリカ系の人たち?」
ステフは頷く。
「世話になった」
食べ物を分けてもらう。
寝る場所をもらう。
だが——
「明日も働かされる」
自由はない。
凛花の顔が曇る。
「それって…」
ステフは静かに言う。
「奴隷だ」
少し間が空く
「おかしいと思った」
凛花はうなずく。
「そりゃそうだよ」
ステフは続ける。
「同じように話す」
「同じように笑う」
「何も違わない」
凛花が小さく息を吐く。
「……うん」
ステフは視線を落とす。
「擁護はした」
「やめろとも言った」
だが——
「止まらない」
空気が少し重くなる。
凛花がぽつりと言う。
「一人じゃ無理か…」
ステフは否定しない。
やがて。
「戦争になった」
凛花が顔を上げる。
「南北戦争」
ステフは頷く。
「北軍にいた」
「リンカーンの下だ」
凛花が少し驚く。
「……そっち側にいたんだな」
ステフは短く言う。
「理由は一つだ」
「彼らには借りがある」
凛花は何も言わない。
ただ、少しだけ表情が柔らぐ。
ある日。
リンカーンが言う。
「どうすればいい」
迷いではない。
だが、重さがある。
ステフは少し考える。
そして言う。
「肌の色で分けるのはおかしい」
凛花が静かに聞いている。
「劣ってる種族なんてものはない」
「優秀なやつはいる」
「それだけだ」
リンカーンは黙って聞く。
ステフは続ける。
「俺は見てきた」
「助けられた」
短い言葉。
「政治は何のためにある」
少し間。
「人の為じゃないのか」
「利益と自由を守る為じゃないのか、何故搾取されなければならない」
凛花がゆっくり顔を上げる。
ステフは最後に言う。
「それ以外はいらない、自由さえあれば」
静寂。
リンカーンは目を閉じる。
そして——
小さく頷く、何かを決心したかのような表情だった。
凛花は少し考えている。
「それで、あの言葉がでてきたと?」
ステフは煙を吐く。
「どうだろうな」
凛花は少しだけ笑う。
「でもさ」
空を見ながら言う。
「ちゃんと届いてるよね」
「その言葉」
ステフは何も言わない。
凛花が少しだけ強く言う。
「すごいやん、それ」
「珍しくいい話.....」
ステフは笑う。
「たまにはな」
夜は静かに続いていく。
その言葉は、今も残っていた。




