人間狩り
とうとうラカンテの屋敷に到着した。
城壁のような石垣の上に建てられた屋敷だった。ここは木が少ないのたろう、石造りの建物で全体がお城の様な雰囲気になっている。
馬車は玄関前の庭園のような所に降り立った。
今井が馬車から降りているとラカンテが姿を現した。
「これはこれはナキータさん、よくお出でくだされた。大歓迎いたしますぞ」
「お世話になります」
今井は女性らしく丁寧に頭を下げた。
家の中に通された。ゾージャの屋敷と雰囲気が全然違う、冷たい感じの家だ。
ラカンテの下僕達が馬車から荷物を運んでいる。ナキータのための部屋が準備されているのだろうが今井はラカンテについて奥に進んでいった。
応接室らしい所に着いた。
「旅はいかがでしたかな?」
椅子を勧めながらラカンテが聞く。
「快適でした。まあ、途中で盗賊に会ったりしましたが」
「それは、災難でしたね… いや、盗賊の方がです」
今井は笑った。
「確かにそうですね。盗賊のかしらは殺されてしまったし… 災難だったでしょうね」
「あなたが殺ったんですか?」
「はい…」
今井はそう答えたが、心の中は穏やかではなかった。あまりいい気分ではない。
「あなたを襲うなどと… 盗賊と言えど相手の力量を見るくらいの能力を持つべきです。相手の力量も分からずに闇雲に襲うのでは返り討ちに合っても仕方ないですな」
ラカンテは馬鹿にしたように言うがそれは無理なように感じた。ゾージャでさえナキータの力に気がついていない。
「そう言うのは盗賊に可哀想です。ラカンテさんが強い妖力をお持ちだから相手の力量がお分かりになるんです」
「いえ、妖力の強さとは無関係です。トレーニングですね。相手の身のこなしから相手の強さを推し量るんです。強い相手は一分の隙もない」
今井は笑った。それだとラカンテがナキータを強いと見抜いた話と矛盾する。俺は隙だらけのはずだ。
「でも、私は隙だらけですよ」
「お見通しですよ、女だからと思ってわざと隙だらけに見せている事などわかっています。愚かな奴は隙だらけだと思うでしょうね。ところが隙だらけに見えて隙がない。たいしたものです」
なんか冗談のような話になってきた。かなり強い相手のはずなのに実際に相手を見るとまるでと素人のように隙だらけだ。これはわざと隙があるように見せているに違いない、と思い込んで逃げて行く話が落語か何かにあったがそれと同じなんだろう。
「私は本当に隙だらけなんです」
「いやいや騙されませんよ、しかし、そうおっしゃるならそう言う事にしておきましょう。強い女を敬遠する男がいるのも事実です」
「はあ…」
「さて、夕食はどうしますかな。人間の魂ってのはどうです。これから人間界に繰り出しませんか」
ラカンテはとんでもない事を言い出す。人間を殺すなんて論外だ。
「いえ、私は人間の魂を食べるのは止めたんです。人間の魂は絶対に食べません!」
今井ははっきりと宣言した。
「ご冗談を、あんな旨いものを食べないなんてバカげています」
「でも、食べません!」
今井はもう一度宣言したがラカンテは面白そうにナキータを見ている。
「法力使いが怖いんですね。しかし、竜王結界がある。これがあれば絶対に大丈夫です」
ラカンテは指にはめた竜王結界をナキータに見えるようにした。しかし、蛇の飾りはピグとも動かない。今井が持っている竜王結界の蛇が今井に向かって激しく牙を剥くのと全然違う。
「それは本物なんですか? つまり蛇の飾りが全然動きませんけど…」
「蛇の飾り?」
ラカンテは自分の指にはまった指輪を見つめた。
「動かないとは?」
「だから、蛇がもう少し動いていいんじゃないかと思って…」
ラカンテは少し考えている。
「この蛇はどう言う時に動くか知っているかね?」
「近くに法力使いがいる時です。でも、いない時でもじっとはしていないと聞いた事があります」
今井はでまかせを言った。自分の竜王結界の蛇を見る限り、この蛇が今井のいない所では彫り物のようになってしまうとは思えなかった。
「ほう…」
ラカンテは考えている。
「私は聞いた事がないな。蛇が動くのは法力使いが近くにいる時だけだ。ただ、こればかりは試しようがない。法力使いの知り合いなんていないからな」
いや、それがいるのだ、しかも目の前に。
「でも、どこか、偽物のような気がします」
なんとかして、ラカンテにこれは偽物だと教えておいた方がいいと思った。でないと、これを本物だと思って頼りにしたら封印されてしまうかもしれない。今井には法力があるらしいのに蛇が反応しないのは偽物としか思えない。
「この竜王結界からはあなただって強い力を感じたでしょう」
「はい、それは…」
「それをゴルガ殿の前で言って欲しかったですな、えらい恥をかきましたよ」
「あの時はすみませんでした。私が強い事は知られたくなかったんです」
「承知しています。だから怒ってはいませんよ。つまり、強い妖力を持ったものしか力を感じない。本物だという証拠ではありませんか」
「でも、その程度の偽物はあるらしいです。私にはそれが偽物だと思えて仕方がないんです」
今井はなんとかそれが偽物かもしれないとラカンテに思わせたかったが、今井が怪しいと言えば言うほどラカンテはムキになってきた。
「わかりました。人間界に行くのが怖いんですね。本物かどうかはっきりしない竜王結界などではとても安心出来ないと、こうお考えなんですね。その気持ちよくわかります。だったら、こうしましょう。私が一人で人間界に行って人間を捕まえてきます。一番美味い若い女を二人捕まえてきます。それが今夜のご馳走です。いかがですかな?」
「いえ!!」
今井はあわててしまった。食用に人間を捕まえて来るなんて信じられない。
「私は人間の魂を食べるのは止めたんです!」
今井はヒステリックに叫んだ。
「ゾージャが何か言うのですか? しかし、今日はゾージャはいないし気にする事はありませんよ」
ラカンテは人が良さそうな笑顔を浮かべている。
「そうと決まったらノンビリ出来ませんな、もうすぐ晩飯だし、さっさと捕まえてこなきゃ」
ラカンテはそう言うと立ち上がった。
「いえ! 私は人間の魂は食べたくないんです!」
今井もラカンテを止めようと立ち上がったがラカンテは意に介さない。
「では、行って来ます。今夜のは晩飯は期待していて下さい」
「いえ、待って下さい!!」
今井は必死で止めようとしたが、ラカンテは止めるナキータを振り切って部屋を出て行ってしまった。今井は一人残ってぼう然とするばかるだった。
今井は自分の部屋でじりじりしながら待っていた。
ラカンテが人間を捕まえきたらどうすればいいんだろう。もちろん俺は食べないが、俺が食べなければラカンテが二人共食ってしまうだろう。それを助けるなんて無理だ。ラカンテの方が強いのだから力ずくで止めようとしてもナキータでは負けてしまう。それにそこまですれば怪しまれる。ナキータを人間が乗っ取っている事がバレてしまうかもしるない、そうすれば俺もやばくなる。結局、ラカンテが人間二人を殺すところをただただ見ていなければならないのかもしれない。
しかし、これは仕方のないことかもしれない。ラカンテは人間を襲うのだからそれは今井がいてもいなくても同じことなのだ。
ライオンだって人間を襲って食べる、でもライオンが人間を食べてもライオンは何も悪くない。ライオンはライオンを食べてはいけないが人間を食べるのは構わないのだ。これが本能が与えた自然の摂理だ。
人間だって牛や豚を殺して食べている、当然のことだがまったく何も問題ない。ところが人間は人間を食べない、食べる事を想像するだけで激しい嫌悪を感じる。これが自然が与えた摂理なのだ。ライオンがライオンを食べないのと同じように人間は人間を食べない。相手が高度な知能を持っているから食べないんじゃない、本能なのだ。
だから妖怪が人間を食べるのは何の問題もない。もちろん人間は食べられないように戦っているが,これは善悪の問題ではないのだ。
まあ、人間が食べられる所を見るのは耐え難いが、だからってどうしようもない、我慢してじっと耐えるしかない。
今井はそう思って食事の誘いが来るのをじっと待っていた。しかし、かなり遅い時間になってもなかなか食事にならない、そして家の中が騒がしくなってきた。遠くから怒鳴り合うような声が聞こえる。
やがてミリーが部屋に駆け込んて来た。
「ラカンテさんが封印されたそうです!」
「ラカンテが!」
びっくりだった。
「一緒に行った従者のガルラさんが一人で帰って来て、封印されたって言っているそうです」
「どうして?」
そうは言ったものの、ラカンテだってナキータと同じくらい法力使いに狙われていたのだ。封印されてもなんの不思議もない。もちろん頼りにしていた竜王結界が役に立たなかったのだ。そして、今井はどこかほっとしていた。
ミリーが情報収集に再び飛び出して行ったが、しばらくすると護衛の三人と部屋に戻って来た。
「これは、大変な事になりましたな」
カラシルが切り出した。
「封印されたのは間違いないの?」
「間違いないでしょうな。ラカンテ殿は従者のガルラを連れて人間狩りに出かけたようです。ところが思いの外早く法力使いの攻撃が始まったんですな、ちょうど体制が整っていたんでしょう。ラカンテ殿は竜王結界をお持ちだったようで、さっそく竜王結界を開いて従者共々結界の中に逃げ込まれたそうです。ところが逃げ込んだにも関わらず法力は弱まらずガルラの見ている前でラカンテ殿は消えてしまったそうです。法力に吸い取られて封印されたとしか考えられません」
「まあ…」
やっばりあの竜王結界は偽物だったのだ。
「ラカンテ殿は竜王結界を持っでいたのか?」
ギルガンが聞く。
「そうらしいな」
「馬鹿げている。竜王結界なんてそこら中に出回っている。そんな物を信じるなんて…」
ギルガンが馬鹿にしたように呟く。しかし、これは他人事ではなかった、俺も持っているんだが…
「これからどうなるの?」
「今お城に使者が向かっているそうです。おそらくカグラサルン殿の采配てラカンテ殿救出の動き始まると思われます」
えっ。
「救出出来るの?」
「ラカンテ殿がまだ封印されておらず、どこかに身を潜めている可能性があります。だから、まずは救出のため妖怪軍団を人間界に送り込むことになるでしょう。何はともあれラカンテ殿が封印された場所を確認することが重要です。封印されていたらもうどうしようもありません」
今井はなるほどと思った。ただ一番肝心なことが分からなかった。
「あの、カグラサルンって、誰?」
「ああ、ここ西国の領主です」
ギルガンが説明してくれたが、西国に来るのにそんな事も知らないのかといった雰囲気がある。う〜ん、頭のいい奴は苦手だ。
「あのう、夕食の準備は出来てるそうです。各自で勝手に食事をしてくれとの事です」
会話の切れ目を狙ってミリーが口を挟んた。
「そうだな、まず腹ごしらえをしなくちゃ戦はできんな」
「今夜は忙しくなりそうた」
護衛達が不思議な事を言い出す。
「忙しくって… 今夜何かあるの?」
今井は思わず聞いてしまった。みんな驚いたような顔をしてナキータを見る。
「いえ、ナキータさまが救出隊に参加されると思いまして… 行かないのですか?」
「いえ……」
なぜ俺が行かなければならないのだ。
「行くべきだと思うの?」
ばか丸出しだが仕方なかった。
「いえ…」
誰もが口をつぐむ、もちろん、上の立場の者にそんな事を言えるわけがないからだ。
なんとなく状況が分かってきた。招待されて歓待を受けている相手方が誰かに攻撃された場合、助太刀するのがここの礼儀なのだろう。ヤクザの一宿一飯の恩義と同じ様なものなのだ。
「私はラカンテさん以上に法力使いに狙われているんです。だから人間界行く事は極めて危険なんです。そしてあの強いラカンテさんですら封印されてしまったんです。ラカンテさんには悪いですが私は救出には行きません」
今井ははっきりと言った。
「承知しました」
カラシルか頷く。
「では、食事に行ってきます」
護衛達は部屋を出て行く。しかし、ギルガンがナキータの近くにやってきた。
「ここから人間界に入ればそれほど危険てはありません。ここに繋がっている人間界は青森と言う所です。ナキータ様が普段出入りされている人間界は福岡と言う所です。この二ヶ所は人間界ではかなり離れています。だからここの法力使いはラカンテ殿を狙っているのであってナキータ様は狙っていません。だから行かれても大丈夫ですよ」
ギルガンはそう言うとにっこり笑って出て行く。
物知りな奴だが彼の知識は一昔前の知識らしい。今の時代、福岡と青森くらいの距離で情報が共有されていないなんてことはあり得ない。確かに法力使いは対ラカンテ部隊と対ナキータ部隊に別れてはいるが、対ラカンテ部隊であってもナキータがいれは攻撃してくるだろう。
「ではナキータ様のお食事を取りに行ってきます」
ミリーが部屋を出て行く。
今井は落ち着かない夕食を取った。




