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第55話 ルチルとゲーム(1)

 大学の正門を抜けると、鮮烈な赤いゴスロリに目がいく。ルチルで左手を腰に当てた状態でニヤリと笑う。

 右手で僕を指さすと、確保だ、と声を上げた。

 二人のスーツを着た男性が音もなく両脇から現れた。どちらも温厚そうな顔で、申し訳ありません、と低姿勢ながら凄い力で強引に歩かせた。車道に停めてあった白い大きな車に乗せられると、以前のようにアイマスクを付けられた。ほとんど振動がなく、滑らかに車は走り出す。

 前と同じであればルチルの家に連れていかれることになるのだろう。

 恋人になっても僕の待遇はあまり変わっていなかった。


 一時間くらいだろうか。柔道場に隠されたエレベーターで地下に降りた。片側に並ぶドアの一つを開けて中に入る。

 カラオケで気分を盛り上げるつもりなのだろう。考えた矢先、テーブルに見慣れない筒を見つけた。中から二本の棒のような物が突き出している。

「気付いたようだな。前とは違うぞ。拓光と私は恋人だからな。それも結婚を前提とした付き合いだ」

「結婚はまだ先の話だと思うんだけど」

「早いに越したことはない。そこでカラオケボックス定番のアレをやるぞ」

 カラオケですることは限られている。十八番おはこの曲を熱唱するとか。または飲食しながらの楽しい会話くらいしか思いつかない。

「カラオケなら歌だよね?」

「それはおまけだ。定番の遊びと言えば王様ゲームに決まっているだろ」

「え、二人しかいないんだけど」

「何か問題があるのか? 二人いれば成立するゲームだ」

 僕が王様なら穏便な方向で進められる。ルチルの場合だと、どうなるのだろう。無茶な要求をされることは目に見えている。考えるだけで体温が上昇しそうになった。

「あの、先にトイレを借りてもいいかな」

「緊張して催したのか。奥のドアだ」

「ありがとう」

 中に入ると忘れずに鍵を掛けた。持っていた香水を掌に軽く吹き掛ける。肌の露出したところには使わず、シャツの中に手を入れて擦り付けた。効果が強すぎても困るので。

 すぐには出ないで水を流し、すっきりした顔でソファーに座った。

「それで、本当に二人で王様ゲームをするつもり?」

「もちろんだ。その目的で連れてきたのだからな。私が王様になった時の案もいろいろと考えている。期待していいぞ」

 前髪を掻き上げる仕草で爽やかな笑顔を見せた。

 外面に騙されてはいけない。悪魔はこのような態度で悪事を働くと、相場が決まっている。

「最初に引く権利を与えてやろう」

「それじゃあ、これで」

 一本を引き抜くと先端に王冠のマークがあった。目にしたルチルは、マジかよ、と引く前に嘆いた。まあ、二人しかいないので仕方がない。

「拓光、どのような命令であっても聞いてやる。おまえが王様だからな」

「お言葉に甘えて肩を揉んで貰えるかな」

「真面目にやれよ?」

 ルチルは怒りの目を向けてきた。

「いや、本当に肩が凝っているんだって。揉めばわかるから」

「それなら背中を向けろ」

 背負っていたリュックを足元に置くと、言われた通りにした。両肩に手が置かれた。状態を窺うように満遍まんべんなく指を動かす。

「割と固いな。凝っているという話は本当のようだ」

「最近、座る時間が長くなって。それで肩凝りになったのかも」

「電脳世界か」

「それもあるね」

「本格的にしてみるか」

 太い指の感触は親指だろうか。肩口から押し始めて首の根元まできた。徐々に上げて襟首まで押す。数回、同じことを続けると、今度は肩を叩き始めた。程よい強さで少し眠気を覚える。

 最後の仕上げと肩を入念に揉まれた。

「だいぶ、柔らかくなったぞ」

「ありがとう。十分だよ」

「ゲームに戻るぞ。次は私が王様になる番だ」

 筒を軽く回したあと、僕に突き出した。

「拓光からだ」

「わかった。こちらで」

 引くとまたしても先端に王冠があった。

「なんか、悪いね」

「これが王様ゲームだ。遠慮なく命令すればいい。先に言っておくが二度目の肩揉みは無しだ」

「もちろんだよ。どうしようかな」

 ルチルは僕を睨むようにして見てくる。睫毛が意外と長い。アイラインを引いたような目は凛々しく、女の王子様を謳うだけのことはある。鼻筋も通っていて唇は割と薄く、青みかっていた。

 その顔を見て僕は閃いた。

「ルチルの素顔が見たい。化粧を落としてきて」

「お、おまえ、それは学生証の影響だろ!」

「ダメなのかな。僕は王様なんだけど」

 ルチルは赤らんだ顔で震える。いきなり立ち上がると無言で出ていった。

 スマホの時間で十五分が過ぎた。ドアがゆっくりと開いて片目をのぞかせる。

「……笑うなよ」

「そんなことしないよ。だから入ってきて」

「全く酷い王様だ」

 ルチルは大股で歩いて僕の横に座った。横顔のままこちらを向こうとしない。

「可愛い顔を見せてよ」

「誰が可愛いだ!」

 怒鳴った拍子にこちらを向いた。

 やや眉毛が薄くなったように思える。目は前よりも優しさに溢れ、唇の発色が格段に良くなった。

「王様ゲームの続行だ!」

「僕から引くんだよね?」

「わかっているなら早くしろ!」

 急かされて一本を引き抜いた。先端には何もなかった。

 目にしたルチルは大きな声で笑い出した。

「ついにきたぞ! この私が王様だ!」

「その、お手柔らかにお願いします」

「王様とは横暴の限りを尽くすものだ! 平民はただ従うのみ! これが世界のことわりだ!」

 可愛い顔で目を剥いて言い切った。

 暴君と化したルチルの命令が間もなく下される。


 僕はいるかいないかわからない神に祈るしかなかった。

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