第56話 ルチルとゲーム(2)
王冠が描かれた棒を指先で振りながら、いきなり先端を僕に突き付けた。
「よし、決めたぞ。前菜としてキスだ」
「キス魔のルチルにしては普通のような」
「私からキスをすればの話だ。今回は拓光にキスをして貰う。これはかなり新鮮だ、ほら、掛かって来い」
可愛い顔で勇ましい言葉を発した。瞼を閉じると黒くて長い睫毛が可憐な少女を作り上げた。
ルチルは少し顎を上げた。開花を迎えた薄桃色の唇が柔らかく解ける。甘い匂いに誘われるようにゆっくりと顔を寄せた。
体温の上昇を感じる。深呼吸を間に挟んで軽く触れた。せがむようにルチルの唇が開いてゆく。
僕は唇を強く合わせた。口の中で待ち構えていた肉厚の花弁が纏わりついて湿った音を立てる。とても貪欲で、正直で、頭がクラクラする。食虫植物に絡め捕られた気分になった。
キスをしているようでいて、実はされていた。意識がふやける前に僕は自ら頭を引いた。
「なんか、凄いね」
「そうだな」
見つめ合う数秒が恥ずかしくて、お互いに目を逸らした。
心の中の動揺を悟られたくないのか。ルチルは筒を必要以上に激しく回した。濡れた唇は艶やかで色っぽく、まともに見ることができなかった。
「ほら、引け」
「わかったよ」
目を伏せた状態で棒を引き抜く。僕よりも先にルチルが拳を握り、無言で両手を突き上げた。その姿で喜びに震えているようだった。
悪い予感が僕の首をやんわりと絞めてくる。
「……今度は何をすればいいのかな」
「その為の用意は済ませてある。実行に移す前に聞くが、すき焼きパーティーの出来事を覚えているよな」
「すき焼きを楽しんで、その、後半が少し乱れたかな」
「当然、私と要にしたことは覚えているだろ」
本題とばかりに顔を近づけてきた。どうしても艶やかな唇に目がいく。両手で抱き寄せたくなる衝動を堪え、過去の記憶に意識を傾けた。
「二人の胸を揉んだことだよね?」
「そうだが、違う。差があった。わかるよな」
「揉み方、強弱の違いかな」
「フ、フフ、そうくるか。拓光、覚悟しろよ」
可愛い顔を歪め、ゆらりと立ち上がると僕の正面に立った。くるりと回って膝の上に座ると、背中をぴったりと合わせてきた。
「あの、これは?」
「ここからが本番だ。拓光、私の胸を揉め」
「この状態で?」
「低い身長のせいで胸が見えないのか?」
確かに目視はできない。ただ、何となく位置はわかる。ルチルの腕を回って右手を伸ばし、膨らみを掴んだ。
「そうじゃないだろ! 前の時もそうだ!」
「ど、どうしたの、急に」
「要は直で私は服の上からだった! 不公平だろ。どっちが上か証明してやる」
ルチルは僕の手首を掴んだ。肩の上を通すように位置を修正した。
指先に柔らかいものが当たる。力が加わると深い位置に潜り込み、掌に丸い膨らみが収まった。
「こ、これは、もしかして」
「そうだ。ブラは外しておいた。要の胸と比べてみるんだな」
「この状態で揉めと?」
「私が王様だ。命令には従って貰うぞ」
負けず嫌いにも程がある。このような展開は予想していなかった。指を動かしていない状態でしっとりと濡れてくる。
「早くしろ」
「本当にいいの?」
「もちろんだ」
軽く揉むと指先に弾力を感じる。着やせするタイプなのか。見た目よりも大きく感じた。
「もっと真剣に揉め」
「わかったよ」
掌全体を使って揉んだ。回すように動かしたり、強弱をつけてみた。
ルチルの身体が不自然に揺れ動く。息遣いのようなものが聞こえ始めた。
その微かな変化が極度の興奮をもたらした。揉む手が止められない。はっきりとわかる喘ぎ声を聞きたいと切実に思った。
右手は荒々しく丸い膨らみを蹂躙する。ルチルの動きが大きくなる。堪え切れなくなって、いや、と吐息のような声を漏らす。
「……ん、当たってる」
「なんのこと」
「私の下から、固いものが、あ、当たってる」
意味がわかった途端、僕は右手を一気に引き抜いた。解放されたルチルはよろけるように立ち上がると、潤んだ目をこちらに向ける。
「ご、ごめん。なんか興奮して」
「身なりは小さくても、拓光は男なんだな」
上体を倒した僕にルチルは満足したような表情で言った。
「どうだった? 私の胸は要と比べて」
「その、綺麗な形で大きくて、弾力があった」
「どちらが上だと思ったんだ?」
「……こんなに興奮したのは、今日が初めてかもしれない」
ルチルは歓喜の叫びを上げなかった。しみじみと受け止め、そうか、と幸せを噛み締めるように微笑んだ。
二人だけの王様ゲームは終わった。
カラオケボックスは本来の役目を果たす。勢いのあるアニメソングが次々と歌われた。マイクを握ったルチルは立った状態で拳を握る。ギターソロの間奏ではショートの髪が乱れるくらい激しいヘッドバンギングを見せた。
僕はソファーに座った状態でタンバリンを持ち、曲調に合わせて打ち鳴らす。
どこか虚ろで先程の興奮が燻っている。ルチルの揺れる胸を見ていると一線を越えた未来の自分が見えるような気がした。
心の中に残った熾火は、当分、消えそうになかった。




